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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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七話・卑怯者

 


 机の上に置かれた飾り気のない燭台が照らす、しかしそれでも仄暗い食堂。

 もうとっくに日も落ちた時間に食事を前にしてため息を吐いた。


 喉を通らない。

 白髪の少年が俺の悪口を言っていたのを聞いたからだ。

 数人の仲のいい少年たちと『腰抜け』について話していて、気がついた俺が振り向くと射殺すような視線で睨みつけてきた。


「…………」


 俺は前を向き、黙って食事に目を落とし続けている。

 じゃがいもがたくさん入った肉のシチューと大きなパン、ほうれん草とベーコンのソテーに牛乳までついていた。

 村にいた頃はこれもおいそれとは食べられない豪華な食事だった。


 けれど食欲がなくて俯いている間に、一人また一人と食堂を出ていく。

 聞いたところによると夕食は自分のペースで食べて、歯磨きをしたら後は部屋で自由にしていいらしい。

 もちろんそれも寝る時間までなのだけれど。


「食べないの?」


 もう俺以外にはほとんど食堂からいなくなった頃。

 俯いていた俺に話しかけたのは仏頂面のシーナ先生だった。

 俺の前の席に腰掛けて食べないのかと、そんなことを尋ねてきた。


「俺は」

「僕」

「すみません、俺……」

「僕」


 二度指摘すると、シーナ先生は初めて笑いのような息を漏らした。

 しかし表情が全く変わっていないせいで不思議な気持ちになった。


「あなた、わざとやってるの?」

「いや、いえ……あの、ごめんなさい……」


 そんなやり取りのあと。

 先生は食事の前で固まる俺をじっと見つめてくる。

 怒られるのだろうかと思ったがそんな様子はなかった。


「さじの持ち方、少しだけまともになったわ」

「はい……」

「でも食事中は肘をついたらいけないわ。きちんと器を持って食べなさい。背筋も伸ばしなさい」


 言われた通り背中を真っ直ぐにしてシチューの器を持つ。

 そしてお礼を言おうと思ったが、なんだか不気味になって結局口をつぐんでしまった。


 昼間とはあまりに雰囲気が違う。

 この人は一体何をしたいのだろうか。


「先生」

「なに?」


 喉を通らないながらも食べないと怒られるかと、ぬるくなったシチューを一口すする。

 そしておそるおそるシーナ先生に話しかけてみた。


「あの、どうしてあんなこと……」


 俺の質問に先生は眉をひそめる。

 怒っているようには見えないが、どういう気持ちでいるのかは分からなかった。

 それから少しするとぽつりと呟くように答えを口にする。


「立派な兵士を育てるためよ」

「…………」

「分かったなら早く食べなさい」


 言われて、俺はまた慌ててさじを動かす。

 すると最後に三十五回は噛むようにと、そんなことを言ってシーナ先生は俺が食べ終わるまでじっと見つめていた。


 ―――


 食事の後には一階の水場で歯磨きをしなければならなくて、それから俺は部屋に戻ってくる。

 するとそこにはもうウォルターがいた。

 本を前に、魔道具と呼ばれているらしいランプを添えて机に座っていた。


 ……そういえば彼は食堂にもいただろうか。

 とても気にするような余裕はなかったが、彼も躊躇ったことで他の子供になにかされたりしなかっただろうか。

 少し心配だったけれど、結局言葉にはできずにいつも通り黙ってベッドに腰かける。


「…………」


 そのまま布団の中に潜り込んだ。

 すると殴られた場所がじんじんと傷んで、泣きそうになったけどなんとかこらえた。


 だけど明日からのことが不安で、やっぱり怖くて。

 鐘の音が鳴る前に眠らなくてはならないのに俺はなかなか寝付けない。


 そうしている内に時間は過ぎていく。

 静かな夜の中、いつの間にか寝ついたようですやすやとあいつの寝息が聞こえてきた。


「うぅ……」


 唸って、布団の中で頭を抱える。

 するとその時、ちょうど鐘の音が聞こえてきた。


「う、あ……うわぁぁぁぁぁっ!!」


 我慢できなかった俺は飛び起きて叫ぶ。

 するとすぐになにかが俺に近づいて手を触れた。


「うるさくするなと言っただろ」

「来るな! 化物!! 来るな、来るな来るな!!」


 化物が俺を殺そうとしている。

 必死で振り払おうと蹴りつけるが、逆に腕を押さえられて顔を殴られた。

 俺はわけも分からず腕を振り回して抵抗する。

 すると化物はさらに攻撃を重ねてきた。


「あああああ!!!!」


 殴られながらも俺は叫んだ。

 叫んで、馬乗りになった相手ごとベッドから転がり落ちる。

 そして膝立ちになり倒れた頭を殴りつけようとしたが、腕をいなされ腹を蹴り上げられた。


 息が詰まって崩れ落ちそうになるが、なんとか化物の腕を掴み俺は組み伏せようとする。


「っ!!!」


 自分でも訳のわからない叫び声をあげながら夢中で化物ともみ合っていた。

 でも勝てずに逆に体を押さえつけられ何度も何度も殴られた。


「目が覚めたか」


 そう言って化け物が……いや、違う。

 ウォルターだ。

 錯乱した俺は、静かにするよう言いに来た彼に殴りかかったのだ。


 自分がやったことを理解して俯く。

 すると涙がぼろぼろとこぼれてきた。


「ごめん」

「いや、ためにはなった。だから気にしなくていい」


 無表情のまま、ためになったのだと彼は言う。

 言葉通りに受け取るなら怒るどころかむしろ有り難かったと言っているのだ。


 その感覚はとてもズレていると思う。

 けれど悪く思われるよりはずっと救われる。

 ただでさえ自分が嫌で胸が苦しかったから。


「……そういえば、なんで今日化け物を刺さなかったんだ?」


 ふとかけられた声に俺は顔を上げる。

 さっさとベッドに戻るとばかり思っていたけれど、珍しく俺に話しかけてきた。


「…………」


 なんでそんなことを聞かれるのかは分からない。

 しかし俺も彼にあの行為が正しかったのかどうか教えてほしかったので理由を言う。


「あいつは悪くなくて、かわいそうだったから……」

「かわいそう、だったから?」


 戸惑ったように聞き返してきた。

 俺が頷くとウォルターは黙り込む。

 そしてため息を吐くと俯いてしまう。


「それはおかしい」


 少しして顔を上げたウォルターは、淡々とした口調で否定する。

 なら俺は間違っていたのか。


「あいつはきっと、ここに来るまでに人を殺している。俺がやりたくなかったのはくだらないからだ。だけどかわいそうだなんて思うのは間違ってる」

「それは……でも……」


 確かにそのとおりだった。

 あの化け物はもしかしたら人を殺したのかもしれない。


 だけどだからってあんな風にみんなで痛めつけるのが正しいとも思えなかった。

 それを言いたくて、しかし上手く言葉にできない。

 間違っていたのは俺の方なのだと思うと辛かった。

 止まりかけていた涙がまた流れる。


「泣くなよ」


 ぽつりと、不意にそんな言葉がかけられた。

 まっすぐな瞳で見つめて。

 鼻をすする俺にウォルターがそう言った。


「泣くのは弱っているからだ。弱っているのを隠さないのは誰かが助けてくれると思っているからだ。そして助けてくれる人間なんかいるべきじゃない」


 独り言に似た口調で、けれど確かに断言した。

 俺の間違いを突きつけるように、あるいは自分に言い聞かせるように。


「泣くのは自分の苦しみを肩代わりしてほしいとわめくのと同じだ。君がどう思っているかに関わらずそうなる。いつか必ずそうなるんだ」


 違うと言いたかった。

 俺はそんな理由で泣いているわけじゃない。


 言い返そうとしたけど、ふと苦しい記憶が脳裏に蘇る。


 雪の降る道。

 逃げ延びた村人の一列。

 わずかな兵士に守られて、だけど化け物に襲われてしまって。


 村を出て逃げていたときの記憶だ。

 俺はあの時泣いてはいなかっただろうか。

 だからかあさんは俺の背を押し、一人だけ逃がしたのではないだろうか。

 そう思うとなにも言い返せなかった。


「…………」


 ……あの時、本当なら俺も。


「昔のことだ」


 唐突にそんな語りが耳に届く。


「俺も間違えたことがある。他人を身代わりにしてしまったことがある」


 心を押し殺したような、低い声でウォルターが口にする。

 なんの話か分からなくて顔を上げると、からっぽな目が俺を見つめ返してきた。


「……俺はずっと後悔してるし、もし同じことをしたら君だってきっとそうなるはずだ」


 からっぽなのに、表情は全く動いていないのに、だからこそそんなことを口にする彼は痛みをこらえているように見えた。

 身代わりになった誰かはウォルターにとって大切な人だったのかもしれないと思い当たる。


「その人は……どうしてるの?」


 口にして、それからやめておけばよかったと後悔した。

 彼はいま一人で孤児院にいる。

 それが何よりの答えではないかと、気がついて俺は目を伏せる。

 申し訳なくなったから。


「……知らない。でも死んでなければ今もどこかで最低の人生を送っているはずだ。俺の身代わりになって」


 ごめんと言おうとして顔を上げる。

 だけど俺は言葉を忘れた。

 からっぽの瞳に戻った光を見たからだ。

 真っ直ぐで躊躇いのない、進むべき道を知るつるぎの光があったからだ。


「いいか、人にすがるのは誰かを最低に叩き落としてもいいと思う卑怯者だけだ。だから泣いたりするのはもうやめろ。俺に泣き声を聞かせないでくれ」


 最後にそれだけ言ってあいつは俺の前から立ち去った。

 膝を立ててベッドへ歩いて行き、倒れるようにして潜り込む。

 しかしいつまで経っても寝息は聞こえてこない。

 毎晩三十秒も経たないうちに眠るのに、今日は眠れないようだった。


「…………」


 俺も腰を上げてベッドに戻る。

 そして涙を拭って布団にくるまり、かあさんの最期のことを思い出そうとする。

 ……どんな言葉をどんな声で言われたのだったか。

 なにもかも死にものぐるいの雪に埋もれた記憶の中では、そんなことさえもう思い出せなかった。


 ―――


 孤児院に来て一週間ほど経った朝。

 俺たちはまたあの部屋……教室と呼ぶようになった場所でヴィクター先生の授業を受けていた。


 勉強しているのは文字の読み書きで、今は勇者アルス様のお話をみんなで一緒に読んでいる。

 まずはヴィクター先生がお手本で読んでくれて俺たちはそれに従うのだが、慣れないものでやはりところどころつっかえてしまう。


「むかしむかし……とってもやさしい……アルスというしょうねんが……山おくの村にすんでいました……」


 決められた席に座り、手に持っているのは教科書だ。

 簡単な文字を中心に書かれたそれは俺たちが勉強するための本であるそうで、実はヴィクター先生が自分で作ったものらしい。


 そんなことを思い返しながらも物語を読んでいくと、やがてアルスが勇者として旅立つ場面に行き着く。

 するとヴィクター先生は一度読むのをやめるよう口にした。


「一旦やめて。みんなでここまでに出てきた文字を書いてみよう。大丈夫。まだ簡単なのしかないからね」


 黒板に『山』と書いて、先生はその横に読み方を書く。

 同じことを他の文字にも繰り返していく。

 俺はそれを写しながら何度も口の中で読み方を反復する。


 昔から俺は勇者様の物語が好きで、だからヴィクター先生の授業を聞くのは少し楽しかった。


「カラミア文字には前言ったように、一文字にいくつも読み方がある場合が多いね。……ウォルターくん。その読み方は大きく分けていくつになったかな?」


 『おんよみ』と『くんよみ』だ。

 俺は覚えている。

 そして俺の隣の席に決まったウォルターもそのようだった。

 席を立ち答える。


「……二つです」


 ウォルターは三人がけの席の真ん中。

 俺が左端でもう一人女の子が右端に座っている。

 そして俺は少しの間彼を見ていたが、気づかれる前に視線を逸らした。


「…………」


 あれから少しして、鐘の音を聞いた俺は夜にまた泣いた。

 その時彼が何かを言うことはなかったけれど、視線が合うのは気まずかったのだ。


「その二つとはなにかな?」

「音読みと訓読みです」

「そうだね。よく勉強してる」


 そつなく答えてウォルターが席につく。

 すると右の女の子がはきはきとアイツに話しかけた。


「ねえ、どっちが音読みでどっちが訓読みなの?」

「先生に言ってくれるか」

「ごめんね」


 何がおかしいのかつっけんどんに返されても笑ったままだ。

 笑うとちらりと八重歯が見えた。

 彼女は女の子だけど俺やウォルターより背が高くて、すらりとした手足が目を引く少女だった。


 小麦色の肌と、妙に自信気な笑みを絶やさない涼しげな顔立ち。

 謎の自信に満ちたきらきらとした紫色の目に、背まで伸びたくすんだ金髪。

 明るいこの子は席が決まってからずっと、ウォルターに冷たくされても気にする様子が全くなかった。


「すみません!」


 先生に聞け、との言葉通り彼女は質問のために手を上げた。

 長い右腕をビシッと伸ばしてヴィクター先生に訴える。


「はいどうぞ。リリアナちゃん、なにかな」


 なにかなと、先生が言うとリリアナはさっきのウォルターと同じように席を立ち問いを投げる。


「どっちが訓読みでどっちが音読みなんですか」

「それはこの前説明しましたよ」


 腰に手を当てて、ヴィクター先生は少し表情を曇らせた。

 けれどすぐに微笑んだ。

 どうやらまた教えてくれるらしい。


「でもまぁ……どうせもう一回言うつもりだったからいいけどね」

「ありがとうございます!」


 こちらもにこにこと笑うリリアナがお礼を言うと、先生は黒板に向き直って説明を始める。


「先生の授業では訓読みはヒレナ文字で、音読みはカタガス文字で書きます。きちんと覚えるように」


 『上』と書いた文字の横の二つの読み、つまりは『うえ』と『ジョウ』を指さしながらそう言った。

 そしてリリアナに振り向いて理解できたか確認する。


「分かった?」

「はい、ありがとうございます!」

「良かった。じゃ、続きに戻るね」


 そう言ってヴィクター先生は授業に戻る。

 すると彼女は席について今度は俺の方を見て笑った。


「ヴィクター先生ってかっこいいよね」

「うん……」


 まぶしく笑いながらそんなことを言うリリアナに、俺は上手く答えられない。

 孤児院でこんなふうに俺に話しかけるのは彼女くらいのものだったから、どう応じればいいのか分からなかった。


 そしてまた授業の続きに耳を傾ける。

 ローラン様もグレイス様も俺は好きだったけれど、アルス様のお話は特に好きだった。


 輝く剣と炎の翼。

 勇敢で優しくて誰よりも強い。

 村の子供で集まって勇者ごっこをする時は、いつだってアルス様の取り合いだったのを覚えている。

 俺は一度もその役を取れたことはなかったけれど。


 ―――


 昼ごはんのあとには少しの時間休憩がある。

 この休憩はそれなりに長くて昼の鐘が鳴るまでは好きにしていいのだ。

 とはいえ授業の前には食堂に呼びに来るのでそのまま居座って眠ったりしている子が多い。

 まだみんな仲良くないのか話し声はあまり聞こえない。


「リュートくん、ちょっとおいで」


 そして例に漏れず一人片隅で机に突っ伏していた俺は、ヴィクター先生の呼び声で顔を上げた。


「…………?」

「お洋服、できたからさ」


 お洋服?


 俺は少しの間なんのことだか分からなかった。

 ただヴィクター先生の微笑みを見ていた。


「預かったじゃないか、ほら」

「あっ」


 俺が、故郷からずっと着ていたボロの服。

 先生がきれいにして返すと約束してくれた服だ。


「……ありがとう、ございます」


 俺はきちんと敬語で礼を言う。

 すると先生はまた笑った。


「気にしないで。……さ、立った立った。休憩終わっちゃうよ」


 背中を軽く叩かれて、促されて席を立つ。

 そうして俺は先生とともに食堂の外へと歩き始めた。


「あの、どこに行くんですか?」

「僕の部屋」

「先生の部屋?!」


 俺の声でもなく先生の声でもない、女の子の声が割り込んできた。

 ふと振り返ると俺たちの後ろにリリアナが立っていた。


「リリアナちゃん、どうしたの」

「わたしも行っていいですか?」

「いいけど……べつに……」


 苦笑いして、ヴィクター先生はリリアナについてきていいと言う。

 すると彼女は右端に、つまりヴィクター先生の隣を歩き始める。


 そしてちょうど俺とリリアナに挟まれるような形になって、先生は小さくため息を吐いた。


「これから見ること。別に隠すつもりはないけど、でもあんまり言って回っちゃ駄目だからね」

「はーい!」


 彼女が加わって、道のりは少し明るくなる。

 ずっと喋っているから。


「ねぇリュートくん、お小遣いほしいと思わない?」

「おこづかい?」


 おこづかいという言葉の意味がまず分からない。

 だから見返すと、リリアナは目をキラキラさせて激しくうなずいた。


「そう、お金!」


 なるほど。

 ……お金、お金か。


 俺は思いもしないことを言われて少したじろぐ。

 いや、そもそも彼女に対してはたじろがされっぱなしだが……。


「……べつに」

「えっ、どうして!」

「まず、お金なんてなにに使うんだよ」


 村ではお金なんて使わなかった。

 たいていの物は交換でまかなっていたし、織物や農作物を街で売って手に入るお金はほとんど村長のもとに預けていた。


 それは村の誰かが病気になったりした時にお医者様を呼んだり、領主様に渡すために使われていたのだ。

 少なくとも俺たちのような子どもがどうこうするものではない。


 だから何に使うのかと言ったのだが。

 リリアナはさっぱり分かっていない。

 不満げに足踏みをした。


「分かってないわ! ぜんぜん!」

「分かってないのはそっちだろ」

「まぁまぁ」


 べつに喧嘩というほどでもなかったのだけれど先生は笑いながら止めに入る。


「まーでも、リリアナちゃんは正しいかもしれないね」

「ほら!」

「…………」


 喧嘩してなかったから俺は悔しくはなかったけれど、リリアナが正しいというのには納得いかなかった。

 それに彼女がやたら嬉しそうなのもなんだか気に食わない。


 だから黙り込んでいると、先生がまた口を開く。


「……うん。お金の使い方の勉強も兼ねて、お小遣いを渡すってのはいい考えだと思う」


 そうか、知らない子もいるのかもしれないな、と。

 ひとり言のように呟く先生にやっぱり納得できないから聞いてみる。


「使い方ってなんですか」

「それは……」


 先生はあごに手を当てて少し考える。

 だけどすぐに答えてくれた。


「お金を出すと引き換えに物がもらえるんだ。ご飯だけじゃなくておもちゃだって」

「…………」


 お金でおもちゃが?

 行商の人が村に来たときにはかあさんが織った布と交換してもらっていたが、そんなことは知らない。

 お金でおもちゃがもらえるのか。


 しかし、そもそもよく考えれば不思議だ。

 街の人たちはなぜきらきらしているだけのお金をこうも大切に扱うのだろう。

 食べられるわけでもないのに。


 そんなふうに理解できていないのが伝わったのかもしれない。

 先生はさらに話を続ける。


「必要ないと思うかもしれないけど、お金を使わないと生きていけない場所もある。君たちの可能性を広げるためにもそういうことはきちんと教えなきゃね」


 なんだかとても意味のある言葉だと思うのだが俺にはよく分からなかった。

 だけどリリアナは分かったのか、嬉しそうに先生へ抱きついた。


「ヴィクター先生〜! すきー」

「はいはい。今度カ…………セオドア院長にかけあってみようかな」


 はしゃぐリリアナを先生が引き剥がす。


 ……しかし、それにしても。

 先生はなにか別のことを言いかけたように感じたのだが気のせいだろうか?

 ここにいる大人に『か』から始まる名前はなかったように思う。


 小さな、ほんの小さな違和感を覚えるがすぐに忘れてしまう。

 部屋についたからだ。


「さぁついた。入っておいで」


 木の扉に手をかけて先生が言う。

 俺とリリアナは顔を見合わせて、開けてくれた扉の先に足を踏み入れた。



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