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「天狗の子は天狗」9  作者: 西尾祐
1/1

4.乱気流(4/4)

 「お前さんに奈々の警護を頼みたい」

 大天狗直々の申し出に、カンナは思わず耳を疑った。

 「俺が、彼女を?」

 「そうだ」

 大天狗の顔は至って真面目であり、冗談を言うようには見受けられない。それでもカンナは、彼の言葉を素直に受け入れることができずにいた。実際に彼女と交戦したからこそ、納得できないものがある。

 名を嵐山奈々という――天狗の少女。

 「(圧倒的なくらい強かったあいつを、俺が守るって? 負けたのにか?)」

 一騎当千の構図であっても勝利を収めたほどの強者を、敗軍の将が警護する。そこに隠された意図を、どうにも見抜けない。

 「ま、込み入った事情があってな。ちと説明させてくれい」

 「お、お願いします」

 大天狗はオッホン、と咳払いをしてから話し始めた。

 「まずは名乗らねばな。ワシは三宅大門と申す。今現在この里の副長を務めておる」

 「きょ、恐縮です。宇都宮柑那と申します」

 「む、宇都宮……和佐の子か?」

 突如父の名を告げられ、いよいよもってカンナは動揺した。

 「父をご存じ……ですか?」

 「ああ。古い友人でな……昔はよく杯を交わし、どちらが先に酔いつぶれるか競ったものよ。それこそ何百と飲んだが、ワシが勝てたのはたったの二回。天狗連中との飲みで負けたことは一度もなかったが、あいつは強い強い。雷獣としても一流だが、ありゃ来世はうわばみだな」

 それこそ酒が入ったかのような饒舌さで、三宅は旧友との思い出を語る。最初こそカンナは圧倒されていたが、次第に興味深く話に聞き入った。


 今はすでに亡い、カンナの父。

 若き日には日本中の雷獣をまとめ上げていたという、才覚と実力の持ち主。

 しかしどこまでも優しい心の持ち主であり、いたずらに力を振るうことはなかった。他者に己を誇示するような所はまるでなく、誰に対しても分け隔てなく付き合う。

 しかし幼き日のカンナには、彼の振る舞いがもどかしく思えたものだ。

 「父さんは強いのに、どうして力を使わないの?」

 もどかしさのあまり尋ねると、父・和佐は笑って答えた。

 「これは僕の師匠が言っていたことなんだけど――本当に強いモノは、自分のためだけに力を使わないものなんだ。でも、困っている人がいれば全力で戦う。相手がどんなに恐ろしいモノだとしてもね」

 釈然としないカンナに、父は静かに語りかけた。

 「今はピンと来ないだろうけど……大きくなったら、きっとわかるさ」


 「(大きくなったら、か……。たしかに、今はわかるような気がする)」

 三宅の話は脱線し、初恋の人が文字使いになってしまったことなどを語っている。

 大天狗であり里の副長、三宅大門。

 彼はめっぽうおしゃべりな男でもあった。

 しかも時として、本題から逸れに逸れる。ゆるやかなカーブを描いてズレていった会話が、しばらくしてまた戻り、完結する。

 しらふであってもこれだけ話す男、三宅大門。

 なお、酒が入るとさらにひどい。

 「(話自体は面白いんだが、いつ本題にたどり着くんだろう……?)」

 「彼女の家を訪ねて驚いた。窓から文字がふよふよと出てきたんじゃ。ワシは思わず腰を抜かしてもうた…………ん? 話が逸れたな、すまんすまん」

 年を取ると話が長くなっていかん、と三宅は広い肩を落とした。

 再び咳払いをしてから改めて姿勢を正し、カンナの目を見る。日頃鍛えていることがよく分かる、大きく頑健な身体。ツンと高い鼻に鋭い目付き。厳しい面持ち。彼の部下である若い天狗なら、呼びかけられた際に背を正してしまうであろう低く明瞭な声。

 談笑していた時とは、雰囲気がまるで違う。

 「(これが大天狗、三宅大門……!)」

 「――本題に入る。お前さんに奈々の警護を頼む理由ははっきりしておる。一つに、あの子は危うい」

 「――あれほど腕が立つのに、ですか? 単なる力比べだけでなく、式の組み立ても上手かった。あれは頭が切れるものでなければできません」

 「うむ。我が里の天狗衆が束になったところで、あの子にはなかなか勝たせてもらえんじゃろうな。確かに強い。だが、心は違う」

 「……心?」

 「――あの子は元々、人間として暮らしておった。ワシの息子、春樹と共にな」

 「天狗であることを隠して、ですか?」

 三宅はふいに、遠くを見るような目をした。

 「ある男から逃れるためにな。お前さんも知っておろう」

 三宅は、決定的なひと言を放つ。

 

 「『言霊使い』加藤景光の名を」


 「加藤、景光……!?」

 その名を聞いた途端、カンナは硬直した。

 遠野の山々に限った話ではなく、この国に住まう妖怪ならばほぼ知らないはずはない。多少であっても仲間と交流していれば、嫌でも耳に入ってくる。何らかの悪事を働き、封じられているのでもなければ。

 

 凄惨な事件を二度も起こしている殺戮者であり。

 日本中の妖怪が束になっても敵わない練達者であり。

 かつてはこの里と交流を持つ若き指導者でもあった。


 「一度目はこの里を、二度目は人間たちの住まう街を襲った」

 「……なぜ、ですか?」

 「――この里と嵐山一族に報復するためだ。かつて、加藤と嵐山の両家には深い親交があった。しかし景光の父である義明の暴虐によって、その関係は悪化し……すべての発端となる事件が起こった」

三宅は静かに深呼吸をし、感情を押し殺した冷たい声で告げた。


 「景光が、父である義明を殺したのだ」

      

 カンナの目が、驚愕に見開かれる。

 「父……実の父親を……!?」

 「…………そうだ」

 「そんな……」

 雷獣の青年は肩を落とし、うつむいた。

 父親である和佐に憧れ、尊敬の念を抱く彼には到底信じられないことだった。自分を産み、愛情を持って育ててくれた母も同様である。

 自分の家族を、親を手にかけるという行為に、カンナは強い嫌悪感を覚えた。しかし同時に、惨劇に至った経緯を知りたくもあった。

 「(父の落とし前を付けたのか? だとしても……不自然じゃないか?)」

 思考を巡らせるには情報が足らないと判断し、カンナは三宅の言葉を待った。

 「景光は義明のことを恨んどったよ。だが、本心では……認めて欲しかったんじゃろうな。幼い頃から憧憬の対象であった――父親に」

 「…………!」

 敬意を抱き、目標としてきた人物が狂気に飲まれた時、引導を渡す。

 たとえそれが親子の間柄であったとしても。

 「(そんなの……そんなのおかしいだろ! だって……家族なんだぜ? 血の繋がった――いや、つながっていなくても――自分の親を子どもが殺すなんてこと……あっちゃいけねえよ!)」

 「――長きに渡る天狗の歴史において、騒乱や同士討ちの例はある。だが、景光ほど多く「殺した」モノはいない。戦乱の時代ですら英雄にはなれんほど、あやつは殺しすぎた.。同族や妖怪のみに限った話ではない。――奴は無関係な人間すら屠った。まだ幼さの残る子どもたちを三十人も――」

 相手に悟らせないほどわずかな間を置いて、三宅は語る。

 今なお信じたくはない、ある事実を。


 「――ワシの息子、春樹とともに」


 「……伝え聞いております。俺たち妖は、基本的に人間たちに干渉しない。その不文律を破って、奴は人間たちを一方的に惨殺した、と――ん?」

 三宅の話に応じたのち、カンナは違和感にとらわれた。すぐさま気付き、驚愕する。


 「息子……!? 嵐山春樹が、三宅様の……!?」

 「――いかにも。嵐山春樹、そして冬嗣。二人はワシの子だ。三宅大門というのは仮の名でな、本名を嵐山秋彦という」


 嵐山一族の党首、嵐山秋彦。若き日は文筆を嗜み、三宅大門と名乗って活動していた。妻は嵐山夏乃。文学をこよなく愛する文字使いである。

 嵐山秋彦の息子が、春樹と冬嗣。ならばその娘とは――。

 「ということは、嵐山奈々……彼女はあなたの――」


 「――孫、だ。正真正銘、ワシはあの子の祖父にあたる」


 「…………!!」

 外で風がざわめき、木々の揺れる音がした。

 「それを、彼女は――」

 「……知らないだろう。ワシからあの子に伝えたことはない。いや、伝えられないと言った方が正しい。ワシらは『言霊使い』の式をくらっておるからな。お前さんも、例外ではない」

 「俺、も……!?」

 「景光のみが用いる術式『言霊』は、あやつの言葉を媒介として発動する。独自の暗号を伴う隠蔽式が織り込まれており、感知すらほぼ不可能。しかも非常に範囲が広いときておる」

 「……気付いた時にはすでに術中、というわけですか」

 「――調査を続けて確信したことが、いくつかあってな。一つ目は術式の感知・防御が非常に困難であること。二つ目は『言霊使い』の名の通り、あやつの言葉を介して伝播するということ。三つ目は、ある特定の人物に関わるモノに対して、特に強く作用するということ」

 「(ふむ……)」

 カンナはすでに、その人物が誰であるか見当を付けていた。

 確証を得るため、改めて三宅の語った内容を整理し始める。

 

 術式の精度や威力は、術者の力量に左右される。

 解除するためには、相応の知識と技術が求められる。

 『言霊』のトリガーは、加藤景光の発する言葉。

 景光が術をかける可能性が高いのは、彼と強い因縁のあるモノ。

 

 最後の要素により、二人まで絞り込めた。

 可能性がより高いのは、三宅が先ほど上げていた人物。

 ――――その答えは。


 「嵐山奈々。『言霊』が最も強く働いているのは、彼女ですね?」


 三宅は重々しく頷き、真相を打ち明けた。

 「『言霊』は事件から今までずっと、奈々の心を縛っておる。あれを解かぬかぎり、あの子は苦しみに囚われたままだ。……その上、奈々と関わったモノすべてにある式が作用する。……強固な口封じの式だ。そのせいでワシは、あの子に真実を打ち明けることもできん。自分が祖父であることも」

 嵐山奈々は孤独であり、苦しみに耐え、しかし自分自身を肯定することもできない。

 「あの子を救うためには、景光の術を無効化しなければならん。だが、景光を上回る術者のあてはない。情けないがワシには、どうすることもできん」

 「そんな……」

 「――だがワシは、わずかでも望みがあると信じていたい。カンナ、お前さんに警護を頼んだ本当の理由は二つある。……あの子のそばにいて、少しでも支えになってほしい。そして、術者がおった時には、そのモノに交渉を願いたい。あの子と術者を繋ぐ、橋になってほしいのだ」

 カンナの目元に、涙がにじんだ。

 三宅は奈々の幸せをどこまでも願い、その行く末を案じている。

 彼女を愛し、大切に思うモノがいるのに。

 天狗の少女は、それに気付くこともできない。

 孤独の中にあって、復讐を願い続けるしかない。

加藤景光の『言霊』に縛られているとも知らずに。


 ならば答えははっきりしている。


「俺、やります!」

 

 その日のうちにカンナは奈々と引き合わされ、契約を結んだ。

 「宇都宮柑那だ。嬢ちゃん……じゃなくて。よろしくな、奈々!」

 「私は嵐山奈々。こちらこそ、よろしく」

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