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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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四十七話・出発

 


 忙しくなるという先生の言葉通り、準備の期間はあっという間に過ぎていった。

 四日の準備で一応の準備はできたものの、本当にこれで十分なのかは分からなかった。


 そして早朝の出立に合わせ、俺は孤児院の出口の門で待機している。

 聞くところによれば街の兵隊さんたちがほろつきの馬車で作戦地域まで送ってくれるらしい。

 そして他の部隊のメンバーも同じように集まっているが、任務に出ない面々には普段通りの訓練がある。

 だが今だけは先生たちと一緒に見送りに来てくれていた。


「まだ少し時間がある。好きにしていなさい」


 俺たちに語りかけてきたのはセオドア先生だ。

 穏やかな声、いつもと変わりない調子で送り出してくれている。

 その言葉を受けて、まずニーナが答えた。


「わかりました」


 彼女に続いて俺たちも返事を返す。

 すると、今度は馬車の方からヴィクター先生が近づいてきた。

 荷物の積み込みの確認をしていたはずだが、それはもう終わったのだろう。


「リリアナちゃん。みんなを頼むよ。君が頼りだからね」

「はい! しっかりやります」


 部隊長だからだろう。

 ヴィクター先生に声をかけられて、リリアナが嬉しそうに笑った。

 それを見て俺は少しからかってみる。


「お前、一回くらい矢を当てろよ」


 するとそばで立っていたクランツくんが笑い声を上げる。

 そして俺をたしなめてきた。


「やめろやめろ。言ってやるな」

「でもこの前動けない俺を狙って……股の間に矢が落ちたんだよ。俺倒れてたんだよ、しかも」

「大丈夫。ヒュドラは足ねぇから。ハハハ……」


 ヒュドラは今回の討伐対象である四の魔王の魔獣の一種、薄気味悪いヘビの怪物のことだ。

 確かにヘビに足はないので、あれを狙えば足の間に矢が落ちることはないだろう。


 なかなかいい冗談だと思ったので二人で声を出して笑う。

 するとリリアナはむっとしたように顔をしかめた。

 流石にからかいすぎたらしい。


「そんなこと言うとあんたらに誤射しちゃうかもよ」

「……あ、ごめんね」


 まだ死にたくない。

 ちょっと怖気づいて謝る。

 クランツくんは何も言わず立ち去った。


 そんなやり取りに、ヴィクター先生がおかしそうに笑みを漏らす。


「誰にでもミスはあるさ。リリアナちゃんの弓は上手だよ」

「ですよね! 先生優しい。ありがとー!」


 優しくフォローされたからあいつは大喜びだ。

 にこにこで話を続ける姿から目をそらす。

 彼女はヴィクター先生と仲がいいからこのまま話させてやるのがいいだろう。

 先生目当てか、女の子たちも集まってきたからちょっといづらいし。

 かっこいいから人気なんだ。


 そんなわけで、俺も他と話そうと思って周囲に視線を巡らせる。

 すると友だちと言葉を交わすクリフが目に入った。


「だから大丈夫だって。魔獣なんざ怖くねぇ。俺はビビらないね」

「危機感持てよ、バカ」

「いや、分かってるって。だから俺は……お前らが心配するからあえて……」


 見た感じ楽しそうな会話をしている。

 顔ぶれは昔の感じの悪い取り巻きと変わらないが、彼らとクリフの間には色々あった。


 まずオークを逃した日、孤児院に帰ったあいつはみんなに謝ったらしい。

 みんなを怖がらせたことや危険に晒したことを謝ったのだ。

 それが原因で罪状が知れ渡り、一時期孤立したりもしていた。

 でも自分がやったことをちゃんと話したから、今はとてもいい関係を築けているように見える。


「…………」


 しばらく孤児院を離れるからだろうか。

 なんだかしみじみとした気持ちになって、クリフたちをずっと見つめてしまった。

 あの面々は正直俺にとってはすごく仲の良い相手というわけではない。

 でも彼らもまたクリフからいい影響を受けて変わったように感じることが多いのでちょっと感慨深いのだ。


「リュート!」


 だが不意に背に声をかけられて、俺はそちらに視線を動かす。


「おい、来てやったぞ」


 声をかけたのはハルトくんだった。

 見ればケニーとエルマを引き連れて俺に会いに来てくれたようだった。

 部隊の仲間が来てくれると嬉しい。

 俺は急いで駆け寄った。


「ありがとう!」


 お礼を言って笑うとハルトくんたちも笑った。

 そしてエルマが俺に話しかけてくる。


「頑張ってね。リュートくんならきっと大活躍だよ!」

「うん、頑張るよ」


 安定のぬくもりを届けてくれたエルマへ返事をする。

 すると今度はハルトくんが俺の肩に手を置いた。


「怪我だけはすんなよ」

「うん、ありがとう」


 こういう時は混ぜっ返すのがハルトくんなのだが、流石に今日は普通に応援してくれるようだ。

 そう思いつつ返事をすると、彼はさらに言葉を続けた。


「お前は大事な輸血要員だからな」

「そういう用途なの俺?」


 発想がひどすぎて面白かった。

 多分冗談なので俺は笑う。

 するとエルマがハルトくんの肩を小突いて叱りつけた。


「バカ! 変なこと言っちゃだめ! リュートくんそんなんじゃないからね!」

「まぁ、血も合う合わないがあるっぽいですからねぇ……」


 ケニーがすごく真面目な顔で、ちょっとズレた内容の同意をする。

 それがおかしかったのでまた笑って、しばらく三人で話をした。

 だが途中でふと気がつく。

 この三人と話すならニーナも誘ったほうがいいかもしれないと。


 そう思って彼女の姿を探す。

 するとぽつんと一人で立っているのが見えた。

 無表情で立ち尽くし、靴の先で土をほじくっている。


 ウォルターも今は彼の強さを崇拝するやつらに囲まれているので、本当に一人だけで立っている。


「ニーナのとこ行こう」

「う、うん」


 はっとした表情を浮かべたあと、エルマが若干こわばった声で答えた。

 悪いことをしてしまったと思っているのだろう。

 俺も同じ気持ちだった。

 急いでみんなで囲むことにする。


「ニーナ、みんな見送りに来てくれたよ」


 俺がそう言うと彼女は振り返る。

 そして無表情のままじっと俺たちを見つめてきた。


「ありがとうございます。わざわざ……」


 別に怒ってはいないようだった。

 四人だけで話していたことに気づいてないとは思えないが、ふところの深い隊長で助かった。

 ともかく今度は彼女も交えて五人で別れを惜しむことにした。


「ちっと寂しくなるな。ニーナもリュートもいないんじゃなぁ」


 ハルトくんが笑ってそう言った。

 対してニーナはじとりとした視線を返す。


「私はハルトくんに意地悪されないので気分がいいです」

「おいおい……まだ根に持ってんのか? こないだは悪かったよ……」


 根に持つと言えば、鎮魂節の日のドレスをからかったことだ。

 そしてよほど悔しかったのだろう。

 ニーナはこの話題で時々チクリとするようになった。

 エルマが笑って彼女に語りかける。


「私はすごく似合ってたって聞いたよ。ハルトくんバカだからねー」


 ケニーも彼女に同意し、ここぞとばかりにハルトくんを責めた。

 ついでに俺も便乗して攻撃する。


「そうだよ。反省しろ、バカ」

「商売の邪魔なんだよ」

「わかったって。ごめん!」


 集中攻撃を受けた彼は、珍しくたじたじになって謝った。

 そんな様子を見てニーナは少しだけ微笑む。

 多少は溜飲りゅういんが下がったのかもしれない。


 ともかく十分に罰は与えたと判断されたのか、話題は元の方向に戻っていく。


「ニーナちゃん、無理はしちゃだめだよ。攻めすぎないようにね」

「はい。引き際はわきまえています。心配いりません」

「俺はむしろ、ニーナさんと戦う魔獣が不憫ふびんっすけどね」


 むしろ魔獣が哀れだと言うケニー。

 メチャクチャな言い分だが、実際彼女はものすごく強い。


 そうしてしばらく話し込んでいると、背後からリリアナの声がした。


「銀貨、そろそろ時間!」


 あいつは部隊長だから俺たちを呼びに来たのだ。

 どうやらもう行かなければならないらしい。


「わかった! 少し待って!」


 すぐに振り向いて返事をした。

 少しだけ時間をもらい、俺とニーナは改めてみんなに別れを告げることにする。


「今日はありがとう。またね」

「わざわざ見送りに来てくれてありがとうございます」


 ニーナは挨拶のあと腰を折って頭を下げた。

 彼女の様子を見て、本当に嬉しかったんだろうなと思った。

 そしてみんなにもそれはなんとなく伝わったようだ。

 柔らかな笑みを漏らして口々に声をかける。


「ニーナちゃんこそ。いつも部隊で助けてくれてありがとうね」

「ニーナさんの武勇伝楽しみにしてますからね」


 温かい言葉を受け、彼女はちょっとはにかむような笑みを浮かべた。

 どうやら少し照れているらしい。

 俺もちょっと羨ましくなったのでダメ元でお願いしてみる。


「ねぇ、俺には?」


 あくまでダメ元だ。

 なにか温かいことを言ってくれないかと期待していると、エルマがハエでも追い払うようなしぐさで手を振った。


「しっしっ」

「なるほどね」


 すべて理解した。

 もう行くことにする。

 寂しくつ俺を見て、彼女はくすくすと笑っていた。


「頑張ってねー! みんなにもよろしくー!」


 背を向けて歩き始めたところでエルマの声が聞こえた。

 俺とニーナは振り返って手を振る。


「うん!」


 すると三人も笑って手を振り返してくれた。

 それを見ていい仲間に恵まれたのだとしみじみ思う。

 みんなが同じ部隊で良かった。


「頑張らないとな」


 俺はニーナに語りかける。

 すると彼女は深く頷いた。


「はい」


 それから進みながら、これが最後になるかもしれないと思うとなんだか不安になった。

 もし生きて帰れても、誰か一人でも欠けたら意味がないのだ。

 改めて、気を引き締めて馬車に向かう。


「よし、それじゃあ出発だね。なるべく早く帰っておいで」


 乗り込む前。

 セオドア先生が俺たちに声をかけてきた。

 それにニーナが言葉を返す。


「努力します」


 彼女に続けて俺たちも返事をした。

 早く帰ります、わかりました……など、それぞれの言い方で答えを返していると、ヴィクター先生も激励の言葉をくれた。


「危険な任務だけど、みんなならできるよ。頑張ってね」

「はい。頑張ります」


 頑張ると言うと、先生は俺の頭を撫でてくれた。

 そして同じようにみんなの頭を撫でていく。

 だが恥ずかしいのか、手を避けようとしたクリフに先生が微笑んだ。

 すぐに首根っこを掴む。


「コラ。そういうのは十五歳からでしょ」

「決まってるんですかぁ、そんなの……」

「うちの院のルールね」


 なんて言いつつ結局引き寄せられ、わしわしと撫でられていた。

 先生はああ見えて力が強いのだ。

 いや、決して力任せに押さえつけたわけではないと思うが……。


「どうしたんだ、シーナ。こっちに来て見送ってあげなさい」


 不意にセオドア先生がそんなことを言った。

 俺は先生の視線の先に目を向ける。

 するとそこにはシーナ先生が立ち尽くしていた。

 馬車から少し離れて、俺たちをじっと見ていた。


「はい……」


 答えたのは初めて聞くようなうろたえた声だった。

 そのせいか今日の先生はどこか小さく見えた。


 見送るようにと言葉を受け、ゆっくりと俺たちの方に歩み寄ってくる。

 そしてまず先生が話しかけたのはリリアナだった。

 呼吸を整えるような間をおいて、ゆっくりと話し始める。


「リリアナちゃん。生き残るのが一番大事よ。忘れないでね」

「はい。わたしもみんなに生きててほしいですから」


 元気な笑顔で答えるあいつに先生も笑った。

 どうやら少し安心したようだ。


「よかった。あなたは先生よりずっと頭がいいから……自信を持ってね」


 そんなふうに、先生は一人一人丁寧に言葉をかけていく。

 時に笑ったり真剣な顔になったりしながら言葉を交わし、やがて俺の前に立って語りかけてきた。


「リュートくん。あなたはね、自分で思っているよりきっと強いわ」

「えっ」


 思いがけないことを言われた。

 いや、強いと言ってもどのくらい強いと言われているのかは分からないが……少なくとも部隊の中では最弱だと思われる。

 リリちゃん以外ならだが。


「友だちのためなら一番一生懸命で、一番強くなれるのがあなたよ。だから、みんなを守ってあげてね」


 まっすぐに目を見てそんなことを言われた。

 正直、俺が他の面々を守るなんてとんだお笑い草だ。

 でもあまりに真剣だからちょっと照れくさい。

 冗談を言って濁そうかと思ったが、結局大真面目に頷いてしまった。


「……はい」

「きっとできるわ。毎日頑張ってきたんだもの」


 休みの日も訓練をしていたのを知っていてくれたのだろうか。

 一緒に暮らしているのだから当然かもしれないが、こうして面と向かって努力を認められると胸が熱くなった。

 先生が見ていてくれたことが嬉しかった。


「ありがとうございます」


 照れ笑いでお礼を言うと、先生も優しく微笑んだ。

 その表情を見ていると、なんだか不安が和らいだ気がする。

 我ながら単純だがなんとかやれる気がしてきた。


「じゃあ、行ってきなさい。きっちりみんなで帰るように」


 訓練の時の声に近い、はきはきした声で先生が言う。

 俺たちも元気よく答えて馬車に乗り込むことにした。

 そして左右の壁に沿うようについた座席に座るが、馬車が動き出したところで俺は立ち上がる。


 リリアナとクランツくんと三人で、ほろの後ろから顔を出して遠ざかる孤児院を見ることにしたのだ。


「頑張れよー!」

「リリちゃーん! 応援してるー!」

「魔獣なんかに負けるな!」

「来月までに帰らなかったら帳簿ちょうぼ焼くからなー!」


 みんな手を振って見送ってくれていた。

 そして聞こえた言葉の中の帳簿うんぬんは多分、俺たちがつけている記録に関することだろう。


 帳簿にはドレスのレンタルで発生した、お支払い前の収益も記載きさいしていたりする。

 商会は出払い、守る者がいない今……火に投げこまれれば取り立ての正当性が失われてしまうのだ。

 商会存亡の危機が迫る。


「それはだめーーー!!」


 馬車の後ろでリリアナが絶叫する。


「うるせー……」


 叫びを聞いてクランツくんが呆れたように笑った。

 ウォルターは特に反応せず座っている……と思ったがよく見たら腰が少し浮きかけていた。

 彼にとってもお金は大事なのだ。


「どうしよう、早く帰らないと」


 やがてみな顔を引っ込めて席に戻る。

 そして俺とウォルターの間に座ったリリアナが不安そうに言った。

 お金がなくなるのが嫌なのか、彼女は本気でうろたえている。


 それに向こう側に座るクランツくんが笑いながら答えた。


「心配すんな。冗談だろ」

「そうかな?」


 きっと冗談だと言われ、ようやく彼女は落ち着いた。

 クランツくんはさらに言葉を重ねる。


「そうだよ。なんかあったら取り立て手伝ってやるし」

「ほんと? すごく嬉しい……」

「気にすんな。でも、良かったらファミリー会員にしてくれないか?」

「だめ。無理。もう手伝わなくていいよ」


 親切な申し出に目を輝かせていたリリアナだが、ぜにが絡めば彼女が情に流されることはない。

 一瞬で真顔に戻りすげなく申し出を蹴ってしまった。


「…………」


 あまりの変わり身の速さを目の当たりにし、俺とウォルターは目配せを交わしてうなずき合う。

 俺たちにとって、リリアナ先生を見ることは共通の趣味だった。


「やっぱだめかー……」

「馬鹿なの?」


 お金を守る時のリリアナは手厳しい。

 なぜか追撃まで食らうクランツくんを尻目に、俺はニーナとクリフに視線を移す。


「兄さん、領土越えてます」


 隣合わせで座る二人だが、仕切りのない座席なので境界を決めているのかもしれない。

 多分それが領土とやらだろう。


 ともかくなにかを主張するニーナに、クリフは鬱陶しげな目を向けた。


「うるせぇな。お前小さいんだからいいだろ」

「もう……わがままばっかり」


 不満げではあったが結局折れたようだ。

 一つため息を吐いて目を閉じる。

 どうやら仮眠をとるつもりらしい。

 作戦中は安眠の機会は少ないかもしれないから、俺も彼女にならうことにした。


「…………」


 目を閉じて体の力を抜く。

 馬車がそれなりに揺れるので手こずるかと思ったが、もしかすると準備の忙しさに気疲れしていたのかもしれない。

 意識はすんなりと眠りの中に引き込まれていった。


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