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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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七十四話・悪魔(2)

 


 クリフがステラを俺たちから引き離したはずだった。

 奇跡は不発に終わったが、それでもかなり進んだはずだった。

 だというのに、行く手には悪魔がたたずんでいる。


「嘘でしょ……?」


 リリアナが呆然とつぶやいた。

 もう少し進んで、敵の目を振り切ってから崖を降りるつもりだったのだろう。

 しかしこのぶんではそれでも逃げ切れたかどうか。


 ステラが、リリアナを一瞥いちべつした。


「お前が指揮官? 無能ね、まだ降伏しないなんて」


 それから呆然とする俺たちへと杖を向け、含み笑いと共に魔術を使う。

 甲高い雷鳴が響いた。

 ステラの頭上に巨大な雷の塊が形成される。

 直径で軽く十メートルはありそうだ。

 あんなものをまともに食らったら……想像するだけで背筋が凍る。

 金色の光が周囲の木々を飲み込んで、バチバチと音を立てながら膨らんでいく。


「悪魔だ」


 誰かが言った。

 そして何人かが悲鳴を上げて逃げ出す。

 意味をなさない言葉を泣き叫びながら、集団から離れてどこかに走る。


 それに血相を変えてリリアナが叫んだ。


「待って! ……みんな待って! バラバラになっちゃだめ!! もしかしたら、あいつ……わたしたちを…………」


 しかし恐慌きょうこうに陥った仲間は聞く耳を持たない。

 暗闇の中を一人、また一人と逃げていく。

 だがすぐにいくつも悲鳴が聞こえた。

 一人ずつ囲まれて捕まっているのだ。

 その悲鳴にパニックになって、また別の方向に仲間が逃げ出していく。


 そんな中ステラは、雷の魔術をあっさりと消してしまった。

 さらにあの聞こえない声で黒ローブたちに指示を出している。


「――――――――」


 本来なら誰もあの黒ローブの敵に負けるはずがない。

 でも、あまりにもあっさりと捕まっていく。

 ステラは動いてさえいないのに、あっという間に俺たちは半分以下になってしまった。


「おい! ……ダリアがいる! まだ助けられる!! 助けよう、頼む!」


 一人がそう言って指をさした。

 よく見れば林の先、ちょうど月明かりが漏れたそばに仲間が一人倒れている。

 周囲には敵がいない。

 近いから、確かにもしかすると助けられるかもしれない。


「だ、だめ……行っちゃだめ……罠だよ、きっと……」


 震える声を絞り出して、必死にリリアナが止めた。

 しかし、指さした彼は怒りを滲ませて怒鳴り返す。


「なら、また見捨てろって言うのか?!」

「それは」

「……いいよ。お前は好きにしろ。なにかあったら俺のことも見捨てればいいしな」


 その言葉で、リリアナは本当に傷ついたように目を見開いた。

 今にも泣き出しそうだった。


「違う、そんなんじゃ……」

「違わない。俺は行く。俺は仲間を見捨てない!」


 そう言って三人ほどが走って行った。

 だがその場所にたどり着いた瞬間、周囲から一斉に矢が放たれる。

 足や肩に刺さり、彼らは毒矢によって一瞬で倒れる。

 そして全員が捕まってしまった。


「…………」


 闇に飛び込んだ仲間の悲鳴が、その間も絶え間なく聞こえ続ける。

 俺は歯を食いしばって、震えながら、耳を塞ぎたくなるのをなんとかこらえるしかなかった。


「う……うう……みんな、なんで……」


 リリアナが崩れ落ちる。

 声を上げて泣き始める。


「なんで……なんで、みんな……言うこと聞いてくれないの……」


 みんな散り散りになって捕まってしまった。

 残った仲間はもうほんのわずかだ。

 彼女と、俺と、クランツくんと、ニーナとウォルターとハルトくんだけだ。


 ステラはそんな俺たちをあざ笑う。


「無様ねぇ……臆病者と無能ばかりが身を寄せ合って。仲間ごっこは楽しめたかしら? そんなものはこうして、簡単に、踏みにじられてしまうのにね」


 告げられたのは冷たく一方的な否定だった。

 さらに言葉を続けながら、今度はまるで哀れむような視線を投げかけてくる。


「けれど恥じることはないわ。愚かなこと、弱いことは……群れる生き物のさだめですもの」


 目を細め、くすくすと笑う。

 そこで獣のような唸り声を上げて、ニーナがウォルターの拘束から抜けた。

 止める間もなく敵の方へと走って行く。


「お前は、殺す……!」

「さて。できるかどうか」


 ステラは余裕に満ちた表情で迎えた。

 さらに高速のナイフの猛攻をさばき切り、瞬間移動で距離を取る。

 ニーナは即座に追跡するも、それが命取りになった。


「来い、病毒びょうどくの火よ。『十六式イビルフレイム』」


 奇妙な詠唱のあと、ニーナの背後に薄青い半透明の炎の壁が現れる。

 それによって俺たちと分断されてしまった。

 長く高い壁の向こうで、ステラがニーナに杖を向ける。


「重要捕獲対象、ニーナ=ハーリング。……ようやく答え合わせね。私とお前、どちらが優れているのかしら?」


 そんな、よく分からない言葉と共に戦いは始まる。

 ニーナは周囲の木々をも足場にし、目にも止まらぬ立体機動で攻撃を仕掛けている。

 だが、無情にも力の差は明らかだった。


「……俺は、どうすれば」


 助けに行かなければと思う。

 でも、どうやってこの炎を越えればいい?

 回り込んだら間に合わない。

 しかも行ったところでなにもできない。

 一緒に死んでやることしかできない。


 二人ならそうした。

 炎を突き破ってでも進んだだろう。

 でも、今そうするのが正しいのだろうか?


 悩んでいる間にも戦闘は続く。

 俺は、自分の命をどう使うべきなのかをずっと考えていた。


「ああ、速さ比べね……」


 あらゆる物を足場にして飛び回る動きに対し、呆れたような声と共にステラは瞬間移動を繰り返す。

 その挙動に、ニーナは全く対応できなかった。

 消えては現れる敵に翻弄され続けている。


「逃げるなっ!!」


 怒り狂ったニーナが飛びかかる。

 だが見えない壁に弾き飛ばされた。

 無数の『障壁』の魔術が展開されたのだ。


「ぐっ……!」


 痛みに耐えて彼女は再び走り出す。

 鼻で笑ったステラが杖を軽く振った。


「性質追加『周回サテライト』」


 今度はニーナが吹き飛ばされる。

 まるで大槌で殴りつけられたような飛び方だった。

 目をらせばいくつもの『障壁』が、凄まじい速度でステラの周囲を巡回しているのが分かる。

 これもルーンの書き換え?


「かはっ……こほっ……」


 膝をついた姿を見て、ニタリと笑ったステラが壁を消して攻めに転じた。


「ふふん」


 瞬間移動を攻撃に転用し、あらゆる方向から杖で殴りつける。

 そして、三度目の転移の際に明らかにダメージが入った。

 五度目の転移で腹に肘打ちが決まり、その後不自然にニーナの動きが止まる。

 まるで全身を拘束されたかのようだった。


「ニーナ……」


 名を呼んで手を伸ばす。

 なんの意味もない無力な行為だ。

 なすすべもなく蹴りが命中して吹き飛ばされる。

 それでもなんとか立ち上がったところで、小さな閃光が駆け抜けてニーナの右腕を破裂させる。


「…………っ」


 かすかな軌跡以外は全く見えなかった。

 人間に視認できる速度ではなかった。

 俺たちが知らない魔術を、ステラは手足のように使ってみせる。


 ニーナは撃ち抜かれた腕に触れて、恐怖に支配されたかのように立ちすくんでいた。


「どうしたの? まるで、蛇に睨まれた蛙だわ」


 ステラが笑った。

 瞳を凍らせ、停止したニーナの左足が撃ち抜かれる。

 血肉が破裂し、崩れ落ちそうになる。

 またあの光だ。

 神速、という言葉すら生ぬるい速度が肉を穿うがつ。


「兄さん……どうか…………どうか……」


 しかし片手と片足を貫かれてなお、ニーナはまだ折れてはいなかった。

 苦しげな声で兄に呼びかけ、血を流しながら、ふらつく足で進もうとする。

 だがそこで、唐突に頭上から網が落ちてきた。


「っ……!」


 獣を捕まえるような罠だった。

 木の上に隠れていた敵が落としたのだ。


 手足を破壊された上に、網に絡まってニーナはうまく動けない。

 さらに、その瞬間を狙っていたかのように周囲に黒ローブたちが現れた。

 四方から棒で叩かれて、彼女の動きが完全に止まる。

 あまりに無惨な光景を前に、俺は思わず目を背けそうになった。


「…………っ!」


 そしてニーナは網に包まれたまま暗闇へ引きずられて行った。

 ステラは手を下すことすらしなかった。

 はらわたが煮えくり返るような怒りに、俺は震える。


「クソ、あいつ……! あいつっ!!」


 この怒りはステラへの怒りだ。

 しかし同時に、目の前の敵になにもできない自分への憎悪だ。

 どうして俺は……こんなにも無力なのだろう。


「残念だわ。答え合わせをしようにも……比較にすらならない」


 つまらなさそうにつぶやいて、ステラは青い炎の壁を消した。

 そして、次はウォルターへと流し目で視線を送る。


「さて、お前は何を見せてくれる?」


 ウォルターは何も言わない。

 そこで、座り込んで泣いていたリリアナが、どこか壊れたように泣きわめいて彼にすがりついた。


「ウォルター、お、お願い……助けて……助けて……」

「…………」

「お願い、なんとかして……お願い……このままじゃ……みんなが、連れて行かれちゃうよ…………」


 彼女が最後にすがったのはウォルターだった。

 これまで圧倒的な戦闘能力であらゆる敵を打ち砕いてきたからだ。


 しかし今回ばかりは相手が悪いとしか言いようがなかった。


「…………」


 なんとかすることはできない。

 彼にも分かっている。

 だから何も答えない。

 深いため息を吐いたあと、俺をまっすぐに見て語りかけてきた。


「……リュート」


 言葉が出てこなかった。

 ウォルターが死ぬ覚悟を決めたのがわかった。


 フィンの背中を思い出す。

 クリフの最後の笑顔がまぶたに浮かぶ。

 ニーナの戦いが脳裏をよぎった。


 なのに、俺はいまなにをやっている?

 俺は一体なんなんだ?


「リュート」


 もう一度呼ばれた。

 俺はウォルターを見る。


「リリアナ先生を頼んだ。我々の雇い主だからな」


 そんなことを、冗談めかして言うウォルターが優しい笑みを浮かべていた。

 だから涙が止まらなくなった。

 俺の気持ちを、悔しさを全部分かっている気がした。

 胸が苦しくて心臓が千切れそうだった。


「なに、先生って……わたし先生じゃないよ……」


 リリアナも泣きながら言う。

 そういえばリリアナ先生と、本人の目の前で言うのは初めてだったか。

 いつも隠れてこそこそ言っていたから。


「俺だって銀貨じゃない」


 口を尖らせて言うとウォルターが笑った。

 なごやかで穏やかな笑顔だった。

 暗く冷たい絶望の中に、ほんの一瞬、あたたかな光が差し込んだ気がした。


「ふっ……」


 微笑んだままウォルターが背を向ける。

 クランツくんとハルトくんも従おうとした。

 リリアナも行こうとするが、それはウォルターが止めた。


「君は来るな」

「でも……」

「いいから、行け。まっすぐ走って逃げろ」


 勝てないからだ。

 三人でも、四人でも五人でも。

 仮に二十五人が全員そろっていたとしても。


「俺も行く」


 そう言った。

 逃げるのはリリアナだけでいいと思った。

 もう仲間を置いていくのはいやだった。

 いま捨てないなら、俺の命の使いどころなんてないと思った。

 だがこれもウォルターが止める。


「リリアナはあまり腕が立たない。一人じゃ心配だ。守ってやってくれ」

「でも……なら、クランツくんのほうが……」


 俺よりクランツくんのほうが強い。

 だからそう言ったが、当の本人はけらけらと笑う。


「ええ、俺? いやだよ俺、こんな変なやつの面倒見るの」


 ハルトくんも笑ってさらにからかう。

 さっきの泣き真似までセットだった。


「しかも、なんかあったらすぐ『どうにかしてよ〜、ぴえ〜ん』って泣きついてくるんだろ? 冗談じゃないぜ」


 しかし不意に笑みを消し、彼は黒ローブの敵を睨みつける。


「それに、あいつら……仲間をひどい目にわせたからな。一人くらい殺さないと気が済まねぇよ」


 強く杖を握っているのがわかった。

 でもため息と共に力を抜いて、ハルトくんは俺を強く突き飛ばす。


「ほら、行け。捕まったら許さねぇからな」


 三人は行ってしまった。

 黒ローブたちは介入する気はなさそうだった。

 ステラはウォルターに興味を持っていたから、多分手を出さないように命令しているのだろう。


 俺はリリアナの手を引いて走り始めた。

 振り払おうとしてくるが必死で抑え込む。


「やだ、わたしも戦う! 一緒に戦う! だから勝ってよ、ねぇ、ウォルター…………」


 無理だと分かっているから、声の最後は消えるように小さくしぼんでいった。


 戦いが始まる。

 何度も振り向いた。


 ウォルターが前に出てなんとか渡り合っている。

 あいつにはステラの魔術が当たらない。

 大量の『針』をかいくぐるように避けている。

 隙を見てハルトくんが仕掛けた。


「雑魚は消えろ」


 耳元で聞こえた声に思わず振り向いた。

 ハルトくんが倒れている。

 それに気を取られたウォルターが隙を晒した。

 しかしクランツくんが庇って代わりに倒れる。


「やっと二人きり。邪魔よね、弱い奴らって。……ずっと気にしてたでしょう? この、転がってる雑魚のことを」


 楽しげにすら聞こえる声だった。

 ウォルターはなにかを答えたのかもしれない。

 あるいは答えなかったのかもしれない。

 俺にはステラの声しか聞こえないから分からなかった。


「悪くない。お前、中々面白いわ」


 ウォルターは、ステラの攻撃をしのいでいる。

 それどころか肉薄して何度も剣を振っていた。

 信じがたい動きだ。

 身体強化魔術を使い、本気を出した彼はここまでの力を発揮するのか。


 わずかに興奮がにじむ声で笑い、ステラが黒ローブの敵をけしかける。


「人を殺すところも見せてよ。……行け、ほら、お前らだ」


 顎で使われて九人が前に出た。

 様々な武器を持ってウォルターを取り囲む。

 動きから、敵の中でもトップクラスの精鋭であると伝わった。

 だが一瞬で首が四つ飛んだ。

 鮮やかな剣技だった。

 瞬きのうちに残りの五人も死んだ。

 剣の間合いに入ったそばから、ほんの数秒で全員が血を噴き出してくずおれる。


 しかもそれは、まとめて敵を薙ぎ払った結果ではない。

 あいつは敵の攻撃をかわし、あるいは受け流し、完璧に身を守りながら少しずつ始末していた。

 最初は一人、次にまた一人、その次は二人、三人……最後に二人。

 丁寧な処理だった。

 相手が多い内は決して無理をしない。

 ウォルターはこれが一番()()なやり方だとわかっている。


 そしてこれでも一瞬に見えるほど、単純に剣さばきが速すぎた。


「嘘!? アハハ、あなたほんとに人間?」


 俺はまた前を向いて走る。

 すると黒ローブの敵が三人、行く手を塞ぐように立ちはだかってきた。


 すぐに剣を向ける。

 頭では躊躇わなかったが、一瞬だけ体の動きが止まった。

 しかし憎しみが突き上げてきて、気づいた時には二人殺していた。

 三人目もすぐに斬り捨てる。


「……クソ」


 思わず悪態を吐いた。

 こんな弱い奴らに好き勝手されていたのに腹が立つ。

 本来なら誰もこんな奴らには負けない。

 ただ俺たちは……あまりにも悪意に対して脆すぎた。


 歯を食いしばりながら、俺は黒ローブの服を脱がせる。


「リリアナ、これを着て。服の上からでいい。でも上着は脱いで」


 少しでも隠れられるようにと思ってのことだ。

 血がついているがすぐにはわからない。

 何もしないよりはマシだ。


「う、うん……」


 ぼろぼろと涙をこぼしながらもリリアナは従った。

 装備のジャケットを脱いだあと、たどたどしい手付きでインナーの上に黒ローブを身にまとい始める。


「…………」


 その間に俺はウォルターの方を見る。

 やはり渡り合えている。

 剣は当たっていないが、あらゆる魔術をかわしている。

 爆炎や閃光が飛び交う中を動き続けている。


 見えないほど速い閃光の魔術。

 大量の『杭』のようなものが降り注ぐ魔術。

 無数の炎の刃が薙ぎ払いを放つ魔術。


 立て続けに大規模な魔術が繰り出される。

 それらはただウォルターを襲うだけではない。

 途中で別の魔術に変わったりもする。

 だというのにその全てを凌ぎ切って、彼は敵の喉元に刃をかすらせた。


 俺は、思わず生唾を飲む。



「秘術でも仕留めきれないとはね。……いいでしょう、ちょっと大人げないけど本気を見せてあげる」




「さぁおいで。本当の、魔術師の、恐ろしさを……教えてあげよう。……くすくす」



 小馬鹿にするように、短く言葉を切ってステラが言った。

 その言葉のあとまた詠唱を始める。


 基本は杖だけで魔術を組み立てるから、あいつの詠唱を聞くのは四度目だった。

 これまでは二層魔術と言う技術を使った時、『針』を模倣した時、そして青い炎を操った時だ。


「銀貨は?」


 リリアナが問いかけてきた。

 着ないのか、ということだろう。

 俺は何も答えなかった。


「…………」


 着ればいざという時目立つことができなくなる

 だから俺はこのままで良かった。


「行こう」


 手を引いて走り始める。

 リリアナがまた泣いていた。

 俺は、本当に無力だと思う。


「『星』から『力場』へ」


「『力場』から『渦』へ」


「『渦』から『鏡像』へ」


 ステラの詠唱が途絶えることなく聞こえる。

 そこで気づいた。

 あのいくつもの口が同時に詠唱している。

 笑ってもいたのだろう。

 だから音が重なって聞こえていた。


「『鏡像』から『茨』へ」


 五度目の詠唱のあと。

 どこか妖しい風が吹き抜けた気がした。

 俺たちの背後へ、ステラへと風が集まっていく。


 なにかまずいことが起きる気がする。

 嫌な予感がする。


「さぁ、根源の茨よ。…………五層魔術」


 その声が届くのと同時、恐ろしいなにかが世界を貫いたのを感じた。

 反射的な恐怖から振り向く。

 しかしもうずいぶん離れていたから、木々に遮られて何も見えない。

 全てをかき消すような轟音ごうおんと共に、まばゆい光が漏れ出て見えただけだ。

 何が起こったのかわからない。

 ただ、少しすると代わりに声が聞こえてくる。


 見下したような、あるいは小さい子供に語りかけるような猫なで声だった。


「よくやったわ、剣士くん。あなたの頑張りは……みんなにほんのちょっぴりの希望を与えたでしょうね。くすくす……」


 あざ笑うような台詞から敗北を悟る。

 さらに俺たちにも呼びかけてきたが、そこで声の雰囲気が変わった。

 残忍な悪魔の声だ。


 そしてステラは、決して言ってはいけない言葉を口にする。


「……おい、ドブネズミども。戻ってこい。今からこいつを処刑する」


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