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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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七十九話・魔物化実験(1)

 


 俺はこれまで敵をいたぶって殺してきた。

 あいつらが、俺から全てを奪ったと思っていたからだ。


 しかし本当のところ俺は、真実と向き合うことを避けていた気がする。

 違和感はいくらでもあったのだ。


 たとえば敵は、殺してくれと言わんばかりの形で俺と戦っていた。

 あいつらを差し向けたのが誰であれ、剣や槍で俺に勝てるはずがないのは分かっていたはずだ。

 最低でも十人、クロスボウかなにかを持たないと話にならない。


 あれは戦いですらなかった。

 彼らは俺に殺されるという形で死を命じられていた。

 それはまっとうな敵ではなく、誰かの奴隷というのではないだろうか?


 それに、彼らの体には鞭で打たれたような傷が見えることがあった。

 足枷の跡が覗いたこともあった。

 痛々しい傷や欠損を抱えていることもあった。

 着ている服もみすぼらしいボロの黒ローブだ。


 明らかに虐げられていると分かっていたはずだ。

 なのに自分の殺害を正当化するため、俺は真実を見ようとしなかった。


「でも、どうしようもない」


 部屋のベッド横たわってつぶやく。

 あれからも何度か殺した。

 もう立派な殺戮者だ。


「…………」


 寝返りを打った。

 度々たびたび暴れたせいで、壊れかけたベッドが小さくきしむ。


 昼も夜もわからず、ここはいつも薄暗い。

 ぼんやりとした意識で壁を見つめる。

 心が擦り切れていくのを感じる。

 どうしてこんな人生を送ることになったのだろうと考えていた。

 答えは出ない。

 こびりついて消えない血の匂いが鼻をついて、俺はうんざりとした気持ちになる。


「……疲れた」


 今は眠る時間だが、どうにも寝ることができなかった。

 寝れば夢を見る。

 俺は夢の中でいつも、これまで殺してきた人間の夢を見る。

 ケニーや俺を糾弾した少女、それから……手を下してはいないがエルマも出てくる。

 みんな俺を責めている。

 逃げるように目覚めるから、俺はあまり眠れてもいない。


 なので気分という意味では体調が悪い。

 しかし体の動きは悪くなかった。

 人を殺したあと糸のようなものが見えるようになったのがきっかけに思える。

 それから俺は、少しずつ人間をやめているように感じていた。

 魔力も体力もこれまでとは比較にならないくらい上がっている。

 食事もあまり食べていないのに、肉体はどこまでも強化されていく。


「…………」


 なんとなく、部屋の床に放置された食事のトレイを見た。

 食器はすべて木製で、中にはまだかゆのようなものが残っていた。

 あれは薬でも入れてあるのかひどい味がする。

 ふと、ハインツが実験をすると言っていたのを思い出した。

 これ以上俺をどうしようと言うのだろう。


「もう化け物なのにな」


 ケニーの声が聞こえた。

 反応する気力がない。

 俺はただじっと横たわっていた。


「みんなは……どうしてるかな」


 ぽつりとつぶやいた。

 涙は出なかった。

 リリアナはもう殺されてしまっただろうかと考える。

 あいつなら黒ローブに負けてもおかしくはない。


 ウォルターは、ニーナは、クリフは、ハルトくんは……みんなどうなっただろう。

 もう会いたいとは思えない。

 俺は本当の悪魔になった。

 みんなには二度と会えない。


 だが、仲間が苦しんでいるのではないかと思うと苦しかった。


「俺のことは殺したのに」


 ケニーが言う。

 突然こみ上げてきた吐き気をこらえる。

 そして膝を折り、背を丸め、自分の体を抱くようにして縮こまった。

 何も聞きたくなかった。

 耳をふさいで、俺はただ時が過ぎるのを待っていた。


 ―――


「十番、来い」


 あまり時間の感覚がない。

 すぐに呼ばれた気もするし、長く部屋にいた気もした。

 たが不意に外で人の気配がして、俺は名前を呼ばれた。


「…………」


 ベッドから起きたくなかった。

 あまり眠れはしないが、もう何もしたくない。

 ひどく疲れたような感覚が消えない。

 最近は起きるのが億劫おっくうだった。


「来い! 早くしろ! 命令だぞ!」


 そう言われて、痛みを予感してようやく動く。

 ふらつく足で外へ出た。

 するとそこには兵士と、魔術師と……それから、ハインツもいた。


「やぁ、久しぶり。やつれてるね」


 そんなことを言われた。

 俺はゆっくりと視線を向けて、また前を見る。

 何も答えなかった。


「じゃあ行こう」


 俺はハインツにどこかへ連れて行かれる。

 行き先にはあまり興味がわかなかった。

 どうなろうが結局従わされるだけだ。


「…………」


 こうして歩いていると、どこか夢の中にいるような……そんな奇妙な浮遊感を感じる。

 何も考えずに俺は歩く。

 すると、急に隣にいた魔術師が声を荒立てた。


「おい! 聞いてるのか! ハインツ様がお話しになっているだろう!!」


 俺は、なにか話を聞き逃したらしい。

 ハインツに目を向ける。

 するとあいつは苦笑いを浮かべた。


「ちゃんと寝てる?」

「……いいえ」


 最初に、質問には答えなくてはならないと命令されていた。

 だから首を横に振る。

 すると苦笑いのままあいつは言葉を続ける。


「そう、まぁいいや。君は魔物になることに決まった」

「…………」


 質問ではなかったので無視をした。

 そこでハインツがルールを追加する。


「命令だ。『聞こえてるなら話を聞け』」

「……はい」


 それから話が続く。

 俺はうまく回らない頭を動かして、なんとか言葉を理解しようとつとめる。

 痛みを与えられないように。

 俺の行動原理はそれだけだった。


「君は魔物になる。これからその実験をする」

「…………」

「上手く魔物になったらここを出してあげられるかも」

「…………」

「あれ? 嬉しくなかった?」


 質問だと認識した。

 だから答える。


「別に」

「ふーん。あ、なれなかったら死んでもらうからね」


 続けられた言葉に、俺は少しだけ考える。

 もしかしてこれまで黒ローブの敵を殺していたのは、魔物にする準備かなにかのためだったのだろうかと。

 だとすればこんなことのために彼らは死んだのだろうか。

 そして俺たちを育てて、裏切ったのもそれが理由だろうか。


「……くだらない」


 ぽつりとつぶやいた。

 心底くだらない理由だと思う。


「…………」


 ハインツは何も言わなかった。

 そのままどこかへ歩いていく。

 魔物……聞いたことがあるという程度で、その怪物のことはあまり知らない。

 しかし自分がそれになると聞かされてもどうでもよかった。

 誰かを殺すよりはマシだった。

 それにもし殺してもらえるなら、失敗することを願うのも悪くないと思った。



 ―――



 連れられて来た場所は真っ暗な部屋だった。

 一切の光源がないため中の様子がわからない。

 ドアを開けた先は本当の暗闇だった。


「入れ」


 魔術師の男に小突かれた。

 だから足を踏み入れる。

 後ろから明かりの魔道具を持ってハインツがついてくる。


 それで、ようやく部屋の様子がわかった。


「なんだ、これ……」


 思わず目を瞬かせた。

 なにかに驚く、という感情をずいぶん久しぶりに抱いた気がする。


 部屋にはひつぎが一つあった。

 他には棚がぽつんと配置されているだけだ。

 そしてその棺が普通のものではなかった。

 拘束具がぎっしりと詰め込まれていて、中に入った人間の自由を徹底的に奪うような性質が伺えた。


「この装置に入ってもらう。さぁ、命令だ。『棺に入れ』」


 特に抵抗せず歩いていく。

 やはりこれは棺なのだろうかと考えた。

 明らかに似せて作っている気がする。

 人間にとっての棺で、代わりに魔物が生まれる場所……というような悪趣味な意味なのかもしれない。


 半ば諦めたような気持ちで装置の前に立った。

 棺に入る前に服を全て脱ぐように言われる。

 それから装置の中に横たわり、手足を着々と拘束されていく。

 近づいて初めて気づいたが、棺は分厚い鋼鉄で作られている。

 脱出は難しそうだった。

 あまりにも拘束が過剰なので、そもそもそんな気は起こせなかったが。


「……よし、準備を始めよう。これから手術をする」


 棚からなにかを取り出してハインツが言った。

 それから、幾人かの兵士たちが道具らしきものを運んで来る。

 蓋を開けているとはいえ、棺に入っているのでもうよくわからない。


「手術?」


 聞き返した。

 するとあいつは答える。


「そうだ。君にさらに装置を埋め込んでいく。過剰に魔力を取り込むようになる装置だ。これをつけると……うまく行けば魔物になる」


 うまく行けば魔物になる、というような言葉を先ほども言っていたような気がした。

 失敗があるのだろう。

 失敗したら人間でも魔物でもない化物になるのだろうか。


「ちなみに、失敗したら死ぬよ」


 手術の準備はまだ続いているらしい。

 楽しげに語り続けている。


 しかし、さっきは殺すと言っていたように俺は記憶していた。


「殺すと言ったじゃないかって? それはね、なり損ないにも色々あるんだ。なったあと……力に耐えきれず壊れるケースもある。なれずに死ぬパターンだってある」


 考えを読んだかのようにハインツが言った。

 俺は、少しだけ孤児院にいた頃のことを思い出す。

 こいつはこうして、人の気持ちを読み取って話すことが得意だった。

 俺が悲しい時や困ってる時、気持ちをわかっていてくれて優しく語りかけてきた。


「でも実は、なれずに死ぬパターンはほぼなくなってきてる。技術の進歩だね。たくさんデータを取れたおかげだ」


 吐き気がするような言葉だった。

 データが何を意味するのか、なんて聞かなくてもわかる。

 俺は目を閉じて手術の始まりを待つことにした。

 幸いにも、耳が聞こえる限りは目を閉じることについて禁止はされていない。


 しばらくして、ハインツが語りかけてきた。


「さぁ始めよう。今の君には薬品が効きにくいから……痛みはそのままだ。治癒魔術による緩和かんわも無し。我慢してね」


 あいつは話しながら棺の真上、天井から吊るされていた魔道具が作動させる。

 するとまばゆい光が俺を照らす。


「…………」


 腹のあたりに刃物が触れた気がした。

 背筋が冷えて、俺は反射的に身を固くする。

 次の瞬間には刃が入る。

 痛みに歯を食いしばったが、首輪の苦痛に比べれば何でもないと思った。

 声を出さないように息を止める。


「流石だね、リリアナちゃんは泣いてたよ」


 目を見開いた。

 ハインツを睨みつける。

 するとあいつは笑って言葉を続けた。


「嘘だよ。もう死んだ。あんな弱い子が生きてるわけないでしょ」


 その言葉に俺は深い絶望を感じた。

 まだ人生に底があったのかと泣きたくなるような気分だった。

 どんな最後だったのかは分からないが、ここに来た以上まともな死に方ではなかったはずだ。


 彼女が黒ローブたちに囲まれて、惨殺されている光景を思い浮かべる。

 どうしようもなく息が乱れた。


「うっうぅ……」


 枯れたと思っていた涙があふれる。

 リリアナが死んだと、笑って口にしたあいつを許せなかった。


「殺してやる……」


 そう口にしたのは何度目だろう。

 俺はまだ、こいつに傷一つつけられていない。


 しかしそれでも強くハインツを睨みつけた。

 気にする様子もなく、鼻歌交じりに手術を続けている。

 俺の体が切り開かれて、あちこちになにか硬い金属のようなものが埋め込まれていく。


「殺してやる、絶対に。お前だけは……」


 繰り返し呪い続けた。

 黙るように命じられることはなかった。

 楽しげに施術を終えて、まともな縫合ほうごうもせずに俺を放置して立ち去る。


「じゃあね、十番」


 そう言ってハインツは棺の蓋を閉じた。

 俺は暗闇の中に残される。

 魔物になることなんてどうでもよかった。

 ただリリアナのことを考えてずっと泣いていた。


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