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失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第一話「不凍の港町クアルス 剣の少女」
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6. 街を支える港

「あれま、ツカサじゃないかい。どうしたさこんな時間に」


 交易所の受付で話を聞いたあと、僕はいてもたってもいられなくなって帰りがけにフィンの家を訪れていた。扉を叩いて出てきたのは、彼の母親であるアンナさんだった。少し息を切らして焦った様子の僕を見て、彼女は怪訝そうな表情を浮かべている。


「フィンは……フィンはいますか!?」

「あの子は今夫の手伝いをしているはずだけど……どうかしたのかい?」


 今はやや日が落ち始めた程度と言ったところで、まだまだ夕刻なんかじゃない。確かに彼女の言うとおり、フィンがまだ漁師見習いとして手伝いをしているような時間帯だ。


 そんなことも見落とすくらいに気が動転していたことを恥じつつ、僕はアンナさんに事情をかいつまんで説明した。今この街で起きている異変、それに件の少女が関わっているかもしれないということ。もちろんアリアスさんから言われたことは適度にぼかしたけど、僕とフィンが何かのきっかけで狙われてもおかしくないということはきちんと言いきった。


「……そうなのねぇ。アンタも危ない中、わざわざ伝えてくれてありがとうよ」

「彼、そろそろ仕事の手伝いを切り上げて帰ってくる時間ですよね。僕買い物ついでにフィンを迎えに行きますよ」


 商売道具であるいくつかの紙や羽ペンなどをしまった鞄を持ったままだけど、それを自分の小屋に持ち帰るよりも先に今はフィンの無事を確かめたかった。ただの考えすぎなのだろうけど、何故か今は変な胸騒ぎに突き動かされるような気分だ。


「じゃあ、よろしく頼もうかしらね。あの子もアンタみたいな世話焼きの兄貴分が出来て、ホント幸せもんだよ」


 不可視の影が街を覆うなかで、普段と何ら変わらない様子で笑うアンナさんの姿に、気分は幾らかか和らいだ。




 フィンの家は漁師ということもあって港湾地区に程近く、小規模の市街地を抜ければすぐにたどり着くような距離にある。アンナさんと別れてから雑貨屋で紙やインクを購入した後は、わりと早めに小さな漁船がいくつも並んだエリアにたどり着けた。大きな桟橋を挟んでこちら側が漁港で、向こう側は交易港となっている。本来ならばスターランテ号の巨体がいたはずであろうその場所を一瞥したあと、漁船の並ぶ桟橋へと足を進めた。


 まだ10の子供であるフィンは、海に出て実際に漁を行うのではなく、漁船の点検整備の手伝いをしているはずだ。いくらか働く時間に幅のある僕とは違い、日の出ている間に明日の早朝に行う漁に向けての準備を終わらせなければならない彼らは常に一日の回りかたが早い。彼の父親が保有する漁船のところにたどり着いた時には、多分見た感じでは概ね作業の方は終了していた。


「じゃあ最後に網を畳んで――おお、ツカサじゃねぇか。フィンに何か用でもあったか」


 漁船の中の方で作業を続けているフィンに指事を飛ばしていた大柄な男性が、僕に気が付いたのか大きな声で呼び掛けてきた。彼はフィンの父親であり、この辺りの漁師を取りまとめる人物でもある。ヴェスタという名前の豪放な性格の人だ。


「こんにちはヴェスタさん。彼、そろそろ仕事は上がりですか?」

「ああ。後は組合の方で話し合いをするだけだから、こいつはここいらで仕舞いだ。フィン、ツカサがわざわざ来てくれたぞ!!」


 ヴェスタさんが船の先の方で作業をしていたフィンに大声で呼びかけると、そこでようやく僕が来たことに気が付いたのか彼は狭い船体の中を器用に走って桟橋へと飛び移ってきた。


 僕の方からこうして彼を訪ねることはそうそうあることじゃない。思い返してみても自立した生計を立ててから今に至るまでじゃあ初めてかもしれない。そんなこちらから来るという状況に何か面白い話でも持ってきたと誤解をしているのだろうか、僕の顔を興味津々といった様子で見つめるフィンの姿に、小さくため息を吐いた。


「ツカサ!! どうしたんだよ、何か面白いことでもあったのか!?」

「……君が普段僕を暇つぶしのオモチャとしてみていることは良くわかった。今日はそういうのじゃない。まあ、顔を見に来たんだよ」


 彼は何だかんだでまだ小さい子供だ。直接僕らは危険な状況にあるかもしれないと言うよりも、適度にぼかしたほうが良いだろう。ここに来るまでも街の空気がどこか浮き足だっていたのはなんとなく感じとることが出来た。多分その雰囲気を知っててその上で僕の真意を分かっていたのだろうか、ヴェスタさんはフィンを再び仕事に追いやったあと、近づいてきて小声で話しかけてきた。


「すまねぇな。本当ならば俺が面倒見ておくべきなんだが、頼めるか?」

「ええ、元からそのつもりです。それに僕の好きでやることですから気にしないで下さい」


 夕方近くになってくると、季節がまだ冬も開けたばかりということもあって暗くなるのはあっという間だ。暗く成りきる前に彼を家に送り届ければまずはそれで良い。フィンの仕事が終わるまで少し座って待っていようと思い適当に桟橋に腰を下ろすと、水面にはいつもだとあまり無いはずの幾つかの木くずが点々と浮いていることに気が付いた。


「それはスターランテ号の破片だ。一昨日お前たちが死体を見つけた海岸線だけじゃなくて、こっちにもいくつか流れ着いているんだ。そういう小さなものの他に、真っ二つに折れた小型のボートなんてのもあったよ」

「へぇ……今回の事故を解明できるようなものもあったりしますかね」

「衛兵が何回か見回りにきたが、どいつもこいつも手酷く破壊されたガラクタさ。有益な貨物や証拠品はみんな海の底だろうな」


 聞けば、昨日辺りはこのような残骸はもっと大量に漂っていたようだ。漁船の操舵に邪魔となるそれらを退かすために漁港一帯を清掃するのはかなりの手間がかかったようで、改めて沈没事故の影響の大きさを感じされられる。


 そんなことを話しているうちに、フィンは最後の作業を終わらせてきたようだ。軽快な動きで桟橋に跳び移ってきた彼は、普段と変わらない陽気な様子で僕の目の前に表れた。


「アンナには何時もより早く戻ると伝えてくれ。それとツカサに迷惑かけるんじゃねぇぞ!!」

「わーってるよ!! んじゃいこうぜ」


 木で出来た桟橋を彼は跳び跳ねるように進んでいく。トントンという小気味の良い音が響き、それに気が付いた他の漁師達が僕らに短く挨拶を交わしてきた。フィンは勿論のこと、彼の家族と少しばかりは関わりをもつ僕も一部の人には顔を覚えられているのだろう。怪しげな影が街を覆うなかでも、そういう日常は変わることはない。

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