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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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二十七話・対抗戦(1)

 


 しばらくすると、もう俺たち以外の部隊も準備が終わりつつあるのが分かった。

 四つの部隊はそれぞれきちんと整列している。


「…………」


 そうしてなんとなくよその様子を伺っていると、演習場の真ん中あたりでシーナ先生が手を上げているのに気がついた。

 これはもう始めていいかを確認するための合図だ。


 もういいのなら、部隊長がそれぞれ手を上げる手はずになっている。


「大丈夫ですか?」


 一応、といった様子で確認したあとニーナが手を上げた。

 他ももう良さそうだ。

 すると先生はうなずいて、こじんまりとした立ち台に向かう。

 あそこで俺たちの動向に目を光らせるのだろう。

 そして必要に応じて脱落者への声かけと、緊急時の制止、それから訓練の進行などをおこなう。


「ルールはいつも通り。撃破されたら自分でちゃんと戦闘から離脱しなさい!」


 先生が声を張って俺たちに言った。


 聞いた通りいつものルールなら、攻撃を受けた体の部位に応じて点数がたまる。

 その点数が五点になると撃破……つまり脱落になるはずだ。

 しかし監督は先生一人なので、これらは自己申告になる場面も多い。

 なので少し心もとない部分もあった。

 だが後で故意にごまかしたという証拠が集まれば、問答無用で部隊が最下位になる。


 まぁ、一応ズルはしない方がいい仕組みにはなっているのだろうか。


「ではこれから一分待って開始の合図を出す。少し待っていなさい」


 その言葉を最後に先生は黙り込む。

 俺は始まるまで仲間と一緒に待機することにした。

 すると、前にいたニーナが不意に振り返って声をかけてくる。


「この場所は有利です。だから、少しの間ここで様子を伺ってから出ましょう」


 みんな反論はなさそうだった。

 せっかくの高所と壁を捨てるらしいが、下手にもっていても他に結託されるのでそれもいい。


「うん」


 俺たちはニーナに従って土嚢どのうの壁の裏に隠れる。

 しかし少しするとなんだかそわそわしてしまい、一度は引っ込んだ壁の上から顔を出して周囲を見回す。

 すると隣の開始地点、エルマと同じ斥候兵の装いのリリアナと目が合った。


「!」


 遠目にもわかるほど満面の笑顔を向けてきた。

 歯を見せてぶんぶんと右手を振ってくる。

 俺はちょっと気まずくなって頭をかいた。


「リリアナ……」


 彼女は変わらない。

 強いて言うなら髪型くらいか。

 昔は長い髪をそのままにしていたが、今は紐のリボンで二つ結びに纏められてある。

 あとは……高かった背が、俺を含む男にちらほらと追い抜かれ始めているのもある。


 でも他はそのままだ。

 今も昔も明るくて、常に謎の自信に満ちた顔をしている。

 多分一生ああなんだろうという漠然ばくぜんとした信頼があった。

 変わらないことはとてもいいことだと思う。


「…………」


 一度壁の裏に引っ込んだ。

 手を振り返そうと思って武器を置く。

 それからまたよじ登り、上半身だけ出してあいさつをしようとした。

 するとちょっと後ろに引かれてバランスを崩す。

 引っ張った手は、律儀に俺を受け止めてくれた。


「……他の部隊に手を振らない」


 ニーナだった。

 ちょうど後ろから抱かれるような形になっていて、なんとなく俺は気まずく思う。


「あ、ごめん」


 なんとか返事をするとそっと優しく手が離れる。

 軽く背中が叩かれて、ようやく俺は自分の足で立った。


「分かればいいです」


 そう言ってニーナはさっさと土嚢の裏に座り込む。

 ハルトくんが呆れたように笑って、意味ありげな視線を俺に向けてきた。

 見ればエルマもにこにこしていて、様子が変わらないのはケニーだけだった。

 彼はずっと、ひとりで兜の位置を微調整し続けている。

 緊張した時のクセだった。


「……なに」


 ともかく俺がそう言うと、二人して顔を見合わせるだけで何も答えてはくれなかった。

 俺は頭をかいて武器を拾い、壁の裏に座り込む。


「では十秒後に対抗戦を始める。十……」


 先生が最後のカウントを始めた。

 心なしか一瞬で空気が張り詰めたように思う。

 少なくとも雑談の気配は打ち消えた。


「ゼロ。……開始」


 ざっ、と。

 土を蹴るような音があちこちで聞こえた気がした。

 俺たちも武器を持ち立ち上がる。

 すると即座にニーナから指示が飛んできた。


「まずはやり過ごしましょう。エルマさん、周囲を見て」

「はい」


 言葉を受けて、斥候のエルマが壁の横から顔を出す。

 基本的に対抗戦では、不利な地点からスタートした部隊が状況を変えようと動くところから始まる。

 それに対応する形で他も動く。

 だから特に初動は見逃せない。


「1が2に攻撃。3は少し離れて1の背後を狙ってる。4は……こちらに接近。西方。距離六十」


 隊長のニーナに報告が飛んだ。

 数字の1はウォルターの部隊。

 2は筆頭魔術師のクリフの部隊で、3は重装兵の筆頭であるクランツくんが率いる部隊。

 4はリリアナのところだ。


 そしてリリアナが接近しているということだが、多分あいつはこの場所を奪おうとしているのだろう。

 ニーナはそれに短く答えた。


「了解、対処します」


 彼女はどこからか木のナイフを取り出した。

 数は三つで、どれも柄の部分から糸が伸びている。

 この糸はナイフを投げたあと魔力を流すためのもの。

 つまり魔術の触媒として使えるものだった。

 もちろんルーンも刻んである。

 それを壁の近くの地面に転がして、こちらに語りかけてきた。


「……少し離れて」


 今の言葉でなにをするのか察した。

 だから俺たちは慌てて壁から離れた。

 それを確認し、ニーナは早口で詠唱を唱えた。


「力よ、結集し、圧縮し、反動を放ち、撃ち砕け『火撃ファイアバースト』」


 見事な短縮を行った偽典詠唱。

 そして轟音。

 爆発で土嚢が破れて壁が崩れた。

 ニーナは軽く息を吐いて、焼き切れた糸を捨てる。


「ここを出ます。リリアナさんには構わず、予定通り筆頭遊撃手を倒しましょう」


 そう言って走り出す。

 彼女の背中を追いながらハルトくんが小さく呟いた。


「派手にやるな……」


 走りながらの言葉だ。

 リリアナたちが追いかけてこないか背後を確認しつつ、俺は最も狙われやすいであろう最後尾のケニーに寄って移動する。


「ニーナちゃんらしくていいと思うよ」


 エルマはそう言うが、あの土嚢はみんなでまた高く積まなければならないのだ。

 破壊してはならないというルールはないが少しだけ気にかかる。


 でも気にしているのは俺だけのようで、ケニーもうなずいて褒めていた。


「やはりニーナさんは天才っすね。奪われるくらいなら壁を壊せばいいってわけだ……」


 彼らの会話を聞きながら、俺はまたリリアナを確認する。


「…………」


 攻めてくる様子はなさそうだった。

 そして行き先を変えることもなく、崩れた土嚢の前にたむろしている。

 やはり追いかけては来ない。

 でも一応監視していると、またエルマからの報告が来た。


「2が遮蔽を確保。1は……」


 報告を聞きながらも、一応自分の目で戦況を確かめる。

 どうやらウォルターから逃げていたクリフが、どこかの壁に逃げ込んで隠れたらしい。

 しかも、それを追いかけていたウォルターは別の部隊に背後を取られてしまった。


「…………」


 どうするべきか考えていると、エルマが少し不安そうな口調で付け足す。


「このまま行くと私たちもサンドイッチでは?」


 確かに、俺たちはウォルターを狙っている。

 しかし彼はいま敵に挟まれていた。

 ならそこに行くのは自ら挟まれに行くようなものだ。


 しかしニーナはそれを迷いなく否定する。


「クランツさんは乱戦になれば踏み込みません。戦闘の終わりまで待つはず。構わず前進していい」


 確かにクランツくんは慎重な人だ。

 統制が取れなくなる乱戦には足を踏み入れない可能性が高い。

 だから従おうとした……その時。

 クリフたちが立てこもる壁の前の地面が広く凍りつく。


「!」


 ウォルターは誘い込まれていたのだ。

 これはまずい状況になったかもしれない。

 流石に俺たちも氷の地面には突っ込めなかった。


「1から……一人脱落。もう一人脱落。衛生と斥候」


 水の魔術の『矢』によりウォルターの部隊から次々に脱落していく。

 こうなると流石のあいつも退いて体勢を整えるしかない。


「3が移動。退路を塞ぐ気だと思う」


 だがクランツくんの存在がそれを許さない。

 壊滅の危機と見るや移動して逃げ道を塞いだ。

 それによって足が止まり、ウォルターの部隊の魔術師も落ちる。

 地面が凍りつき、敵に挟まれたあの場所はまさに死地だ。

 流石の彼も終わりだろうと思っていると、ふと気づいたようにニーナが声を漏らした。


「待って。リリアナさんはどこですか?」


 その言葉とほぼ同時。

 前方の戦場が局所的な土煙で隠された。

 大量の土を含んだ風が、俺たちがいた高台から吹き降ろしてきたのだ。


「……あいつ」


 思わずつぶやく。

 これは多分リリアナがやった。


 きっと複数人でタイミングを合わせて魔術を使い、大規模な風を起こしたのだろう。

 あの部隊はそういった合わせ技の練習をよくしている。

 そしてこの大量の土は、明らかに俺たちが隠れていた場所の土嚢を使った。

 まさか壁ではなく土が狙いだったとは……。


 そこで、エルマがまた状況を伝える。


「……3の動きが乱れた。リリアナちゃんがなにかしたかも」


 言われて、クランツくんたちが崩れているのに気がついた。

 そして俺もそれはリリアナの仕業だと思う。

 さらに報告が続くが、広がる土煙で一時的にウォルターとクランツくんは見えなくなっていた。


「ありがとうございます」


 ニーナが報告への礼を述べた。

 一応ここには多少粉っぽい気がするくらいだが、土を吸いたくないのか彼女は袖を口にあてがっている。

 そして少し咳き込みつつも指示を出した。


「ウォルターさんたちはもう逃げたはず。……なら壁の後ろにいると分かっている弱虫に奇襲をかけてやるほうがいい」


 いくら魔術の風が巻き上げたとはいえだ。

 砂や埃ほど軽くはない土の煙は晴れやすく、恐らくあと五秒かいくらである程度消える。

 それを見越してか、彼女は素早く動き始めた。

 煙が晴れる前にクリフに近づくつもりだ。


「私が先導します。ハルトくんは広範囲を叩く魔術を仕込んでおいて」

「了解」


 答えを待たずにもう走っている。

 そうして俺たちはクリフたちの近くまでたどり着いた。


 流石に接近に気づいてはいたが、完全に準備できてはいなさそうだ。

 見て分かるくらい陣形が崩れている。

 そこにハルトくんが魔術を使い、エルマも弓で追撃を行った。

 すると敵の斥候が三点分のダメージを受けて倒れ込む。

 こうなると負傷したことになるのでもう動けないのだ。

 しかも彼はクリフの部隊の次席、次席の斥候だった。


 それを見てニーナは目を細める。


「ああ。やれそうですね」


 兄を倒せるのが嬉しくて仕方ないのか瞳をギラつかせる。

 今の攻撃で隊列はさらに崩れていたが、クリフがなんとか立て直そうとしている。


「落ち着け、あいつは突っ込んでくるだけだ。しかもウォルターより弱い。俺がケツにつく。フィンを連れて下がって立て直すぞ」


 どうも負傷した斥候を逃がそうとしているらしい。

 だがそれを許すニーナではない。


「私に続いて」


 急にペースを上げ、逃げる敵へと一人で突撃を開始する。

 彼女は右手の指に投げナイフを二本挟んでいた。

 そして左手にはメダルを持っている。


「…………」


 これはかなり本気か。

 少しして身体強化を使ったようで、俺たちはみるみるニーナに離されていく。


「ごきげんよう、兄さん。こそこそ隠れたりして。もしやまた足でも折れたんですか?」


 無謀にも単身で飛び込みつつニーナがクリフの過去をえぐる。


「…………」


 母親の仇であるらしいオークから逃れて、風車小屋に隠れていたあの日の出来事は、彼にとって乗り越えなければならない過去だ。

 昔に比べればものすごく丸くなったクリフだが、流石に振り返って射殺いころすような視線を妹に向けた。


「……おい、テメェ。偉くなったもんだな、ニーナ」


 声を低くした彼は右手に曲剣、左手に杖を装備していた。

 身につけたローブも相まって完全な魔術師といった姿だが……接近戦を得意とするニーナが来ても全く怯んでいない。

 眉にかかる白髪の向こう、赤い瞳が怒りに満ちた様子で彼女を睨む。

 言ってはならないことを言ったせいかすさまじい形相だった。

 こう怒っては孤児院で一番の色男が台無しだった。


「怖くないんですよ、もう」


 だがニーナはその威圧を鼻で笑った。


 クリフの仲間は負傷した隊員の救護と撤退に手を割かれている。

 しかし俺たちも離されているので、今この瞬間は一対一だ。


「私は生まれ変わりました」


 そう言って跳躍し一瞬で取り出した両手の短剣を投擲する。

 クリフは二本ともなんなくかわし、ナイフの柄に魔力を伝える糸が巻き付けられていないかも目ざとく確認した。

 だがその一瞬は身体能力を強化しているニーナを近接の間合いに入れるだけの隙を作った。


「……クソ」


 着地とほぼ同時。

 入り乱れる蹴りの乱打とナイフの斬撃。

 クリフは後手に回りながらも攻撃をさばいてみせる。

 とはいえ完全にはしのぎきれず、ついに後ろ蹴りの命中を許す。


 でも彼はあえて後方に転がることで上手く衝撃を殺した。

 そのまますぐに立ち上がってみせたが、すでに目の前にニーナが詰めている。


「楽しいですね、兄さん。まだ蹴れるなんて嬉しい」

「調子乗んなチビ。五秒で畳んでやるよ」


 不敵な言葉の応酬のあと、再び接近戦が始まる。

 クリフを素早い斬撃が襲う。

 だが、かといって距離を離せば投擲とうてきが迫ってきて魔術を使わせない。

 完全なるアンチ魔術師のニーナだが、筆頭魔術師であるクリフはやはり一筋縄ではいかなかった。


「いつ見ても姑息こそくな魔術。母さんが見たら……悲しみますよ」


 ニーナが毒づく。

 そして見えにくいがなにか小さな魔術が飛んでいるのが分かる。


 あれはクリフが自ら生み出した、極限まで威力と消費を削ぎ落とした術である『針』の魔術だろう。

 曲剣での応戦の中、魔術師はおろか並の戦士でさえ一息もつけない攻防の隙間にうまく混ぜているのだ。


「……っ」


 幾度いくどかの攻防を経て、また放たれた『針』をニーナが避ける。

 ほんの数歩だけ彼女が下がった。

 すると次はクリフが戦闘を自分のペースに持ち込んだ。


 右手の曲刀を振り回す。

 ニーナは簡単に連撃をかわすが、クリフは続けて杖を振り下ろした。

 その杖の叩きつけもニーナを捉えることはできない。

 しかし彼は杖の先を地面に触れさせた瞬間、そのまま魔術を発動する。


「『構造劣化チープ』」


 その瞬間踏みしめていた足場がひび割れ、腐ったおがくずのように脆く崩れて陥没する。

 体勢を崩したニーナを蹴り飛ばし、クリフはさらに詠唱を続けた。


「重く鋭い杭よ……」

「ッ……! 遅い!」


 杭の詠唱だ。

 崩したことを差し引いても彼女の前で唱えるには遅すぎる魔術だ。

 詠唱が終わる前に鋭い気合の息を吐いて飛びかかる。

 クリフは判断を誤ったように見えた。


「バーカ」


 だが彼は不敵に笑う。

 そして詠唱が終わっていないのにも関わらず魔術は放たれた。


 それは『杭』ではなく『矢』の魔術だったが。


「フェイント……すげぇ、流石だ……」


 ハルトくんが驚嘆きょうたんをにじませた声でつぶやく。

 杖は唯一無詠唱で魔術を使うことが可能な触媒だ。

 そしてその特徴を活かして、他の詠唱をしながら無詠唱で魔術を使った。

 このフェイントはかなりの離れ業なのだが、あいつは見事に実戦でやってのけた。

 まさに戦闘魔術師の面目躍如めんもくやくじょと言ったところだろう。


「このっ……卑怯者っ!」


 吠えるニーナはなんとか命を拾った。

 身体強化のおかげだ。

 紙一重で転がって、不意打ちの『水矢』をかわすことができた。


 とはいえ倒れて地面に這わされている。

 あからさまに不利な状態だ。


「今助けます!」


 ケニーが叫んだ。

 停止したエルマが矢を放つも曲剣で叩き落された。

 俺たちはすでに目前まで来ているのだが、それよりクリフのとどめが早いかと思われた……その時。

 目も眩む閃光が走った。


「『灯光トーチ』。……援護は不要。あなたたちは部隊を追撃してきてください」


 『灯光』は光を放つ魔術。

 そして今のは光の目くらましだろう。

 中々どうしてニーナもしたたかだった。


「兄さんは私がミンチにする。こいつだけは調子に乗らせない」


 生まれた隙で体勢を整えて……いやそれどころか彼女は間合いを取り戻してみせた。

 再び防戦になったクリフを圧倒する前、ここは自分に任せるよう口にした。


「……はい」


 聞こえてはいないだろうが返事をする。

 とにかく衛生兵による治療を阻害したいのかもしれないが、ここは全員でクリフを仕留めるのがいいのではないかとも思う。

 だが今は作戦中で、隊長はニーナだから従うべきだ。


 すぐに命令を実行に移す。


「隊長不在時は……」

「分かってる」


 エルマの言葉に頷く。

 俺たちは斬り結ぶ兄妹きょうだいの横をすり抜けて後退した部隊を仕留めに向かう。



 ―――


 その後なんとか追撃を成功させ、俺たちはニーナのもとへと戻ってきた。


 クリフに負けているか、あるいは相打ちにでもなったのではないかと心配していたが……なんと彼女は見事に勝利していた。

 傷を負ったか短杖で自分に治癒魔術を使いながら、うつ伏せのクリフの上に座り込んでいる。

 よく見ると、倒れた彼は首を押さえているように見えた。


 もしかすると痛めたのかもしれない。


「ニーナ、大丈夫?」


 クリフの様子も気になるが、ひとまずはニーナを心配する。

 だが、多分ニーナは本当に怪我をしているわけじゃない。

 訓練上のルールとして、蓄積した点数に応じて治療をする必要があるのだ。

 だから彼女はその点数分の処置をしているだけだ。

 なので、俺が聞いたのは動ける点数なのかという意味だった。


「二点分。大した傷じゃないです。相手が雑魚だった」


 愛想のない声でそう言った。

 俺が笑うとクリフが悔しげな声を漏らす。


「テメェ……あそこまでするとは思わねぇよ、普通……」


 うらみに満ちた声だ。

 治療を終えたらしく、立ち上がったニーナは兄に一瞥いちべつをくれる。

 そして首が痛そうにする様子を見下ろして、小さく鼻で笑ってみせた。


「……死体が喋らないでくださいよ」


 ああ、びっくりした。


 なんて、白々しく言いながら清々しい笑顔を浮かべる。

 だからまぁ、きっと二人は仲良しなのだ。


 それからニーナはそこら中に散らばった短剣を拾う。

 さらに手早く外套の内側に隠してしまうと、指揮を俺から引き継いだ。


「移動します。各員、状況の把握につとめるように」


 本当にたくましくなったのだとしみじみ噛み締めながら、俺は走り出した背を追いかけることにする。


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