謁見
「それで何故、王子は婚約破棄どころか、我が娘の貴族籍の剥奪まで行ったのか? 納得のいく説明をしていただきたい」
王城には複数、謁見の間が存在している。来た者の立場、迎える王族の地位。それらを総合して相応しいものを適宜選んで使用するのだ。
第三王子の地位から見ると、この銀翼の間はやや不釣り合いに格式が高い。装飾は銀が中心だが、刺し色の青は宝石を溶かした染料であり。なにより部屋の大部分が大理石で作られたこの部屋はそれこそ国王が公式の謁見で使用する黄金鷹の間に次ぐ。
けれどそれもその筈。玉座に座りながら、ダラダラと汗を流す第三王子の前に立つのはバール=フォン=バーナード辺境伯。中央でのパイプこそ細いが、この国における国防の要である東部を支配地域とする大貴族である。
「……彼女が、余りにも荒唐無稽な事を押し付けて来たからです」
どうにか、第三王子は声を振り絞る。事実アリアは彼に相応の暴言を吐いている。いや直接的でなかったとしても。ドラゴンを放置するものは貴族の風上にも置けぬ、いわんや王族であろう方が。と間接的に自分を腰抜け呼ばわりしたのだから。
過去の判例を紐解けば、それこそその場で打ち首になったものもいる。
「ほう、我が娘が失礼を行ったと。ならばその場で首を落せば良かったものを」
ぐっと言葉に詰まる。周囲を見渡し、控えた家臣達に目を向けるが。誰も彼も王子から目を逸らし、ダラダラと汗を流している。王位継承者とはいえど所詮は第三位、家臣として召し抱えられるのは、都貴族で冷や飯食いの次男三男が殆どで。
それこそ今だに最前線でモンスター相手にハルバードを振るう男が、フルプレートを着込んで目に前に立っていれば、まともに口をきく事も怪しい。
「そ、それは――」
一応彼にも暴言を吐いたからといって、女子供を殺すのはどうかと思う優しさが。いやこの場合はその度胸がなかったと言った方が正しいかもしれない。けれどそれ以上に、アリア=フォン=バーナードに飲まれたのだ。
単純な強さは勿論。モンスターと戦う事が貴族の価値だと王族相手に言い切る胆力。そしてその迫力に。仮に彼女が普通の乙女であったとしても、腰抜けぞろいな第三王子の部下では殺せなかったであろう。
「まぁいいでしょう。ですがバーナード家として訴えはしませぬが、この事を忘れることはありませんからな?」
自分達から繋がりが欲しいと打診し、積み上げた縁談を蹴飛ばしたという事実は。間違いなく貴族社会において醜聞となり得る。それこそおてんば娘と名高いアリア=フォン=バーナードであったとしてもだ。
もし仮に自分が王族でなければ、それこそバール辺境伯が、腰の得物で切りかかったとして大部分の貴族は当然の事だと受け入れたであろう。
「それでは、失礼する」
ガチャガチャと音を立てながら、バール辺境伯が銀翼の間を後にする。その姿が扉の向こうに消えてようやく、第三王子の心臓が動き出す。ドクドクと耳に届く血液の音を聞きながら自分がしでかした事の重大さに、王子はようやく気づいたのであった。