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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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四十四話・鎮魂節(3)

 


 投擲とうてきで遊び終わった俺たちは、夕暮れの大通りに戻って歩いていく。


 そして……やはりと言うべきだろうか。

 圧巻あっかんの腕前で投擲屋台を蹂躙じゅうりんし、ニーナは嬉しそうに戦利品を三つ抱えていた。

 これは難しい順から三つ投げた結果、つまり目玉の商品を三つなので数量以上に打撃は大きい。

 俺たちの商売も、投擲だけは手を出さないようにリリアナ先生に伝えなければ。


 ちなみに戦利品の内訳はシルバーリングと小ぶりな木の笛、最後に手のひらサイズの犬の木彫り像だ。

 どれも素敵な品に見える。

 笛と犬を肩掛けポーチにしまいながら、ニーナはご機嫌でシルバーリングを指にはめる。

 見れば左手の人差し指につけたらしい。

 笑顔で俺に見せてきた。


「どうですか? これ」

「いいけど、ちょっと大きいね」


 見た感じ少しぶかぶかだった。

 だから指摘するとニーナは照れたように微笑んだ。


「指が細すぎました」

「あんなに握力が強いのにね」

「もう、そんなに強くありませんよ……」


 ちょっとからかうと、ニーナもくすくすと笑う。

 彼女をいじりにくいと思っている人も多いが、実際は案外行ける。


 それから他の指につけようとしたり、なんとか指輪を身に着けられないか試行錯誤していた。

 だが結局諦めたのか名残惜しそうにポーチへしまう。


 そしてそのまま二人でぶらぶら歩いていると、ソーセージを焼いているお店があった。

 屋台ではなく道沿いに店を構えていて、たしかここは街のお肉屋さんだ。

 店内で焼いたものを木の串に刺して並べて売っているようだった。


「あ、ソーセージ……」


 ニーナが嬉しそうに言った。

 あからさまに喜ぶ姿に噴き出して、暗黙の了解の上に二人でソーセージを買いに行くことにする。


 だが店に近づいたところで気がつく。

 ちょうどソーセージを購入したクリフが両手に二本ずつ串を器用に持って立っているのが見えた。

 友人と三人、ソーセージをつまもうとする彼は見るからにご機嫌だった。

 これにニーナも気がついたのか、早足ですたすたと歩み寄っていく。


「大荷物ですね。持ってあげましょう」

「えっ……ニーナお前」


 白々しい口調で持ってやると言い、彼女が両手のソーセージの串を一つずつ奪う。

 クリフは一瞬のことで対応できなかった。

 そして、彼女はそのまま自分の口へと持っていく。

 容赦なく食いついた。


「おっと手が滑った。……うまっ」

「おい! 待て、それ全財産だぞ!」


 俺たちに金を落としてくれるものだからクリフは慢性的な金欠だ。

 だからソーセージはわずかな残金で四本買ったもののようだ。


 残った全財産をつぎ込むとは、彼もまたソーセージが好きなのだろうか。

 お構いなしに頬張るニーナを、愕然がくぜんとした表情で見つめている。


「誰かさんの泣きっつらのおかげで四倍美味しいですね」


 合計ソーセージ八本分の満足を得て嬉しそうにするニーナ。

 彼女を前にしたクリフは表情に絶望をにじませる。


「お前、なんでそんなふうになっちゃったんだ?」

「心当たりあるでしょ……」


 全体的にニーナが優勢なやり取りのあと。

 食われる前に食う、といった様子でクリフもソーセージをかじり始めた。

 かわいそうな気もするが、俺は二人の争いには口を突っ込まないことにしている。

 黙って行く末を見守ることにした。


「ごちそうさま」


 すると二本丸々平らげたニーナは串だけ兄に押し付けてお店の方に歩いていく。

 そして自分のソーセージを購入しようとする彼女にクリフが声を荒立てた。


「すみませーん、この大きいソーセージくださーい! 四本!」

「クソが! まだ食うのかよテメェ!」


 すでに焼き上がったものを出すので引き渡しは早い。

 香草入りのものがあったりと、何種類かあるソーセージの中から彼女が選んだのは大きくて肉汁に()()()()立派な物だった。

 かなり食いでがありそうだ。

 あれを一人で四本ということはなさそうだが……。


 内心でそう思っていると、やはり彼女は受け取った内の二本をクリフに差し出した。


「はいどうぞ、兄さん」

「お前……」


 どうぞと言って、笑ってソーセージを渡そうとする。

 するとクリフは一瞬だけ心打たれたような表情になったが、すぐに我に返ったか眉をひそめた。

 そして妹にデコピンを見舞ってソーセージを奪い取る。


「最初から変なちょっかいかけんじゃねー! このバーーカ!」

「ひどい! せっかくあげたのに」


 両手が塞がっているから、いかに彼女とはいえガードできなかった。

 びしりと額に打撃を受け、悲しげに口を曲げる。

 兄の前では少し子供っぽくなるのが面白かった。


「にしても。お前ら二人で回ってるのか?」


 騒ぎも一段落して、うまそうにソーセージをかじるクリフがおもむろに問いを投げてきた。

 俺はうなずいて認める。


「そうだよ」

「へー……」


 答えつつ、クリフのれを含めて全員がソーセージをかじっていることに気がつく。

 なんだか俺も食べたくなってきたが、会話する流れなので買いに行くのはなんとなくはばかられた。

 言ってはなんだが、クリフはいつも間の悪いやつだ。


 そんな具合にちょっと迷っていると、隣に立っていたニーナが俺の肩を叩く。


「リュートくん」

「なに?」

「一つあげます」


 横を向くとニーナが俺にもソーセージを差し出していた。

 ニーナの好物なので取りたくないが、ちょうど食べたかったのでちょっと喉が鳴る。


「いいの? 好物だろ?」

「健康のお礼です」


 健康のお礼、さっきの聖水かけのことか。

 気にしてほしくはないのだが、にこにこしているので断るのも野暮かもしれない。

 俺も遠慮なくソーセージを受け取ることにする。


「ありがと」

「いえ」


 晴れて俺もソーセージを手にした。

 かじりながら少し話そうと思う。

 しかし俺がなにか言う前に、クリフがニーナに目をやって嫌味たらしく鼻を鳴らした。


「物でびてんじゃねぇよ。卑怯者」

「兄さんだって。いつもお店に通い詰めてる」


 ニーナに対する言い草はともかくとして。

 彼女の反論らしき言葉がよく分からなかった。

 いつもクリフは俺たちの商売に来てくれているが、媚びられた覚えはない。


 よく分からなかったので彼も毅然きぜんとして言い返すだろうと思った。

 だが意外にも答えは少しうろたえた様子だった。


「はっ、はぁ? 別に、他に金使える場所がないだけで……」

「嘘つき。自分がお金払っても喋れないからってヤキモチ焼かないでくれますか?」

「知らねぇよ。下品な勘違いしてんじゃねぇバカ」


 なんの話をしてるんだろう。

 途中から本当に意味が分からなくなった。

 どういう言い争いなんだろうか。

 ひたすらに訝しんでいると、舌戦ぜつせんはさらに続く。


「あと、私のソーセージはリュートくんへのお返しですから。温かいコミュニケーションが成立してるんですよ」

「うるせぇ。興味ねぇよクソ」


 そこで気がつく。

 もしかして俺との親密さで競っているのか、この兄妹……というかニーナは。

 だとしたら恥ずかしいし、不毛なことはやめてほしい。

 本当に、ニーナは兄が関わると呆れるほど下らないことでふっかける。


 流石に不介入の禁を破ってたしなめようとしたところで、クリフが今さらニーナの服装に注意を向ける。

 そしてやや驚いたように目を見開いた。

 きっと初めて気づいたのだろう。


「あれ? てかお前、なんだよその服……」

「あっ……え、いや……」


 ニーナも着飾っていたことをすっかり忘れていたらしい。

 恥ずかしさにか頬を赤くする。

 そして唇をわなわなと震わせ何か言おうとするも、なにも言葉にならない様子だった。

 バカにされるのではないかと焦っているのだろう。


「あの、クリフ……」


 言い合いの最中かもしれないが、これは言わないでやってほしい。

 そんな意図を込めて呼びかけた。

 すると彼は俺に一瞥いちべつをくれたあと、ニーナの目を見て鼻を鳴らした。


「……まぁ、悪くねぇな。こうして見りゃ母さんに似てる気もする」

「え?」


 彼は意外にもからかわなかった。

 それどころか少し優しい目をしているような気がした。

 ニーナは驚いたのか何も答えられなかった。

 普段のクリフにはあまり見られない表情なので俺も少し驚く。


 昔から時々感じてはいたが、ニーナにとってはいい兄なのだろう。


「そろそろ行く。お前の相手すんのめんどくさくなっちまった」


 そう言ってクリフは友人に声をかけ、食べ終わった後の串をお店に渡して歩き去っていく。

 あっという間だった。

 俺とニーナだけがその場に残される。


「…………」


 さらに数秒の沈黙のあと、彼女は黙ってソーセージの残りをかじり始めた。

 ややあって二人とも食べ終わり、店に串を渡してまた歩いていく。


「おいしかったですね」

「うん、ありがとう。おいしかったよ」


 それからまた何気ない言葉を交わしながら、さっき話に出たクリフたちのお母さんはどんな人なのか聞いてみたいと思った。

 でも昔、オークに殺されたと言うような話を聞いた覚えもある。

 軽々しく尋ねるのは躊躇われた。


 だから何も聞かずにお祭りを回ることにする。

 露店ろてんを覗いたり少額の賭けポーカーで遊んだり、また買い食いをしたりもした。

 露店では冷やかしばかりで何かを買うことはなかったが、遊びや食べ物にはそこそこお金を使った。

 孤児院の食事は健康的で美味しいが、味付けの濃い屋台料理や甘味には違った良さがある。


 そんなわけで、二人そろって砂糖まみれのドーナッツをかじりながら道を歩いていく。


 すると、しばらく進んだところで俺たちは教会に行きあたった。

 こういったお祭りの際、喧騒けんそうから離れた教会の庭園では詩人さんが曲を弾き語ることも多い。

 もうさんざん遊び歩いたし、少し寄ってみたいと思った。


「ねぇ、あっちの広場行かない?」


 教会の建物の脇を指差して言うとニーナはうなずいた。


「はい。行きましょう」


 同意を得て、俺は教会の敷地に足を踏み入れる。

 向かうのは俺がいつか、両親のことを思い出して一人でべそをかいた庭だ。

 あの時はリリアナが慰めてくれたんだったか。

 多分あいつはもう気にしてないけど、リリアナとここに来ると頭が上がらない気がしてちょっと決まりが悪い。


「あっ、いますね。ほら、詩人さんですよ」

「ほんとだ」


 ニーナの言う通り庭園には詩人さんがいくらか訪れているようだった。

 弾き語る彼らは最初に数曲だけ弾いて人を集める。

 だがそれ以降は帽子を地面に置き、そこに満足な金額が入れられるまでは固い沈黙を守る。

 ただ働きを避けるために、金を受け取ってから曲を弾くのだ。


 だが今日の客は気前がいいようで、絶え間なく金が入るらしい。

 どこも特に間を置かず歌いっぱなし、弾きっぱなしに見える。

 こういった場合、多く金を払えばリクエストを聞いてもらえるので、選曲権を巡る争いが起こればいい稼ぎになるだろう。


「聞いてきていい?」


 広場には適切な間隔を取って何人か詩人さんがいる。

 だが俺は一番大きな人だかりを指差して言った。

 するとニーナはまた頷いた。


「もちろん」


 答えを受けて歩き始める。

 金は払えないので人だかりの一番後ろだ。

 詩人さんの姿もよく見えないが、音はちゃんと聞こえる。


「…………」


 軽く、調整するような様子で楽器の音がした。

 弦楽器のなにかだということは分かるが、聞き分けられるほど音楽を知らない。

 だが響きが優しくていい音だと思った。

 そのまま待っていると、すぐに切れ切れの調整の音が旋律に変わる。

 低く落ち着いた声も加わって、やがて弾き語りが始まった。


「……戦火地を焼き灰積もる。名残なごりも燃えてひとり泣く」


 それは歌うというよりはむしろ語りかけるような。

 詩をそらんじる声に、控えめで物悲しい旋律を乗せたような曲だった。

 歌が始まった途端、ささめくように聞こえていた話し声が鳴りを潜める。

 俺とニーナも黙って聞いていた。


「凍える冬が巡りきて。故郷の道も雪に消ゆ」


 たしかこれは戦火の歌という曲で、夢見の勇者の敗北後に苦しんだ人々の歌だ。


 そして、今歌っているところは国を守れなかった兵士の姿を歌う部分だろう。

 戦に負け、守りたかったものは全てなくなり、最後にひとりで故郷に帰ろうとするも……冬の雪にはばまれ道半ばで息絶えるという内容になっている。

 国語の時間に習ったし耳にしたこともあるが、聞けばいつも悲しい気持ちになる。


「…………」


 やがて詩人さんが最後まで歌い終わった。

 途端に水を打ったように静かだった裏庭には人の声が戻る。


「おい! 辛気臭い歌はやめろ!」

「金払ったんだから俺の勝手だろ!」

「もう一回聞きたい……」


 選曲者へのヤジや反論、そして詩人さんへの要望。

 色々聞こえてくる。

 だから混乱が収まり次の曲が始まるまでの間、ニーナと話すことにする。


「なんか悲しくならない?」

「そうですね。とても……悲しいです」


 尋ねつつ見れば、ニーナは涙で瞳を潤ませていた。

 俺は、その様子がおかしかったので少し笑う。


「……笑わないでくださいよ」


 ちょっと恨めしそうにとがめてきた。

 俺は頭をかいて彼女に謝る。


「ごめん。でも馬鹿にしたんじゃない」


 歌を聞いて泣けるのはいいことだと思う。

 ただちょっと、時々周りの人間にとっては微笑ましかったりするだけだ。


 だから決して馬鹿にしたわけではないと伝えると、ニーナは目元をぬぐってぽつりと呟いた。


「かわいそうです。……魔獣のせいで、みんな」


 俺はニーナの言葉に何も言えなかった。

 答えを求めているように見えなかったのもそうだが、魔獣のせいで故郷を失ったことを思い出したのだ。

 喪失期にだって沢山の人が殺されたはずだし、やっぱり魔獣は許せないと思った。


「…………」


 なんとか冗談を言って場を明るくしたいと思ったが、俺が口を開く前に次の曲が始まる。

 今度は他の人の要望が通ったのか、なんだか陽気な曲だった。

 俺の知らないメロディで、先程とは対象的に歌はない。

 軽快な演奏から詩人さんの技量がよく伝わる。


「上手いですね」


 泣いていたニーナがそう言って笑った。

 音楽の力は偉大だと思った。


「そうだね」


 一言だけ答えて俺も笑った。


 ―――


 あれから数曲音楽を聞いた。

 だが詩人さんが立ち去ったのでずっと長くは聞いていられなかった。

 他の演奏を聞きに行くという選択肢もあったが、俺とニーナは庭の片隅に腰掛けて二人で休んでいた。

 墓地が見える場所の長椅子の一つに腰掛けたのだ。


「なぁ、一番強い勇者って誰だと思う?」

「どうでしょう。昔のことはよく分かりませんね」

「分かんなくても想像したらいいんだよ。俺はやっぱりさ……」


 そうして二人でしばらく話していた。

 ニーナは訓練以外だとにこにこ笑って話すので、受け答えをしていると俺も和やかな気持ちになる。

 正直帰る時間までこうしていたかったが、今日は言っておきたいことがあった。

 だから雑談が途切れたところで、おずおずと話題を切り出す。


「あのさ……そういえばちょっと言おうと思ってたんだけどさ」


 何を言われるか分かっていないのだろう。

 ニーナは小首を傾げて言葉の続きを待っていた。

 俺としても正直掘り返したくない話をするのだが、意を決して口を開く。


「この前逃げてごめん。ずるかったよな、あれ……」


 この前、もといガーランドだ。

 負傷して時間制限がついたニーナに、背を向けて戦わず逃げ出した。

 あの醜態しゅうたいは今でも周りからからかわれるし、あんなことをしたやつは俺の他にいない。

 ルール違反ではないものの、個人的に気がかりで謝っておきたかった。


 恥ずかしくて恥ずかしくて、寝る前に思い出して頭を抱えることもある。


「ああ……」


 彼女も思い当たったらしい。

 小さく声を漏らして、口元に手を当てて笑った。

 あまり気にしていないように見えたから安心した。


「いいんですよ、別に。わかってましたから」

「わかってた……」


 わかっていたとの言葉の通り、確かにニーナは俺の逃亡を見透かしていたような気がする。

 だから投げナイフで決めようと考えたのだろう。

 でもその理由が分からなかった。


「どうして?」


 なので問いかけると、ニーナは微笑んだまま質問に答えた。


「だって、やりそうじゃないですか」

「なるほど」


 ニーナは笑っているが、俺は恥ずかしくてそれどころではない。

 俯いて、少々決まりの悪い思いで頭をかく。

 俺は卑怯者だ。


「…………」


 正直自覚もあるので否定はできない。

 でもそういうふうに見られていたのはちょっとショックだ。

 言い訳のようで聞き苦しいかもしれないが、俺はなんとかその時の気持ちを伝えようとする。

 いい機会だし、自分でも嫌なところだと思っているので相談してみたい。


「……なんか。あんまり悪いとか思わないでやってるんだよね。悪いってわかってはいるけど……そのときはもう必死で……でも、やっぱ駄目だよな……」


 歯切れ悪く反省していると、ニーナがゆっくりと首を横に振った。

 優しい目で俺を見ていた。


「卑怯なんかじゃありませんよ。とっても一生懸命なだけです」


 彼女はそう言って俺を肯定した。

 しかし手段を選ばない……を一生懸命と言い換えるのはどうか。

 ちょっと違和感を感じて、俺は思わず苦笑いをする。


「それは、ものはいいようだけど」

「いいえ。私には分かります」


 ニーナは謎の自信に満ちた表情でそう言い切った。

 どこか嬉しそうだった。


「優しいから、一生懸命に家族を守ろうとするから……私はリュートくんが好きですよ」


 一生懸命に……家族を守ろうとする?


 俺は、その言葉に目を瞬かせた。

 空を見上げて、どういうことかを考えてみた。


「…………」


 そして思い当たった。


「そっか」


 俺が必死だったのは、もとい卑怯だったのは……それだけ任務のメンバーに選ばれたかったからだ。

 任務についていって、一緒に戦いたかったからだ。


 確かに、そういう意味では俺はみんなを守りたかったのだ。

 そして俺が必死なのを分かっていたから、ニーナは俺が絶対に逃げると確信していたのだ。


「……もっと頑張ればよかったな」


 気持ちを自覚したせいか、模擬戦に負けたことへの後悔がまた押し寄せてくる。

 あの時なんでもっとちゃんと戦えなかったんだろう。

 ため息を吐いて俺は俯く。


「…………もっと、できることあったよな」


 もし危険な任務で、部隊が全滅したらどうしようと思う。

 成功してもリリアナあたりは怪我をするかもしれない。

 心配で仕方がなかった。

 みんなと一緒に戦いたかったのに、どうして俺はもっと頑張れなかったのだろう。


 悔しくて、無意識に拳へ力が入る。

 すると握った手をニーナの手のひらがそっと包んだ。

 俺は驚いて彼女に視線を戻す。


「…………」


 ニーナは何も言わなかった。

 でも、おかげでなんだか力が抜けた。

 隣にいる彼女に感謝を伝える。


「ありがとう」


 そしてそのまま、しばらく並んで庭を見ていた。

 教会だから、きっと神様が近くにいらっしゃるから、みんなが無事に帰って来てくれるように心の中でお祈りをしていた。



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