九十三話・最終戦(3)
無数の爆炎が視界を染め上げる。
地を揺らすような轟音と共に炸裂が連鎖する。
そして炎の煙が晴れた頃、俺が造り出した陣地は跡形もなく粉砕されていた。
呆然とするが、すぐに気を取り直して再構築する。
「まだだ……!」
灰が集まる。
壁が構築されていく。
しかし降り続けていた火の粉が再び炸裂する。
今度は単なる爆発ではなく、一つ一つの火がまるで斬撃のように薄く伸びていた。
さっきよりずっと、効率よく壁が破壊されていく。
ウォルターがひとりごとのようにつぶやいた。
「なるほど、こうか」
火の粉が、炎の斬撃が吹き荒れた。
壁が細切れに消滅する。
俺は言葉を失った。
「…………」
火の粉が降りしきる中で、あいつが歩いてくる。
右手の炎が、まるで生きているかのように暴れ狂っている。
さらに彼は剣にも炎をまとわせていた。
右腕が、燃え盛る剣が、まっすぐに俺へと向けられる。
「続けよう」
そんな言葉の後、あいつは走ってくる。
俺は壁を造ろうとした。
だが無数の火の粉に触れた瞬間、どれだけ分厚い壁でも一瞬でも細切れにされてしまう。
もう俺は、防壁を造れない。
ウォルターは全く阻まれることなく俺の前にたどり着いた。
剣を振ってくる。
ニーナとの戦いの記憶を手繰り寄せて回避する。
しかし。
「……!」
違う。
あまりにも違う。
障害物の妨害なしで、初めて受けたその剣技は想像を遥かに超えたものだった。
恐怖に喉が震え始める。
刃が……どこから来るかわからない。
「……っ! …………っ!!」
右から、左から、あらゆる方向から……火のような勢いで斬撃が来る。
刃は速く、そして重く、時にしなり、時に消え、また現れ、伸びるように感じることもあれば、分裂して見えることもある。
さらにこれが、ほんの一秒で二つ、四つ、八つ……数え切れないくらい襲いかかってきた。
狂おしいほどの速さで真紅の剣閃が夜闇を寸断していく。
鮮やかな手つきによって刃が左右に持ち替えられ、変幻の剣技が流れるように連なっていく。
そして、それだけでなくあいつの動き自体も強化されていた。
「……次が、読めない」
炎を利用しているのだろうか。
人間には不可能な、信じがたい挙動で俺を圧倒する。
たとえばかかとが発火して、全く逆の方向に移動を切り返してみせる。
またある時は、小さな爆発と共に一歩目から消えるように走る。
さらに空中で跳躍したり、落下の軌道を変えたり、斬撃に炎の勢いを乗せ加速させたりもする。
慣性も重力も、あらゆる物理法則を振り切ったような動きだった。
全く行動を予測できない。
炎を纏い、自在に操り、まるで体の一部であるかのように使いこなしてみせる。
こうなっては上下左右……もはや空間の全てがウォルターのテリトリーだ。
距離すらも関係がない。
刃を飛ばし、風よりも速く駆け、空すらも踏んでみせるあいつから逃れる手段などない。
紛れもなく怪物だ。
戦いの化身そのものになって俺を討とうとしていた。
「…………っ」
俺は、もう萎縮しきっていた。
必死で逃げるがとても防ぎきれない。
全身を斬り刻まれていく。
まだ動けているのは、魔物の力を限界まで振り絞っているからだ。
そしてニーナに与えられた経験があったから、瀬戸際で命を拾えている。
「……『偽証』!」
壁を造った。
火の粉が爆ぜて、一秒以下で破壊される。
だがその一秒も……俺の首を皮一枚で繋げている理由だった。
「…………」
ウォルターは何も言わない。
何も言わず、殺意を込めた視線を俺に向けているだけだった。
俺は、真っ白になった頭で言葉を絞り出す。
自分に言い聞かせるために。
「離れ、ないと」
ひたすらに逃げる。
背を向けて走ると距離を稼げた。
しかし遠くで炎が爆ぜる。
ウォルターが消える。
まるで予備動作が見えなかった。
それこそ瞬間移動のように姿が消えて、炎の尾を引きながら俺の間近に現れた。
通り道の地面に焦げ跡がついている。
「っ……」
思わず声を漏らす。
速すぎる。
これまでの消え方とは違う。
さっきまでは動き始めが遅かった。
そこからの急加速によって、つまりは緩急をつけることで俺の視覚を騙していたに過ぎない。
しかし今は最短距離で、真正面から、魔物の俺が視認できない速度で動いてきた。
それから、俺の足元が小さく爆発する。
ダメージはない。
でも爆風を受けたこと、踏みしめていた地面が崩れたことで大きく体勢を崩す。
「……っ!」
後ろに下がって回避しようとした。
そしてとっさに首を守った。
すると腹が深々と斜めに斬られる。
人間なら致命傷だ。
逃げようとする。
しかしまだ攻撃は終わらない。
地を焦がす移動で、ウォルターが追跡してくる。
剣が来る。
辛くも二回しのいだところで、炎の剣が……増えた。
「!」
どう見ても十以上はある。
これらはおそらく中身のない、剣の形にした炎のフェイントだろう。
でも本物の剣も燃えていて、巧妙に手元を隠すから見分けがつかない。
次々に炎の剣が振られる。
当たって体を通り抜けるたび死を覚悟する。
すり抜けるたびに炎の虚像だったことに安堵する。
それからまた次の斬撃に恐怖する。
「うっ……」
頭がおかしくなりそうだった。
さらに五撃目、別々の方向から三本同時に剣が飛んでくる。
そのどれかが本物の刃だったのだろう。
俺の体は深々と斬り裂かれる。
どこを斬られたのかすらもう分からない。
「がはっ……げほっ……!」
倒れ込んで血を吐いた。
なんとか鎖を投げる。
投げて、焼けた家に引っ掛けて、壁を蹴るように跳んで屋根に逃げた。
「げほっ……かはっ……かはっ……!!」
血が止まらない。
この体でこんなことになったのは初めてだった。
吐いた血で手のひらが赤黒く染まる。
「ごほっ……」
また、ひときわ大きく吐血する。
倒れそうになって地面に手をつく。
ひとしきり咳き込んだあと、なんとか立ち上がった。
すると、どこかで爆音がした。
それからほんの一瞬で、ウォルターがここまで跳躍してくる。
「!」
屋根の上よりさらに上。
あいつは夜空を背にこちらを見下ろしていた。
俺は剣を構える。
口元の血を拭い、震える息を整えた。
「はぁっ……」
ナイフを投げる。
いくつも投げた。
ウォルターはそれを、空中で鋭く動いて回避する。
続けて、ひと呼吸のあと走り始めた。
空を走った。
どうやったのかは分からない。
ただ一歩踏み出すたび、足元で小さな爆発が起きている。
俺の真上に来た瞬間、凄まじい速さで落下してきた。
「っ!」
落下と同時の叩きつけをかわす。
衝撃で屋根が砕けて破片が飛び散った。
俺は逃げて、別の家の屋根に飛び移る。
さらに逃げる。
しかしあいつは爆音と共に跳躍し、続けざまに空を踏んで跳躍し、あっという間に俺を抜き去って前に回り込んでしまう。
そのまま、矢のような勢いで飛びながら、空中で剣を振った。
飛ぶ斬撃が来る。
しかも風圧に炎が混じった、赤い斬撃だ。
見えない速度で剣が動き、一瞬で五つも放たれる。
反射的に造りだした防壁は最初の一発で全て粉砕された。
加えて三発、逃げ場を潰すように周囲を切り裂いていく。
足場が細切れになる。
さらに迫る最後の一閃は、なんとか伏せて回避できた。
だがその間にウォルターが目の前に来ていた。
すぐ立ち上がるが手遅れだ。
逃げられない。
とっさに身を守ろうとするも、あいつは俺を狙っていなかった。
剣の周囲に、巨大な炎が荒れ狂っている。
炎の中心が真っ白になるくらい、激しく渦巻く灼熱が刃に纏わりついている。
その剣が、強く強く屋根に突き刺された。
空間が破裂する。
「……!」
直後、見える限りの全てが赤白い炎で埋め尽くされる。
耳に何も聞こえなくなった。
俺はまるで、荒波に呑まれた板切れのように弾き飛ばされていた。
「っ!!!」
何が起こったのかが理解できない。
浮遊感を感じる。
炎が晴れ、状況を確認した俺は目を疑った。
「……嘘だろ」
俺は、爆風によって高く高く上空に飛ばされていた。
地面が遥か遠くにある。
そして俺が先程までいた建物……いや、それだけではなく周辺の家まで跡形もなく爆発で消し飛んでいた。
ウォルターの火の威力に戦慄し、やがて気がつく。
こんなことをした理由に。
嘘であってほしいと、そう願うように俺はつぶやく。
「空中なら、壁は造れない」
さらに逃げ場もない。
ぞっとした。
必死でウォルターの姿を探す。
あいつは地上にいた。
俺を見上げていて、次の瞬間……炎の光と共に消えた。
赤い閃光が走る。
「『偽証』!!」
長い、長い長い鎖を造る。
同時に空中に障害物を撒き散らす。
少しでも接近を阻めればという考えだ。
さらに、鎖を投げて遠くの建物に引っ掛ける。
思い切り引いて動く。
ウォルターがそばに来ていた。
すれ違う。
背中を刃が通り抜けるのが分かった。
だが俺は、なんとか生き延びることができた。
「はぁ……はぁ……」
鎖を掴んだまま、受け身も取れずに広場に転がる。
鈍い衝撃の痛みで息が詰まった。
歯を食いしばってそれに耐える。
「……痛い、な」
ずきずきと痛む体で立つ。
接近戦に勝ち目はない。
剣を造りつつも、もう一度距離を取ろうと動く。
だが追いかけてきたのは、ウォルターではなく爆裂の群れだった。
着地したあいつが俺を……じっと見つめる。
すると彼の目の前で爆発が起こって、その爆発がこちらへと進んでくる。
まるで炎が意思を持ったかのような動きだった。
絶えず爆炎を撒き散らしながら、爆心地が移動して俺のもとへと突き進んでくる。
さらにその爆発の波は、進むごとに大きくなり続けていた。
肥大し、分裂して、枝分かれして数を増やしつつ疾走し、まるで俺を包囲するように動いていた。
一瞬で、俺の体は炸裂の嵐に飲み込まれる。
「……!」
そうして無数に、俺の周りであまりに多くの爆発が連鎖し続けた。
大量に煙が撒き散らされて視界が潰れる。
爆音と、それから建物が崩れるような轟音も聞こえる。
二つの音が周囲の音を完全にかき消してしまう。
「なんなんだよ……!」
何も見えない、聞こえない。
恐怖を感じる。
状況が分からない。
だがそうしていると斬られた。
あらゆる方向から何度も何度も斬られた。
白と赤に染まった視界を、獣のように速い影が横切っていく。
その度に俺は体から血を噴き出す。
あいつは決して、俺に行方を悟らせなかった。
轟音と煙の中、狡猾に駆けて痕跡を隠している。
「どこに……」
錯乱しかけていると、ついに爆炎を突っ切ってウォルターが現れた。
あいつが剣を振りかざす。
なんとか受けようとしたが、刃が俺の剣をすり抜けてしまう。
いつか見た防御をすり抜ける斬撃だ。
右腕が、肘から先があっさりと切断される。
「ぐぁぁぁっ……!! あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
思わず叫んだ。
あまりの痛みに、そして絶望に。
「……に、逃げよう」
もはや勝ち目はない。
俺はこの場から逃げることを選択した。
いま街は燃えていないのだ。
だから戦いを中断してもいい。
一度退いて、狙撃でも何でもして暗殺する。
それしかない。
「はぁっ……はぁっ……」
どこへ行くのかも分からないまま、煙の中を走る。
背を向けて逃げようとする。
やがて運良く煙幕を抜けられたが、もう足が上手く動かなくなりつつあった。
右足を引きずりながら進む。
焦りが募る。
体が痛い。
寒い。
「……クソ。寒い、寒い」
不意に湧き上がってきた寒気に悪態をつく。
ウォルターはどうしてか攻撃してこなかった。
でも今に殺されてもおかしくない。
切断された右腕を庇いながら必死に逃げていると、なぜか涙があふれてきた。
「なんで、なんで……こんなことに……」
懐かしい思い出が思い浮かぶ。
昼下がりの、窓から光が差し込む廊下。
微笑みながら大切そうに、俺とウォルターを見つめるリリアナがいた。
あの頃はとても楽しかった。
「……うっ、ううっ……うぅぅ…………」
こんなはずじゃなかったのに。
本当に、こんなはずじゃなかったんだ。
俺は、こんな人生を送りたかったわけじゃない。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
どんどん呼吸が早くなる。
泣きながら逃げる。
でも俺の前には、行く先には……ウォルターが立っていた。
静かな殺意を宿した視線で俺をじっと射抜いていた。
「ウォル、ター……」
なんとかそれだけ言った。
何も考えられなくなる。
頭が真っ白になって、とても大きな声で叫んだ気がした。
「―――――ッ!!」
激情に駆られて地を蹴ろうとした。
しかしあいつが俺を見ている。
その冷たい目を見て、近づく前に俺は止まった。
「クソ、クソ、クソっ、俺は……馬鹿か」
強く強く唇を噛む。
自暴自棄になるわけにはいかない。
勝って、生き抜くのが俺の責任だ。
「……どうすればいい?」
今、俺に残された手札について考える。
そして脳裏に蘇ったのは『暴走剣』の存在だった。
魔物の魔力なら十でも二十でも重ねて炎を放てる。
あれならもしかすると即死も狙えるかもしれない。
でも現実的に考えればウォルターの前で準備をすることが不可能だった。
黙って見逃してくれるとはとても思えない。
「…………」
逃げようにもあいつの方が速い。
さらに俺ももうあまり体が動かない。
障害物で妨害しようにも、今も降りしきる火の粉が爆ぜて壊してしまう。
「……いや、待て」
しかしふと思いつく。
あの火の粉が造った物を破壊するというのなら、それを逆手に取ってやればいい。
壊してはいけないものを破壊させてやるのだ。
「『偽証』!」
これまでと同じ、鉄の壁に見えるようにそれを造る。
可能な限りの速度で能力を行使した。
ウォルターの周囲を取り囲むように、まるで地面がうねって暴れているように見えるほどの勢いで壁もどきが林立していく。
二十は用意できただろうか。
「…………」
ウォルターは何も言わない。
ただ降りしきる火の粉がすぐにそれらに反応する。
破壊されるまでの時間は一秒弱だったろう。
次々に爆ぜた火の粉が壁を焼き切って、さらに残骸すら細かく焼き崩していく。
俺は唇を歪めた。
そして、起こるであろう混乱に乗じるために背を向けて走り出す。
「……っ」
ウォルターが、小さく声を漏らすのが聞こえた気がした。
あの鉄の壁……に見せかけた箱の中にはある物体が詰め込んである。
それは硫黄と石炭の粉末だ。
箱が焼き切られ、火の粉が降り注いだ時点で効果を発揮したはずだ。
「……それは効くだろ、ウォルター」
ひとりごとを漏らしつつ、一度だけ背後を振り向く。
あいつがいた周囲は真っ黒な煙に塗りつぶされていた。
硫黄と石炭が燃えて、煙と悪い空気を撒き散らしているのだ。
特に硫黄は強い刺激をもたらす性質がある。
軟膏の素材や保存料として使われてはいるが、れっきとした劇物だと俺は知っている。
もちろん、今さら毒の空気でウォルターがどうにかなるとは思えない。
しかし煙や刺激によって行動は阻害される。
配置した箱の数や密度からして……人間なら死んでもおかしくないだろうが。
「力よ、武器に宿り、鋭利な刃となれ」
早急に隠れ、俺は『剣』の準備を始める。
選んだ場所は広場の外れの大きな瓦礫の影だった。
片手では剣を握りながら魔術を使えない。
だから地面に突き刺した状態で詠唱を開始する。
でも、一本目の剣に炎を纏わせたところで考える。
こうして悠長に魔術を使う暇はないのではないかと。
なにせ俺たちは魔力の気配で魔術の使用を察知できるのだ。
だから、煙で撒いたところですぐに見つかってしまうだろう。
追いつかれる前に終わらせるため、準備のスピードを上げなければならない。
「いや、この力で……やれるはずだ」
考えた結論はそれだった。
これまで俺は、この能力でクロスボウを造ったり鉄塊を落としたりしてきた。
だがこれは装填されたボルトが飛ぶための力、そして落下する鉄塊の位置のエネルギーをも偽造してきたということでもある。
加えてさっきは能力で造った劇物を燃やしたりした。
これは燃焼のエネルギーをも偽造しているというように解釈できるだろう。
だってあの物体は俺が無から生み出したものだからだ。
つまり、物質が持つエネルギーは偽造できる。
とはいえ……俺もこじつけに近い理屈であることは分かっている。
でも、できると信じた。
やれなければ死ぬ。
生きるために限界を超える。
刃が纏う炎、つまり魔力のエネルギーごと剣を偽造する。
「『偽証』……!」
強く信じて力を使う。
すると心臓がきつく収縮して固まったような気がした。
鼻から血が出てくる。
左目の視界が一瞬消えた。
だが灰が集まり、炎ごと剣が増えていく。
まるで墓標のように地面に突き立ち始めた。
「……!」
成功した。
しかし同時に、これまでにない負荷がかかるのを感じる。
心臓の痛みが際限なく膨らんでいく。
「クソ……」
俺は思う。
もしかするとこの力の反動は、偽造したもののエネルギーに比例するのかもしれないと。
これまでは大きなものほど造るのに骨が折れると認識していた。
だがこれも、質量を一種のエネルギーと解釈するのであれば理屈は通る。
そして剣の数が十五本を迎えたところで、俺はもう限界に至っていた。
もう増やせないと感覚で分かった。
倒れてしまいたいくらい疲れていたが、心を奮い立たせて魔術を使う。
「累なれ」
左手で、地面に刺さったひと振りの剣に触れる。
『器』のルーンを握った手だ。
すると周囲の剣の炎が集まってくる。
ひとすじ、またひとすじと炎が重なって大きくなっていく。
「これは……」
完成した炎の巨大さに息を呑む。
二層魔術といったか。
あのステラの剣の炎をも超える……まるで幼い頃の夢に見た炎の聖剣かなにかのような。
これなら即死を狙えてもおかしくないと思う。
本当に、この剣の力は、十五本を束ねたから十五倍……というような単純な計算には見えない。
以前から爆発的に威力が増すことを不思議に思っていたものの、もしかするとこれは擬似的な多層魔術に近い現象なのだろうか。
事実は分からないが、そう感じてもおかしくないくらいに苛烈な炎だった。
地に刺さった剣からあふれ、今にも周囲を焼き尽くしそうなほどに。
「…………」
俺は突き刺した剣を握ろうとする。
けれどそこで足がふらついて膝をついた。
なんとかすがりつくように剣の柄に手を伸ばし、引き抜く。
ふらふらと広場に戻る。
すると、ウォルターもこちらに向かってきていた。
少しだけ煤けた姿になっている。
さらに降りしきる火の粉は止んでいた。
劇物の煙を避けてのことだろう。
「それは……」
俺の剣を見て、ウォルターがなにかを言いかけた。
少しだけ昔を懐かしむように目を細める。
だがそれも一瞬のこと。
すぐに瞳は殺意で塗り潰された。
「来い、リュート」
その言葉と同時に俺は走り出していた。
左手で剣を構える。
荒れ狂う炎の勢いで落とさないように固く固く握りしめる。
「ウォルター!!」
叫んで剣を振りかざす。
ウォルターが燃える剣を構えた。
彼の炎も凄まじい勢いで肥大していく。
不思議と魔物の力をあまり感じないものの、それでも俺の剣に拮抗しうるだけの熱量は伝わってくる。
「―――――――ッ!!!」
声にならない叫びと共に、俺は『暴走剣』を振り下ろした。
さらに炎を解放する。
広場を爆炎が駆け抜けた。
俺たちを中心に地面が消し飛んでいく。
それは俺の炎だったのか、それともウォルターの炎なのか。
分からないが、とにかく全てが炎に飲み込まれる。
赤い洪水のようにあふれる熱が、目に映る限りを焼き尽くしていった。




