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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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五十五話・消えないもの

 


 それからしばらく二人で寝そべっていた。

 リリアナは仰向けに寝ているが、俺はうつ伏せで前を見て見張りを続ける。

 特に状況は変わらないものの、二人で時々話しながらだと根拠のない安心感があるのは不思議だった。

 少し落ち着いた気持ちで外を見ていると、またリリアナが話しかけてくる。


「ねぇ、こないだ話した商品の話だけどさ……帰ったら作り始めようよ」


 以前話した商品……というとサッカー用品の話だろうか。


 物を作って売る事業の復活にあたって、俺たちが解決すべき課題は街の職人との競争を避けることだった。

 そしてその結果として、孤児院で楽しまれている球技(?)であるサッカーのための道具を作ろうという話になったのだ。

 街でサッカーは遊ばれていないようなので、これなら職人との競争は起きない。

 だからとりあえずは、みんなが怪我をしないような防具を作るべく動いている。


「とりあえず素材はね、布と綿を中心にしようと思ってて……革もちょっと使うかも」

「うん」

「まずは膝あてを試作したいね。それで、できたら色んなところで転ぶの。二人で」


 転ぶ云々はいつもやる露骨な宣伝だ。

 今回は転んでも無傷、すごいでしょ? を見せつけてアピールしていくつもりなのだろう。

 意味があるのかはわからないがこれだって俺の仕事だ。

 今回は手を擦りむいたら大変だから、手袋も二人分先生たちに頼んで借りようと思った。


 しかしそこで、なぜかあいつが二人と言っていたことに気がつく。


「あれ? ウォルターは?」


 だから尋ねると、決まり悪そうに彼女は眉を下げた。


「ウォルターは受け身が完璧すぎるんだよ……」


 そして演技もできない。

 あいつがいたら膝あての出る幕はなく、身のこなしを見せつけて終わってしまう。

 そんな光景を思い浮かべて少し笑った。


「確かに」

「でも他の商品もできたら、三人でサッカーの試合にも出て宣伝しようね」

「うん」


 俺は商売の手伝いで忙しいし、人を叩くのが好きになれないので休みもサッカーをやることはほとんどなかった。

 でもたまにはいいだろうと思う。

 リリアナと二人で、ウォルターの大活躍を見るのも悪くない。


「いいね」


 こうやっていつもの暮らしについて話していると心が明るくなった。

 どこか孤児院に帰ったような錯覚を感じながら穏やかに言葉を交わす。


 しかしまたどこかから物音が聞こえてきて、俺は思わず身を固くした。


「…………」


 怯んだことはバレているだろう。

 ごまかすように軽く咳払いをしたあと体を起こす。

 そして剣を片手に座り込んで監視を続けた。

 寝ているのは流石に無防備すぎるというか、気を抜きすぎてるように感じたのだ。


「怖い?」


 するとそんなことを尋ねてくる。

 あんまりな質問に苦笑いをした。

 こんな状況で怖くないはずがない。


「怖いよ、そりゃあ」


 それでも今はマシになったが、実際に中位魔獣二体に追われている時の恐怖といったらなかった。

 本当はもうディティスの前に立った時点で限界だったのだ。


 敵は俺よりずっと強い。

 運が良かったから生き残れただけだ。

 あれだけの恐怖を前にして、次も戦えるかは分からない。


 だがそんな生々しい話をしても仕方がなかった。

 ちょっと冗談めかして言葉を続ける。


「今日は俺、すごい久しぶりに泣きそうになった……」

「うそー」


 リリアナはくすくすと笑っている。

 実は本当に泣きそうになったのはナイショだ。

 でもそういえば、泣きそうになったのは彼女が死ぬかと思ったからだったか。


 それを思い出して、少し迷ったあと俺は口を開く。


「明日は怪我するなよ」


 怪我するな、なんて言ったって結局のところそれは敵次第だ。

 だが俺は、リリアナが自分を犠牲にみんなが生き残るような作戦を考えているような気がして不安だった。

 負傷した自分を足手まといだと判断していそうな怖さがある。


 仮にあいつが囮かなにかになって犠牲にして逃げられたとしても、俺は少しも嬉しくない。

 もしそうなれば泣いても泣いても足りないくらい泣くだろうと思う。


 だから念押しの意味を込めて目を見つめると、あいつはまた朗らかに笑った。

 心配されたのが分かって嬉しかったのかもしれない。

 そして不意に別の話を切り出してくる。


「ねぇ、銀貨。この前の話なんだけどね」


 なんの話だろう。

 急にそんなふうに問いを投げかけてくる。

 話題がつかめなかったのでとりあえず先を促した。


「この前?」

「ほら、お墓でさ……。銀貨言ってたじゃん。わたしはお父さんとお母さんのこと覚えてるかって」

「……ああ」


 そういえばそんなこともあった。

 村での暮らしを忘れてしまう自分が薄情に思えて、忘れるのが自分だけなのか知りたくて聞いたのだ。

 しかしなぜ、これが今さら話題にあがるのだろう。


「それがどうしたの?」


 ちょっと驚いてまた質問する。

 彼女は相変わらず仰向けのまま、じっと洞窟の天井を見つめていた。


「いや。あの時ちょっと、銀貨の気持ちがわかったんだよね。確かに忘れちゃうのはさみしいかなって……」

「…………」

「でも、なんて言えばいいのかわからなくて。だから最近けっこう考えてたの」


 思いがけない言葉に目をまたたかせる。


 今こうして切り出したということは、もしや答えが出たのだろうか。

 俺は目を見て言葉の続きを待った。

 すると彼女も視線を返して語り始める。


「それでさ、会えなくなったらさ……やっぱり忘れちゃうよね。それは仕方ないんだと思う」


 俺も同じ考えだ。

 仕方ないので気にしない、というほど割り切れてはいない。

 でも忘れてしまうことに対して諦めたような気持ちはあった。


「だけど、それだけじゃない気がする」

「それだけじゃない?」


 リリアナは大きくうなずく。

 俺は何度かまばたきをして、どういうことなのか考えた。

 だがよくわからなかった。


「たとえばさ、シーナ先生と会わなくなっても……教わった算術は忘れないよね?」

「そうかも」

「でしょ? 他にも習慣とか、考え方とか性格とか……自分の一部になったものは、やっぱり簡単には消えないと思うの」


 聞いていると、ちょっとそれは違うような気がした。

 習慣や算術は思い出の代わりにはならない。

 だが最後まで考えを聞きたいと思ったので、俺は黙って話に耳を傾ける。


「だからさ、それで分かるじゃない。なにもなくなったわけじゃないって。今までみんなに色々もらったんだって」

「もらった?」


 俺が目をまたたかせていると、あいつはちょっと誇らしげにうなずく。

 すごくいい考えでしょ、って感じの顔をしている。


「うん。もし思い出がなくなっても、これまでもらった消えないものがたくさんあるはずでしょ。それなら昔のこと忘れちゃっても、わたし幸せだったんだって……そう思えるからいつも嬉しいよ」


 彼女の言葉を聞いて黙り込む。

 言っている意味は分かるし共感する部分もある。

 でも自分がどう感じているのかをきちんと言葉にしたかったので考えた。


 しかしどうしてもそのとおりだとは思えない。

 寂しいのは変わらない。

 俺は思い出を忘れたくないのだ。


 だけど俺を元気づけようとしてくれているのは分かっていたので、少し笑って同意する。


「いい考えだね」

「やっぱり? そう思うよね?」


 リリアナはなんだか嬉しそうにしていた。

 そしてにこにこと微笑みながら言葉を続けた。


「銀貨にもみんなが消えないものをあげてるんだよ。だからこれからどうなっても、ぜったいさみしくなんかないんだよ」


 それを聞いて、なんだか俺は苦い気持ちになる。

 いよいよ不吉というか、まるで本当にいなくなるつもりみたいだ。

 悪気はないんだろうけどやめてほしい。


「嬉しいけど……なんか縁起悪いよ。お前しぶといから。当分いなくなったりしないだろ……」


 冗談めかして言うと、あいつは驚いたように目を見開いた。

 どうやら心外だったらしい。

 じゃあ本当にそんなつもりはなかったのか。


「当たり前じゃない。わたしが死ぬわけないでしょ」


 言い放ったリリアナは、あなた何言ってるの? って感じだった。

 それを見て俺は嬉しくなる。

 この顔は自分が犠牲になる作戦を立てている人間の顔じゃない。


 そんなふうに内心で喜んでいると、彼女はまた自慢げな表情を浮かべて知識を披露してくれる。


「銀貨は知らないんだろうけど、女の子のほうが長生きするんだからね」

「ほんと? 誰が言ってたの?」


 男女の寿命の違いなんて誰が調べたんだろう。

 教会の聖職者様だろうか。

 いや、もしかしたらどこかの王様が調査したのかもしれない。

 有効なデータを得るにはすごく長い時間とお金がかかるだろうから。


 ともかく興味が出たから話の出どころを尋ねたが、あいつはなぜか言葉に詰まる。


「誰って………………誰……だったっけ」


 つぶやいた声は消えいって、後半の方はほとんど聞こえない。

 そしてちょっと気まずそうに目を泳がせたあと、有無を言わさぬ様子で会話を打ち切った。


「そんなの関係ないよ。誰が言ってても変わらないもん」

「変わらない……かな」


 いーや、変わるねと言いたかったが我慢した。

 なんとなくこの話を続けたくなさそうだったからだ。

 あいつは頭がいいので何でも知っているが、時々こうしてはぐらかす時がある。

 それはわかっていたので、無理して反論することはしない。


「変わんないか」


 だから俺が賛成を示すと、リリアナは何度も頷いた。

 ちょっと嬉しそうに見えた気がした。


「話がわかるね」


 それから俺たちはまた別の雑談を始める。

 寝る前に集まっていたみんなが何を話していたのかも聞いたりした。

 そんなふうに他愛のないことを話しつつ、ずっと二人で見張りを続けていた。


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