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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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四十五話・任務

 


 鎮魂節から何日か過ぎたある日。


 まだいくらか日の残る夕暮れの食堂で、俺はいつもの席に突っ伏していた。

 すでに夕食は済ませたのでいつでも帰っていいのだが、今日はしばらくゆっくりしていたい気分だった。

 だから机に体を預けて脱力していると、俺は後ろから肩を叩かれた。


「なに……?」


 面倒に思いながら身を起こす。

 そしてなにと言いながら振り返ると、俺の額にこつんと軽いげんこつが当たった。

 背に触れたのは、シーナ先生だった。


「食卓に寝そべるのはやめなさい。見苦しいし、服に汚れがついてしまうわ」


 しかし、待ってほしい。

 俺はきれいに食べてるし、食べたらちゃんと水に濡らした布巾で机を拭いてる。

 だから机は汚れていない。

 それに今は家で、そばにいるのも友だちだから見苦しくてもいいのではないだろうか。

 あとなにより俺は、今とても疲れていて寝そべりたい気分だ。


 ちょっと反論したくなったが、俺は先生を尊敬しているのでなんとか言葉を飲み込んだ。


「……はい、すみません」

「うん。えらいわね」


 軽く頭を下げて謝ると、先生は満足げに頷いて立ち去っていった。

 シーナ先生は口うるさくて、特にマナーに関してはもっと口うるさい。

 俺は釈然しゃくぜんとしない気持ちで頭をかいた。


 そしてそんな俺に、お向かいに座っていたリリアナが笑いかけてくる。


「怒られちゃったね」


 俺が今まで突っ伏していたので、俺の隣のウォルターと二人で彼女は話していた。

 だが怒られて起きたものだから、ここぞとばかりに冷やかしてくる。


 俺は小さく鼻を鳴らし、少し声を低くして愚痴を言う。


「……ちょっと先生って細かいよ」

「まぁね。でもさぁ……先生は孤児院の子どもだからって、わたしたちが馬鹿にされないために必死なんだと思うよ?」


 ちょっとにやにやしながらあいつはそう言った。

 俺は、その言葉にはっとした。

 分かっていたことではあるが、やはり先生は俺たちのことを思ってマナーを注意してくれていたのだ。

 外で馬鹿にされないように一生懸命だったのだ。

 さっきはふてくされずにお礼を言うべきだったかもしれない。


「そっか……そうだよな」


 申し訳なくなって俺が眉を下げると、リリアナはおかしそうに笑った。


「銀貨はカワイイね」

「はぁ? 馬鹿にするなよ……」


 なぜカワイイのか分からない。

 でもなんとなく今リリアナに遊ばれた気がした。

 ちょっとムカついたが、先ほどのいい指摘に免じてここは流してやることにする。


「疲れてるのか?」


 と、そこで横からウォルターが語りかけてきた。

 彼も食事を終えているが、以前のように一目散に部屋に帰ったりするようなこともあまりない。

 たまに座りながら鍛えていることもあるが……今はなにをするでもなく座って、くつろぎながら話しかけてきた。


 だから、彼に俺も答える。


「そうかも。疲れてるね」


 すると、リリアナが口を挟んだ。


「最近がんばりすぎなんだよ、銀貨は。無理しすぎ!」


 その言葉は少し咎めるような気配をにじませていた。

 多分心配してくれているのだろう。

 しかしこの前の鎮魂節でどうしてもっと頑張れなかったのかと、そう思って後悔したばかりだ。


 だから俺はやんわりと否定を返す。


「でも、ずっとやってたら……その内きつくなくなると思うんだよ。ウォルターなんて多分、そんな感じだろ?」


 思えばこれまで、俺はウォルターを絶対に追いつけない特別な存在だと思いこんでいた。

 でも彼が特別なのは、才能ばかりではなく誰よりも頑張ってきた積み重ねがあるからだと気がついたのだ。

 俺もあいつを見習ってきびしめに努力しなければならない。


「……でも無理しちゃだめよ。銀貨はわたしの右腕なんだからね」


 リリアナはしぶしぶ折れた。

 口を尖らせてそう言う。

 するとウォルターがぴくりと眉を動かした。


「なら俺は左腕か?」

「ううん、ウォルターは()()だね」

「意味がわからない」


 なぜか笑顔でピースするリリアナに、ウォルターは困惑したような表情を浮かべる。


 俺の予想では多分深い意味はなく、肘は固くて強いからとかそんな理由だ。

 いや、もっと意味のない言葉かもしれない。

 なんにせよ先生の真意は俺たちにはむずかしすぎる。

 ウォルターは気まぐれを真面目に受け止め過ぎだ。


「ヒジはだいじだよ」

「……分かった」


 また自信満々に言い放つリリアナに、ウォルターはやや腑に落ちない様子でうなずいた。


 そしてそれからしばらく雑談を交わす。

 今日は商売の話抜きでずっと喋っていた。


「ねぇ、一番強い聖剣って何だと思う?」


 俺がそう言うと、リリアナが呆れたように笑った。

 彼女はこの手の話題に興味がない。

 その上俺が時々持ちかけるものだから、すっかりめんどくさがっている感じがある。


「そういう話好きよね。昔のことなんてわかんないよ」

「ニーナもそんなこと言ってたな……」


 だがウォルターはなにが強い、とかいう話にはわりと食いつく。

 腕を組んで少し考えたあと口を開いた。


「強いって言うなら……『最大聖剣エクスカリバー』か『乱撃聖剣レーヴァテイン』かな」


 最大聖剣はこの前やった鎮魂節の夢見の勇者の聖剣で、乱撃は神器の勇者の聖剣のことだ。

 だが後者は他の聖剣のような魔術そのものではなく、神器の勇者が遺した愛剣のことを指す。


 そしてもちろん、『御剣みつるぎ』とも呼ばれるその剣は人智を超えた力を持っている。

 でも正直抜きん出て強いとまでは思えない。

 実際前にこの話をした時は、御剣の代わりに『広域聖剣』の名前を挙げていたはずだ。


「え? なんで御剣も入れたの?」


 だからそう聞くと、ウォルターはなにか答えようとする。

 しかしリリアナがごねて話を遮ってしまった。


「ねぇねぇ、別の話がいい」

「……お前わがままだよ」


 あんまりな言い草に俺は顔をしかめる。

 だがあいつはどこ吹く風でウォルターを抱き込み始めた。


「わがままじゃないもん! ねぇ、ウォルターも犬の話したいよね?」

「いやです」


 無愛想にそう言った。

 その返事は、いつもより慇懃いんぎんな感じがした。

 珍しく抵抗を示した彼に、リリアナは食い下がって説得をする。


「ちょっと! わたしの味方してよ!」

「それは難しい。だって俺は、しょせんひじだから……」


 いじけたような言葉を聞いて、俺もリリアナも声を上げて笑った。

 ヒジと言われたことをちょっと根に持っているのが面白かった。

 そんな俺たちを見て、ウォルターも少しだけ目を細めた。


 そしてなにか言ってとりなそうと考えていると、今度は背後からヴィクター先生の声が聞こえた。


「ごめん、三人とも。ちょっといい?」


 俺とウォルターは背を向けて座っている。

 だから話すために後ろに振り向いた。

 そして先生の目を見て俺は返事を返す。


「はい、なんですか?」

「ちょっと話がある。三人で来てほしい」


 三人で来てほしいと、そんなことを言われて俺は目を瞬かせた。

 正直心当たりはないが、断るという選択肢はない。

 呼ばれればいつでもついていく。


「わかりました」

「はーい」


 リリアナだけのんきな感じだった。

 ともかく口々に返事を返し、すぐに席を立って先生のあとを歩き始める。


「先生、なにかあったんですか?」


 用件を尋ねたのは意外にもリリアナではなく寡黙かもくなウォルターだ。

 問いを受けて先生は答える。


「ついたら話すよ」

「……なるほど」


 軽々しくは言えない用事、ということなのだろうか。

 不安になってきた俺はさらに質問を重ねる。


「商売のことで怒られるんですか?」

「ちがうよ」


 この三人だから商売の件で怒られるのかと思った。

 でも違ったから少し胸をなでおろす。

 すると、鼻歌を歌っていたリリアナがなぜだかにやりと笑った。

 そしてまた突拍子とっぴょうしもないことを言い始める。


「じゃあね、ウォルターがいつもこっそりつまみ食いしてるのがバレちゃったのかな?」


 その言葉に、ヴィクター先生が呆れたように笑った。

 だが先生がなにか言う前に、彼らしからぬ様子で焦ったウォルターが否定する。

 実際つまみ食いなどしていない。


「あの、俺……してないです。そんなことしてません」

「わかってるよ」


 先生も嘘だとはわかっていた。

 リリアナもきっとおとしいれようとしたのではない。

 ただ、反応を見てからかっているのだ。


 でもこういうことをされると、真面目なウォルターはいつも哀れなほどうろたえてしまう。


「バカ! 変な嘘つくなよ!」


 かわいそうだったので俺が代わりに怒る。

 ほくそ笑むリリアナを蹴るふりでおどかした。

 すると身を翻しながら、彼女も目を三角にして怒ってきた。


「蹴らないで!」


 自分は好き勝手しておきながらいけしゃあしゃあと自衛するとは……。

 あまりの図々しさに呆れて俺は噴き出す。

 ヴィクター先生も少しだけ笑った。


「……みんな、リリアナちゃんにはかなわないね」


 しばらくそのままじゃれながら歩いて、たどり着いたのは院長先生の部屋だった。

 見ればドアの前にはシーナ先生が門番のように立っている。

 ……人払い?

 いつもと違う様子にちょっと不安になるが、きっと気にしすぎだろう。


「さぁ、ついたよ。入って」

「はい」


 ヴィクター先生がそう言ってドアを開けてくれた。

 俺は素直に指示に従う。

 シーナ先生に軽く頭を下げて、開かれた入り口から中に足を踏み入れた。


「失礼します」


 中に入るとまずいつもの立派な机に座る院長先生が見える。

 部屋の中はまだ日が残っているのに明かりがついているから外より明るい。

 そして、セオドア先生の周りには見慣れた顔も集まっていた。


「…………」


 無言の中で俺たちに視線が集まる。

 この場にいるのはニーナとクリフ、あとクランツくんだ。

 クランツくんは自主的に鎧を着て鍛錬をすることが多い。

 なので素顔を見ないような日もあるが、今は洒落っ気のない平服で立っている。


「よぉ」


 そう言ってクランツくんが小さく右手を上げた。

 彼は気のいいやつだ。

 俺も仕草を真似して軽く挨拶を返す。


「やぁ……」


 褐色の肌にがっしりとした長身。

 しかし人懐こそうな緑のタレ目のおかげでガタイほどの威圧感は感じられない。

 短く切った赤毛と明るい笑顔もあいまって、彼は他人に快活な印象を与えることが多い。


「そろったみたいだね」


 他の面々に挨拶する間もなく、セオドア先生が俺たちを見てそう言った。

 なにか話が始まるような気がしたので、リリアナとウォルターと一緒に先に来ていたみんなの隣に並ぶ。

 そうして全員が机の前に横並びになったのを確認すると、先生は用件について語り始めた。


「もう察している子もいるだろうが、君たちには例の任務を任せたいと思っている。この孤児院を代表する精鋭としてね」


 その言葉を聞いて、思わず俺は息を止めた。

 選ばれたのだ、俺が。

 ほとんど諦めていたのに、部隊のメンバーに選ばれてしまった。


「…………!」


 声を上げて喜びたかったがそれはこらえる。

 そして先生の話の続きを聞くことにした。


「内容としては討伐任務だ。領内に確認された移動中の魔獣の群れを、君たちのみで掃討してもらう」

「えっ……」


 それを聞いて俺は思わず声を漏らす。

 魔獣を倒すことは分かっていたが、拠点での迎撃などではなく部隊で討伐に出向くとは思わなかった。

 そしてそうなると危険度は跳ね上がってしまう。


「どうしたんだい? リュートくん」

「あ、いえ……なんでもありません」


 声を漏らしたからセオドア先生が俺に声をかけてきた。

 本当は異論を挟みたかったが、先生のことだからきっとなにか考えがあるはずだ。

 だから俺はなんでもないのだと言葉を返した。


「…………」


 しかしやはり不安で、他の面々の反応をうかがってみる。

 でもみんな顔色も変えずに立っていた。

 クランツくんが少しだけ眉をひそめて見えるくらいだ。


「少し驚かせてしまったかな。もしそうならすまない」


 先生が俺を見て穏やかに微笑んだ。

 なので慌てて頭を下げる。

 そして不安を押し殺し、話の続きに耳を傾けることにした。


「それから、君たちも知っての通り魔獣は危険だ。速やかに排除しなければならない。よって、出立は事前の偵察が済んでからすぐ……おそらく四日後あたりになるものと思ってくれ」


 その言葉に俺はまた焦りを感じる。

 手慣れた討伐部隊なら四日でも十分すぎるほどに準備を行えるだろう。

 出撃が早いのも、移動中の群れの駆除という緊急性の高い事態ならむしろ望ましい。


 だが俺たちに十分な準備ができるのだろうか。

 こういったことは初めてなので断言はできないが、少し無茶な作戦である気がしてきた。


「急ではあるが、我々もサポートはする。出立後も補助人員をつける。君たちの練度なら心配はいらない」


 先生は心配ないと言い切る。

 俺は内心不可解な気持ちはあったが、それでも先生が言うなら頑張ろうと思った。


「では本格的な準備は明日から行うとして、今日は部隊内の序列だけ伝えておく。名を呼ばれたら返事をして、作戦への参加の意思があるかを答えてほしい」


 俺は断る選択肢もあるのかと、そこに少しだけ驚いた。

 だがそんな考えよそに、先生はまずリリアナの目を見て話し始めた。


「まず、部隊長は君だ。リリアナちゃんが部隊を率いる。受けてもらえるかな?」

「もちろん。頑張ります!」


 彼女は気負う様子なく堂々と任務と役割を引き受けた。

 早々に部隊長が決まったがリリアナ以外は何も言わない。

 でもこれには誰も異論はないだろう。

 俺も指揮をとってくれるならリリアナがいい。


 そして彼女の返事を受けて、先生は微笑みつつ頷いた。


「良かった。では次に……」


 それから順々に名前が呼ばれていく。

 次席がクランツくんで、第三席がニーナ。

 この次がクリフで五番目にウォルター。


 それで、予想はしていたが、まだ呼ばれていない俺が最後になる。


「じゃあ、最後にリュートくん。君も部隊に参加してくれるかい?」


 目を見て意思を問われた。

 俺は正直不安だった。

 ある程度の危険は予想していたものの、想像より遥かにリスクを取る作戦だったからだ。


 でもそれが先生の言いつけで、さらにみんなも行くならついていくしかない。

 覚悟を決めて俺は返事をした。


「……はい」

「わかった。ありがとう」


 これで全員分の序列の指定と意思確認が終了した。

 先生は一つ息をついて、俺達に今日は帰るように伝える。


「こんなところかな。ただ、非公式な作戦になるからあまり内容を口外はしないように……。今日はもう寝ていいよ」

「わかりました」


 口々に返事を返した。

 なぜ隠すのかは分からないが、とりあえず言われたことは守ろうと思った。

 俺は丁寧にお辞儀をした後、その場から立ち去ることにする。


「失礼します……」


 それからみんなでぞろぞろと部屋を出ていく。

 女子とは部屋の階が違うので、リリアナたちとは早々に別れた。

 また、ウォルターはいつの間にか姿をくらましていた。

 だから残りの面々で歩いていくものの、誰も何も言わない。

 来た時よりさらに日が傾いて、暗がりになった帰り道は静まり返っている。


「………」


 ちょっと気まずい雰囲気だった。

 この中だとクランツくんは割としゃべるのだが、彼が何も言わないので本当に静かだ。

 こうして黙っているとどんどん気が重くなっていく。


 それにしても……みんな怖くはないのだろうか。

 俺以外の平然とした横顔を見ながらそう思う。


 彼らはあの作戦に疑問を抱いた様子がない。

 でもそもそもこの任務は色々とおかしい。

 何が一番おかしいかと言えば、俺たちが部隊単独で討伐に行くこと自体が変だ。

 何故なら、まだまだ実戦経験にとぼしいからだ。


 戦闘経験といえば街の兵士に加わっての後方での魔術支援。

 それから、掃討した残党の殲滅せんめつを任されたくらいだ。

 常に戦闘を想定した訓練は行ってきたが、子供のみでの実戦経験はない。

 だから、せめて実戦経験のある監督者をつけてほしかった。


 さらに言うなら土地勘のない場所に行くのも不安だし、まだ他にも不安要素はある。

 作戦で起こりうる最悪の事態についてずっと一人で考え続けた。

 誰かが死んでしまうのではないかと想像する。


 するとなんだかお腹のあたりが冷たくなって、頭が奇妙な浮遊感のようなものを感じ始める。

 軽く息切れして体調が悪くなってきた。


「……どうした、リュート。なんか変だぞ」


 ちょっと暗くても分かるものか。

 クランツくんが心配そうに声をかけてくる。

 その言葉に俺はなんでもないと返そうとした。

 しかし言葉が出る前に、俺はふらついて壁によりかかってしまう。


「……あれ?」


 気の抜けたような声が出た。

 体に力が入らない。

 倒れようとする体を支えるので精一杯だった。


「おい、どうした?」


 驚くクランツくんをよそに、何も言わずクリフが歩み寄ってくる。

 そして俺の顔を覗き込むと、小さく笑いの息を漏らした。


「ただの貧血だ、ほっときゃ治る。まぁ、ニーナなら喜んで看病したかもしれねぇが」

「うん。大したことない……」


 そう答えて壁に手をついて立ち上がろうとする。

 しかしやはり力が入らない。

 だがそこでクリフが俺の手を取って、肩を貸して立つのを手伝ってくれた。


「ったく仕方ねぇなぁ……。ほら、行くぞ」

「ごめん、ありがとう」


 それからしばらくクリフの肩を借りつつ歩いていた。

 俺が倒れたことで、なぜか空気が緩んでみんな話し始める。


「体調管理はしっかりしろよ? 戦闘中に倒れたらさすがに見捨てるからね、俺は」


 クランツくんが屈託のない笑みでそう言った。

 俺もその言葉に笑った。

 だがそこで、どうしても立っていられず倒れ込む。

 俺に肩を貸していたクリフも、体勢を崩して膝をついてしまった。


「おい、どうしたんだよ? お前……」


 クリフが驚いたようにそう言った。

 だが俺は答えることができなかった。

 心の中を恐怖が埋め尽くしてしまっていた。

 内容を聞く前からある程度の危険は覚悟していたが、これは予想よりずっと危険だった。

 だから、みんな死ぬのではないかと思うと怖くて仕方がなかった。


「ごめん……立つよ、今……」


 ようやっと声を絞り出したが、やはり立てずに胸を押さえた。

 なんだか息苦しい。

 息が過呼吸のように引きつってしまう。

 そしてそんな俺を見てクランツくんが声を荒立てた。


「リュート?! おいクリフ! なっにがただの貧血だテメー! 見ろよこれをっ!!」

「お、おお……俺のせいかよっ! でも、なんか、ごめん……」


 二人の声が遠く聞こえた。

 心配をかけたことを謝ろうとするが、どうしても声が出ない。

 誰かが死ぬことを想像すると気が狂うほど恐ろしくなって呼吸ができない。

 小さい頃、雪の道で、殺し尽くされた村の人々を思い出す。


「っ……」


 考えれば考えるほど、死の危険が数日後に迫っているという事実が重みを増していく。

 俺はあまりに臆病で、その重圧に耐えることができなかった。


「リュート? しっかりしろ! おい!」


 必死な声が聞こえる。 

 だがもう誰の声かすら判別できない。

 段々と視界が暗くなり始めて、やがて俺は恐怖の中で意識を手放すことになる。


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