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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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五十六話・再戦(1)

 


 見張りを終え、もうひと眠りすると朝が来た。

 二度目の睡眠は、少しだけ前より深く眠れた気がした。

 だが目覚めの余韻よいんひたる暇はない。

 すぐに戦いの準備をして、慌ただしく洞窟の出口に肩を並べる。


 そして外をざっと見てみた感じでは、まだ敵は来ていない気がした。

 昨日までの雲も晴れ、朝日が差し込む早朝の山景さんけいは平穏なものに感じられる。


「……そんなわけないか」


 朝の光に軽く目を細めつつ、俺は小さく声を漏らす。


 一見何もいないように見えるが、多分そうじゃない。

 敵はまだ隠れてこちらを伺っているのだろう。

 今襲ってきていないのはタイミングの問題でしかなく、すでに包囲は始まっていると考えたほうがいい。

 日が昇った以上は、もう一刻の猶予ゆうよも残されてはいない。


「みんな、準備はいいよね」


 リリアナの声がした。

 一つ深呼吸をして俺は答える。


「うん」


 続けて他の面々もそれぞれに承諾しょうだくを返す。

 それを確認すると彼女は頷いた。


「わかった」


 怪我のこともありあいつは馬に乗っている。

 それに弓を捨て、今は魔術師寄りの装備に変更していた。

 まるで噂に名高いロスタリアの魔術騎兵……と言いたいところだが、彼女が片手で馬を乗りこなすのは無理である。

 なので手綱は黒マントの少女が受け持ってくれていた。


 因縁の相手(?)との二人乗りになったせいか、リリアナは少し気まずそうに見えた。

 しかし手はしっかりと少女の腰に回してある。

 落馬の心配はなさそうだが、馬は二人に加えてちょっとした荷物も運んでいる。

 斜面を降ったりして潰れないかが気にかかった。


「じゃあ、行こうか」


 そして、あいつは続けて緊張した様子で出発を告げる。

 流石に疲れが伺えるものの、夜ふかししたわりに眠そうには見えない。

 少し仮眠をとったらしいが、それでもすごい気力だと思う。


 なんてことを考えていると馬が動いた。

 若干虚をつかれつつも、俺は走って動きを合わせた。


「…………」


 いまから全員で山を下る。

 そして追いかけてくるであろう敵から逃げる。

 一応作戦は決まっているらしいが、これから先は大まかにしか聞かされていない。

 準備もあって作戦を細かく話す時間がなかったから、あとは指示どおりに動くだけだ。


 だから俺は、なるべく無心で走り続ける。

 みんなよく動けるように軽装備へ変えてあるので、速度を落とした馬にならついていけた。

 また、先頭の馬も軍馬だけあって多少の傾斜はものともしない。

 林立りんりつする木々の中に入っても、障害物を器用に避けて怯むことなく山を下っていく。

 それから少しの間進んだあと、低く張り詰めた声でリリアナが言った。


「来たよ」


 馬上で、馬を駆っていない彼女は背後を監視していた。

 だからいち早く追手に気づいたのだろう。

 俺も音で薄々察してはいたものの、やはり魔獣が追いかけてきている。

 この反応の速さを見るに、出発した時点で攻撃まで秒読みだったか。


「敵はまだまとまってないわ。魔術で妨害ぼうがいしてみるね」


 リリアナがいま一番魔力が余っている。

 だから出し惜しみする様子はない。

 そして腰に吊った杖を握る前に、前に乗る少女に声をかけた。


「悪いけど、ちょっと支えてくれる?」


 片手だから、杖を持って落馬しないためには体を支えてもらう必要があった。

 だから少女は無言で左手を後ろに伸ばし、リリアナの服を掴んで支えてくれた。

 それにお礼を言ったあと、あいつは杖で魔術を使う。


「ありがと。…………『雷杭サンダーステーク』」


 詠唱を済ませ、使ったのは雷の『杭』だった。

 青い稲妻の塊が飛んで、幹を焼かれた木々の数本が薙ぎ倒される。

 すると倒木によって道が一つ塞がれた。

 加えて続けて使われた杭で、もう一つ道を通行不能にする。

 いまので太い通り道を潰したので、残っているのは細い道だけだ。


「やるな……」


 上手いと思って俺はつぶやく。

 追跡のルートを潰す狙いもいいが、木の倒し方も工夫している。

 あれはそうそう通れない。


 そして杖を腰に戻したあいつは、じっと後方に視線を送っている。


「…………」


 足止めの甲斐あり、また少し俺たちは山を進めた。

 まだまだふもとには遠いがここまでは順調だ。

 距離も離せている。

 しかしそろそろ中位魔獣が来るかと思っていると、リリアナが相乗りしている少女に問いを投げかけた。


「例の場所はまだ先?」

「ええ。ポイントへの到着にはまだかかります」

「わかった……」


 例の場所とは、少女の部隊が見張りポイントを探す中で見つけていた地形だ。

 まずそこに行くのが作戦の第一段階になる。

 だから無心で走っていると、リリアナが俺に声をかけてきた。


「銀貨。ついたら多分、ヒギリが仕掛けてくる。その時にお願いね」

「……うん」


 ヒギリの魔法に対処するのは俺とクランツくんの役割だ。

 なので続けてクランツくんにも声がかけられる。


「クランツもね」

「ああ」


 返事が聞こえた。

 俺に比べて息があまり乱れていない。

 ただでさえ屈強な彼が、盾も鎧も手放したのだから身が軽いはずだ。

 そしてまた進み続けると、なんとか追いつかれずに目的の場所にたどり着く。


 そこはなんの変哲もない山の一角いっかくだった。

 しかし一つだけ違う点があるとすれば、ここにはすっぽりと小さな穴が開いたように木が生えていないということだ。

 木々の天井てんじょうが抜けた狭い空き地で、俺たちは作戦に取りかかる。


 だから一度停止すると、リリアナは馬上で指揮を始める。


「すぐ準備するよ。荷物の中身ばらまいちゃって」


 その指示で動くのは俺ではない。

 俺には別の準備がある。

 ここは木がないので、上空からヒギリに見つかる可能性が高い。

 ヤツの魔法を迎え撃つには俺とクランツくんの協力が不可欠だった。

 だから慌ただしく動き回る他の面々をよそに、俺とクランツくんは先に後方に退く。


「力よ、武器に宿り、留まって、その威力を高めよ。剣に重なり、収束し……」


 俺が唱えるのは『炎剣』の魔術だった。

 剣とナイフ、その両方に魔術を付与する。

 この上で二つの魔術を重ねて『暴走剣』を使い敵の魔法を相殺する。


「……よし」


 俺が双剣に魔術を付与した頃。

 触媒である『土』のメダルを持ったクランツくんが前に出た。

 まずは彼の『障壁』で受けて、敵の魔法の勢いを弱めた上で俺が動くことになっている。


「できた? 火をつけて」


 そして俺たちをよそに、ニーナやクリフは山に火を放つ準備をしていた。

 山火事で敵の足止めを行うのだ。

 そのために薪の残りや葉っぱなどの可燃物と、手製の発火剤を混ぜたものを点々とばらまいていく。

 とはいえ、発火剤とは言ってもだいそれたものではない。

 おがくずに油などを混ぜただけのものだ。

 これは元々魔力を節約して火を使えるよう用意していた程度のものである。

 だから雨上がりの山では大して燃えないだろうが、とりあえず配置して俺たちのところまで下がってきた。


 さらに、ちょうどそこでヒギリが追いついてくる。


「銀貨、来た!」


 リリアナの声ではっとして燃える剣を握り直す。

 右手で扱うのには不安があるので左手で握った。

 そして地面に突き刺した炎のナイフを見つめながら、『器』のルーンを取り出す。


「わかった!」


 上空に視線を向けると、今まさにヒギリが風を放とうとしているのが見えた。

 クランツくんが『障壁』を展開する。

 そして敵の攻撃とほぼ同時に、『暴走剣』を完成させた俺も炎を解き放つ。

 するとまずクランツくんの壁が風の鋭さを殺した。

 次に俺の炎が風を飲み込んで大きく膨らむ。

 結果、中空で魔術と魔法が混ざり合い、二つの勢いを足し合わせたような炎が空き地に吹き荒れた。


「……うっ」


 足元がぐらつくような強さの熱風に、俺は思わずうめき声を漏らす。

 さらに前に目を向けて俺は驚く。


「うわっ……」


 少し目を離した間に炎が大きく育っていた。

 ばらまいた発火剤に引火して爆発的に広がったのだ。

 魔法と『暴走剣』の間の子の火か空き地を焼き潰していく。

 周囲の木々にまで引火してどんどん拡大しつつある。

 間近に迫る熱を前に、俺は反射的に冷や汗を流した。


「なにしてるの! 銀貨も逃げて!」


 あっけに取られていた俺に声がかけられた。

 他の面々はもう逃げ出している。

 慌てて剣を鞘に収めて俺は走り出す。


「分かった!」


 それから走りながら、俺は背後へ振り向いた。

 火はまだまだ大きくなって、またたく間に山火事へと発展し始めている。


 この煙の中ではヒギリと言えど俺たちを少しは見失うはずだし、炎に遮られて魔獣はとても進めない。

 あまりに首尾よくことが運んだが……多分、この大火たいかは風によるものだろう。

 ヒギリの風を飲み込んだことで炎はここまで大きく膨らんだ。


 しかし、そこまで考えて俺は思い当たる。

 多分それだけではない。

 まだなにかある。


「…………」


 背後を監視していたリリアナと目が合った。

 俺が称賛の意を込めた視線を送ると、彼女はにっこりと笑った。


 そして、それでなんだか腑に落ちた気がした。

 山が作戦地帯に入ると分かっていた時点で、最初からリリアナは山火事を起こすこともプランに入れていたのだろう。

 だから、何故か雨が降る前に葉っぱなんてものが集めてあった。

 他にもこっそり準備をしていたのかもしれない。

 多分孤児院での準備期間中から、なにかしらの細工を始めていたはずだ。


「…………」


 俺は無言のまま大きく頷いた。

 いける、と伝えたつもりだった。

 今日もリリアナは冴えている。

 だから俺たちはきっと生き残れる。


 しかし彼女はまだまだ気を緩めてはいない。

 打って変わって、少し厳しい声で俺たちへと語りかけてきた。


「うまくいったけど安心はしないでね。敵はすぐ追いついてくるよ」


 まさか、と思って俺はまた彼女を見つめる。

 するとあいつはじっと後方を睨みながら言葉を続けた。


「ディティスがいる。あいつにはこんなの、ほんのボヤ騒ぎだから……」


 ディティスの魔法といえどあれほどの火をあっさりと鎮めるものだろうか?

 俺は半信半疑で聞いていたが、また少しして振り向いて目を疑う。


「えっ……」


 確かに……炎が弱まっている。

 ぱっと見てわかるほどではない。

 しかし注意深く観察すれば、炎に比べて煙が目立つようになっている気がする。

 これは紛れもなく鎮火の始まりだと俺にもわかる。


 まずいのではないかと思っていると、唐突に止まるように号令がかかった。


「よし、いったん止まって」


 なぜいま止まるのだろう。

 従いつつも、よくわからなくて目を瞬かせる。

 するとクランツくんが軽く手を上げて質問を投げかけた。


「リリアナ、これからどうする? 逃げ切れるのか?」


 まだ俺たちは作戦の全容を知らない。

 ここから何をするのか聞かされていない。


 だからいいタイミングの質問だった。

 クランツくんの問いを受けて、彼女は首を横に振る。

 それから、やけに落ち着いた口調でその言葉を口にした。


「逃げれないよ。逃げ切るのは無理。どうせ空から見つかる」


 返ったのは否定だった。

 少女とウォルター以外の全員が息を呑む。

 俺は一瞬作戦が失敗したのかと思ったが、逃げれないと言ったわりに本人は落ち着いている。

 そのおかげでなんとか落ち着きを取り戻せた。


「だから、あいつらをやっつけないとね。大丈夫、わたしに任せて」


 昨日ディティスと遭遇した時とは打って変わった態度だった。

 やっつける、という言葉の気安さに相応しい自信を含んでいた。

 前はかなり取り乱していたのに、今はいつも通り落ち着いて見える。

 その姿からは、きっとなんとかしてくれるような頼もしさを感じる。


 だからこれからどうなるとしても、まずはちゃんと作戦を実行できるように頑張ろうと思った。


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