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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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三十四話・授業(1)

 


 やがて授業の時間が来た。

 まずはセオドア先生の歴史からだ。


 歴史の授業は孤児院の建物にある広間で行う。

 かつてここがお屋敷だった頃にパーティを開いたりしていたらしく、見た目はなかなか豪華だった。

 好きな場所に机を置いていいという方針のもと、まばらにいろんな角度で散った三人がけの長机がそこかしこにある。

 一度ウケ狙いで真横にした奴らも文句は言われなかった。


 彼らはいつの間にか普通に戻してたけど、それはともかく配置は本当に自由だ。


「ここに座ってもいいですか?」


 俺が真ん中でリリアナが左。

 二人で座っているとニーナが声をかけてきた。

 断る理由はないので座ってほしいと意思を示す。


「いいよ」

「どうぞー」


 俺に続いて間延びした声でリリアナも承諾した。

 それを受けてニーナが俺の右に座る。

 大事そうに抱えていた筆記具と本を机に置いた。


「おはようございます。リュートくん。リリアナさん」


 薄く微笑んでそう言った。

 彼女はよく話す人の前以外ではあまり笑わない傾向があるが、リリアナは俺といつもいるのでわりと慣れている。

 そんなわけでちょっと柔らかめの挨拶にリリアナも答える。

 サポーター会員のニーナなのでこちらも愛想は割増だ。


「おはよう!」

「おはよう」


 今度は俺がリリアナに続く。

 挨拶を交わしたあとは特に会話なく座っていた。

 もう、ほぼ秒読みで授業が始まるからだ。

 だからリリアナは鼻歌交じりで教科書を見ているし、ニーナは石版にろう石で絵を描いている。


 ちなみに授業では石板に板書をとって、部屋で羽ペンを使って写す形式になっている。

 書いても消せるのはありがたいので二度手間は仕方ない。


「やぁ、みんな。毎日訓練お疲れ様。今日は楽しい歴史の授業だよ」


 早歩きで教室に入ってきたのはセオドア先生だった。


 今日は楽しい歴史の授業だよ、と。

 お決まりのセリフを口にした先生に何人かがブーイングを投げかける。

 内容はこわーい、とかやだーとかそんなものだ。

 本気で嫌なわけではないだろうが、みんな大人にじゃれて難癖をつけるのが好きなのだ。


「うん、分かった。でも怖くないし、もし怖くても次は聖炎の勇者様の時代に入るから。ゴネないでおくれよ」


 しかしそこは院長先生だ。

 対応も慣れたものである。


 大人気の勇者の名前。

 必殺ワードで華麗に黙らせ、俺たちの前に置かれた教卓に立った。

 そして机の下からチョークを取ると無理やり壁に取り付けた黒板に向かう。


「さて始めよう。こわーい喪失期のお話だよ」


 おどけてそう言って話が始まる。

 やっぱりこわいんだ……と隣でニーナが肩を落として呟いた。


 前回の授業では失伝に失伝を重ね、全くと言えるほど記録のなくなった過去二回の喪失期について話した。

 加えて第三回の喪失期のはじまり……つまりは夢見の勇者の敗北と使徒の全滅についての教えも受けた。


 だから今回は勇者の敗北後、比較的情報がある三回目の喪失期の中身について教わる予定だ。


「三回目の喪失期が始まった当時、大陸には二十二の国家があった。その内の一つは聖教国。他に……」


 立て板に水とでも言うしかない流暢りゅうちょうなトークが続く。

 時折指示された本のページを開いたりしつつ俺は先生の話を聞き続ける。


「…………」


 曰く二十二の国家は八つを除いて全て滅んだ。

 喪失期の最中は強大な魔獣が法則を無視して出現し、人が栄えた土地を廃墟にし続けた。

 使徒が全滅しても五十年後には神の裁きが戦役を終わらせる。

 しかしあまりに傷つき荒廃した世界は、混乱の中で二百年ほどはほとんどの記録を残せなかった。

 その間失われた技術や歴史は限りなく多かった。

 さらに残りの百年も戦国時代のまっただ中で、亡国の土地には新たな国が興っては消えていった。


 なにぶん記録がないのであやふやなことも多い。

 その上怖いけど、喪失期の話は知らないことだらけで聞かずにはいられなかった。


 使徒の亡き後に世界中の国が同盟を組み、その上で惨敗を喫したという史上最大規模の抵抗戦の逸話。

 魔獣に埋め尽くされた世界で地下に隠れ住んだ人々の口伝くでんに基づく(らしい)怖い本の紹介。

 戦後の混乱を収めようとして散った悲運の英雄の話。

 国が争う時代に頭角を現した元奴隷の天才軍師の伝承。


 他にもいろんな話を聞かせてくれた。

 そして。


「と、このようにして聖職者たちは自らの私腹を肥やしていったわけだ」


 セオドア先生が話したのは今の聖教国の成り立ちについてだ。


 まず喪失期の間、一説では八割の魔術師が消息を絶った。

 だが聖職者が最も多いこの国では、過去の勇者の伝説と共に大陸の過半で失われかけた魔術も多く継承していた。

 故にこの時期教会が急速に勢力を伸ばし、聖職者たちは魔術を独占しながらも荒廃した国土を修復し続けた。


 ある時は谷に橋をかけ、またある時は土地に水路を引いた。

 それだけではなく魔術の力は聖教国の復興と勢力の拡大へ大いに貢献した。

 聞けばちょうどこの時期に、後に世界二位の大国になれるだけの基盤を築いたのだという。


 しかしこれで終わりではない。

 彼らは自らがかけた橋や開いた鉱山、水路や風車小屋を『管理する』との名目で土地を占拠し始めたのだ。

 さらにそれに留まらず、占拠を認めなければ整えた設備を破壊し、今後一切復興の手助けは行わないと宣言することさえした。


 当然人手も足りず暮らしにも困っていた人々は、王も含めてこれを呑まざるを得なかった。

 結果として奪われた土地は聖職者たちの領地となり、この出来事が国が徐々に教会に牛耳られていくきっかけになる。

 後に言う聖職政治の始まりだ。


「まぁ識字率しきじりつも底まで落ちていただろうしね。聖職者たちも望んで魔術を占有したわけじゃないかもしれない。管理という名目も筋は通っている。……一応はね」


 俺たちは今までも聖職者たちの横暴について何度かセオドア先生から聞かされている。

 先生は優しいのでこうして庇うようなことも言うけれど、弱みにつけこむなんて許せないと思った。


「銀貨」


 ふと横あいからリリアナに声をかけられた。

 あまり声を大きくしなければ先生は私語にも怒らない。

 だけど一応気が引けたので声を低くして俺は答える。


「なに?」

「いい神官の人もいるよね?」


 急になんの話をするんだろうと思った。

 普通のことだ。

 俺は街の教会の神父さんが好きだ。

 彫刻について語り合ったこともある。

 だからいい人がたくさんいるのは当然知っていた。

 なんならヴィクター先生も格好は聖職者っぽい。


「当たり前だろ」


 こんなことで授業中に喋っちゃだめだよ、と。

 そんな気持ちを込めて眉をひそめつつ答えるとあいつは何も言わずに柔らかく笑った。

 そして右手で頬を軽くつねってきた。

 ぐにぐにされる。

 その仕草と、笑顔がなんだかこそばゆくて、俺は鼻を鳴らして手をどけた。


「セオドア先生は、聖職者の話をしてる時……」


 尻すぼみに声が小さくなったので後半は分からなかった。

 しかし何かを呟いたようだったが、聞き返すほどではなくて視線を外す。

 代わりにちらりとニーナを見ると、少しだけ怒っているように見えた。


「…………」


 そういえばニーナの母さんは別の国から来たから。

 宗教が違って、そのせいで苦労したとか話を聞いたことがあるような気がする。

 だから聖職者は嫌いなのかもしれない。


「さて、じゃあ次の話をしよう。次は戦国時代の終わりとその後の情勢について話していくからね」


 喪失期の後の聖教国の話が終わった。

 土地の要求以外にも本当にえげつないことをして聖職者たちは権力を握った。

 そして次は他の国を中心に据えた話だ。

 聖職者の悪行に触れ、少しだけ張り詰めていた教室の空気が柔らかくなる。


「ではこの時代の主要な人物の紹介をしていこう。まずは戦国時代を一人勝ちした帝国の始祖、サルバドール大帝だ。彼はあらゆる戦に勝ち、非常に優れた国家体制を築いていく。その先進的な思想の出どころを理解するには、まず彼の幼少期について……」


 先生はひと区切りの話を始める前にまずその時代の主要人物について話す。

 そしてその人たちが何をしたか、というような形で大筋を語ってくれるので個人的には飽きずに聞けて楽しかった。


「…………」


 話を聞きつつも板書をしっかりと写してメモもする。


 こういう戦い関連の歴史を聞いていると、俺たちが生きる今回の戦役もいつか過去として語られるようになるのだろうかと考えてしまう。

 それは少しだけ不思議な気分だった。


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