飛竜(後編)
この村を支配するワイバーンにとって、人間とは警戒すべき存在だ。弱いものも多いが、ごくまれに桁外れに強い奴がいる。けれども彼らもモンスターと変わらない、強ければなわばりに縛り付けられ自由に動けなくなる。
だからこそ彼は、様々な村を渡り歩き、手ごわい相手が来たら逃げ、縄張りと縄張りの隙間にある村を探し当てたのだ。
彼に人間の理屈は分からない。けれどその程度のことを推察する知恵はある。
そう、彼は決して人間を侮っていなかった。巣を作った場所は切り立った崖の下に広がる森。少なくとも背後からの襲撃を気にする必要もない。その上でワザと自分より弱いモンスターを狩り切らず、警報と護衛代わりに使うほど慎重であった。
だからこそ、切り立った崖の上から矢が飛んできて。自分の翼を貫いた瞬間、相手の人間が途轍もなく厄介な相手である事を理解する。
◇
「アリア、翼は射抜いた。こうなれば相手の動きはマンティコア辺りと変わらん!」
「グレック! 普通にそれは難敵だぞ!」
俺に続いて崖から飛び降りたアリアが、両手剣を振り上げ。落下の勢いごと、飛竜の胴体に刃を叩き込む。緑の鱗が弾け、赤い血が飛び散る。
「よし! 好きに跳ねろ。距離を取れ!」
右に跳ねたアリアを飛竜の視線が追った瞬間、俺は再び弓を引いて放つ。逆側から叩き込まれた攻撃に、たまらず緑のワイバーンは身を捩った。
大きさは中くらい、真っ当に狩るならB級のパーティが必要な飛竜。前に俺と魔女が所属していたアッシュのパーティならしっかりとした準備が必要になるだろう。
「アリア、今だ!」
「成程、確かに! 想像よりも幾分か遅い!」
だがアリア=フォン=バーナードが持つ天性の才能が、その前提を打ち砕く。伊達や酔狂でこの王国で貴族をやっていた少女ではないのだ。並の冒険者と比べて文字通り血統が違う。魔力によって増加された力を、ここ数日で身に付けた経験で打ち込めば――
ずんばらりと、ワイバーンの腹をアリアの両手剣が引き裂く。
けれど今だに致命傷には至らず。飛竜は怒りに狂い、咆哮を上げ。その牙でアリアに襲い掛った。
「させねぇよ!」
それに合わせて再び俺は矢を撃ち込んだ。縄張りに選んだ場所を見る限り、相応に知恵が回る個体で、反応も悪くない。けれど俺の弓なら間に合う。矢筒を蹴り上げ、飛び出した矢を番えては放ちを繰り返す。
そのうちの数本が狙い通りに傷口を抉り、飛竜はアリアに牙を振るえず叫びを上げる。
「今だ! 強化魔法をアリアに」
「ん、分かった」
崖上から戦場を見下ろす黒衣の魔女が指を振るえば、アリアの体が金色のオーラに包まれる。体内の魔力を活性化させる事で、彼女の身体能力をさらに高めるのだ。
「アリア!」
「心得た!」
俺が叫ぶ前に、アリアは両手剣を横薙ぎに振るう。鈍い音が響き、青空にクルクルと飛竜の頭が舞って、そして落ちる。正にあっという間に俺達のパーティは狙い通りに、ワイバーンを撃破したのであった。




