三十一話・日常(2)
風呂に入って金稼ぎの準備をすると、薄暗い空は夜の気配をちらつかせている。
そんな中、急いで移動した俺は食堂で食事のトレーを運んでいた。
対抗戦のあとは、部隊のみんなで食事しながら内容について振り返るのが習慣だ。
「ごめん、みんな。遅くなった……」
「商売の準備ですか?」
すでに席についていたニーナが少し眠そうな目で語りかけてきた。
今日はたくさん戦ったのでもうずいぶん疲れているのだろう。
「うん」
「そうですか。では席についてください」
ちなみにみんな服は着替えたようで、ニーナは黒のノースリーブにショートパンツを履いた気楽な格好だった。
昔はみんな同じへんてこな服を着て寒い中重ね着したりしていたものだが、あれもなんだか懐かしい。
今では誰も触れることはないが。
「……よいしょ」
なんとなくの声を漏らして席につく。
空いていたのでニーナの隣に座った。
すると正面に座っていたケニーがバツが悪そうに微笑みかけてくる。
「…………」
兜を脱いだ顔からは特に日射病の痕跡は伺えない。
鳶色のくせっ毛と穏やかな緑の瞳、少し低い鼻も相まって気の良さそうな顔立ち。
小麦色の肌の血色もいい。
だが表情にいつもの調子の良さはなく、少し参ってる感じもする。
どうやら俺が来る前に早速つつかれていたらしい。
あんな失態を晒したんだから仕方ないのかもしれないが……。
とはいえ俺にも責任の一端はあるので他人事にはできないだろう。
そんなことを思いつつ、俺はトレイのさじを手にとって食事を始めた。
「いただきますは?」
「あ、ごめん……」
俺から見て左前。
姿勢良く座るエルマに声をかけられた。
だから慌てて手を合わせる。
この孤児院では食前の祈りや朝夕の祈りをあまり重んじてはいない。
でもいただきますとごちそうさまはちゃんと言うよう教えられている。
「いただきます」
そう言ってさじに右手を伸ばす。
今日はソーセージが入ったシチューとパンに鶏の胸肉をこんがり焼いたチキンステーキまでついている。
対抗戦の日は食事が豪華で嬉しい。
「おいケニー。立ちくらみはまぁ、勘弁してやるよ。でもお前、リュートに鎧着るの止められたらしいな? なんで移動中脱がなかったんだよ?」
こちらは俺から右前。
ハルトくんがねちねちとケニーに絡む。
ケニーは肩身が狭そうな顔でパンを持った手を止めた。
「クランツくらいタフならいいよ? だがお前ヘタレじゃねーか。なんでわざわざ始まる前から蒸し焼きになってんだ」
「…………」
いつもはわざとか天然か中々に効く煽りを返していくケニー。
でも流石に今回はなにも言い返せない様子で黙り込んでいる。
黙り込んだままシチューにパンをひたした。
「ハルトくん。一人のせいにするにはやられ方が不甲斐なさすぎるでしょう。あなたは」
このまま数時間はねちねちと絡んでいそうだった彼をニーナが止めた。
痛いところを突かれて、ぎくりと動きを止めたのを見て彼女はため息を吐く。
「しかしまぁ。ケニーくんも最悪だったのは間違いありませんね」
特に怒ってるわけではないと俺には分かる。
だが口調が冷淡なので実際以上に突き放して聞こえる。
多分本人は責めているつもりはないのだろうが。
「……どうぞ。食べながら話してください。弁明の機会を与えているのですよ。二人とも」
そう言って彼女自身もフォークで刺したソーセージを口に運んだ。
相当美味かったのか少し驚いた表情を浮かべた。
「うまっ……」
一転して黙り込むハルトくん。
彼と同じようにリリアナに転がされた俺も何も言えなかった。
俺たちは同じように包囲されて、ぼろぼろにされてしまったのだ。
ニーナやウォルターでもなければあの状況で生き残るのは難しかった。
「…………」
助けを求めてエルマに視線を向ける。
すると彼女もこちらを見て苦笑いしていた。
「ねぇ、私から反省していいかな? ……私の駄目だったところ聞きたいんだよね」
素晴らしいフォローだった。
俺もそれなりに失態を犯している……というか俺はケニーを止めず、ニーナに治療までされたダメな立場だ。
なので中々口をはさみにくかったのだが、エルマがちゃんと助けてくれた。
救世主の出現にニーナ以外の緊張が一気に弛緩する。
「どうぞ」
ニーナの返事に安心して、俺はチキンステーキにナイフを伸ばす。
皮が特にとても美味しいと思う。
「私は……確認が甘かったと思う。今日は伏兵に気づけなかった」
ケニーが答える。
「仕方ないっすよ。あんだけ忙しかったんだ。普通は目の前の状況把握するので精一杯っす」
「そんなことないよ。もっといいやり方をすればちゃんと確認できた」
エルマはやんわりと否定を返す。
それを見て、ちょうどパンを飲み込んだニーナが頷いた。
「エルマさんが正しいです。これから人数確認は目視の他、演習場の外にいる脱落者の数で照会するのがいいでしょう」
なるほどと思った。
確かに脱落したなら演習場から出てないとおかしいし、人数が合わないのはもっとおかしい。
そうやって確認すれば脱落したふりをして隠れるような作戦には引っかからない。
感心しつつシチューを口に運ぶ。
深みのある味で美味しい。
きっと隠し味にチーズが入っている。
「うん、そうだね。今回はできなかったけど、次からそうする。……他に気になることあったら言って」
エルマのおかげで議論が生産的な方向に回り始めた。
しばらく彼女に関係する改善点について語り合ったあと、息を吹き返したハルトくんが手を上げる。
「なに?」
「なぁ、そもそも俺らってどうすれば勝てたんだ?」
その言葉にみんなが考え込む。
俺も考えた。
まず伏兵に気がつく。
そしてそれを見つけて狩る……いや、それ以前にリリアナとクランツくんたちを組ませてはいけなかった。
リリアナを見張って、あいつがやりたかったことを邪魔すべきだったのだ。
あそこでクリフを排除しに行った時点で彼女の手の平の上だっただろう。
そんなことを考えながら、俺たちは議論を交わす。
中々白熱したが、そこでぽつりとエルマが言葉を漏らす。
「……でも、なんか……すごいちゃんと実行したのに負けたね」
リリアナのことだ。
彼女は勝つために必要なことを完璧にやりおおせた。
負ける要素がなかったのに負けてしまったのだ。
「…………」
リリアナの偉いところはこいつらを一瞬で撃破、とかこの状況に持ち込む、とかそういうのをきちんと成功させる点だ。
実際俺たちを倒すまでは完璧だった。
まず伏兵を使って包囲し俺たちを倒す。
次にクランツくんの部隊を囮にして、ウォルターの強化魔術の時間を削る。
加えてクランツくんを一人だけ残すことで、部隊の順位を上げるためにウォルターの撃破に協力せざるをえない状況に追い込む。
続けてニーナと俺を六人で撃破し、最後に強化魔術の時間が切れたウォルターを倒す。
こう見ると、やはり完璧に事は運んでいたのだ。
でもウォルターが理不尽な速さで囮を殲滅して、強化を残したまま来たせいで全てが綻んだ。
そのたった一つの綻びだけで、なにもかもがひっくり返されてしまった。
「まぁ、そうだね」
事実だったので俺は歯切れ悪く肯定する。
言っていることは正しいが、どんな話になるか予想できてしまったのだ。
ウォルターは今日クランツくんの部隊の五人。
加えてリリアナたちと俺とニーナをたった一人で仕留めた。
一応ニーナは疲れ切っていたし、クランツくんの部下は各個撃破の標的として囮にされた形ではある。
だがそれでも撃破十二人は異常な戦果だ。
実に半数以上があいつに倒されている。
ケニーがため息を吐いた。
「別の部隊だけど……リリアナさんはちょっとかわいそうだったっすねぇ。あんなの勝てるわけないし、今日みたいな勝ち方されると流石にやる気が……」
何か、というか多分不平の言葉を言いかけた。
しかしそこで空気が破裂するような音がして、彼の声を遮ってしまう。
「…………」
音がした方に目をやると、ニーナが強く手を叩いたのだと分かった。
そして強い口調で口を開く。
「そもそも戦場に弱い敵、同じ強さの敵しかいないはずがない。……これは次に勝つための話し合いのはずです。負けた言い訳を口にするのはやめなさい」
生真面目なニーナらしい制止だった。
いや、生真面目だけではないか。
彼女は昔、あの風車小屋に助けに来たのが俺だけではないことを知っている。
だから悪く言われるのを我慢できなかったのだろう。
ウォルターには恩人としてとても敬意を払っている。
「あ……すみません」
ケニーはバツが悪そうに小さく頭を下げた。
ニーナはそれにちょっとため息を漏らす。
彼に呆れたわけではなく、強く言い過ぎたのを反省しているように見えた。
「気持ちは分かりますが、格上への対策を講じられる経験は貴重ですよ」
「はい。……申し訳ないっす」
ケニーもウォルターが憎くて言ったわけではない。
そう言って改めて頭を下げると、気まずそうに咳払いをした。
「…………」
少し微妙な空気になってしまった。
なんとなく口を開きにくくなった。
俺は俺の代わりに止めてくれたニーナのためにどうにか雰囲気を変えようと口を開く。
「ケニー。一番いい隊長はニーナだからな。よそ様のことはあんまり言うなよ」
「っ……」
おどけて言うとニーナの口が半開きになった。
言葉が出てこなかったらしい。
それを見て笑うとケニーも笑った。
ちょっと無理やりな流れだが、どうも乗っかってくれるらしい。
「そうっすね。ニーナさんは強さと優しさと正しさを併せ持ってますからね」
「人殺してそうだけどな」
最後にからかうようにハルトくんが付け足した。
すると眉をひそめて不服そうにする。
「は……? まだ言ってるんですかそれ」
「仕方ないだろ。お前のネタ少ないんだよ」
「ああ、なるほど。わかりました。ぜんぜん気にしてないけど次はハルトくん前衛にします」
唐突な権力乱用にハルトくんの表情が凍る。
「おい、やめてくれよ…………」
「ニーナちゃんは人殺してそうじゃないよ。立派な衛生兵だよ」
例のごとく争いを収めてくれるエルマ。
部隊の平和を象徴する微笑みに、さすがのニーナも早々に矛を収める。
「エルマちゃんは後衛続投します。……ところで私、ちょっとシチューをおかわりしてくるので待っててください」
ニーナが席を立っておかわりしに行くと言う。
特に異論はなかったのでみんなそれぞれ了解した。
「分かったよ」
それから俺たちは各自反省の後、細かい敗因の整理と次の方針の決定を行った。
終わる頃には食事の時間も終わりが近くなっていた。
ちなみに戻ってきたニーナのお椀には、まるで矢で満たされた矢筒のようにソーセージが突き立っていた。
真面目くさった顔でそれを持つニーナを見たハルトくんは、ものすごく楽しそうに爆笑していた。
近日ニーナには新しいあだなが授けられるだろう。




