十四話・喧嘩
走ったり受け身で転がったりを繰り返していたシーナ先生の授業だけれど、今日から少し違ったことをやることになった。
兵士にするのだという言葉に実感を与える、戦いの訓練をこなすことになったのだ。
今にも雪が降り出しそうな曇り空の下の昼。
俺たちを受け身をしていた柔らかい土の広場に集めて、三列に並べてシーナ先生は前に立つ。
そして俺達の顔を見回しながら口を開いた。
「いいか、才あるお前たちにとって戦場で最も頼りになる武器は剣や槍ではない。魔術だ。だが私は、それでもお前たちに剣戟を仕込もうと思う」
そう言って先生は腰に差していた剣を抜く。
すらりと、音もなく抜かれた細身の刃は曇り空のくすんだ日を受けて鈍く輝いた。
「見てみろ、剣だ。……しかしこれは大した武器ではない。残念ながら、剣のみで二体以上の魔獣に挑むのは自殺行為だ」
刀身を見つめ、よく手入れされた刃を貶める。
そしてまた音もなく鞘に戻すと先生は俺たちへと視線を戻した。
「だが魔術とともに武器を使うのならその限りではない。得物も触媒もそのうち自分で決めてもらうつもりだが、難しいことはあとだ。まずはお前たちに戦士としての基礎を叩き込む。長く生きたいのならよく学べ」
そう言って、先生は不意に俺の方に視線を向ける。
目をそらすべきか迷っていると体が固くなった気がした。
そんな俺を鋭い視線で睨めつけて、彼女は右手で手招きをした。
「少し来い」
「え、」
「いいから来い! お前は真っ先にくたばりそうだから丁重に鍛えてやる」
怒鳴りつけられて慌てて動き出す。
駆け足の俺を避けるように列が崩れて、俺は先生の前に立った。
「いいか、戦闘の原則……大切なこと? は、準備と行動だ。意味は今から説明する。今までの話は理解してなくても構わないが、ここからはきっちり頭に叩き込んでもらうぞ」
きっと俺たちに理解できないと思ったのだろう。
大切なことと言うだけあってか難しい言葉は言い直して、先生は広場の片隅に歩いて行く。
向かう先にはたくさんの木剣が立て掛けてあって、長いのと短いの、二振りを持ってこちらに戻ってきた。
そして俺に短い方を渡して、ごく自然に、そうするのが当然であるというように構えた。
「お前、私が剣を振り下ろしたら受けられると思うか?」
「……無理です」
まさか振り下ろす気なのだろうか。
内心怯えながらあとずさる。嫌な汗もにじんだ。
しかし俺の答えを受けた先生は、振り下ろすことはせず剣をおろして頷いた。
「では叩き斬られて死ぬのを待つか? そうはしないだろう。お前はきっと斬られない場所に逃げようとするはずだ」
「はい」
「だがニ歩か三歩か、お前が逃げる前に私は斬っている。この意味が分かるか?」
全くわからない。
だがそう答えたら怒られそうな気がしたので、俺はあてずっぽうでも言葉を絞り出す。
「体を強くして……受けられるようにしなければならない?」
「間違いではない。が、もっと大切なことがある。お前は剣を受けられないが、間合いの外に逃げれば剣をかわせる。しかし受けは間に合っても逃げは間に合わない。つまり効果が高い行動ほど多くの時間と手順が必要になるということだ。体を鍛えるのもそうだろう。時間をかけなければ意味がない」
そう言って、しかし俺はよく理解できない。
反応に困って頭をかくと、シーナ先生はわずかに眉を下げた。
こめかみに手を当てて考え込んだあと、小さく咳払いをして話を続ける。
「簡単に言えば早い行動は弱くて遅い行動は強い。だから遅い行動をどれだけ早くするかというのが戦いの明暗……勝敗……結果を分ける。そしてそのために大切なのが準備というわけだ。……分かるか?」
「…………」
なんとなく分かった。
逃げることは間に合わなくて、でも受けられないなら逃げられるような準備をしておかなければならないということだ。
だから曖昧に頷くと、先生はしかめっ面のまま小さく何度か頷いた。
「分からなかった者はいるか? 分からなかったら正直に言っておけ。分からなければあっという間に死ぬ」
冗談なのか本気なのか分からない言葉に少しだけみんな戸惑ったようだった。
でも誰も分からないとは言わなくて、だから話はそのまま続く。
「優秀なようで結構だ。では準備について話そう。さっきお前はどんな準備をしていれば私の剣から逃げられたと思う?」
どんな準備?
体を鍛えて斬られるよりも早く逃げれるようにする……ではなさそうだ。
少し考えていると、不意に答えが浮かび上がってきた。
だからそのまま口に出す。
「最初から離れていれば当たらなかった」
「その通りだ。だが敬語を忘れるな。……お前がこちらの剣の外側にいれば、私が踏み込んだとしても半歩で避けられた。そしてその場合賢いのはお前で、間抜けなのが私になる」
珍しく満足げに言って先生が今度は片手で構えた。
そして左手で離れろ、というような……虚空を押すような身振りをしてきたので俺はあとずさる。
十分に離れると今度は先生はゆっくりと剣を振り下ろしてきて、かするくらいの軌道の刃を俺はまた少しだけ下がってかわした。
するとそこで先生が止まって、左手で木剣を振り抜いた自分の右腕を指さして、次に首を指差した。
「見てみろ、私の腕はお前の剣のすぐそばだ。そして私の剣は自分の急所から遠ざかっている。腕を落とすこともそこから首を斬りつけることも簡単にできるだろう」
言葉に導かれるようにして右手を、そして首に視線を移した。
先生は俺が、あるいは他の子どもたちが理解するのを待つような間を空けてさらに言葉を重ねる。
「もちろん実際にはそう上手く行くことはない。しかしこの時点でお前は大変な有利を得ていて、強い行動を素早く行うということにはこれだけの意味がある」
ここまで言って、先生は振り抜いた姿勢をやめて剣をだらりと右手に下げる。
そして並んでいる他の子どもたちに向き直って話し始めた。
「いいか、まず大切なのが準備だ。あらゆる行動に最善の……一番いい準備をすれば使う時間が減っていく。逆に同じような行動をしていても準備が足りなければ遅れていき、追い詰められれば早い行動……つまりは弱い行動しか繰り出せなくなる。そうなればもう、じきにそいつの首は落ちる」
他の子どもは分かっているのだろうか。
そう思ってちらりと列に目をやる。
俺は完全に理解できたとは思えないけれど、それでも少しは分かる気がする。
「実のところ準備にも二つ種類があるが、最初は今言った行動を早める準備について叩き込む。型や歩法、経験と知識の蓄積、身体の鍛錬などがこれにあたるが……なんだ? 話してみろ」
不意に先生が列の片隅に目をやった。
視線の先にはおそるおそるといった様子で手を挙げている少年がいる。
「型や歩法って……なんですか?」
「もちろん全てわかりやすい言葉で教えてやる。だからひとまず聞き流してもいい。……さぁ、全員木剣を取りに行け、そしてすぐに並び直したら散開しろ」
散開、は確か点々と散らばることだと教わったはずだ。
シーナ先生の言葉に一拍の空白を置いてみんなが従う。
ぞろぞろと木剣を取りに行くのをなんとなしに見ていると脇腹を小突かれた。
「…………」
行け、ということらしい。
シーナ先生が怖い顔で見ている。
俺は一度だけ頭を下げて少しずつ列の形に戻りつつある人の群れの中へと足を急がせた。
―――
剣の訓練はよく意味のわからない行為をひたすら反復するだけだった。
構えと変わった歩き方をいくつか教わって、あとは構えから相手の剣を防ぐ動きをずっと繰り返した。
そして訓練の間に何度も言われたことが一つある。
魔獣の力は今の俺たちを大きく上回っていて、子供が攻撃をまともに受け止めたなら一撃で全身の骨をバラバラにされてしまってもおかしくないということだ。
だから一番いいのはかわすこと、二番目が受け流すことで一番悪いのが剣で受けることらしい。
俺たちがずっとやっていたのはその中でも受け流す訓練で、剣の先は敵に向けたまま根本だけを動かして攻撃は外に逃がすように教わった。
とはいっても二人組になって、打ち合わせした通りに振った剣を教わった通りに流しただけだが。
「ついたな。いつも通りだ、入れ」
そして今日もまたあたりが暗くなった頃に訓練が終わって、オークを痛めつけるために離れの石牢へと連れてこられた。
四日に一度くらいだろうか。
最初ほどたくさんやらなくなってきてはいるけれど、これは確かに先生の言うとおりいつも通りのことで、しかし一つだけ違うことがあった。
それは牢の前の通路に四振りほど、剣立てに鞘付きの剣が並んでいたことだ。
「剣の使い方を教えてやる。実践つきでな」
シーナ先生は短く言って剣立てから一振りの剣を取る。
背の高い彼女が持つと、それは大振りのナイフに見えるような短い剣だった。
ともかく先生は抜いた剣を右手に持つと鞘を地面に捨ててしまう。
そして抜きはなった刀身の根本を指差した。
「刀身の中で一番力を込めやすく、強いのがここだ。だから根本は受けるのに使う。必要に応じてハンドガードも利用しろ。そして斬りつけるのが剣先だ」
そう言って先生は今度は剣の先を、しかし切っ先ではない部分を指さした。
「剣の先は一番早い。だがある程度の強さがなければ当たった時刀身が揺れてしまう。刀身の振動……震えは攻撃の切れ味を落とす。だから剣の先端より少し前、このあたりを意識しろ。しかし目を潰すような小技なら切っ先でも構わない」
つまり剣の根本に近ければ近いほど強く、剣の先に近ければ近いほど速い。
だからものを斬る時は速くて強くなるような場所を使えと、そういうことだ。
淡々と説明を終えると、先生はそばに並んでいた少年に手招きをする。
そして彼に剣を握らせて牢の鍵を開け中に入れた。
「いいか、剣の攻撃には……基本だと二種類ある。斬るか突くかだ。斬るのは殺しやすいが防がれるし隙も大きい。突きは早いし攻撃力もあるが、魔獣のような強い生物は中々殺せない。経験を積んで使い分けてほしいが、まずはさっきの説明の通り斬ってみせろ」
先生に言われるままに、彼はオークを斬った。
オークは弱々しく呻く。
しかしその弱りきった反応さえ近頃では珍しかった。
声もあげられないくらい弱っていたはずなのに、今までの、ナイフの一撃に比べて目に見えて深い傷だったから耐えられなかったのか。
俺は思わず目を背ける。
だが刺していた。
俺もあの生き物を傷つけていたのだ。
どうするべきなのか悩む。
無感情にナイフを突き立てられていた頃とはもう違う。
だけど逆らえばここを追い出されるかもしれない。
一回やったなら何回したってもう同じだろうか。
そんなことを考えていると気が気ではなくて、まわりの声もよく耳に入らなかった。
冷や汗が滲んで泣きそうになる。
俺は一体どうすればいいのだろう。
「どうした? なにか言え、リリアナ」
その声に顔を上げる。
すると剣を渡されたリリアナがなにやら先生に言われているようだった。
「やりたくないならそうだと言え。やるならさっさと返事をしろ。…………なんのつもりだ?」
俺の少し遠い右の斜め前に並んでいるあいつはどうやら何も言わず俯いているらしかった。
剣を抱くように握りしめてうつむいて黙っている。
「意味が分からない。お前は私を邪魔したいのか? ……答えろ」
久々に、本気で怒っているのが伝わる声だった。
溜まっていた涙が血の気とともにすっと引く。
俺は心配になったから身を乗り出してリリアナの横顔を見てみた。
彼女は真っ青な顔をしてうつむいていた。
「もういい、剣を返せ。……十秒待ってやる。二度とは言わないぞ」
なにをやっているんだ、あいつは。
俺は理解できなくて混乱する。
一体彼女はなにがしたいんだ。
「八、七、六……」
水を打ったように静まり返った牢屋。
シーナ先生が低い声で時間を数える声が響く。
「ゼロだ」
そう言ったのと同時、音がしてリリアナの体は倒れていた。
列が割れて倒れた彼女を囲むような形になる。
俺はそこで、ようやく平手打ちでこうなったのだと悟る。
「幸いにも剣は四本ある。お前がどう振る舞おうが別の剣で続けられるが……そういう問題ではない。舐めた態度を取るなら私も相応の対処をする」
先生はそう言ってリリアナの胸ぐらを掴んで立たせる。
彼女は先生から顔をそむけて震えていて、俺が思わず前に出ると先生に睨まれた。
それだけで足がすくんでしまって立ち止まる。
「こいつ以外はもう終わりだ。ここを出て飯でも……」
「待ってください! 剣の振り方、俺にも……!」
そう言って前に出てきたのはあの白髪の少年だった。
噛みつくような勢いで先生の声を遮ったのだ。
「クリフか。……悪いが今は指示通りに動いてもらう。分かったな?」
「…………!」
彼が悔しそうに拳を握ったのが見えた。
後ろ姿でもリリアナを睨みつけているのが分かる。
しかし結局は諦めたようで、動き始めた人の波に流されるようにして牢から出ていく。
俺も同じように流されて牢屋から出ようとした時。
「……お前、どこを見ている? こっちを向け」
シーナ先生の言葉が聞こえた。
俺はその言葉に振り向いた。
するとこちらを見ていたリリアナと目が合った。
「…………」
リリアナははっとしたように目をそらす。
シーナ先生が彼女の視線を追うようにしてこちらに目を向けてきたので、俺も目をそらして牢の外に出た。
それからしばらく薄暗い道を歩いていく。
歩きながら視線の意味を考えていると、なんの根拠もないけれど不意に思い当たってしまった。
もしかするとリリアナは俺のためにあんなことをしたのではないだろうかと。
俺がオークを傷つけなくていいようにそうしたのかもしれないと。
でもどうして。
この前変わったとかなんとか言われた時に俺が怒ったからだろうか。
いや違う、それだけじゃない。
俺はきっと見られていたんだ。
目に涙を一杯にためて、震えを我慢している姿を。
『いいか、人に救われるってのはそういうことだ。人にすがるのは誰かを最低に叩き落としてもいいと思っているやつだけだ』
ウォルターの言葉を思い出す。
まさに今はその通りの状況だった。
「リリアナ……」
呟いて、俺は牢の方に振り返る。
すると背後から憎らしげに罵る声が聞こえてきた。
「なんだよあいつ……。あいつのせいで剣の振り方教えてもらえなかったじゃねえか……」
思わずまた振り向く。
吐き捨てていたのは白髪の少年……クリフだった。
彼の隣にいた少年に、連れ立って歩きながらリリアナの悪口を言っていた。
「あいつなんかズレてっからダチもいねぇし……いつかなんかやらかすとは思ってたけどな」
「今度休みにでも外うろうついてたら小突いとくか」
「でもあいつ気が強そうだぞ。ヴィクターさんあたりに告げ口されたら面倒だ」
その会話に言葉にできない焦りを感じる。
俺のせいでリリアナがさらにひどい目に遭うかもしれない。
そう思うといても立ってもいられなくなって思わず声を上げていた。
「違う……!」
リリアナは俺のためにやったのだと。
そう言おうとしたけど言葉が出てこなかった。
これを言ったところできっと彼らの考えは何も変わらないからだ。
「あ?」
振り向いたクリフはそう言って俺の方に歩いてくる。
「お前……腰抜けかよ。なんだ? 何が違うんだよ? 言ってみろ」
もう一人の少年も俺の顔を見るとにやにやしながら歩いてくる。
クリフは俺と背が変わらないが、彼はとても体が大きかった。
もし喧嘩になれば俺に勝ち目はない。
「腰抜け……お前まさかリリアナのこと好きなわけ? それで庇っちゃったのか?」
何も言い返せず縮こまって俯いた俺をクリフが小突く。
そして彼の言葉に大柄な少年が相槌を打った。
「庇うも何もビビってるけど」
「…………」
彼の言う通りだった
俺は少し凄まれただけで怯えてうつむいて震えている。
リリアナはあんなに、俺なんかのために頑張っていたのに。
するとそんな俺を見てクリフは鼻を鳴らし、バカにするような声で語り始めた。
「てかリリアナってほんと変だよなぁ! この間花壇のそばで見かけたと思ったらよ、なんか知らねぇけど一人で石なんか積んで遊んでやがったんだよ」
「ははは……」
リリアナのことを笑いものにしている。
だけど何も言えない。
言い返そうとすると殴られたことを思い出して足がすくむのだ。
「そんでよ、ちょっといなくなった時にさ。からかってやろうと思って積んだの蹴倒してやったんだよ。そしたらあいつめちゃくちゃ落ち込んでやがんの」
「ハハッ……なんだそれ……」
落ち込んだ?
石を崩されたくらいで?
疑問に思って考える。
すると反射的に記憶が蘇った。
『……わたしも』
震える声。
本当に辛そうな声で彼女は言ったのだ。
『わたしも……作ってあげられなかったなぁ……』
ただ積んだ石を崩されたくらいであいつが悲しむわけがない。
もしかすると……いやきっとその石はリリアナの両親の墓だったのだ。
「ふざけるな!! それは、その石は……!!」
目の前が真っ赤になるような怒りが湧いてきた。
自分でもこんなことは初めてで、訳がわからないまま俺はクリフに掴みかかる。
「っ……テメェ! いきなりなんだよ!」
「謝れ、謝れ! リリアナに謝れ!!」
「うっぜぇな! 石蹴倒したくらいでなんだよ!! てか……こいつ意外に……おい、手伝えって! なに見てんだよ!」
意味のない言葉を叫びながらクリフを殴ろうとする。
だけど不意に背中を殴られて、息が詰まって咳き込みながら俺は倒れ込む。
「クソ……! ふざけやがって!」
クリフは肩で息をしながらもこちらを見下ろしている。
そして倒れ込んだ俺を蹴ろうとした時。
「おにいちゃん、なにしてるの……?」
少女が一人。
クリフに抱きつくようにしてすんでのところで振り下ろされようとしていた足の前に滑り込んでくる。
「やめて、だめだよ!」
「うるせぇニーナ、引っ込んでろ! 忘れたのか? 敵は徹底的に叩き潰さないといけねぇんだよ!」
ニーナだった。
だが今度は俺の代わりに彼女が傷つけられるかもしれないと思い、こみ上げる咳を抑えてなんとか立ち上がろうとする。
しかし。
「敵じゃない!」
「お前は馬鹿だから分かんねぇんだ! いいから離れろ……!」
お兄ちゃん?
確かに兄さんが鍛えてくれるとか、そんなことを言っていたような気がするが……まさか。
俺は驚きのあまり間に入るのも忘れて揉み合う二人を見つめていた。
するとそこでヴィクター先生の声が聞こえてようやく我に返る。
「なんの騒ぎ? これは……」
先生の言葉にその場にいた全員が固まる。
気がつけば周りにはもう誰もいなくなっている。
俺たちだけ食堂に来ないから心配して見に来たのか。
「事情を聞かせてくれるかな? 食事のあとでいい。さぁ、喧嘩はやめてついて来るんだ」
初めて見る厳しい表情で先生が言って、それから歩き始めた。
クリフは鼻を鳴らしてニーナの腕を振りほどく。
そして俺のことを睨みつけてきた。
「…………」
冷静に考えれば、今回のことは俺が悪かったような気もしてきた。
彼があの石がどんな意味を持っていたかなんて知るはずもない。
何故だか思い込んてしまったが本当に墓だったかも分からない。
それでもリリアナを馬鹿にしたことだけは許せなかったけれど、何も説明せずに彼に殴りかかったのは悪かった気がする。
前に殴られたことについては考えないようにして、俺はクリフに頭を下げた。
「あの……ごめん」
返事はなかった。
小さく鼻を鳴らしてヴィクター先生へと視線を向け、そのままもう一人の少年と一緒に先生の背を追って歩き始める。
「ニーナも、ありがとう。ごめん」
「えっと、あの……」
彼女はなにか答えようとしたらしかったが、立ち止まったクリフに睨まれると身を縮める。
そしてぺこりと頭を下げて早足に歩き始めた。
俺はなんだかやるせなくて項垂れる。
そして先生の足跡をぽつりぽつりとたどるようにして足を進める。




