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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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一話・裏切り者

 


 家族も故郷も何もかもを捨てて。

 ずっとずっと逃げ続けて、最後にたどり着いたのがこの場所だった。


 崩れた家の瓦礫の山。

 あらゆる場所から生き残りが流れ着く静かな街。

 雪を降らす雲の下の街はいつだって灰色で、時間すら凍ってしまったように変化のない場所だった。


 たくさん歩き回って、もう俺はこの街のどこにも居場所がないことを知っていた。

 だからどこにも行かず人気ひとけのない陰に座っていて、そうしていると体は少しずつ動かなくなっていった。


 死ぬのだろうなとぼんやり思う。

 でも村の人たちのように化物に殺されるよりはずっとマシで、なにより諦めていたからあまり怖くはなかった。

 ただどうしてこんなことになったのだろうとぼんやり思って、弱っていく息を吐くことを繰り返していた。


 そうしてまどろみながら座り込んでいると、俺の耳に鐘の音が聞こえてくる。


 それは村にいた神父が弱って死んだ死体を引き取った時に鳴らす音で、俺は一度だけ見に行ったことがあるから知っていた。

 人が死んだ音なのだ。


「…………」


 少しして人々が鐘の音に引き寄せられるように集まり始めたのが分かる。

 前を時折人が横切るようになって、通りすがりに顔を覗き込まれる。

 俺は一度だけ死体だと勘違いされて連れて行かれそうになったので、精一杯顔を上げて生きていることを伝えることにしていた。

 そうすると彼らはいつも後ろめたそうに目を逸らして、そそくさと歩き去ってくれるから。


「……おい」


 しかし今は誰かに声をかけられても顔を上げられなかった。

 眠くて仕方がなくて、俺のまぶたは降りて座っていられなくなる。

 もたせかけていた背が滑り落ちた。


「死んでるか?」

「いやまだ……」


 男の人は二人いるらしい。

 そんなことをぼんやりと思っていると視界がぼやけていく。

 言葉もあまり良く聞き取れない。


「……たって構わ……。どうせ死………な………………」

「でも……こ……は……さんの…………!」


 なにか言い争っているようだったが話の内容は分からない。

 眠くて仕方がなくて、俺はやっぱり死ぬのだろうか。


 そんなことを思っているとずっと眠気は増していく。

 そして耐えられなくなって意識を失う時。

 俺はどこか遠くから女の人の声を聞いたような気がした。



 ―――



 次に目が覚めた時、俺はひどく揺れる場所に転がされていた。

 頭が重くてひどく痛む。


「…………」


 なぜか体が動かないので首の動きだけを頼りに周りを見回してみる。

 すると俺が今小さい馬車の中にいることが分かった。

 板張りの床には旅に備えてかたくさんの物が積み込まれていて、ただでさえ手狭なのにさらに小さく感じられる。


「おはよう」


 無愛想な声がかけられた。

 身動きをして振り向こうとするが力が入らず、それだけではなく毛布でぐるぐる巻きにされていた。

 そのせいで体が動かないのだと今さらに気がつく。


「……まだ動けない。無理はしないで」


 言って、女の人は移動したらしい。

 道が良くないのかやはり揺れる馬車の中、少し歩いて俺の正面に座った。


「私の名前はシーナ。昔は違う仕事をやっていたのだけれど、今は孤児院で働いているわ」


 ぽつぽつと自分のことを話すその人の姿は、俺の想像とは少しだけ違った。

 歳は大人になったかどうかだろうか。

 住んでいた村の女の人に比べて身綺麗なのもあって、思っていたよりとても若く見えた。


 クセのついた薄い紅色の長髪に、不機嫌そうな表情と冷たい光の紫の目。

 背の高い彼女は分厚いコートを着ていた。

 それから恐らく男の服であろう厚手のズボンを身に着けて、鞘に入れた剣を抱いて三角座りで俺の前に座っている。


「あなた、家族は?」

「…………っ」


 喋ろうとして、声が出なかった。

 しばらくはもう誰かと話したりしていなかったのだ。


「無理に声を出さなくていい。喉がずいぶん腫れてる。もし生きているのなら頷いて」


 とうさんは村を化物が襲った時にはぐれて、どこへ行ったか分からなくなった。

 かあさんは街に避難する途中で化物に殺された。

 そして俺が今まで生き残れたのは運が良かったからではなくて、みんな見捨てて一人で走り続けたからだった。

 他の人が殺されている間に逃げてきたのだ。


「…………」


 そんなことを思い返すと、とっくに枯れたはずの涙が頬を伝う。

 すると俺の顔をまじまじと見つめて、女の人……シーナさんはふいと顔を逸らす。


「ごめんなさい、こくなことを聞いたわ。でも、必要なことよ」


 謝る声は少しだけ沈んでいた。

 だがこの人に傷つけられた訳ではなかったので責める気持ちなどなかった。

 小さく咳き込みながら首を横に振る。


「そういうことなら私たちはあなたを保護するわ。このまま孤児院に連れて行くけど……構わない?」


 俺はそんな言葉を聞いて、考えるよりも先に口を開いていた。


「あ、あの……」

「なに?」


 ひりつく喉を落ち着かせるために何度か息を吸う。

 息をするだけで痛むから話すのは辛かったが、それでもなんとか言葉を絞り出す。


「さっきの場所……俺以外にも、子供が、いるかもしれない……」


 孤児院をしているのならきっと助けてくれるだろうと。

 縋る思いで伝えた一言は、彼女の心を動かさなかったようだ。

 眉をかすかに動かし、無表情のまましばらく沈黙を守る。


「……いなかったわ。誰も」


 やがて返されたのはそんな言葉だった。

 俺はシーナさんから目を逸らす。


 嘘だとはなんとなく分かっていた。

 だが俺は一度助かった命が惜しくなっていて、気まぐれに捨てられたりしないよう黙り込むことしかできなかった。


「…………」


 惨めで仕方がなかった。

 俺は臆病者だ。

 とうさんを見殺しにし、かあさんを見捨て、今は他の子供を裏切って生き延びようとしている。


 俺もみんなと同じように死ぬと思っていたから後ろめたい気持ちもやり過ごすことができた。

 だけど思いがけず一人だけ生き残ってしまって、今はもうこの罪から逃げることはできなかった。


 不意にシーナさんは腰を上げ、御者台の方に向かって身を乗り出すと誰かに話しかける。


「ヴィクター、急いでこのあたりを抜けて。支門の影響で危険になっている。野営は難しい」


 すると彼女に、優しそうな若い男の人の声が答えた。


「分かってるさ、馬を強化して走り抜ける。君こそちゃんと、その子を見ておいてくれよ」

「ええ。やっと二十五人目、最後の一人だもの。それにこの子……魔力が多いんでしょう?」

「ああ」


 彼らのやり取りをよそに俺は何も言わずに顔を俯ける。

 そしてごめんなさいと、何度も何度も胸の内で謝り続けた。



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