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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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二十六話・作戦会議

 


 対抗戦は街の外れの空き地の一画、孤児院の広場の半分くらいのサイズの演習場にて行われる。


 演習場の地形は平たい草地だが、土袋や丸太がまばらに積んで遮蔽しゃへい陣地じんちを得られるようにしてある。

 ある程度は戦略をもって場所を抑えたり、移動したりができるようにみんなで工夫した結果だ。


「集まったみたいね」


 演習場で部隊ごとに整列すると、シーナ先生がやってきて人数を確認し始めた。

 いつもと変わらない落ち着いた表情で、服装も暑くてもきっちり着崩さない軍服だった。


 やがて確認を終えた先生が俺たちに声をかけてくる。


「……うん、結構よ。今日は私が監督する。怪我だけはしないよう気をつけて。分かった?」

「はい!」


 元気よく返事をした。

 すると頷いて、先生は演習場の片隅へ向けて歩き始めた。


「しばらくしたら開始の合図を出すわ。位置について装備を整えなさい」


 その言葉に従い俺たちは移動し始める。

 ニーナの……つまり俺たちの部隊の開始位置は演習場の西だった。

 これはローテーションで決まるのだが、今日の場所は少し小高い丘で、加えて壁になる土嚢どのうの壁も多い。

 最初に狙われにくい良い場所だった。


「……よし」


 対抗戦では全部隊による混戦が基本になっている。

 これは指揮官と各員の対応能力を高めるためだった。

 俺たちの部隊は強いほうだが、いつも少し勝ちに届かないような立ち位置だった。

 気を引き締めてかからなければならない。


 そんな風に考えながら歩いていく。

 するとそう待たずに開始地点にたどりついた。


「みなさん。ここからは私が上官です。よろしくお願いします」


 ニーナが落ち着いた声で話し始める。

 対抗戦では、兵科の中で序列が一番高い者が部隊長を担う。

 なので俺たちの場合、筆頭衛生兵の彼女が部隊長だった。

 そして、部隊長以下は各兵科の次席の者、第三席の者……と順繰じゅんぐりに下っていく。

 なので俺は一応副隊長の立場だ。

 もちろん、席次は部隊内で重複することが無いように編成されている。


「では点呼のあと作戦の確認をしましょう。次席、遊撃手リュート」

「はい」


 小さな咳払いのあと点呼が始まる。

 階級順に縦一列で並んでいるので、俺の次に答えるのは三席の隊員だ。


「三席、斥候兵エルマ」

「はい!」


 長く伸ばされた青い髪と緑の瞳。

 すらりとした長身と、孤児院の男子の間では密かに人気のきれいな顔立ち。

 砂色のジャケットの下には鎖帷子と重ね着したノースリーブのキルトアーマーを装備し、さらに巻いたベルトに矢筒を吊るした斥候兵のよそおいだった。


 ちなみに、後で知ったのだが、実は彼女と初めて顔を合わせたのはヴィクター先生の一回目の授業の時だったりするらしい。

 あのとき横に座っていたのが彼女だ。

 エルマは全然気にしていないようだが、突然叫んで驚かせてしまったので今でもたまに申し訳なく思う。


「…………」


 こちらの気を知ってか知らずか、目が合ったエルマはにこりと笑った。

 俺もウインクくらい返しても良かったのだが、今は真面目な時なので控えておいた。


 すると、横では点呼が続く。


「四席、後衛術師ハルト」

「はい」


 答えたのは、黒髪を丸坊主にした小柄な少年だった。

 青い瞳の三白眼は目つきが悪い。

 そして袖を通す濃紺色のローブと、右手の長杖が魔術師の証だ。


 彼は人相が悪いので誤解されるが楽しい人だった。

 あと実は故郷が近いそうなのでちょっと親近感を感じている。


「五席、重装歩兵ケニー」

「はい!」 


 鎧をまとった重装歩兵。

 ケニーはエルマを抜いて部隊で一番身長が高い。

 そして序列は最下位とはいえ、みんなと同じ訓練をこなしてきたのだ。

 決して弱くはなく、屈強くっきょうな長身でよく動いてくれる粘り強い盾役である。


「はい。では装備を整えましょう。各自、役割を意識した上で自由に決めてください」


 言ったニーナはさっさと歩き始めて、開始地点の装備が置かれた場所へと向かった。

 部下である俺たちもその背中に続く。

 そしていくつも立てかけられた木の武器や盾を見ながら装備を吟味する。


「…………」


 今日はなんにしようか。

 剣でいいか。

 一番使えるし。


 右の武器はいつものものに決まった。

 さらに左手もいつも通りならバックラーになる。

 でも今日は違うことを試したかったので、大振りのダガーを選ぶことにした。

 俺はよく攻撃性に欠けていると言われる。

 正直あまり戦いが好きではないので仕方がないのかもしれない。

 しかしせめて装備だけでも攻撃に偏らせれば、なにか変わるかもしれないと思ったのだ。


「もう決まりました?」


 それから鎧を身に着けたあと。

 左手でダガーを振って慣らしていると、ニーナが俺たちに向けて問いかけた。

 俺は、軽く周りを見た上で問いに答える。


「うん」


 少しタイミングがずれたものの、全員がいいのだと返事を返した。

 エルマは斥候の標準である弓とマチェット、ハルトくんは杖と手斧、ケニーは大きめの盾にショートソード。

 ニーナは視線を動かして一通り装備に目を通したが、結局何も言わずに頷いた。


 そしてそんな彼女自身は両手に小さなダガーを持っていた。

 でも多分二本だけではない。

 服のあちこちに潜ませ持っているだろう。


「なら作戦会議ですね。序盤と中盤で狙う相手と避ける相手を決めておきます。……いつも通り、異論がある場合は手をあげて話すように」

「はい」


 俺たちの返事にニーナが頷く。

 そして考え込むように目を細めて、頬をかいたあと語り始める。


「まず、序盤の優先目標はウォルターさんの部隊です。あそこは大規模な混戦に巻き込んで早く落とさないと。可能なら、筆頭遊撃手だけでも倒しておきたいです」


 筆頭遊撃手……ことウォルターの部隊は、隊長である彼自身の突出した戦闘能力が警戒される部隊だ。

 それは、策もなしに向かえば全員やられてもおかしくはないほどだった。

 だから混戦に巻き込んで蹴落とすというのには賛成する。


 序盤……つまり脱落した部隊がいない状態なら、複数の部隊の攻撃に巻き込んで彼を倒せるかもしれない。


「そして避ける対象はリリアナさんの部隊です。部隊の脱落が少ない内は近づかないほうがいい。小細工に振り回されることになります」


 筆頭斥候兵のリリアナの部隊は、いま言われた通りの小細工に長けた部隊だった。

 だから策を仕掛けやすい状況、つまり他に部隊が多い内は近づくべきではないだろう。


 同じように思ったのでこれにもうなずく。 

 するとニーナはさらに話を続けた。

 中盤と終盤についてもテンポよく作戦が決まっていく。


 そして、次に基本の立ち回りについてのすり合わせが始まる。


「じゃあ次は戦術について話します」


 ここで決めるのは戦闘中の陣形などだ。

 でもこれは普段から部隊で合意していて、急に変わることもないのであくまで確認程度のものだ。


「いつも通り移動を絶やさずにいきます。そして後衛はケニーくん。中衛にハルトくんとエルマさんがついて前衛は私。最後にリュートくんは遊撃手として各員の補助に回ってください」


 この作戦の特徴は盾役のケニーを後方につけることだ。

 彼を後ろに置くことで、鎧を着ているぶん移動が遅い彼に速度を合わせなくてよくなる。

 だから素早く動いて襲撃することができる。

 そしてケニーは背後を守り、退却時だけ前後が入れ替わって盾として機能する。

 前に盾を置かないぶん安定感はないが、そこはニーナの治療をアテにしている。

 だから彼女の衛生兵としての技量に噛み合った陣形だった。


「なにか意見はありますか? ……ない?」


 ニーナが確認を取る。

 しかし特に答えは返らなかった。

 みんな首を横に振っている。

 だからもう話し合いは終わりだ。


 意見が出ないのを見て、彼女は小さくうなずいた。


「了解。なら、時間まで待機」


 待機と言われたからその場に座り込む。

 そして俺は考えていた。

 なんとかいい成績を残す方法はないかと


「……がんばろう」


 自分に言い聞かせる。


 俺はこれまで席次や成績を競うことにはあまり興味がなかった。

 しかし、今だけはそうも言っていられない事情がある。

 なぜなら、近い内に俺たちに兵士としての初めての任務が与えられるからだ。

 そして俺には任務のメンバーに選ばれなければならない理由がある。

 正直かなり厳しいが、今日と……それから、しばらく後にあるガーランドの活躍次第では滑り込める可能性もあった。


 なので今日はとても大切な日だ。

 俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 そして静かに開始の合図を待つことにした。



 

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