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失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第二話「要衝の城塞都市ヴァローナ 黒紅色の戦姫」
19/51

19. 凶刃

「……信じられないわねぇ、ツカサちゃんが戦姫様にーなんて。それにたとえ真実だとして、本当に演説行かないだなんて……あなたかなりの変わり者よ」


 翌日、結局どこに行くでもなくいつも通りに商工会の受付所に訪れた僕を待っていたのは、雇い主の呆れと困惑をまぜこぜにした表情と言葉だった。



 今日は暦の上で立派な休日であり、この受付所においても通常業務の多くが休止状態になっている。新規の仕事斡旋は受け付けておらず、精々が依頼書を見た傭兵やら便利屋たちが請け負いの手続きを行うだけ。そのため仕事の規模は明らかに小さく、新入りの僕やナインが休んでいいと言われたほどだ。


 しかし実際には僕たちはそろってこの場に来ている。受付の業務を補佐し、時に自身も手続きの対応を行い、結局いつも通りの仕事に従事していた。元々受付窓口に用が人も少ないということもあり、合間合間での雑談は普段よりもずっと多い。ここを取り仕切る雇い主の彼とは、いつもより自然と話す時間も多くなるのだ。


 昨日の夜にカタリナ様を中心に引き起こされた、まるで嵐のようなごたごた。その経緯と顛末を彼に話してみた結果が、先ほどの返答である。後になって冷静に考えてみると、第三王女という高貴な方のお誘いを無下に断った挙句、石を投げつけてその隙に逃げ出すだなんて失礼にもほどがある話だ。雇い主の顔色が若干青くなったことを顧みるに、かなりの危ない橋を渡ってしまったのだろう。せめて名前を教えることなく逃げおおせて、本当に良かった。


「ヴァローナのあなたくらいの男の子なんて、きっとみんな戦姫様の演説を楽しみにしているわよ。なんたって街の外からの客だって多く訪れるほどなんだもの」


 彼が話す通り、実際ここ最近で見てもヴァローナに訪れる人の数は明らかに増加をしている。僕たちがここにたどり着いたころから前後して、その手の人足の変化が見られていたそうな。どこから漏れたのかも分からないカタリナ様がヴァローナの特務将官として赴任するという噂話が、その一因に違いないというのが目下の推測だ。


「周辺から人が集まってきてんのよ。国の中央部からだけじゃなくて、北部人もたくさん。こんなの、あまりある光景じゃないわ」

「……昨日屋台の店主にも言われたんですが、北部の人ってそうすぐ分かるものなんですか?」


 この半年の間で、どうにも感覚としてつかめなかったのがそういう人種の話だ。さすがに分かりやすい見た目の違いがある人間族と始祖族の見分けは簡単につくが、人間族の中でも住んでいる場所によって見た目や訛りに違いがあるらしい。


 そもそもクアルスに住んでいた頃から、周囲の人と自分とで顔の雰囲気が異なるなということは実感としてわかっていた。しかし自分以外の見分けとなると、その辺の境目が途端に曖昧になる。


「そうねぇ……アタシは顔のつくり、そして訛りで見分けてるけど、感覚的なものよ。それにアタシ自身、北部の出だから同郷の人間はなんとなくわかるの。まぁ、あなたもそのうち見分けられるようになるわ」


 歴史的な話にまで遡れば、そもそもヴァローナの砦は隣接する巨大国家フラントニア帝国への対抗ではなく、王国北部にある諸国を見張るためのものであったとか。その後諸国がアストランテとフラントニアにそれぞれ併合され、結果ここは二国間の要衝の地へとなった。


 そんな経緯もあり、ヴァローナの城壁内に住んでいる北部人の割合自体は少ないものの、その周辺の村には依然として彼らの居住地域が広がっているらしい。


「……別に剣姫様の偉業は北部にまでは浸透してないから不思議なのよね。ま、アタシら北部人も一枚岩じゃないから、みんながみんな剣姫様目当てじゃないかもしれないわ」


 そう言い残すと、彼はまた受付所の奥へと戻っていった。彼自身が北部出身だというのは初耳だ。ただ、その奇抜な出で立ちや女性のような言葉づかいのせいで、彼を基準として北部の人を見分けることはまず無理だろう。



 改めてこの受付所を見回す。うつらうつらと船をこぎながら何とか事務作業にあたる先輩の受け付け係と、今しがた雇い主と入れ替わるように奥の部屋から戻ってきたナイン、それにこの僕しかいない。


 普段であれば依頼の登録に来るクライアントやそれを請け負う傭兵など、ずっと賑わっている。でも今日が休日ということに加えて、利用する層の多くがカタリナ様の演説に赴いているのだろうから、結果としてこのがらんどう具合。いつもならばキリが良いところまで昼を我慢するところだけど、今日に限って言えばいつ休憩にしたって誰も文句を言うまい。


「ツカサっ。そろそろご飯の時間だよ」

「……もうちょっと待ってね。これ終わらせたら行けるよ」


 処理のすんだ書類を全てまとめ終えたのだろう、あまり表情を動かさないなりにナインの期待へ満ちた視線がこちらに向けられる。少し待ってと伝えてみると、彼女はすぐとなりに腰かけた。休日の昼食くらいは普段よりも良いものを食べようと今朝がたに伝えていたからか、どことなく彼女がわくわくとしているのが何となく分かる。


 カタリナ様の演説による恩恵は、何もその演説本体だけじゃない。人が集まることを見越して中央広場の界隈には普段以上に出店の数が多くなる。ここに来る途中、遠くからちらりと見た様子じゃ、広場の外れのほうにまでその手の店が立ち並んでいた。


 劇物じみているかもしれない演説そのものは遠慮しておくけども、それに付随しているものの恩恵は受けたってバチは当たらないだろう。今日くらいは、イモの薄生地焼きから離れるのも悪くはない。


 カタリナ様の話では、演説自体は昼にやるということだった。ということはちょうど今くらいが混雑のピークかもしれない。少し並んで待つことは覚悟の上だけど、広場の外側に並ぶ出店を見て吟味をしよう。



「……よし、一段落。じゃあ行こう――」


 羽ペンを置いてようやく立ち上がったちょうどその時、受け付け所の扉がばたんと開かれた。視線を向けてみると、久方ぶりの来客、それも一人じゃなくて複数の団体だ。全員が腰に剣と鞘をくくりつけており、恐らくは依頼を請けに来た傭兵の人たちだろう。


 ようやくご飯だと嬉しそうにしていたナインを手で制して、再び受け付け窓口に腰かけた。おおむね傭兵の客たちはここを訪れてまず初めに依頼の紹介を僕たちに要請する。彼らの多くが依頼の募集要旨に書かれた文字を読むことが出来ず、また窓口業務に読み書きの能力が求められる理由のひとつである。


 予想通り、彼らのうちの一人が僕の窓口へと近づいてきた。しかし不思議なことに、未だにうつらうつらしている先輩の窓口にも別の傭兵が向かっていく。一緒に受付所に来たというのにわざわざ別の窓口に行くだなんて、彼らは別々のグループなのだろうか。そんな違和感を頭の片隅に残しつつも、接客対応用の笑顔を浮かべた。


「こんにちは。本日はどのようなご用でしょう――」


 僕の元に近付く傭兵の男を見つめるその視界の片端に、白銀の何かが煌めいた。それと共に静かな受付所の中に聞こえる、不釣り合いな風切り音。


 その一瞬の空白を挟み再び正面に焦点を合わせた視界の真ん中で、いつの間にか抜き放たれていた剣の切っ先が目と鼻の先に差し迫っていた。

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