追放者
(くそ、くそっ、くそぉっ! なんで上手くいかない!)
グレック=アーガインを追い出せば、全てが上手くいくはずだった。確かに奴は有名な冒険者で、これまでは何度も世話になっている。ミスをカバーしてもらった事も1度や2度ではない。
けれど、だからといって。このパーティのリーダーはアッシュ=グラウンドなのだ。あくまでもグレック=アーガインは雇われの副リーダーなのである。それなのに誰も彼も、リーダーである自分を認めようとはしない。
打ち出した方針には、黒衣の魔女も、エルフの剣士も、猫耳の盗賊も。それこそグレックも異を唱えることはない。けれど方法を論じれば十中八九グレックの案が採用されるのだ。たとえ自分の出した案と差がなくとも。
(ああ、そうだ。グレックと同じレベルの作戦を練れるようになった。パーティを管理する事も出来ているはずだ! それなのに何で上手くいかない!)
冒険者が使うにはやや高級な宿で、羽ペンでメモに財務状況を纏めながら、ここ1週間で行ったクエストの収支を纏めて。その結果にアッシュは頭を抱えた。
完璧に、間違いなく。グレックが出すであろう案より優れている筈のオーガ狩りの計画は、充分に機能せず。普段よりも余計に回復薬を使っている。後衛の魔女に攻撃が飛んでいる。以前グレックと共に倒した時よりも時間がかかっている。
赤字にこそなっていないが、明らかに成果は下がっているのだ。
感情的な盗賊はブーブーと文句を言い続け、エルフの剣士は冷たい視線を向け、ただ一人、黒衣の魔女だけはいつも通りの無表情。パーティの空気は最悪で、とりあえずその次に予定していたダンジョンアタックを取りやめ、休養にしたのは間違いなく正しい判断であろう。
「何が、いけなかった…… 一体何が?」
アッシュ自身が客観的に見る限り。グレックが優れているのは経験だけ。体格はほぼ同じ。濃い眉と大きな鼻が目立つグレックよりも、貴族のご令嬢がこぞって黄色い悲鳴を上げる自分の方がずっと顔はいい。
剣技で勝負すれば10回に6回は自分が勝つし、弓の腕だって間違いなくこちらが上だ。何より伝説の英雄でありながら安っぽいレザーアーマーに拘るのが理解出来ない。自分のように特注のプレートメイルを着込む甲斐性程度は欲しいものだ。
それほど劣っているはずの相手に、こうも差を見せられ。どうしようもなくアッシュの心は落ち着かない。
頭を抱えていると、ノックの音が宿屋の部屋に響いた。
「……何か、用か?」
誰だと問う必要もない。足音からして女、その上で声をかける前にノックをする相手などアッシュの知り合いでは一人しかいない。
「入る」
そう告げ黒衣の魔女が扉を開ける。外見こそ古めかしいローブと三角帽を被った典型的なウィッチクラフターだが。その実態は火水雷土の属性魔法と、回復魔法まで使いこなすマジックスペシャリストである。
それこそその技量を見る限り、老婆であってもおかしくないが。精気が薄く青白い肌以外は10代の小娘にしか見えない。本人も外見で見くびられることを嫌い、モノクルを右目に装着し威厳を出そうとしているが、いまいちそれは成功しているようには見えなかった。
「どうした? 今度集まるのは3日後だぞ?」
「パーティの雰囲気が悪かった。全員の顔を見て話しくらいはしておきたい」
無表情な黒衣の魔女の言動にほんの少しだけ救われる。彼女はいつだってそうだ、常に公平で、正しく、間違えることがない。
「いや、今回は調子が悪かっただけだ。次は上手くいく」
「そう、ならいい」
微かに魔女の唇が笑みの形に変わる。モノクルが落ちぬようあまり顔を動かさない彼女にしては、随分と珍しい事だ。
「ああ、次はもっといい仕事が出来る。やって見せるさ」
「うん、頑張って」
いつだって文句しか言わない盗賊や、空気を察しろと圧をかけて来るエルフとは違う。彼女の存在にどれほど救われている事か!
「私は契約の限り従うし、貴方は好きなように進めばよい。それでは、また」
「ああ、また今度な」
パタン、と扉が閉じて魔女は去った。アッシュは深呼吸をしてインクでぐちゃぐちゃになった紙をくず入れに放り込み。席から立ちあがる。もう既に昼を過ぎているがもしかすると良いクエストが冒険者ギルドに張りだされているかもしれない。
そして次の瞬間、悩んだ時は冒険者ギルドで情報を仕入れろと。アドバイスをくれた相手がグレックだったことを思い出し。アッシュ顔をしかめるのであった。