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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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五十九話・中位魔獣討伐戦(1)

 


 ディティスが山から出てきた。

 もう猶予はない、戦いが始まる。

 俺は息を整えて指示を待っていた。


 すると、リリアナが口を開く。


「手短に言う。わたしたちが時間を稼ぐから、銀貨にはあの、大きな炎の剣を使ってほしい」


 大きな剣? ……多分、『暴走剣』のことだ。

 あれを使って勝つつもりなのだろうか?


 でも俺は、それではディティスを倒せないと分かっていた。

 魔術を重ねるとは言っても、俺の技量や魔力の問題で重ねられる数、つまり威力に限界が生まれてしまっているのだ。

 そしてこの限界は、中位魔獣を一撃で殺せるほどの威力ではない。


 なのでちょっと申し訳ない気持ちで答える。


「多分……殺しきれないと思う。俺の最大でも」

「かもね。でも、それでいい」


 彼女は俺の言葉にこともなげに答えてみせた。

 しかしそうなると狙いがわからない。

 真意を聞くために黙っていると、彼女は作戦を語り始める。


「ウォルターがね、ディティス(あいつ)の指を落としてたでしょ? 覚えてる?」


 うなずいた。

 確かに彼は氷の鎧の末端、かろうじて刃が通る足の指を何度も斬った。


「あれはね、試してたんだってさ。肉を削られたら、再生するまで鎧が戻らないかを」

「あっ……」


 思い当たって、俺は思わず声を上げる。


 そうだ。

 確かに切り落とした指が治るまで、欠けた鎧は元に戻らなかった。

 ならばあの治癒自体が治癒魔法……とでも言うべきものなのかもしれない。

 そのせいで回復中は氷の魔法を使えない、あるいは行使に制限がかかるのだ。


「そう。だからまずは、あいつの肉に傷を入れる。火傷がいいよ。炎なら鎧を突破しやすいし、体の表面をめちゃくちゃにできる」


 そして鎧が再生するまでの時間、その時こそ全力で仕掛けて倒すということか。

 納得したので同意を示す。


「わかった。でも準備がいる」

「そうね。時間はこっちで稼ぐ。銀貨は準備に専念して」


 彼女の指示に、俺はすぐ答えることができなかった。

 思い浮かぶのは、さっき俺に向かって突っ込んできたディティスのことだ。

 あんなふうに突撃されたら、後方で構えていることは難しい気がする。


 しかし全て分かっているかのように、あいつは俺の目を見て深く頷いた。


「信じて」


 なにか作戦があるのだろう。

 押し切られるようにして俺はうなずく。


 どちらにせよ時間はないし、こう言われたら納得するしかない。


「わかったよ」


 言って、左手で剣を抜いた俺は切っ先を地面に突き刺す。

 そして代わりにナイフを取り出して、刀身に『炎剣』を使うことにした。


 あの鎧を破るなら最低でも四か五は『炎剣』を重ねないと難しいだろうし、それならちょっと時間がかかる。


「…………」


 準備を進める俺をよそに、リリアナはディティスを見た。

 敵は山から駆け降りたはいいが、そこからは止まってゆっくりとこちらへ来ていた。

 多分、先ほどのような罠を警戒しているからだろうか。


 それは分からないが、まだ開始まで猶予ゆうよがあると察したからだろう。

 彼女はそっとニーナへと語りかける。


「ニーナちゃん。ごめんね、負担をかけることになる」

「お構いなく」


 リリアナは昨日ひとりひとりと話していたはずだ。

 その時、それぞれとなにかの取り決めがあったのかもしれない。

 とにかくまた言葉を交わした直後、迫りくる気配に俺は気がつく。


 ディティスが走り出した。

 まだ位置は離れている。

 でもすぐに距離を詰めてくるだろう。


「来たな」


 クランツくんが呟いて魔術の詠唱を始めた。

 おそらく氷の魔法に備えているのだ。


「――――!!」


 だが相手は魔法を使う気配すらなく、一つ吠えるとまっすぐ駆け寄ってくる。

 殺気をたぎらせ肉薄する敵を見ながら、リリアナがまずは口を開いた。


「前に出よう」


 それから、俺を残して全員が前に出る。

 杖を持ったリリアナを後衛、ニーナを前衛、加えて他の二人が中衛として間に立っていた。


「…………」


 その位置取りを見て、まさかと俺は思う。

 クランツくんが少しだけニーナに近い場所にいる……とはいえ、それでも彼女は突出して先頭に立っている。

 もしやこのまま一人で前衛を担い、ディティスを抑えるつもりなのか。

 実力を信用していないわけではない。

 それに、強化の魔術を使える彼女にしか任せられないのは分かっている。


 だが相手が悪い。


 危うさに背筋を冷やしたが、今俺にできることは準備に徹することだけだった。

 感情を押し殺してじっと詠唱を続ける。

 二つ、三つと同時に制御する『剣』のルーンが増えればそれだけ意識を割かれることになる。

 そんな状態では魔術を失敗したり、すでに発動した術のコントロールを失ってしまう可能性がある。

 他に気を取られていてはいけないのだ。


 リリアナの、指揮をする声が聞こえる。


「敵が来たらまず、ニーナちゃんが……」


 接敵に備えるリリアナの声を聞き流し、俺は自分の仕事に集中した。

 それからすぐ、前で戦闘が始まったと音で気がつく。


「……『炎剣フレイムアーツ』」


 それから俺が、三つ目の剣に炎を纏わせたあと。


 一区切りついたと思って、一度だけ戦いに視線を向けてみる。

 すると戦いの最中、ディティスが地面に大鉈を突き刺すのが見えた。

 突き刺した場所から噴き出すように冷気の爆発が起こった。

 前衛を張っていたニーナを吹き飛ばす。


「!」


 重傷を負った様子ではなかった。

 彼女はかなり素早く反応していた。

 なのでどちらかというと爆発の前に転がって逃げて、余波で飛ばされたような印象だった。

 でも体勢を崩している。

 すかさず、ディティスが咆哮をあげる。


「―――――ッ!」


 そのまま崩れたニーナへ襲いかかろうとする……が、その前にクリフが割って入った。

 誰もが動けない中、曲剣を振りかざしディティスの鎧に刃を立てる。


「逃げろ! ニーナ!!」


 彼の言う通り、逃げて体勢を整えるしかない。

 だが彼女は、クリフが来た瞬間、なぜか一層恐れが増したように動かなくなった。

 戦線から離脱してしまったのだ。


「…………」


 それでも戦いは続く。

 振り回される大鉈をクリフが受け流す。

 流石に防御が上手い。

 だが、二発目で耐えきれずに叩きのめされた。

 クランツくんの槍の援護でなんとか命を拾う。

 そのまま二人で戦うが、おそらく長くは保たないだろう。


 俺は小さくつぶやく。


「……だめだ」


 みんなが死ぬと思った。

 三人でも綱渡りだったのに、ニーナが欠けては無謀むぼうでしかない。

 だから、一瞬だけ迷ったあと決断を下す。


かさなれ」


 メダルを持ち替え『累積』の魔術を使用した。

 すると三つの炎が集合し、荒れ狂う渦になって一つの剣に収まっていく。

 俺は魔術の触媒を荷物に戻し、炎を集めた剣に左手を伸ばした。

 そして柄を手に取ると、不安定で膨大な熱量のうごめきが伝わってきた。


「……くっ」


 一歩間違えれば自分ごと焼き払うような、そんな危うさを直感して無意識に生唾を飲む。

 しかし多分、三本では鎧を砕くことは難しいだろうと思った。

 あくまで時間稼ぎにしかならない。


 それを理解した上で剣を強く握った。

 地を蹴って走り出す。

 すると俺の動きに気づいたリリアナが、他のみんなにその場から離れるように言った。


「二人とも引いて!」


 指示を受けて、ディティスと戦っていた二人が速やかに撤退する。

 巻き込む心配はなさそうだと判断し、最後の一歩を全力で踏み込んだ。


「…………っ!」


 間合いに入った。

 鋭く息を吐き、片手なりに力を込めた剣を振りかざす。

 しかし、それを振り切る前に敵に気がつかれる。

 足音を聞いたか、それとも殺気を悟ったのかはわからない。


「!」


 ディティスは、ハッとした様子で振り向いた。

 無駄に人じみた反応だと思った。

 敵が、悪あがきのように大きく咆える。

 さらに右手で横薙ぎに刃を振りかざしてきた。


「――――!!」


 だが大鉈が命中するよりも早く、咆哮を断ち切るように、俺は鎧に刃を立てる。

 その衝突をきっかけに、叩きつけた剣から炎が溢れ出した。

 圧縮されていた炎は、もはや完全に俺の制御を離れている。


「っ……」


 噴き上がる炎のあまりの激しさにうめく。

 火に飛び込んだような錯覚を感じ、反射的な恐怖で後ずさりそうになる。

 なんとかこらえてその場に留まるが、炎はますます荒れ狂った。


 そして一瞬の後に爆発を巻き起こし、余波で俺の体はほこりのように吹き飛ばされる。


「うっ……」


 爆発の光と轟音に目と耳を潰され、状況が全く分からないまま俺は地を転がる。

 剣を手放した上に受け身すら取れず、目を開けても視界がどうもはっきりとしない。


「どうなった……」


 体が痛いし頭もなんだかくらくらする。

 でも気力を振り絞ってなんとか身を起こす。

 それから前方に目を凝らすと、焦げ付いた地面と充満する煙の光景がゆっくりと像を結ぶ。


 今ので……鎧を破壊できただろうか?

 破壊は無理でも、あれを受けて無傷ではないと思うが……。


 どちらにせよ気を緩めるようなことはせず、剣を拾ってすぐに立つ。

 そしてニーナの姿を探した。

 さっきまで座り込んだままだったから、きちんと逃げられたのか確かめたかったのだ。


「…………」


 だから周囲を探すと案外すぐそばにいた。

 クリフに保護されたのか、彼とともに近くで座り込んでいた。


「大丈夫?」


 ふらつく足で歩み寄り、一つ咳き込んだあと呼びかける。

 するとこちらに向き直ったニーナが、ガタガタと震えていることに気がつく。

 彼女は戦意を失い、しおれた目で俺を見上げていた。


「…………」


 俺は何も言わず、即座に今の状況について考える。

 ニーナが折れたという事実が致命的であることを察したからだ。


 まず、身体強化を使える彼女がいないとディティスを倒すことは難しい。

 そして逃走も同じように難しい。

 この場を犠牲なしで切り抜けるには、絶対にニーナの力が必要だ。

 そう結論づけた俺は、なんとか彼女に立ち直ってもらわなければならないと思った。


「…………」


 しかし、励ますための言葉がどうしても出てこない。

 それは他のみんなも同じだった。

 何故ならニーナは、すでに十分がんばったと分かっているからだ。


 彼女はたった一人でディティスの正面に立ち続けた。

 それに、さっきもまさに大鉈が振り下ろされようとするところで俺を助けてくれた。


 これまでの奮戦を思えば一度や二度ではない。

 みんなの命を何度も救ってくれたようなものだ。

 しかも目の前で親をオークに殺され……孤児院にいた個体にも怯えていたニーナがだ。

 そんな彼女がオークや、その中位魔獣と戦うためにどれだけ勇気を振り絞ったことか。


 今ならよく理解できる。

 さっき様子がおかしかったのは、必死に恐怖を抑えていたからだ。

 耐えて耐えて限界を迎えた彼女を、無理に戦わせることはできなかった。

 それは、見殺しにするのと何も変わらない。


 だから俺はニーナに声をかける。


「……もう家に帰ろう。任務より命が大事だよ」


 完全な独断だが、そう言うと彼女が顔を上げた。

 そしてぼろぼろと涙を流しながら俺を見つめた。

 他のみんなも反対はしないでいてくれた。


「どうやって?」


 震える声でそんな問いが返ってくる。

 少しだけ答えに迷った。


「…………」


 たしかに、こうなると退却すら難しい。

 でも俺はまっすぐ目を見て言葉を返す。


「なんとかする」

「なんとかするって……」


 ニーナは泣き顔で声を詰まらせた。

 俺は笑って彼女に答える。


「大丈夫。昨日はできたから、今日もできる」


 俺は昨日、ディティスを縛り上げて無力化した。

 同じように勝てばみんな逃げられる。


 ……とはいえ、昨日のアレはしょせんまぐれだ。

 最初に視界を潰せなかったら、きっとすぐに死んでいた。


 運が良かっただけで、今度は虫のように殺されて終わりかもしれない。

 それを思うと胸に恐怖が蘇る。

 でも少しも動揺はしなかった。

 今の俺の心を埋めるのは、恐怖よりも大きい気持ちだった。


「ニーナは、大事な友だちだ」

「…………」

「それで……友だちが本当につらいなら力になる。どうなっても後悔なんかしない」


 最後にもう一度だけ笑って、俺はディティスに立ち向かう腹を決めた。

 そしてリリアナに逃げるように言おうとしたところで、先に彼女が声を発した。


「……やだよ」


 まだ何も言っていないのに、リリアナも泣きそうな顔をしていた。

 俺が言いそうなことくらい分かっているのだ。


「ぜったい置いていかないから。それに、きっとウォルターが来てくれるよ……。だから、それまで一緒に戦おう」


 確かに、ウォルターが来てくれたらひっくり返るかもしれない。

 氷の鎧があるから……仕留めるのは難しいかもしれない。

 でも強化なしでディティスを軽くあしらった彼なら、全員を生かすことができるはずだ。


 俺も、それくらいの希望は持っていいと思えた。


「……わかった。でも、本当に危なくなったら俺に任せてほしい」

「まだそんなこと……!」


 俺の言葉に、リリアナは珍しく怒りをあらわにする。

 だが俺にとっては本心だった。

 可能な限り仲間を生かすなら一人が残るしかないし、その役目は俺にしてほしいと思っていた。


 俺は、みんなを助けたいからこの任務に志願したのだ。


「ごめんね」


 だがこの場は引くことにした。

 本当にいよいよとなったら、俺にはリリアナを説得する自信があった。

 彼女とは付き合いが長いから、どう言えばいいかはなんとなくわかる。

 みんなを助けるためだと言えばきっと動いてくれる。

 リリアナはとても頭がいいので、仲間のためなら正しい判断を下せるはずだ。


「…………」


 彼女は一度だけ俺を睨んで、それから焼かれて倒れたはずのディティスの方へと視線を向ける。

 もうそろそろ体勢を整える頃合いだろう。

 俺もそれ以上何かを言うことはせず、ただ黙って剣を握り直す。



 そして、ゆっくりと前へと歩みを進めた。


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