実力
この世界にはモンスターと呼ばれるものが存在している。魔力を持っていて人間の脅威になる存在を纏めただけで。賢者や学者から見れば体系立てられた分類ではなく、意味は無いらしいのだが――
「世の中、正しさより便利さって奴が優先されるって訳だ」
矢継ぎ早に放たれた3射が、森の中から飛び出したゴブリンの頭蓋を撃ち抜く。雑なやり方だが奴らの薄い頭骨ならこれで充分。むしろ数が多いので、これ位しないと手が回らない事情もあるのだが。
「貴公、何か言ったか!?」
使い込まれた皮鎧に着替えたアリアが剣を振るう。出会った時に腰に下げていた華美な両手剣ではなく、ジオ爺から紹介された店で買った中古の片手剣。けれど彼女はまだ手に馴染まぬ刃を躍らせ子供よりも小さな鬼を切り捨てていく。
その剣筋はよどみなく、正規の軍人どころかそれこそ騎士にも届くかと思われる鍛錬の後が見受けられた。
「思ったより、やるな!」
彼女に迫るゴブリンに、更に矢を放つ。こちらの射線を読み、軽く避ける動作から。周りにもちゃんと目を向けられているのが分かる。
「うむ、妾も相応に鍛えている。まぁそれが婚約破棄の原因に繋がった面もあるがな」
「個人的には、アンタみたいな女は好きだな。10年俺が若かったら口説いてたぜ?」
どうやら彼女は俺の台詞に驚いたようで、一瞬体勢を崩すが。次の瞬間何事もなかったかのようにバランスを立て直し。残った最後のゴブリンを首筋に剣を突き立てた。
「驚いた。王都で硬派と謳われる冒険者グレックの口からそんな言葉が出るとはな」
「仲間に軟派な連中が多かっただけで、良い女を口説くこと位はある」
俺はナイフで倒した獲物の左耳を切り取り、さっさと皮袋に詰めていく。文字通り最下層のモンスターではあるが、冒険者ギルドに持っていけばそれなりの金になる。王侯貴族の連中も、こいつらを放置しておけば不味い程度の知恵は回るのだ。
「して、どうだ?」
「今すぐドラゴンを殺せるかって聞かれれば、無理だな」
ふんすふんすとばかりに鼻息を荒くしていた彼女は、俺の言葉にしゅんと雨に濡れた子犬みたいな顔に変わる。気のせいかふんわりと膨らんでいた金髪ショートのボリュームが心なしかしぼんで見えた。
「……3か月」
「うん?」
目はいい。体も動く。力も並以上。無茶振りにも相応に対応出来る。その上で、ドラゴンを狩る確固たる意志を持っているのだ。俺のコネをフル活用すればそれだけあれば充分に現実可能な範囲。
「正直な話、年単位はかかると思っていたのだが」
「そんなに付き合ってられるか。こっちだってオッサンなんだからな」
毎日しっかり体を動かしてはいるが、飛んだり跳ねたり切ったり張ったりはそう長くは続けられないと分かっている。何せ既にアラサーなのだ、それこそコイツが普通にドラゴンを倒せるまで付き合っていたら。第二の人生もクソも無くなる。
「いや、随分と無理を通すのではないか?」
「通るのはお前だ、俺は笑いながら突っ込んでやるだけさ」
まぁ、婚約破棄されて貴族籍を失ったとはいえ。彼女も元御令嬢。下手しなくとも泣くだろう。けれど途中で止めはしまい。そんな目をしている。
「そもそも、私が代価として支払った宝石で、その予算は賄えるのか?」
こいつが酒場で俺を雇う時に払った代価は、大粒の宝石。確かに希少だが換金すれば精々金貨1000枚、3年遊んで暮らせばパーになる。当然俺のコネを総動員するとなると全然足りない。
間違いなく100年遊んで暮らせる借りを、俺はコイツをドラゴンスレイヤーにする為に使い果たすだろう。
「お前が支払ったのは、あの宝石だけじゃない。ロマンだよ極上の」
俺の言葉が理解出来ないのか、彼女は瞬いて固まっている。
「追放冒険者と、婚約破棄令嬢。そんな2人が纏まってドラゴンを倒す。そんな痛快愉快な冒険譚って奴をやってみたくなったんだ」
「ああ成程、グレック。お前はバカなのだな」
「はっ! お前にゃ言われたくないよ。アリア=フォン=バーナード」
呼び捨ては気恥ずかしく、かといって嬢ちゃん呼ばわりもしたくない。そんな気分でフルネームで彼女の名前を呼ぶ。その後で彼女が貴族籍を剥奪されていたことを思い出すが、そんな事はどうでもいい。
そもそも辺境の民草の為に、ドラゴンを倒せと婚約者である第三王子に殴り込みをかけ、それを理由に婚約破棄された彼女こそ。真の貴族と呼ぶに相応しい。
何故ならば、この国における王とは魔王を倒した血脈であり、貴族とはそれに従いモンスターを狩り続けた結果、貴種として認められた者なのだから。