十五話・賛美節(2)
客が寄り付かないからという理由で犬の帽子を強要され、祭りの中心となる広場に向かう。
そして司教がいる大聖堂の前にその広場はあった。
見るになかなかの広さを誇っているし、し広場から伸びる道にも許可は出されているらしい。
なので場所不足ということは恐らくない。
現に今も沢山の人々が場所取りをしているが、場所の良し悪しはともかく面積自体にはまだまだ余裕がありそうだった。
「さて、やりますか」
「どこでやるんだ?」
「いい場所取らないとですね」
いい場所、とはどこかを少し考える。
設置された祭壇の半径十メートルほどには全く出店の影がない。
常識的に考えると、そのあたりはご法度だろう。
それでも人が多く来るであろう中央付近が良いのだろうか。
「真ん中か?」
アッシュがそう聞くと、アリスは鼻で笑う。
そして早口で否定の羅列を返してきた。
「いや、混雑しますでしょ。食べ物や催し物ならともかく魔道具のような奥深いものをじっくり見てもらえるものですか。それに、私の店ははっきり言ってブルジョア向けですからね。小市民に用はありません」
「なるほど」
どうもそういうものらしい。
アッシュに商売は分からない。
「なら隅に行くのか?」
「五十点……ですね」
「もう分かった。ならどうするんだ?」
神経を逆撫でするような言い方にうんざりしつつ尋ねると、彼女は得意げに頷いた。
「ずばり、角ですね」
「角?」
「そう、角。……まずお客さんはどこから来ますか?」
「家」
「その通りです」
アリスは大聖堂を指差す。
「あそこからお客さんが来ますか?」
「来ないだろうな」
あそこから来るのはアッシュの苦手な憲兵と聖職者だけだ。
その答えに彼女は頷く。
「では道はどうですか? この広場に繋がる道は四つありますね?」
「すまない、面倒だから結論を言ってくれ」
「…………」
白けた顔をするアリスには悪いが、道だの客だの場所だのに全く興味がない。
長々とそんな話を聞くのは御免だった。
「……あそこに行くってことですよ」
不機嫌にそう言ったアリスが示したのは、大聖堂を北と見た時、北西にあたる道の入り口だった。
ちょうど住宅街からの道が、広場に合流するその場所に陣取るのだという。
「なら早いところ行こう。場所を取られても敵わないからな」
そう言ってさっさと歩き出したアッシュに、呆れた様子でため息を吐きながら彼女はついてくる。
―――
石畳の床に敷物を敷いて、その上にアッシュたちは商品を品出しする。
「これはなんだ?」
一応危険物がないか確かめるために、目新しいものがあればアッシュは必ずそれが何かを確かめる。
今手に取っているのは、親指二本分ほどの太さの木製の筒だった。
「魔力を込めると、氷の矢が飛び出して害虫を殺します。ゴなんとか……みたいな不快な虫が死にます。ちなみに、魔石がなくてもボタンの部分を押して魔力を流せば作動します」
「そうか」
筒の横のボタンを押して、いつもメダルにそうするように魔力を込めてみる。
すると地面が小さく抉れた。
「これは駄目だろ」
「何故ですか?」
通常の魔術は組み込んだルーンと術者の込めた魔力によって威力が変動するが、しかし魔道具にそれは当てはまらない。
魔力さえ流せば一律の効果を発揮する。
つまり、ルーンの知識のない者でも簡単に地面を抉れるような危険物は売るべきではないのだ。
「君の作るものは目的と手段が離れすぎてる。馬鹿なのか?」
「くそぅ……こいつ連れてくるんじゃなかった……」
そう言ってアリスは筒を地面に叩きつけ、それから粉々に踏み砕く。
その背中からはどこか哀愁が漂っていた。
そんな風にして品出しを進めていると、結局店頭に並ぶことになった商品はわずか八つとなる。
内訳は光るコート、何故か燃費は最悪だが敷いて寝ると妙な音のする枕(子守唄らしい)、握ると温かくなる貯金箱……などなどよく分からないもので占められていた。
「こんなはずじゃなかったのにぃ……」
がらんとした敷物の上で三角座りで顔を突っ伏し嘆くアリス。
無駄に広くとった場所がさらにその光景の虚しさを煽っていた。
そしてアッシュはそんな様子に頭をかく。
きっとそれなりに頑張って作ったのだろうから売らせてやりたい気持ちはあった。
しかしそれでも一般人を危険に晒すような真似はできない。
「……今なら間に合いますよ?」
三角座りのままきろりと視線を上げてそんなことを言う。
だが考えは変わらないので首を横に振った。
するとまた彼女は顔を突っ伏して呻き始めた。
「あんまりだあんまりだ……。犬野郎が、呪ってやる……」
「…………」
流石にそこまで言われては困る。
何しろ根に持たれては敵わないのだ。
さてどうするべきかと考えて、アッシュの脳裏に一つだけ考えが浮かんだ。
―――
やがて日も落ちて祭りが始まった頃、アリスは大満足で敷物の上に寝そべっていた。
彼女が浮かべているのは実に嬉しそうな満面の笑みだった。
「売れたぁぁぁ……嬉しいなぁ……」
そう、アリスの魔道具は即完売だった。
凄まじい速さで売れた。
アリスがごろりと寝返りをして、弾みで犬耳が外れる。
それを横目に彼女に言葉をかけた。
「良かったな」
「いやぁ、私やっぱり才能あるみたいですね」
「そうだな」
嬉しそうなアリスからすっと目を逸らしつつ、アッシュは適当に相槌を打つ。
「全く、話せば分かるじゃないですか。突然全部売ってもいいだなんて……」
「ああ、良いものだったからもったいないと思って」
「分かってますねぇ、あなたも」
このこの、と杖の石突で脇腹を突いてくるのをいなしつつアッシュは席を立つ。
「どこに行くんですか?」
「小用だ」
「うわ、ばっちぃ」
そう言ってアリスは犬耳をつけ直して身を起こす。
「まぁ、待っててあげますよ。せっかくのお祭りですからね」
「そうか」
―――
「すまないな。それで、商品はあるか?」
路地裏に集まっていたのは兵士たちだ。
勇者であるアッシュが彼らに頼み事をして、だから彼らはわざわざ来てくれたのだ。
そしてその数九人。
アッシュの手持ちの金を渡して、頭を下げて、それで一人につき一つから三つ商品を購入してもらい十八個もの売り物を完全消滅させたのだ。
「こ、殺さないでください……!」
一人が青い顔をして敬礼しつつ意味不明なことを言う。
アッシュはそれを無視して、無害な八つを除いた商品を受け取った。
まぁ受け取ると言っても持ちきれないので、地べたに置くことになるのだが。
「助かった、ありがとう。これは礼だ」
そう言ってアッシュが無駄に高い代金でかなり削られた、なけなしの金貨で礼を渡そうとする。
しかし兵士たちは敬礼してそれを断った。
「ぜ、絶対に、誰にも言いません!」
「口止めは必要ありません!!」
「わ、我々は凶悪な兵器など見ていません!!」
「命さえ……命さえあれば……もう……」
なるほど、そういう解釈になるのか。
深く納得したアッシュは頭を下げる。
「申し訳ない」
「も、もう行っても?」
「ああ。時間を取らせたな」
それを合図に、兵士たちは我先に路地裏から飛び出していく。
そしてここからが気分の悪いところだが、アリスが作った魔道具を機能不全になるまで全て壊して処分しなければならない。
「…………」
アッシュは足元の石畳を模した木の板を拾い、叩き壊そうとして思いとどまる。
『家族の団らんを守る正義の魔道具ですよ』
そんな誇らしげな言葉を思い出し、壊すのは少し忍びなくなってしまったのだ。
アッシュは上着を脱ぎ、風呂敷の要領でアリスのがらくたを包む。
小物が中心だが、それでも限界まで膨らんでしまった荷物をさげて急いで走り出す。




