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失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第一話「不凍の港町クアルス 剣の少女」
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5. 暗殺者の潜む街

 すっかり日が上った昼下がりに、僕は交易所を訪れていた。クアルスの街と外部の間で交わされる貿易を取り仕切る組合の本部だけあって、建物の大きさは街でも相当大きな部類に入る。重厚な黒木の扉を開ければ、目の前には広々としたロビーと幾つかの受付窓口があった。


 昨日にも増してピリピリと殺気だった街とは裏腹に、扉の向こう側は普段と何ら変わらない落ち着いた空気が流れている。この受付所で、刀剣類や食物などの取引といった街を出入りする交易の一切を管理するのだ。


 僕は革製の小さな鞄一つだけを持った身軽な出で立ち、昨日以上に厳重な警戒態勢が引かれる中武装を施した衛兵たちとはまるで真逆である。その一方で、周囲には衛兵並みにとは言わないけど軽めの装備を身にまとった人たちもいる。たぶん隊商に所属している傭兵だろう。それだけじゃない、おそらく商人と思われる少し恰幅の良い男性が窓口で何らかの手続きをしていた。この場所には、交易に関する様々な人が訪れる。


 僕も、交易に関連する用事でここを訪れている。しかし別に自分自身が何かの商品を別の街に売りに行くとかそういう用ではない。鞄の中から出した何枚かの小さな紙を受付の台に置く。これは自分の稼ぎのうちいくらかをもたらしている手紙の代筆作業で仕上げたものだ。それをここの受け付けにおいて、手紙の宛先と合致する隊商に運んでもらう手続きを行うのである。


 依頼者から頼まれた内容の文面をかいた後は、こうして僕が発送の手続きまでを行うことにしている。今回の依頼は全て同じ行き先のものだから、手続きはいくらかは簡便なものになる。


「王都サンクト・ストリツ向け10通、合計120ジェブだ」


 言われるがままに、小包から指定量の小銭をじゃらじゃらと出した。あらためて、手紙なんて気軽に贈るもんじゃねーなと思う。銀貨を合計12枚、贅沢しなければ1ヶ月は過ごせる金額だ。


「……よし、丁度だ。それにしても今週は多めだな」

「季節の変わり目ですからね、王都の家族に近況報告する人が多いんですよ」


 王都には軍部の花形である近衛隊が常駐している。クアルスの衛兵団よりも始祖族の割合が多い、いわばこの国の主戦力陣だ。そしてそんな部隊に所属する人族の面々にも求められるものは相当に大きいと聞く。


 今回手紙を依頼してくれた人の半分くらいが、子供や親族がそこの本隊や見習いに属しているような層だ。そんな遠く離れたエリートの家族に向けての手紙なのだから、内容の多さもひとしおである。今朝に確認がてら読み直してみたら、街の異変にあてられた不安が少しだけ取り除かれるような思いだった。


「ツカサ、今日は早めに帰れよ。コンスタントに金を落とす客になんかあれば、僅かばかりでも業績に傷がつく」

「……あの、今日ってなにかあったんですか? 街の空気がかなり固いですけど……」


 帰ろうとしたところで掛けられたその言葉で、小屋を出てからずっと今まで抱いてきた疑問と違和感を思い出す。


 昨日にあんなことを聞かされたためか、交易所を訪れなければならない用を除けば今日は極力外出は控えようと思っていたほどだ。しかしそれはあくまで僕がアリアスさんから秘密裏に聞かされたものであって、市井に知れ渡るようなものではない。だから昼過ぎに代筆作業を終わらせて外出した時に、たったの一日で街の雰囲気が様変わりしたことに対する疑問は拭えなかった。


 僕の質問をうけた係員の男性は、最初こそ意外そうなものを見る顔を浮かべていたものの、直に納得した様子へと変化した。


「なるほど、まだ知らないのか。恐ろしい話だぜ。一昨日の難破船の事故で生き残りが何人か診療所に入れられただろ。それは知ってるか?」

「え、ええ。昨日聞いた港の噂じゃ、助けられた半数が意識不明とか……」


 そこまでは把握をしている。例の少女を診療所に運んでいった時に突っ返されたのは、その生存者達を治療するためだったはずだ。そこそこの規模の輸送船なのに、救出された船員はわずか10名程度。たったのそれだけの情報でも、事故の大きさを物語っている。


「……昨晩、そいつらが全員殺されたんだ」


 その言葉を投げかけられた一瞬の間だけ、彼が何を言ってるのかが理解できなかった。


「噂によれば全員が胸部を一突き、まったく戸惑いの感じられん殺し方だったようだ。船出日和の中でのスターランテ号沈没といい、生存者の暗殺といい、どうにもこの街は相当厄介なものを抱えているみたいだな」


 続けざまの彼の説明は、その半分くらいしか頭に入ってこなかった。今日この場所に来るまでそういう情報を全く仕入れてこなかっただけに、いきなり突き付けられたこの話の衝撃はかなりのものだった。そして彼らは知らないだろうけど、人が死ぬという案件はこれで二日連続で起きたということになる。


 一昨日は始祖族を含んだ衛兵たち、昨日は沈没事故の生存者たち。別に、クアルスという街は一日の間に一件も殺人事件が起きないことが当然といった潔癖な場所じゃない。でも、こう一度に立て続けに人が死ぬ、それも同一人物が犯人と思われるだなんてそう起こってたまるものか。


「衛兵の様子を見る限りじゃ、犯人は捕まっていないんだろうな。何人もの人間を殺して、その上恐らく船一隻を沈めた輩がクアルスのどっかに潜伏しているんだ。こりゃあ一大事だろうよ」


 何か、とてつもないことが僕たちの街で起きている。昨日アリアスさんにこっそりと情報を伝えられた時には分かっていたその異変が、じわりじわりと街全体へと広がりつつあるということか。


 恐ろしいことが起きただなんて、本当は昨日の時点で分かっていたことなのに、彼の話を聞いてから明らかにそれに対する考え方が変わった。多分僕は、犠牲になったのは見張りについていた衛兵だけで、市井の僕らには毒牙が及ばないなんて甘えたことをどこかで考えていたんだろう。容赦のない殺人が行われた今、もうどこにも身の安全を保障する根拠は存在しない。それどころか、目下犯人との疑いが強い件の少女との関りが最も強いのは、最初に彼女を救助した僕とフィンの二人だ。それを改めて認識すると、背筋がゾクリと冷えた。


「そういうわけで、うちも今日は早じまいだ。お前も気をつけるに越したことはないぞ」

「……ええ、出来る範囲で注意しますよ」


 僕はただそう返すことしかできず、最後に一つ頭を下げた後は早足でその場を後にした。つい先ほどまで開閉をしていた扉には特に何の感慨も抱いてはいなかったが、それが今では恐ろしい外界とこちらを繋ぐ唯一の壁に思えて仕方がなかった。


 今は、僕と同じくターゲットになる可能性がゼロじゃないフィンの安否を確かめよう。まだ日も落ち切らない明るい街の通りを、嫌な寒気を抱きながら足早に目的地を目指して歩みを進めた。

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