飛竜(前編)
「グレックは、本気で3か月で妾をドラゴンキラーにするつもりなのだな」
「ああ、それも移動と予備日込だから実質2か月でな」
「成程、ならば日程的には早くもなく、避けては通れぬな」
俺達3人は王都から3日でいけるとある村に来ていた。山間の小さな林業を主体としており、どこにでもある田舎といったところ。そしてそんな場所にモンスターが現れるのもよくあることなのである。
それこそゴブリン程度なら近所の冒険者ギルドに依頼を出すだろう。強力なモンスターならば1夜にして滅ぼされるだろう。けれど頭が良く強いモンスターが現れるとどうなるのか?
ギルドに依頼するには料金が高く、国が動くには重要度が低く、1年に2~3人程度のペースで生贄を要求してくるとどうなるのか?
結果として、奇妙な安定が生まれる。
逃げるには生活があり、かといって排除する事は出来ない。100人の村なら年に2~3人の生贄は厳しくとも払えなくはないのだから。
「まぁ、こういう場合。実入りは殆ど期待できないけれど」
「アリアに実戦経験を積ませる事が目的だからそれでいい」
「グレック、一つ聞きたい」
この村を虐げるモンスターの巣に向かう道中、木々が立ち並ぶ森の中で。アリアは久々に出会った時に持っていた、華美な両手剣の柄を握って。俺と目を合わさずに問いかけて来る。
「この村に、ワイバーンが巣食っている事を、知った上で放置していたのか?」
「お前さんの為に、近場でジオ爺に見繕って貰った。だが――」
実のところ、割とよくある話で。それこそ似た噂を聞いた上で聞き流した事も数知れず。結局冒険者家業は金を稼げなければ意味がない。若い頃はそうやって、手当たり次第に剣を振るい、似たような村を救いはしたが。
買い叩いて来る依頼者、同業者からの嫌がらせ、冒険者ギルドからの警告。色々なしがらみが、そんな無鉄砲さを俺から奪って。最終的に俺は冒険者ギルドに所属し続ける為に、依頼無しで動くことを止めた。
「アリア、契約は大事。正しい事を通そうとしても」
「……うむ、あぁそうか。妾が婚約破棄されたようにという事か」
「そういう意味じゃ、俺はお前が羨ましいのかもしれないな」
アリアは婚約破棄をされても剣を振るい、モンスターを、ドラゴンを倒すことを選んだ。俺は冒険者ギルドからの追放を恐れて、依頼無しでモンスターを狩ることを止め、最終的に所属していたパーティから追放される情けない男になった。
「ああ、結局俺は冒険って奴を止めていたんだよ」
すっと俺は手を上げて、魔女とアリアに止まれと指示を出す。それに合わせて魔女が無音と迷彩の魔法をかけたのを確認し、俺は話を続ける。
「アリアが辺境の民草を虐げるドラゴンを倒したいって言った時にな、思い出しちまったんだよ。昔の青臭かった時のことを」
そういう意味ではアッシュには悪いことをした。勝手に若さを期待して、その結果が重しになって。だから俺をパーティから追放したのかもしれない。いや、それも正しいのかは分からない。
けれど今やるべき事は分かる。パーティメンバーとはしっかりと腹を割って話すべきだ。魔女の様に勘違いさせる事は止め、女剣士を真似て無言を貫く事は止め、猫耳の盗賊の如く感情的に言葉を口にせず。
「という訳でやろうぜ、アリア。こいつは予行練習だが、この村を助ける本物だ」
こっぱずかしい台詞と共に、俺は弓に矢を番える。鉄を磨いて、聖句を刻んだ対竜矢。正規の代物ではないが、全部手製でそこそこ出来はいい。
それに合わせて、アリアは八重歯を見せる不敵な笑みで前に出て。魔女は生暖かい笑みを浮べて後ろに下がる。
「さぁ行くぞ、冒険を始めようぜ!」
そして俺達は、ワイバーンの巣穴に向けて駆け出した。金の為でも、人の為でもなく、ただ自分が満足する為に。