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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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九十六話・灰になった日

 



 目が覚めた。

 ベッドに寝かせられていることに気がつく。

 服も、病人が着るようなゆったりとした白いローブに着替えさせられていた。


「……っ」


 傷の痛みに顔をしかめる。

 俺はウォルターを埋めたあと、街に戻って救助を行っていたはずだった。

 もう炎は消えていたが、それでも街は酷い状態だった。

 助けを求める人を探して焼け跡を走った。

 しかしその最中に力尽きて意識を失っていたようだ。


「……ここは?」


 小さくつぶやく。

 熱に侵されたように意識がぼんやりとしていた。

 まだあちこち痛むが、こらえて周囲を見回す。

 夜だった。

 そしてここはどこかの屋敷の一室だ。

 部屋には小さな机と棚、あとはいくつかの家具が置いてある。

 全体的に殺風景な場所だった。

 しかし家具や建材の質感や細かな装飾から、かなり上等な建物であると察した。

 よく見れば、机の上には明かりの魔道具まで置いてある。

 だからおそらく、立場のある者の私邸していで間違いないだろう。


「…………」


 少し考えて、俺はベッドから出ることにする。

 床には絨毯が敷かれていた。

 密かに動くためにそっと、音を立てずに足をつこうとする。

 しかし上手く立てずに崩れ落ちた。

 どうやら、まともに動けるような状態ではないようだった。

 だが大きな音を立ててしまったから、俺は開き直って堂々と動くことにした。

 この屋敷の主が誰であれ、人間相手ならまだなんとかなると思ったのだ。


 歩いてドアまで行く。

 外に出た。

 すると外には兵士が二人いた。

 さっきの音で気づいていたのだろう。

 扉から少し離れて、怯えたような表情で俺を見ていた。


「お前らは……」


 と、言いかけて俺は口調を改めることにした。

 すっかり実験場のクズを相手にしているつもりで口を開いていたのだ。

 でも彼らがそうとは限らないし、なにより俺を助けてくれたのかもしれない。


「…………すみません。あなたたちは? なぜ俺を、僕を助けたんですか?」


 目を伏せて言い直す。

 すると兵士の片方が少し慌てたような口調で答えた。


「カイゼル様が……あなたを、見つけられたのです」

「カイゼル?」


 知らない名前だった。

 いぶかしむ俺を前に、兵士は深くうなずいてみせる。


「はい。もう具合がよろしいのでしたら……こちらへ」


 やけにうやうやしい敬語だった。

 一介の小僧相手の言葉遣いではない。

 俺がなんであるのか知っている可能性がある。


「………」


 兵士たちは歩き始めた。

 俺はついていくことにする。

 二人は明かりの小さな魔道具を腰に吊るしていて、夜でも迷わずに進んでいく。

 やがて大きな扉がある部屋の前についた。

 魔道具でも使っているのか光が漏れている。

 扉を開けて、兵士が俺に入るように促した。


「どうぞ」


 俺は部屋に足を踏み入れる。

 広い部屋だった。

 中には十人ほどの兵士がいて、一人の人物を囲むように立っている。


「…………」


 そして彼らに守られている男は、机に向かって座っていた。

 俺はそいつを知っている。

 セオドア、と。

 かつてはそう名乗っていたはずだ。


「お前がカイゼルか?」


 歩み寄りながらそう言った。

 兵士が庇うように前に出てくる。

 俺はその兵士の防具を掴み、引きずり寄せて殴って剣を奪った。

 そのまま横に投げ捨てる。

 家具に突っ込むが、特に目は向けない。

 ひとまず武器は手に入れたので足を止める。

 そしてセオドア……と、以前呼んでいた男を見つめた。


「貴様っ!」


 また一人、怒りの表情を浮かべて兵士が前に出てくる。

 俺は、剣に手をかけてそいつの目をじっと覗き込んだ。

 すると血相を変えた周囲の兵士が必死で止める。

 だから話の続きをしようとセオドアに視線を戻した。


「……そうだ、私がカイゼルだ」

「なぜ俺を拾った? 殺されるとは思わなかったのか?」


 助けた、と表現したくなくて()()()と口にした。

 しかし返ってきた言葉はあまり噛み合わない内容だった。


「世界を救うためだ。魔獣を駆逐する……勇者を造りたかった」

「意味が分からない。殺されたいのか?」


 するとカイゼルとやらは顔を青くした。


「いや、孤児院に拾ってきた理由を聞かれたのかと……思ったんだ」


 そこで、俺は初めて気がつく。

 どうやらこの男は動揺しているのだということに。

 俺を恐れているのだ。


「ここに連れてきた理由を聞いている。答えろ」


 しばらく、答えが返ってこなかった。

 なんだか面倒になったので殺してしまおうかと思う。

 院長の立場であの孤児院にいて、ハインツの計画に関与していなかったということはないだろう。

 計画に従わなかった人間はシーナ先生のように粛清しゅくせいを受けていたはずだ。

 動揺を見るにこいつが黒なのはわかりきっているし、俺もまだ復讐心を捨てたわけではない。

 実験場の奴らもそうだが、俺たちを騙したハインツたちに関しては明確に殺意を持っていた。


 どう殺してやろうかと考え始めたところで、ようやくカイゼルが言葉を返す。


「君が、人を助けていたと聞いたからだ」

「…………」

「まだ、君に正しい心が残っているのなら……」


 聞いていられたのはそこまでだった。

 どの口でそんなことを言っているのかわからなかった。

 こいつが語る正しい心とはなんだ。

 そんなものがあるなら俺たちはこんなことになっていないはずだ。


「もういい。黙れ」


 兵士を押しのけてカイゼルの前に立つ。

 この期に及んで上等な椅子に座っているのも気に食わない。

 机を横に蹴り倒し、髪を掴んで椅子から引きずり下ろす。

 そこで兵士が止めようと割り込んできた。

 裏拳で顔を殴ってすぐに叩きのめす。

 さらに他の兵士も武器を抜こうとするも、すんでのところでカイゼルが止めた。


「やめろ。いい……大丈夫だ」


 その言葉に思わず眉をひそめる。

 大丈夫で済ませるつもりはなかった。

 特段いたぶる気もなかったが、俺はしっかりとこいつを殺すつもりだ。

 復讐が、それこそが俺に残された最後の人間らしい執着だった。


「そうだ。君は……きっと、話せば分かる。頼む。殺さないでくれ……私にはまだ、世界のためにできることがある」


 ずいぶんと必死な口調だった。

 俺は聞き返す。


「できること?」

「ああ。君を手助けして、魔獣に苦しむ人々を救える。それは私にしかできない。君に協力できるんだ」


 確かにそれは魅力的だと感じる。

 あの実験場の規模からして、とてつもない権力を持っていることは想像できた。

 しかし俺は、こいつと協力することなど考えられなかった。


「お前の手など借りない。跪いて首を差し出せ」

「頼む……考え直してくれ」

「早くしろ。お前の部下を殺すぞ」


 するとカイゼルはゆっくりと、震える足で床に跪いた。

 そして俺に首を差し出すようにうなだれてみせる。

 剣に手をかけた。

 さらに刃を抜くと、またカイゼルが口を開いた。


「頼む……殺さないでくれ。頼む…………」


 まるで泣き声のような声だった。

 ……いや、実際に泣いている。

 なぜ泣くのかわからなくて俺は混乱した。

 思わず刃を止めてしまうくらい、訳のわからない出来事だった。

 あんなことをしたのだから、死の覚悟くらい当たり前にしていると思っていたのだ。


「死にたくない、まだ……だってやっと、戦争が終わるんだ……」


 めそめそと泣いて、息を震わせていた。

 俺は何を見せられているのだろうと思う。

 兵士たちが俺を取り巻いて睨みつけていた。

 カイゼルを慕っているのだろうか。

 これでは俺が加害者のようだ。


「頼む、許してくれ。すまない。悪かったと思ってる……後悔しているんだ……君たちにしたことを……」


 必死に謝る、目の前の男を見る。

 こいつは自分が救われたいから謝っているだけだと思った。

 罪に手を染めておきながら、復讐から、罪悪感から、逃れたくて許しを願っている。

 それがあまりにも浅ましくて、悲しくて、俺は言葉を失った。

 どうして、許してくれだなんて、そんな残酷なことを俺に言えるのだろう。


「君たちを愛していた。本当に愛していた。大好きだった。でも、世界のためだったんだ……許してくれ……許してくれ、頼む……私はただ、苦しんでいる人々を、助けたかったんだ…………」


 俺は刃を下ろす。

 こいつを殺しても意味がないと思った。

 こいつは死ぬ寸前でさえきっと、本当の意味で悔いることはない。

 自分の所業に向き合うことすらしないだろう。

 ただひたすらに虚しかった。


「…………」


 復讐はいま潰えた。

 俺にはもうなにもない。

 結局、ステラにもハインツにもカイゼルにも復讐はできなかった。

 せめてこいつが、ふてぶてしい悪として俺を迎えてくれればよかった。

 そうすれば俺は刃を振り下ろすことができた。

 なにかの区切りをつけることができた。


 でもそれができなかった。

 だから俺の心にはずっと苦しみが残ったままだ。


「…………もういい」


 小さくつぶやいた。

 剣を鞘に収める。

 そして元々持っていた兵士のそばに投げ捨てた。

 本人は気絶していて、まだ目覚めていなかったが……起きたら勝手に拾うだろう。


「これから魔獣を殺す。手伝え」


 俺がそう言うと、カイゼルは顔を上げた。

 涙に濡れた目で俺を見ている。

 やはり心底憎いと思う。

 でも魔物の性質を知り、俺が魔物であることを気にしない協力者を得られることなどないだろう。

 しかも十分な権力も持っている。

 感情を……それさえ無視すれば、こいつの手を借りるべきだった。

 そう自分に言い聞かせて、なんとかやりきれない思いを押し殺す。


「……あ、ありがとう」


 カイゼルは俺に何度も頭を下げる。

 そしてなにかきれいごとを口にしていた。

 聞いてやる気はしなかったので、無視してため息を吐く。


「…………」


 ぼんやりと窓の外を見ていた。

 雪が降っていた。

 もうこんな季節だったのかと思う。

 時間が経つのは本当に早い。


 言葉にできない感情がこみ上げてきた。

 俯いて目を閉じる。

 するとそこで、カイゼルの言葉が耳に入った。


「それで、君には勇者になってもらおうと思う」


 顔を上げた。

 どういう流れなのかがわからない。

 聞いていなかったからだ。


「なんのために?」

「その方が動きやすくなる。聖職者の専横を防ぐことができる」


 政治のことはわからない。

 だが、立場が権限をもたらすということは知っている。

 可能なのかはともかく、自由に動いて戦うためには必要なのかもしれないと考えた。


 しかしうなずく前に、一つカイゼルに釘を刺しておく。

 そのためにきつく睨みつけた。


「お前は、これから魔獣を殺すことだけを考えろ。余計なことをしたら殺す」


 政治の道具にされるつもりはなかった。

 俺を利用して権力という玩具を振り回し、人を不幸にするようならすぐに始末する。


「……わ、分かった」


 カイゼルは気圧されたように息を呑んだ。

 俺は鼻を鳴らした。

 すると、あいつはおずおずとまた別の話を切り出してくる。


「すまないが、もし勇者になるなら……新しい名前が必要だ」

「名前?」

「うん。勇者になるなら、君の過去は全て消さなければならない。表向きは私の養子として振る舞ってもらう」


 言っていることは理解できる。

 勇者などという分不相応な立場を望むのなら、人体実験の記録に繋がるものはあってはならない。

 過去は全て断ち切らなければならない。

 でも嫌だと思った。

 こいつの養子になることなど、おぞましくてとても耐えられなかった。


「…………」


 だが受け入れようと思う。

 今さらそんなことで泣いたり怒ったりする気になれなかった。

 やるべきことをやるだけだ。


「……分かった」

「名前は? どうする? 私がつけてもいいが……」


 その言葉につい、苛立ちを感じる。

 殺されないと知った途端にこれだ。

 まともな神経をしていたら自分がつけるなどと口にしないはずだ。

 こいつ、まさか本当に親のつもりでいるのか?


「…………」


 深呼吸をすると、怒りを通り越して心底下らないと思えてきた。

 小さくため息を吐いて背を向ける。

 おざなりに、背中ごしに答えを返しておく。


アッシュでいい」


 そんな名をつけた。

 俺はウォルターとは違うからだ。

 灰のような生き方を選んでしまったからだ。


 ゆうしゃのない世界で、あいつは犠牲をべて炎になろうとしていた。

 光に代わって未来を照らし出す、灯火として生きようとしていた。

 でも俺にそれはできない。

 中途半端な、まるで残骸のような生き方を選んだ。

 俺が望んだのは、世界を照らすことができない、残り火の灰のような在り方だった。


 そんな惨めでからっぽな俺にはふさわしい名前だ。

 ただ一人、運悪く焼け残っただけの灰には。


「封印と……あとは、宿の手配をしろ。ここにはいたくない」

「連絡は?」

「探して、伝えに来い。俺は瓦礫を片付けに行く」


 途中で倒れてしまったが、まだ火が残した被害に苦しんでいる人はいるはずだ。

 俺は街に出てその人たちのために働くつもりだった。

 なにか償いになるようなことをしていないと、罪悪感に耐えられなかった。


「必要なこと以外では呼ぶな。それから、お前は俺の親ではない。これだけは忘れるな」


 最後に一方的に言い残し、俺はカイゼルのもとを後にした。




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[一言] >自分の所業に向き合うことすらしないだろう。 いや首輪の術をかけて大事な人を全員殺せ最後は自害すると命じればさすかに向き合うするじゃないかな
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