表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
三章・黒炎の騎士
106/250

閑話・おやすみ(2)

 



 神器の勇者……グレイス様の賛美節に向けて、あたしたちは聖人様の劇の練習をしていた。

 大事な大事な行事だった。

 だからきちんとしないといけないのに、ゼクスとツヴァイ、それからドライはあんまりやる気がないみたいだった。


 ツヴァイはだらだら、ゼクスはぼーっとして、ドライはつまらなさそうに黒ローブの袖をいじっている。


 すると、やがて雷が落ちたような声が聞こえた。


「ツヴァイ! ドライ! ゼクス! このクズどもが! お前ら真面目にやれ!!」


 監督役の神官様だ。

 広間に用意した、即席の舞台の下から怒っている。

 大きな声でツヴァイたちを怒鳴る。

 思わずそれにびっくりすると、きれいな長い茶髪の少女……ドライがちらりとあたしに視線を向けた。


「…………」


 そしてその、灰色の瞳でこちらをを見た後、腰よりも低く頭を下げて礼をした。

 また、きびきびと動き始めた。

 聖人劇の練習だ。


「偉大なる月の瞳の勇者よ。かの街に蟲毒の魔王が迫っております。どうかあなたの手でお救いください」


 劇は蠱毒の魔王という……恐ろしい怪物に襲われた街の物語だ。

 ドライは街の外に助けを求めに行った街の神官様の役で、ゼクスが蟲毒の魔王の役だった。

 また、あたしが街を守った治癒士のアナスタシア様の役。

 最後に、ツヴァイが街を助けに来る神器の勇者様だった。


 だから神官様の言葉を受けて、今度はツヴァイがセリフを言わなければならない。


「…………」


 そう思って目を向けると、彼もようやっと動き始めた。


「もちろんです。それこそ私の使命」

「どうかご無事で、勇者様。あなたに魔力の加護がありますように……」


 それから、ようやく劇が始まる。

 ゼクスが手に持っていた恐ろしげな仮面をつける。

 ぐおお! ……と、気の抜けた声で唸る。

 それに、あたしは渡されていた杖を構えてセリフを……言おうとした。

 けれど、思い出せなくて困ってしまう。


「えっと……あの……」


 その様子を見て、ゼクスの背後のツヴァイとドライが口をぱくぱくと動かして何かを伝えようとしてくれた。

 でもあたしにはよく分からない。

 けれどすぐに機転を利かせて、ツヴァイが手を動かしてハンドサインで教えてくれた。


『この街は神に守られています。退きなさい』


「この街は……か、か、神様に……守られて、います……。ひ、退き、なさい……」


 セリフを教えてもらっても声を出すのには抵抗があった。

 あたしは、小さな声しか出せなかった。

 すると神官様は怒ってしまって、顔を真っ赤にしてまた怒鳴り声をあげる。


「もういい! お前ら全員入れ替えだ!」



 ―――



 アインとジーベン、それからアハトはどこかに出かけているようだった。

 だから、部屋に戻された三人でそれぞれ話しやすい位置のベッドに座って向かい合う。


『怒られてしまいましたね』


 あたしは、落ち込みながらそんなハンドサインを送る。

 みんなが真面目にやってくれたのに、あたしがどんくさいせいで迷惑をかけてしまった。

 だから申し訳なかった。


「…………」


 それに声を返す人はいない。

 でも、代わりにドライがおもむろに手を上げた。

 発言……というより、ハンドサインをする人が注目してもらうためにする合図だ。

 声のない会話をする、あたしたちには必要なことだった。


 彼女に視線が集まる。

 ドライはむくれたような表情でハンドサインを使った。


『明らかに人選ミスだし。あれはあっちの不手際だね』


 ツヴァイが楽しそうな笑顔で続ける。


『なにも不真面目な奴らだけ選ぶこたないだろうになぁ』


 おまけに、ゼクスも眠そうな顔でハンドサインを重ねた。


『私たちは他と違って名前があるから使いやすかったんだろうな。多分それだけだ』


 見ていて、悲しくなったあたしは眉を下げてハンドサインを送った。


『あたしは不真面目じゃありません』


 声を出しちゃいけないと思って、そのせいで言えなかったのだ。

 あたしだって、本当は神官様のお言葉には従いたかったのだ。

 どんくさくて迷惑をかけてしまったのは申し訳ないけれど……でも、不真面目でくくられるのは悲しかった。


 けれどツヴァイたちはそれにも楽しげに笑みを浮かべる。


「…………」


 彼らは本当に、声を出さずに笑うのが上手だった。

 いつも注意しなければとは思ってはいる。

 だけど、あたしもその顔を見るのは……あんまりきらいじゃなかった。


 ゼクスがにやにやしながら、こちらを見ている。


『私の故郷にはいき過ぎたことは足りないのと同じみたいな意味の言葉があってだね』


 ツヴァイもにやにしている。


『マジメすぎても俺らと同じ不真面目なんだぞ』

『そうだそうだ』


 おまけにドライもにやりと笑っていた。

 あたしはなんとか言い返したかったけど、いい言葉をなにも考えつかなかった。


「…………」


 だからため息を吐いてベッドに倒れ込む。

 すると少しだけ体の傷が痛んだ。

 でも、近頃は感覚が鈍くなりつつあるから我慢できないほどではなかった。


「…………!」


 背後からぼすぼすとベッドを叩く音が聞こえる。

 それは、ツヴァイが振り向くように訴える音だ。

 でもあたしは振り向かなかった。

 それから、しばらくすると見張りの神官様が扉を強く叩いた。

 それでツヴァイは音を立てるのをやめる。


「…………」


 少しだけ心配になって、あたしはツヴァイの方に振り向いた。

 すると彼は鼻の頭に指を押し当て豚のようにして、その背後から手を回したドライが彼の目を細く吊り上げている。

 二人で、キラキラした目でこちらを見ていた。


「!」


 それはツヴァイとドライによると……本当に本当にいけないことだと思うけれど、カルニス副院長様の真似らしい。

 あたしはついカルニス様の顔を思い浮かべてしまって、それで本当にいけないことなのだけれど噴き出してしまった。


「っ……!」


 するとドアが開いた。


「おい! 声を出したのは誰だ!! お前か!?」


 声で分かったのかもしれない。

 あたしをまっすぐに指さして神官様が言った。

 怖くなって、すぐに立って、地面に跪いて何度も何度も頭を下げる。


 すると、そんなあたしを押しのけて、ツヴァイが前に出た。

 そして口を開く。


「俺のせいなんです! すみません!!!」


 本当に大きな声だった。

 あたしは目を丸くした。

 ツヴァイはなおも声を出す。


「すみません!! 俺のせいなんです!!」

「分かった、分かったから黙れ!」


 神官様が止めても、ツヴァイは黙らなかった。

 何度も何度も大声で謝っていると、やがて神官様は彼の頬を殴り飛ばしてしまう。

 そして倒れた姿を見下ろして、襟首を掴んで引きずり始める。


「……舐めやがって。懲罰房だ! 来い!!」


 あたしが笑ったのに、ツヴァイがそんな目に遭うのはおかしいと思った。

 だから止めようとすると、いつの間にか横に来ていたゼクスに手を握って止められた。


「…………」


 それからすぐにツヴァイは連れ去られた。

 部屋には三人だけが残される。


「行っちゃったねぇ」


 見張りがいないのをいいことに、なんでもないことのようにしてドライが呟く。


 ……でも、懲罰房に行くのは本当に辛いのだ、きっと。

 まだ行ったことはないから知らなかったけど、痛覚の鈍いあたしたちのために特別な罰が与えられるそうなのだ。


「…………っ」


 あたしを庇って、ツヴァイがそんなところに行ったのが悲しかった。

 だから俯いて涙をこらえていると、ゼクスが不意に口を開いた。


「まぁ、あいつは馬鹿だからね。ノインも気にしなくていいんだよ。これだって初めてのことじゃないだろう」

『声を出してはいけません』


 今さらながら思い当たって、あたしは慌てて注意する。

 すると、ゼクスは不満げに口を尖らせた。

 気にせずまた言葉を投げる。


「あいつ、ああなるの分かっててやってるんだよ。だからほんと、気にしなくていいんだよ」


 あたしがハンドサインを返そうとすると、ドライも声を出した。

 のんびりとした様子で微笑んでいる。


「私は、ツヴァイに頼まれて手伝っただけだけどね」


 しばらくすると、あたしの涙はなんとか収まってきた。

 けれど、今度は疑問が浮かんだ。

 だから、あたしはそれをハンドサインで伝える。


『でも……どうしてそんなことを?』


 これが分からなかった。

 罰せられると分かっているのなら、どうしてそんなことをするのか。

 もしかすると、ただ神官様に逆らいたいだけなのか。

 いや、いくら不真面目でもそこまでは……。


「…………」


 ともかく、問いを受けた二人は何も言わずに顔を見合わせた。

 それから、なんとも言えない表情でこちらを向く。


「それは……ね、私が言っていいものかな」

「いいんじゃないのかな。どうせあいつ言わないし」

「?」


 何を言いたいのか全く分からない。

 あたしはまた首を傾げる。

 すると、眩しそうに目を細めたドライが微笑みを浮かべていた。

 その表情のまま口を開いた。


「あいつはね、難しい顔してるあんたに、ちょっとでも笑っててほしいんだよ。……多分、理由なんてそんなもんだよ」



 ―――



 夜寝ていると、あたしは不意に肩を揺すられた。

 するとそこには、懲罰房に送られたはずのツヴァイがいた。


「!」


 月のおかげで部屋は明るい。

 だからハンドサインは届きそうだった。

 眠気も飛んでしまったあたしは、慌てて身を起こしてまくしたてる。

 もし懲罰房を抜け出てきたのなら、どんな罰が与えられるか分からない。


『どうしてここにいるんですか? 勝手に出てきたんですか? どうして』


 ハンドサインは途中で止まった。

 何故なら、ツヴァイが手を握ってやめさせたから。


「…………」


 手を封じられて、かといって声を出すわけにもいかない。

 あたしが何もできずに呆然としていると、彼はいたずらが成功した子供のようにほくそ笑んだ。

 それから、ゆっくりと手を離してくれた。

 今度はハンドサインで語りかけてくる。


『そろそろ賛美節だから出してくれた。グレイス様々だな』

「…………!」


 その言い方はどこか勇者様を軽んじているように感じた。

 だからあたしは怒った目を向ける。

 すると、ツヴァイは眉を下げた。

 そしてあたしのベッドのへりに腰掛けた。

 月が差し込む窓を見上げて、唐突に口を開いた。

 のんびりとした声だった。


「昔々、ラッパを吹くのが上手なおじいさんがいました」

「!」


 今日怒られたばかりなのに。

 それなのに堂々と声を出すツヴァイが信じられなくて、あたしは思わず口を開ける。

 すると、楽しげな表情で振り向いたツヴァイがまた声で話しかけてきた。


「あの神官によ、連れて行かれる時にスッてやったんだよ。そしたら面白いもんが出てきたからさ。黙っててやる代わりにまぁ……色々頼み事したんだよ。……だから今は話しても大丈夫」


 スッてやった、という行為が何を指すのかは分からなかった。

 けれどツヴァイが神官様の弱みを握って……いや、もしかすると解放してもらえたのだって賛美節のお陰なのか怪しい。


 ともかくあたしは本当に呆れて呆れて何も言えなくなる。


『あなたという人は……』


 それをどういう意味に捉えたのか、嬉しそうに笑って彼は語り始める。

 そうして何も気にせずに声を出すツヴァイのお話を聞いていると、いつしか空が白くなり始めていた。

 朝が来たのだ。


「!」


 賛美説の準備があるのに眠くなってしまう。

 そうすればまた怒られることになるだろう。


 そんなことを思って眉を下げたあたしに、ツヴァイはもう何度目になるか分からない微笑みを見せた。


「賛美節が近いからさ、今日は休みだってよ」

「あ、あなたって人はぁ!」


 つい、驚きのあまり声が出た。

 どこまで神官様をないがしろにするつもりなのかと思って。


「っ…………!」


 もちろんすぐに気がついて、はっとして口を押さえた。

 だけどもう遅かった。

 にまにまと笑うツヴァイに、あたしは返す言葉もなく顔を伏せる。


「ま、ゆっくり休もうぜ」


 そう言ったツヴァイがあたしの背を軽く叩いた。

 ベッドから腰を上げる。

 だけど、あたしは立ち去ろうとする彼の手を握った。

 引き止めてじっと見つめた。


「?」


 不思議そうに振り返る彼の手を離す。

 そして、ハンドサインで一つだけ聞いてみた。


『……あなたはあたしに、笑っていてほしいのですか?』


 分からなかった。

 昨日はずっと、それが気になっていた。

 笑うのはいけないことなのに。

 なのに、どうして笑ってほしいだなんて思うのか。


「そうだな」

『どうして?』

「俺が見たいから」


 こともなげに言って笑った。

 彼は、あっけにとられたあたしの頭を撫でる。

 それから少ししたあと、今度は引き止める間もなく歩いて行った。


 でも最後に、自分のベッドの前で振り向いて言葉を投げかけてくる。


「おやすみ、ノイン」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ