六十九話・合同訓練
任務が終わってちょうど二ヶ月くらい経った。
俺はいつも通りの訓練の日々に戻っていたが、少し沈んだ気持ちで毎日を過ごしていた。
理由はウォルターがいなくなったから……ではない。
あいつは今も孤児院にいる。
出ていくのも嘘ではないだろうが、リリアナの腕を治すために留まっているのだろうと俺は勝手に思っている。
だからウォルターは出て行っていない。
しかし、シーナ先生が姿を消してしまったのだ。
「おはよう」
朝、食堂で食事をもらう列に並んでいると声をかけられた。
ケニーだった。
眠そうな顔をしている。
今日は特別な日だから、緊張しやすいケニーは眠れなかったのかもしれない。
「おはよう」
言葉を返すと、さっそく彼は話し始める。
「なぁ、リュート。合同訓練ってどんな感じだと思う?」
今日は朝ごはんを食べたらすぐに孤児院を出ることになっている。
ちょうど今ケニーが言った合同訓練、というものに出かけるのだ。
「さぁ……」
俺は首を傾げる。
合同訓練とは、王都に集まって他の孤児院と一緒に演習をすることだと聞いていた。
だがその他には何も知らない。
「さぁじゃないだろ。びっくりだよな。他にも俺たちみたいなのがたくさんいるなんて」
「俺は、実は知ってたけどね」
一応、うちと同じような孤児院がたくさんある……という事実は任務後に聞いて知っていた。
そんな俺の答えにケニーは少し目をまたたかせる。
思えば、誰もわざわざ伝えたりはしていなかったんだっけ。
「そうなんだ? でも、王都にも行けるんだぞ。お前はすごい田舎者だからきっとびっくりするね。俺が案内してやるよ」
そう言って、彼はふふんと鼻を鳴らす。
どこか自慢げに見える。
彼はいい家柄の三男だったそうで、都には何度か行ったことがあるのだ。
「ありがとう……」
都に行くのを楽しみにしている仲間はたくさんいる。
でも俺はあまり気乗りしなかったから、お礼を言ったあとついため息を吐いてしまう。
だが感じが悪かっただろうかと気づいて謝った。
「あ、ごめん。その、ため息は……」
慌てて謝ると彼は大きく頷いた。
そしてちょっと寂しそうに笑って俺の肩を叩く。
「分かってるよ。シーナ先生だろ。手紙の返事が来てないもんな」
「そう。なんかあったんじゃないかなって……」
シーナ先生はある日突然いなくなった。
だがセオドア先生によると、シーナ先生は指揮官として軍に復帰したそうだ。
全く何も言わずにいなくなったのは守秘義務のある任務についたかららしい。
お別れも言えなかったことは悲しかったが、先生は出世したのだと聞く。
だから、先生に良いことがあったなら俺は一緒に喜ぼうと思った。
でも。
「俺が送った手紙……一つも返事が返ってこないんだ」
どうしても気がかりなのはそれだ。
貯金をはたいて何通も手紙を送ったのに、先生からの返事が来ないのだ。
みんなで、一つの封筒にたくさん伝えたいことを詰め込んで送った手紙だ。
きっと喜んでくれるだろうと思ったが、その返事はいつまで待ってもやってこない。
二ヶ月待って、待ちながらも手紙を送ってもう四通にもなっていた。
「多分、先生も仕事で忙しいんだよ」
ケニーは楽観的な様子で言った。
俺はやはり不安が拭えない。
「そうかな……」
「そうだよ」
そこで、ふと思いついて俺は言う。
「もしかしたら、合同訓練に行ってる間に孤児院に帰ってくるかも」
「ないない。絶対ない。俺たちが出てることくらい行く前に分かるでしょ」
強く否定されて、俺は思わずうなずいた。
「まぁ……そうか」
「そうだよ。お前はシーナ先生が大好きだね」
「否定はしないけど……。でも、ケニーがいなくなっても同じようにするよ」
俺がそう言うと、彼は心なしか嬉しそうに笑った。
「お前いいやつだなぁ」
それから彼は王都がどんなに素晴らしく偉大な場所であるかを俺に語って聞かせてくれた。
身振り手振りを交えていろんな話をしてくれる。
多分、俺の気を紛らわそうとしてくれているのだろう。
心の中で感謝しながら、笑って楽しく話を聞いた。
「ああ、そうだ。あと先生は王都にいるかもしれないぞ」
食事のトレイを受け取って、別れる前にケニーがそう言った。
俺は確かにあるかもしれないと思って頷く。
「そっか。出世したんだっけ。なら王都に配属されてるかも……」
「そうそう。それに、もしいなくてもまた会えるって」
俺を元気づけたあと、ケニーは両目が閉じるできそこないのウインクをして立ち去って行った。
彼はふてぶてしいところもあるが、根は優しいから俺は好きだ。
「…………」
一人になって、小さく息を吐いて気持ちを切り替える。
ケニーの言う通りまたいつかは会えるだろうし、今は合同訓練に集中しようと思ったのだ。
他の孤児院に負けないように頑張ることで、次会ったら先生に自慢できると思った。
「頑張ろう……」
小さくつぶやいていつもの席に向かっていると途中でニーナに出会った。
だから一緒に歩いていくと、すぐにリリアナとウォルターを見つけた。
そして、二人はなにやら言い合っているようだった。
「まだ違和感があるの!」
「もう治ったと思うんだけど……」
「あるの! 違和感が!」
腕の話だろうか?
ちなみにリリアナの腕は、もう一ヶ月前には治って生えてきている。
だが以前と同じようには動かないらしく、今はリハビリをしている段階だ。
「それは、もう後は自分の訓練で治せると思う」
だからウォルターはそう言った。
ヴィクター先生も同じようなことを言っていたが、リリアナのお願いでまだウォルターは定期的に治癒魔術をかけてくれている。
「ダメダメ……まだ治療が必要だよ」
「うーん……」
ごねるリリアナにウォルターは露骨に困った顔をする。
それを見て、もしかして彼女は気づいているのかもしれないと思った。
ウォルターが出て行こうとしていることに薄々気づいているから、こうして治療を伸ばしているのかもしれないと。
あいつは異常に勘が鋭いことがあるのでその可能性もある。
「…………」
もしそうだとしたら俺は……リリアナを説得しようと思った。
どこかウォルターの目のない場所で話すことになるが。
ともかく、俺は椅子に腰掛けながらあいつに話しかける。
「リリアナ、ほんとにまだ治療が必要なのか?」
「うん……」
答えた彼女は悲しそうに見えた気がした。
後ろめたさも感じる。
その様子から、やはり気づいているのだと確信を深める。
「…………」
だったらウォルターがいなくなる理由もいつかちゃんと話して、二人で送り出せるようにすべきだ。
いくら引き止めたところで、もう近い内にはここを出て行くはずだから。
それに、もしかしたら王都から旅立つのかもしれないと俺は思う。
王都の交通網は他とは比べ物にならない。
交易の道を通じてどこにでも行ける。
だとしたら本当に時間がない。
気が重くなってため息を吐いた。
「はぁ……」
ずっと楽しい毎日が続くとは思っていなかったが、急に家族が二人もいなくなるのは寂しいことだ。
「う、嘘じゃないもん!」
俺のため息を見て、何故かリリアナがそんなことを言う。
それにちょっと笑って別の話をすることにした。
説得は、王都に行く途中にででもすればいい。
―――
朝食を食べたあと外に出ると、孤児院の門のそばにはたくさんの馬車が来ていた。
これに乗って、今度はみんなで旅に出るのだ。
外はよく晴れていて、旅にはいい天気だ。
そして、行き先も王都ということでみんな楽しそうにはしゃいでいる。
馬車の周りの人だかりの中で、エルマがみんなに地図を見せていた。
「見て見て、ほら。これ。都はこんなに遠いんだよ」
「何日くらいで着くんだ?」
「う〜ん……えー……分かんないけど……でも、遠いねぇ」
国の地図を見ているといろんな話が始まった。
ついたら何をするとか、ここは有名な遺跡があるとか、このあたりに亡国のお宝が埋まっているとか。
地図を見ながらそれぞれ話をして楽しそうだ。
それにしても、お宝が埋まっているのなら何故誰も掘り起こさないのだろう?
「…………」
やはりあまり気分が上がらなかったから、俺はなにも言わず笑ってみんなの話を聞いていた。
すると馬車に乗る時間が来た。
ヴィクター先生が案内してくれる。
「さぁ、乗って乗って」
「先生、俺たち武器持ってないけどいいんですか?」
「大丈夫。訓練用は向こうに用意してあるから。それに、あんまり荷物増やしたくないからね。道中は護衛もつくから安心していい」
ということで、ほとんど手ぶらだ。
最低限の荷物は持っているが、武器などのたぐいは持っていけない。
護衛に加え、王都の周りは徹底的に魔獣を駆除してあるから、安全なのでいらないのだとか。
食料とかそういうのも別の馬車にまとめて積んであるから、俺達の荷物は背嚢に余裕を持って収まる程度。
だが魔術の触媒だけは別だ。
使い慣れたものを使いたいので、ここはゴネてみんな魔術の触媒を持ち込んでいる。
先生は微妙な顔をしていたが、実際短い杖やメダルなんて大荷物にはなりはしない。
荷物になるようなら自分で持つし。
と、思っていると周囲からヒソヒソ声が聞こえてくる。
エルマとハルトくんだ。
「ねぇ、私弓持ってきちゃった……」
「隠しちゃえよ」
「そうする。自分で手入れしたの使いたいもんね」
「先生ーー! エルマが」
「わぁ、バカ。サイテー……」
そこで、エルマが告げ口しようとしたハルトくんを蹴り倒す。
すると見事に沈黙した。
多分、告げ口はやるフリのいたずらだろうが。
「…………」
しかしまぁ、どうもいくらかの仲間は武器も持ち込んでいるようだ。
みんな自分の道具にはやっぱり愛着があるのだろう。
特に弓なんてモノが違えば勝手も違う。
「俺も鎖とか……いや、それは危ないか」
ひとりごとを呟いたあと俺は馬車に乗った。
車両が対抗戦の部隊ごとに分けられているので、今回はエルマやケニーたちとの旅になる。




