契約
王都で冒険者が話をするなら居酒屋通りに行くべきだ。100を超える酒場が、安い立ち飲みからそれこそ金を持つ冒険者向けの高級な店まで。格式さえ気にしなければありとあらゆる店が揃っている。
血の気が多い奴らが合いながら報酬の分け前を決めたり、それこそ俺達みたいにちょっと高めの店で冷えたエールを傾けながらってのも勿論ありだ。
最も、皮鎧と黒いローブとはいえ、下手すれば娘と同年代の女を侍らせているアラサーのオッサンが。傍からどう見えるのかはあまり考えたくはない。
「グレック、本当に黒衣の魔女殿がドラゴンの宝玉とはいえ後払いで雇えるのか?」
「アリア、一つ言っておくが。こいつは噂通り最高のマジックスペシャリストだがな。自分勝手で思いやりがなく、口にした事以外何一つ信用出来ない女だからな?」
「随分な言いぐさね?」
丸テーブルを囲んで、まずは顔合わせ。黒衣の魔女がパーティに加わってくれるなら、それこそアリアの目的である辺境の竜殺しは一気に成功に近づく。だがデメリットも当然あるのだ、彼女自身がそれを理解した上で判断すべきである。
「魔女殿、本当に後払いの宝玉のみで手を貸して頂けるのか?」
「ええ、まぁ一応。契約書も用意しましょうか?」
さらりと魔女は袖口からスクロールを取り出し、アリアに差し出した。それに合わせて俺はさっと、テーブルの上にのったつまみの皿を脇に避ける。魔術的には文字通りの天才だが、こういう部分がガサツだったりするのである。
「ふむ・・・・・・ ふむ」
さっとアリアは金糸のショートヘアを揺らしながら、碧眼で文字を追い。10秒ほどで顔を上げた。
「おいおい、アリア。こいつの契約書を雑に読むなよ?」
「安心しろ、グレック。妾は一応元貴族、この手のものは苦手ではない。それで、魔女殿。契約の詳細を確認したいのだが――」
アリアはそのまま、契約書の内容について魔女と話し始める。最初は不備がないかと話を聞いていたが。どうやら思いのほか魔女が加減していて、アリアも冒険者特有の表現を理解しているようで。問題なく進んでいく。
出番が無さそうだと理解し、俺は先ほど取り上げた皿からパクリと肉詰めを口に運ぶ。ハーブと胡椒の味が舌の上に広がり、芳醇な脂が口の中に幸せを満たしていく。
強いていうならマスタードが足りないので、その辺を走りまわっている給仕を捕まえ瓶で持ってきてもらうことにする。
「グレック、一人だけ話を聞かずに何をしているのだ」
「グレック、自分だけ美味しそうなものを食べていてズルい」
まぁけれど、どうやら俺の態度は。アリアから見ればやや不真面目で、魔女から見れば美味しいものを食べているように見えたらしい。まぁ実際その通りなので何も言えない。
最終的にこの場の支払いは俺が持つことになり、結構な数の注文をされたのだが。まぁ可愛らしい量で、大昔男所帯で奢った時と比べれば大した事でもなかった。
何より、この契約をもってアリアをリーダーとする新しいパーティが生まれたのだから。それを先達として祝福する程度の度量は見せてやりたいものである。