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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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八十七話・『圧壊』

 


 剣士との戦いの中、俺は常に死線の上に立たされていた。


 あまりにも実力が違いすぎた。

 全身を傷つけられ、黒い血を垂れ流しながら戦っている。

 しかしそれでもまだ生きていられるのは……剣士が時折なにかの発作に苦しんで止まるからだ。


「う、うぅ……うぁ……」


 今もこうしているように、頭を押さえて苦しげにもがく。

 少しの間だけ手が止まる。

 これに何度命を救われたか。


「はぁっ……はぁっ……」


 俺は荒い息を吐く。

 強く強く剣を握った。

 あれから二つ武器を壊されていた。

 武装解除も四回されている。

 その度に俺は新しい武器を取ったり、落ちたものを拾ったりしている。


「…………」


 乱れた息を整えながら、俺は剣士の動きについて考えた。

 あいつはウォルターに似た技を使う。

 しかし構えがない彼に対して、あの剣士は明確な構えを見せる。

 その他にも違いはいくつかある。

 だがとても似た技を使ってくる。


 また剣士が動き始めた。


「……思い出せ」


 小さくつぶやいた。

 そしてニーナと一緒に重ねた、ウォルターに勝つための特訓を思い出そうとする。

 きっと応用できると思った。


「動きを……読めるはずだ……」


 敵の動きを注視する。

 その剣技はどれも消えるような速さだ。

 最初から最高速に達している。

 襲いかかる刃からパターンを探す。


 やはり、それらがウォルターのものとほとんど変わらないことに気がつく。

 速度や印象だけではなく、中身までもが酷似しているのだ。

 似て見えるわけだと内心で思う。


 そして。


「……突きが来る」


 分かってしまえば、重ねた訓練が勝手に答えを導き出してくれた。

 敵が動く前に読んで俺は対処する。

 紙一重で刺突をかわし、すれ違いざま脇腹に刃を入れた。

 手応えは浅かった。


「……!」


 しかし初めて剣士が痛みの声を上げる。

 俺はさらに追撃を仕掛けるが受け流されてしまう。


 とはいえ剣を使って受け流したわけではなかった。

 体をほんの少し動かすことで、外骨格の曲面を利用して逸らしたのだ。

 まるですり抜けたかのように手応えを感じない。

 このぶんでは、鎧を叩いても砕くことはできないだろう。

 どうにか肉の部分を狙うしかないと学習する。


 そんなことを考えている内に、剣士は再び攻めに転じてきた。

 俺は言葉を失う。


「……!」


 動きが速くなっていた。

 はっきりと分かるくらい速度が上がった。

 これまで手を抜いていたのか?

 恐怖がこみ上げてくる。


「なんなんだ、こいつ」


 目の前で嵐が吹き荒れているかのようだった。

 土煙を激しく巻き上げ、妖しく閃く刃が走る。

 斬撃から斬撃へ、目にも止まらぬ速度で攻撃が続く。

 かろうじて反応できたのは四発目までだった。

 どんどん加速していく。

 苦し紛れに盾にした剣に大剣がぶつかった。

 そのまま押し切られて、俺は壁に叩きつけられる。


「……かはっ……こほっ」


 めまいがして、同時に強く咳き込んだ。

 背中が痛む。

 受けた腕もじんじんとしびれていた。

 おまけに剣も、まるでガラス細工のように砕かれてしまっている。


 俺の前に、ゆっくりと剣士が歩いてくる。


「…………」


 壁によりかかりながらも立ち上がった。

 そしてちょうどそばにあった予備の武器を拾う。

 手斧だった。

 剣士に投げつける。


「…………」


 弾かれた。

 だがまた拾って次々に投げる。

 癇癪かんしゃくを起こした子どものような行動だが、俺には一応の意図があった。


「武器を……拾って、持ち替えて、意表をつく」


 確認するように口にしたのは以前ニーナと決めた作戦だ。

 敵はあれだけの速さで斬撃を放っている。

 適当に振り回すだけにならないよう、深く考えて動いている。

 だからこそ予想を乱すことには大きな意味があるのだ。


「…………」


 俺が武器を投げている間、剣士は当たりそうなものを弾くだけだった。

 それ以外には身じろぎもせずに立っていた。

 呆れているのかもしれないと思う。

 でも仮面の向こうの表情は分からない。


「…………」


 とりとめのない思考を打ち切る。

 武器を八個ばらまくことができた。

 拾って持ち替えるには十分だろう。

 このまま詠唱でも済ませようかと考えていると、ちょうど剣士が戦いの構えを見せた。

 だから先手を取るため、残っていた曲剣を手に走り出す。


 そして初撃、敵が素早い移動切りを放ってきた。

 バックステップで回避して隙を狙おうとする。

 しかし俺が手を出すよりも早く次の攻撃が来た。


「!」


 動きは同じでも、パワーやスピードが比較にならない。

 あの頃のやり方は通用しないと痛感する。


 動揺した俺に、敵は次々と攻撃を仕掛けてきた。

 消えるような速度の連撃に加え、軌道変化する剣や伸びてくる一撃も混ぜられている。

 当然だが完全な回避はできない。

 腹を深く抉られた。

 避けそこねて右の耳が落ちる。

 呻きながら、内臓がこぼれないように腹に強く力を込めた。

 なにかおかしくなっているせいか痛みはない。


「ぐっ……!」


 相手は俺を十分に殺せるはずだった。

 しかしあと一歩が噛み合わない。

 さらに例の発作もある。

 俺が限界に近づいていたところで、また苦しみ始めた。


「うぅっ……ぅぅ」


 その隙を狙って曲剣を投げた。

 身を守る余裕すらなかったのか直撃する。

 しかし外骨格が身を守ってしまった。

 舌打ちを打って武器を持ち替える。

 落ちていた斧槍を構えて突進した。


「……っ」


 我に返ったように頭を振って、剣士は再び剣を構える。

 かなりギリギリのタイミングではあったが、勢いを乗せた突撃は受け流された。

 だが攻撃はやめない。

 武器を反転させ石突の刺突で仕掛ける。

 それもしのがれるも、俺はリーチを活かして連撃を繰り出した。


 振り回し、叩きつけ、突いては引いて攻め立てる。

 だが大剣らしからぬ素早い剣さばきで対処してきた。

 さらに俺の突きを見切って距離を詰めてくる。


 それに俺は、斧槍を引いて敵の背に刃の部分を当てる……フリをして武器を手放した。

 滑り込むようにして剣士とすれ違い、さっき投げ捨てた曲剣を手に取る。


 今度は近距離戦で挑むつもりだった。

 だが思ったよりずっと早く対応された。

 初撃の時点でカウンターを食らい、胸を深々と大剣の刃がくぐる。


「……ははっ」


 地べたに叩きつけられるとなぜか笑えてきた。

 だめだ、こいつは強すぎる。


 立ち上がり、血を吐きながらも下がる。

 自分の体がどうなっているのかもう分からない。

 確かなのはまだ動けること、そして戦いは終わっていないということだ。


 落ちていた剣を拾い、双剣にして仕切り直す。

 通じない。

 また武器を持ち替える。

 これも通じない。

 太腿を深く斬られる。

 持ち替えた。

 何度も何度も持ち替えた。

 通用せず、手痛い反撃を喰らう。

 全身に切り傷が増えた。

 左手の一部が引き千切れて指が三本しかなくなった。


 こいつを超えるにはもっと、限界の先に行く必要がある。


「もっと……」


 心の中で自分に言い聞かせる。

 俺は悪魔だと。

 殺すために生まれた怪物なのだと。

 すると力がみなぎってくる。

 人間離れした速度で血が、傷が固まっていく。

 満ちる殺意に呑まれて恐怖が消えた。


「もっとだ……」


 もっと、狡猾になる。

 そのために俺は考える。


 こいつと俺の差はなんだと。

 技、力、速度、魔物としての能力、センス……いくらでも考えつく。

 どれもすぐには埋められないものだ。

 今すぐ変えられるのは一つだけ。


 俺は魔術を使えていないという点だ。


 敵は強化魔術を使っている。

 なのに俺はなにも使っていない。

 それは、相手が強すぎて詠唱する余裕がないからだ。

 加えて炎を纏わせても武器は持ち替えるし、『杭』などはどうせ当たらない。

 使う意味自体がほとんどなかった。


「まぁ、それで済ませたら、駄目だよな……」


 新しいやり方を編みだす必要があった。

 俺のレパートリーの中で、こいつに有効な術はなんだ?

 そして、この規格外の剣士の前で魔術を使うにはどうすればいい?

 難しい問題だった。

 というより答えは出ている。


 使える魔術などない。


 だが。


「…………」


 一つだけ、例外がある。

 詠唱を必要とせず、すぐに使える魔術が。

 そして効果を期待できる魔術が。


「……『貪る者ソウルイーター』」


 俺の体にはそのルーンが刻まれていた。

 そして体にルーンを刻むというのは、人間が魔道具になるのに近い。

 成功すれば魔道具のように詠唱なしで魔術を使えるようになる。

 だが代わりに、刻印が失敗すれば魔力の流れが乱れて死ぬまで魔術を扱えなくなる可能性がある。


 代償が大きい上に、そもそもリスクを負わなくても魔術は使える。

 だから【愚者の魔術】と呼ばれ忌み嫌われ、禁じられている手法がこの刻印魔術というものだ。


「……やれるか?」


 刻印魔術は出力を高めると扱いが難しくなる。

 詠唱も併用すれば自在に制御もできるというが、俺は禁術の詠唱など知らない。

 これが不安だった。


 果たして刻印だけで十分な力を引き出せるか?

 そして細かく制御できない状態で扱いきれるのか?


「やるしかないな」


 覚悟を決めた。

 まぁ、失敗してもせいぜい殺されるだけだ。

 俺もたくさん殺した。

 今さら何も恐れることなどない。


 俺が持つ全ての魔力を、この刻印に叩き込む。


「『六式ドレイン』」


 左肩の周りが燃えるように熱くなる。

 痛みが消えていたから、突然の感覚に少したじろぐ。

 だが成功した。


 赤く禍々しい光が右腕を覆った。


 これを叩きつける。

 そう決めて、俺は武器を捨てて走り出す。


「なんだ、怖いか?」


 剣士が下がった。

 俺たちは魔力を感知して、魔術の行使を察知することはできる。

 発動の瞬間、かすかに光るルーンを見れば何を使ったのかも分かる。

 でも、背に焼き付いた刻印のルーンは見えていないはずだ。


 ……とはいえ、あいつも刻印を受けている身ではある。

 やがてこの術の正体にも気づくだろう。

 しかしそれは今ではない。

 少なくともこの瞬間は、あの剣士にとってこれは未知の魔術だ。


「…………」


 剣士は、明らかに俺との接近を避けている。

 暴走させたせいで上手く制御できないが、術の力は十分だった。

 触れてもいないのにわずかに命を吸い取っていくのがわかる。

 敵もなにかされているのには気づいていて、だから警戒して離れているのだろう。


「逃がすか」


 距離を詰める。

 そして次々に武器を取り替えながら攻め立てる。

 右手は当たらない。

 剣士はこの腕を警戒している。

 こうなると直撃は難しい。

 だが、警戒されているならそれを利用すればいいと気づく。


 右手で触れるフリをして斬撃を放った。

 相打ち狙いで触れる、ように見せかけて下がらせる。


 繰り返していると、俺にもやっとフェイントのやり方がわかってきた。

 必要なのは小手先の技術ではなく、相手を迷わせるだけの圧力だ。


 俺もニーナのように、いや……少し及ばないだろうが上手くできるようになってきた。


「…………」


 武器を替えながら攻めていると、どんどん思考のスピードが上がっていくのが分かる。

 自分が誰よりも速く走れているような気分になる。


 剣から斧へ。

 さらに一瞬の隙で槍に持ち替える。

 連続で攻撃し、鎖を振って反撃を潰す。

 槍を使い、棒高跳びの要領で高く高く跳躍した。

 頭上の死角で隠し持ったナイフに持ち替える。

 着地と同時に超接近戦に切り替えて翻弄する。


 蹴りと斬撃を織り交ぜた短剣の二刀流。

 それを見て敵の動きが、少しだけ止まった。

 気づかれないよう替えたから動揺したのだろう。


「…………」


 しかし何事もなかったかのように戦いが続く。

 俺は高速の斬撃を繰り出す。

 相手は俺のペースに呑まれている。

 今決めなければならない。


 俺は右のナイフで斬りつける……フリをして手放し、致命の毒を纏った手で触れようとする。

 剣士はそれに対応し、俺の右腕を半身になって避けてみせた。


 ……が、それもフェイントだ。

 右腕を引き、左手でナイフの斬撃を放つ。

 でも弾かれて俺は武器を落とした。

 指が三本しかないから持っていられなかった。


 だが、まだ終わりではない。

 最初に右手から手放したナイフを、落ちる前に空中で掴む。

 そして骨の鎧の隙間を鋭く斬りつけた。

 上手い具合に光が触れたのか、魂も少しだけ奪えた気がした。


「……!」


 本能的な恐怖からか、敵は後ずさって逃げようとする。

 しかしそれは間違いだった。

 俺はレイピアを拾って、とどめの一撃を放った。


 まっすぐ後ろに逃げたから絶対に刺さる。

 どんなに強くても一瞬の判断ミスで死んでしまうのだ。


「終わりだ」


 しかし間違っていたのは俺の方だった。


「は?」


 呆けたような声が漏れた。

 唐突に、なんの前触れもなくレイピアが砕けた。

 跡形もなく粉砕された。

 俺の目にはそうとしか見えなかった。


 武器を突き出した姿勢のまま思わず固まる。

 そして剣士の瞳が青く輝いていることに気がつく。


「なんだよ……それ」


 背筋が凍った。

 次の瞬間、俺は意識を失った。



 ……。

 …………。

 ………………。



 目が覚めた。

 気絶したのはほんの短い時間だったようだ。

 俺は壁に叩きつけられ、頭から血を流して倒れていた。


 それから混濁する意識の中、骨の剣士が咆哮している姿を見た。


「――――――――ッッッ!!!」


 人ならざる声だった。

 瞳が青く、ただひたすらに青く輝いている。

 広場の地面が激しく音を立ててひび割れていく。

 まるで地震のように大地が揺れる。

 剣士を中心に、見えない力に巻き上げられた土埃つちぼこりが竜巻のように渦巻いていた。


「……笑えない」


 俺はつぶやいた。

 腕の『六式』の光は消えてしまっていた。

 もう通用するとも思えなかった。


 あの剣士は、まだ奥の手を残していたのだ。


「殺戮器官……解、放……!!」


 獣の咆哮が途切れ、絶え絶えの息で剣士が叫んだ。

 その時、その叫びで、初めてこいつが少女であることを悟った。


 そして蒼い風が吹き荒れる。

 地面が割れて砕けて隆起する。

 激しさを増す揺れが最大に達した時、剣士はその力の名を口にした。


「……『圧壊エクスヘイル』!!!」


 一瞬、青い輝きが広場を染め上げた。

 叩き割るような衝撃と共に、地面に大きな大きな亀裂が入る。

 だがそれを最後に、揺れは嘘のように静まった。

 でも終わりではないことは分かっている。

 俺はステラのことを思い出す。


 確かあの時、殺戮器官というような言葉を使っていた。


「あいつも、同じか……」


 俺よりも強い悪魔だ。

 だったら殺されるのも仕方がないと思う。

 それが俺たちのルールだ。

 でも、戦いをやめる理由もない。

 立ち上がって攻撃を仕掛けようと走る。


 が、そこで信じられないものを見た。


「嘘だろ……?」


 広場に置かれていた全ての武器……おそらく四十ほどの凶器が全て空に浮かんでいた。

 俺に切っ先が向いている。

 次に何が起こるのかを理解する。


 進路を変えて、攻撃から逃げるように俺は走り始める。


「……っ!」


 次々と武器が降り注ぐ。

 おびただしい数の凶器が俺を狙う。

 必死でかわしていると目の前に剣士が回り込んでいた。


 俺は降ってきた武器の中から剣を拾い、でたらめに叫びながら斬りつけた。


「クソがッ!!」


 その一撃は直撃した。

 というより敵は避けようともしなかった。

 だから骨の鎧の隙間、生身の肉に命中する。

 しかし砕けたのは刃の方だった。


「は……?」


 砕け散った刃の周囲で、かすかに青い光が見えた気がした。


「…………」


 いつの間にか殺意の雨は止んでいた。

 青い目を輝かせながら、剣士が仕掛けてくる。

 駆け抜ける動きは……速い、いや残像すら、かすかな気配すら見えなかった。


「!」


 それは、異次元の速度だった。

 俺が今まで目にした生物で、こいつより速いものは存在しない。

 断言できる。

 ステラより圧倒的に上だ。


 間近に迫った青い眼光が俺を射抜く。


「化け、物……」


 剣士は、何故か大剣で俺を斬らなかった。

 蹴り飛ばしただけだ。

 しかし、それだけで俺は死の気配を感じていた。

 体の内側がぐちゃぐちゃになったのが分かった。


「がはっ……げほっ、げほっ……」


 俺は激しく咳き込む。

 体中の血を吐き出したのではないかというほど吐血した。


「ごほっ、げほっ……」


 ふらふらの足でなんとか立ち上がる。

 さっき降り注いで来て、そのまま刺さっていた槍を拾う。

 そこで剣士がまた消えた。

 目の前に現れ、仕掛けてきた。


「っ……クソ……!」


 剣士は、まるでいたぶるかのようにとどめを刺すことはなかった。

 俺は全く反応できていないのに、巧妙に急所を外してわざわざ全身を切り刻んでくる。

 瞬間移動のような速度で消え、現れては何度も俺を斬った。

 音よりも速い斬撃が俺をえぐる。

 あまりにも一方的な戦いだった。


「はぁっ……はぁっ……」


 心に恐怖が蘇りかけていた。

 そしてその恐怖が、剣士が刻んだ斬撃の一つ一つを鮮明に記憶へと焼き付ける。


「…………」


 俺は敵の攻撃に目をらす。

 殺す気がないならいい。

 遊ぶのもいい。

 悪いのは力がない俺だ。


 だがこのまま生かすつもりなら、攻撃を見切ってあいつを殺すつもりだった。


「死ね」


 目が慣れたおかげか、まぐれで一度動きを読めた。

 だから相打ち覚悟で攻撃を仕掛ける。

 しかしまた、剣士の肉に触れると青い光が武器を壊してしまう。


「ふざけやがって……」


 毒づいた。

 しかし手は止めない。

 周囲にいくらでも武器は落ちている。

 俺は走って、跳んで、動き回りながら何度も武器を変え攻撃を続ける。

 今度は敵も防いできた。

 弾き、受け流し、あるいはかわす。

 体には一度も触れられなかったのに、大剣に当たるだけでも武器は一つずつ砕けていった。


「…………」


 そして、剣士が消える。

 かと思えば離れた間合いに現れる。

 構えを見て、俺は勘づいた。


「飛ぶ……斬撃」


 命からがら回避した。

 しかし今度は一撃ではなかった。

 威力も先程の比ではない。

 何度も何度も切断が飛び交う。

 斬撃の通り道の地面が消し飛んだ。

 俺は、必死で避けたが左腕を失った。


「……ははは」


 こんなやつに、勝てるわけがない。

 気づけば俺は薄笑いを浮かべていた。


「そうか、やっと……やっと、終わりか」


 剣士が消えた。

 目の前に現れて剣を振る。

 しかし俺は、かすかな予備動作を見切ってなんとか回避した。

 さらに連撃が続く。

 次の一撃も避けようとするが……フェイントだった。

 見事な技だった。

 何度か攻撃を受けると、突然右足が動かなくなった。

 そして俺の反撃はまともに敵を捉えられない。

 攻撃しても武器が砕ける。

 もしくは斬ろうとした姿が消える。

 速すぎる。

 青い光の、残光しか追えない。


 足を引きずりながら戦いを続けた。

 だがもう……限界だった。


「…………」


 どれほどの時間、もてあそばれていたのだろう。

 気づけば俺は、広場の壁に背をつけて倒れていた。


「…………殺せ。もう、俺も飽きた」


 鼻を鳴らしてそう言った。

 剣士が歩み寄ってくる。


 しかし突然、彼女は俺の目の前で崩れ落ちた。

 瞳に宿っていた輝きが消える。

 握っていた大剣が落ちた。


「…………」


 言葉を失った。

 何があったのか理解できなかった。

 だから剣士の体を見る。

 何故倒れたのかを理解しようとする。


「お前……」


 俺は目を見開いた。

 剣士の体の、外骨格の鎧が……今にも砕けそうなほどひび割れていることに気づいたからだ。


「ごほっ……けほっ……」


 崩れ落ちた剣士は、少女は、小さな声で咳き込んでいた。

 血を吐いて、苦しげな息に背を揺らしている。

 何故そうなっているのか分からないが、俺は……多分、あいつが……自分の能力を使ってこうしたのではないかと思う。


「…………」


 あいつの能力は、なにか見えない力を操るようなものだった。

 地面がひび割れたり、武器を浮かせていたのはそれで説明がつく。

 身体能力を引き上げるようなタイプではなかったのだ。


 だから、推測に過ぎないが……それこそが今の状況の原因になっているのではないだろうか。


「……自分の体に、力をかけた?」


 あの圧倒的な身体能力は、力を自分の肉体にかけた結果なのだろう。

 たとえば腕を動かす時、動かす方向へ後押しするように力をかける。

 それによって無理に身体能力を強化する。


 だがこれは、同時に自分の体を破壊する行為でもあったのだ。


「なぜだ?」


 しかし分からないのはその理由だ。

 体がこうなる前に俺を殺せただろう。

 それどころか、力をこんなふうに使わなくても簡単に俺を倒せていたはずだ。

 力をかけて、頭でも潰せばよかったのだ。


 なのになぜ、勝ったはずの者が俺の目の前で崩れ落ちているのか。

 その疑問への答えは見つからないままだった。

 調子に乗って自爆したと捉えることもできたが、目の前のこいつがその程度の戦士だとは思えない。


「なんでこんなことした? 勝ったのは……お前だろ」


 俺はまた聞いた。

 剣士は答えなかった。

 苦しそうに息をしているだけだ。


「…………」


 ただ一つ分かることがある。

 こいつは自殺をした。

 理由がなんであったにせよ、自分の意志で死を選んだのだ。


『どうせお前らは殺し合う。首輪の言いなりだ。はははは……』


 自分の言葉が脳裏をよぎった。

 ディランという名の少年の言葉も思い出した。


『……俺たちは、人間らしく死ぬ』


 できるはずがないと思っていた。

 しかしこいつは……人間らしく死んでみせた。

 その事実に吐き気を覚える。

 首輪に逆らえる者がいるのなら、俺は自分の罪に向き合わなければならない。

 今さらそんなことには耐えられない。


「俺は、間違ってるのか……?」


 震える声で言った。

 すると剣士が近寄ってきた。

 這うように、手をつきながら近寄ってきた。


「殺せ」


 俺はそう言った。

 剣士は俺の首に手を伸ばしてくる。

 目を閉じた。


 へし折ってくれると期待した。


「……殺せよ」


 懇願こんがんするように伝えた。

 だがその時は来なかった。

 彼女は俺の首にほんの少しだけ触れた。

 そしてそのまま俺の上に折り重なるように、あるいは胸に顔をうずめるようにして倒れる。


「…………」


 目を開いた。

 死んでいると分かった。

 やがて白い煙が少女の死体から立ち上る。


 その小さな煙は、俺の肩に触れるとすぐに消えてしまった。



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