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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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三十六話・特訓(1)

 


 先生とお喋りをしたあと、俺は荷物を部屋に置く。

 そして向かうのは孤児院の広場の片隅だ。

 遠くにはサッカーをしたりしているやつらもいるが、ガーランドの日が近いので俺は自主訓練をしなければならない。


 まだ正午を過ぎたくらいだろうが、出遅れたような気がして少し焦る。

 早足でいつも使っている広場の片隅に向かうと、そこにはニーナがいた。

 手に持つ訓練用の武器は、珍しく大剣のようだった。


 日差しの下、一人で立ち尽くしている。


「ニーナ、なにしてるの?」


 声をかけると休んでいたらしいニーナがこちらに視線を向ける。

 そして小さく声を漏らした。


「ああ、来たんですね」


 いること自体は珍しくない。

 俺とニーナは部隊が同じだから、自主でもそうでなくても訓練を共にすることがある。

 しかし大剣を持っている彼女を見るのは思えば初めてだった。


 なぜなら彼女はナイフを気に入っているのだ。

 軽くて使いやすいし、救護の際に邪魔になりにくく、加えて雑事にも使えるから。

 だからこうして別の武器を手にしているのは不思議だった。


 するとその疑問に答えるかのようにニーナは口を開く。


「練習をしているんです。ウォルターさんに勝つためには、彼の真似をするのも大切なのではと」

「なるほど……」

「間違っているかもしれませんが、これまでの取り組みは行き詰まっています。前回もしてやられましたし」


 今は訓練ではない。

 だから衛生兵の正装ではなく、動きやすいタンクトップとショートパンツでいくぶん涼しい普段着だ。

 だが今は暑い。

 たまの汗を額に浮かべて息をついたニーナは、少し前から剣を振っていたようだった。


「見てください」


 おもむろに言ってまた剣を振り始める。

 小柄な姿に似つかわしくない様子で刃が軽く動く。

 そして繰り出される斬撃は、ウォルターにそっくりなかき消えるほどの速度を宿していた。


「体重を乗せている。極限まで無駄を削いでいる。だから早い。体格と自重の差であそこまでの速度は出ませんが、私にも真似ができますね」


 振り抜いたあとこちらを向いてそう言った。

 言い終わるとすぐに二度目の斬撃が放たれる。

 今度は連撃、振れば振るほど加速する刃だった。


「すごい、いつの間に?」


 正直かなり驚いた。

 やはり彼女はすごい。

 もしかして前からこれを練習していたのだろうか。


 ともかく俺が称えれば、剣をおろしたニーナは照れくさげに鼻をかいた。


「……大したことじゃありません。私はただ真似をしているだけですから」

「いやいや、それでもすごいと思うよ……」


 本当にすごいと思う。

 さらに賛辞さんじを重ねる。

 するとニーナは一瞬だけ考えて言葉を返す。


「いいえ。私は本人から盗んだいくつかの動きしか使えません。ですがウォルターさんは自在にこの速度の斬撃を操れます」


 意味は分かった。

 要はレパートリーの数が違う。

 俺が頷くと言葉を続ける。


「でも、自在とは言っても決まったパターンがあるんですよ。極限まで無駄を削ぎ落とせば、どうしても個性は減るので。そのせいで、一種のかたのようになってしまっています」


 いつも一番無駄のない動きをするということは、その一番の動きしかできないということだ。

 だから型の通りに剣を振っているのに近い状況になっているという意味だろう。


 しかし俺には一つ疑問があった。


「……でも、決まった振り方をしてるようには見えなかった」


 動体視力の差で、多分俺はニーナほどしっかり見えてはいない。

 だがそれでも分かる。

 ウォルターはかなり多彩な斬撃を使い分けている。


 だから決まった動きを繰り出しているようには見えなかったのだが、彼女は首を横に振った。


「いえ。単に数が多いだけです。とても多くの型を作っているだけです。それこそ、あらゆる状況から繰り出せるくらいに」

「そうなの?」

「はい。ですからウォルターさんは対魔獣なら非の打ち所がない。間違いなく無敵の剣士です」


 掛け値なしの称賛だった。

 だが言葉に混じる限定が気にかかる。

 対人ならつけいる隙があるとでも言うのだろうか。


「……はい、まぁ、少しは」


 よほど知りたそうな顔をしていたのか、俺が聞く前にニーナは語り始める。


「いくら型の数が多くても、決まった動きをする以上どうしても次の動きを読みやすくなってしまうんです。たとえば……」


 無言で話を聞く。

 あまり全てを説明させていると情けない気がしたので、俺なりに説明を噛み砕いてみたかった。

 彼女は言葉を続けた。


「そう、ウォルターさんが百個の型を持っていたとしましょう。しかしそれだけあったとしても、実際の型どうしの繋がりは限られています」

「そっか。出せない技もあるもんな……」


 俺の言葉にニーナは目を瞬かせる。

 突拍子もなく聞こえたようだったが、少し考えると腑に落ちたようで彼女は薄く微笑んだ。


「はい。そうです。飲み込みが早いですね」


 何故か褒められてむずがゆい気持ちになる。

 悪い気はしないが、俺のことをずいぶん気軽に褒めてくるような気がする。


「そうかな?」

「はい」


 言い方が悪くて申し訳ないが、俺が言ったのは単純に……型があるからといって常に全てを使えるわけではないということだ。


 たとえば剣を上に振り抜いた後、もう一度即座に斬り上げを放つことはできない。

 剣を振り下ろすか、構え直したりしてまた刃を下に運ばなければならない。

 ある型を使ったなら、そこから次の手として考えられる行動は限られてくる。


 そして、その先について彼女は語り始めた。


「いくらあっても一つの型から繋げられる動きは多くて数個……なら状況に応じて絞りこめば、ある程度の予測は立てられるはずです」


 ある型で右に剣を振ったあと、次に突きの攻撃か回転斬りが来ると知っていたとする。

 そうなれば間合いが離れているなら次は突きを出してくるだろう、というように読んで対応することができる。

 動く前に予想ができるなら、いくら剣が速くても勝ち目はある。


「完成しているからこそつけこめるのです。常に最適解しか選ばないなら、そこに網を張ってやることもできます。多分……」


 もちろん実際の戦闘ではそうはいかないかもしれない。

 ウォルターは伸びる斬撃やしなる刃のように、時には剣速を落としてでも変則的な行動をねじこんでくる。

 だがパターンに基づいて予測を立てるという方法は、まともに戦闘を行うために必要だと思った。


 そんなことを考えていると、おもむろに咳払いをしたニーナがなにやら話を持ちかけてくる。


「……そこで提案なのですが、私はウォルターさんになりきって理解してみたい。リュートくんは多分……練習したいでしょう? どうです? 部隊の勝利のために一緒に訓練をするのは」


 ちょうどウォルターと戦う方法に悩んでいたところだったから、まさに救われるような提案だった。

 願ってもない機会に俺は思わず飛びついてしまった。


「いいの? ありがとう」


 俺が礼を伝えるとニーナははにかんだ。

 そして剣を左手に持ち替える。

 さらに空いた右手をズボンの布でしっかりと拭いて、そのまた差し出してくる。

 握手だ。

 汗を気にする仕草に少し笑って、俺は迷わず手を握る。


「よろしくお願いします」


 本当にありがたかったので敬語で言うとニーナもにっこりと笑った。


「はい! 頑張りましょう」


 俺はおどけて手をぶんぶんと振って離した。

 また剣を持ち替えて、彼女はてきぱきとした様子で移動し始める。

 行き先は模擬戦用の武器が並べられた一角だった。


 俺も武器を取らなければならないので後に続く。


 ―――


 その後、訓練は日が傾くまで続いた。

 貴重な休みだというのにまるごと俺のために使ってくれたニーナには頭が上がらなかった。


 武器を戻して帰る前、俺は彼女にお礼を言う。


「ニーナ、ほんとにありがとう」

「いえ。同じ部隊ですから。いいんですよ」


 ニーナは俺より運動量が多かった。

 何度も何度も彼女が見て盗んだウォルターの型を何度も実演してくれたからだ。

 実戦形式の訓練もあって、明らかに疲労の色が滲んでいる。

 だが彼女は恩着せがましいことは言わず、ただにこにこと微笑むだけだった。


「またやりましょう。次の休みも。いえ、いつでも……時間が取れる時は二人で」

「……そこまでやってもらっていいの?」

「もちろん。いつでも付き合わせてください」


 なんだかニーナの笑顔が光を帯びているような気さえしてきた。

 ここまでくると本当に足を向けて寝られないというか……必ず何かお返しをしようと決めた。


「じゃあ帰りましょうか」

「うん」


 返事をして二人で歩き出す。

 孤児院へ向けて進んでいると、ちょうどサッカーを終えて撤収している面々が目に入った。


 にぎやかで楽しそうだったのでなんとなく近づこうとしたが、不意に袖を引かれて足を止める。


「…………」


 振り向くと黙って人気ひとけがない方を指差すニーナが見えた。

 あまり人と話さない彼女としては、集団とかち合いたくはなかったのだろうか。

 配慮に欠けていてすまないと伝える。


「ごめん、気づかなかった」


 そう言って指差した方に進路を変えた。

 するとニーナは嬉しそうに笑って、ぽつりぽつりと何気ない話をし始める。


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