余興
「ったく、本当にあんたって奴は……」
「なんだ、アッシュ。文句でもあるのか?」
全てが終わった後。えっちらおっちら階段を下りて、中庭に降りて来た俺を迎えたのは。血塗れのアリアでもなく、ドラゴンの死に歓喜に震えるコーディ伯爵でもなく、悪戯小僧の笑みを浮べたアッシュ=グラウンドであった。
「なんで俺達と組んでた時に、こういう事をやらなかったのかって話だよ」
「そりゃテメェが施しはいらねぇ、みたいな顔するからだろうか。今回は完全に赤字も赤字、虎の子なティバンドの矢じりを全部使っちまった」
「赤字ってレベルじゃねぇな…… それ売り払えば何年暮らせると思ってる」
「さぁな、だがコイツを売り払ったからって。冒険が出来る訳じゃねぇし」
俺の言葉を聞いて、惚けた顔をしたアッシュは、その一瞬後に破顔した。
「ははははははははっ! マジかよ! オッサン正気か! ああけどなぁ、そっちの方がずっと良いわ。自分は頭いいですよって顔で、実質無能で鬱陶しい顔でパーティに居るより。今の傍の方が何倍もいい」
「テメェ、喧嘩売ってんのか?」
余りの言いぐさに、流石にちょっぴり怒気を孕んだ声が出た。
「ああ、その通りだぜグレック」
けれどアッシュはひるまずそれを肯定し、懐から手袋を取り出す。そういえばと王都で吟遊詩人の歌に、貴族が決闘する時に白い手袋を叩き付ける話があったことを思い出す。こんな処でも妙に律儀な所がアッシュらしい。
「お上品だぜそういうのは、もっと冒険者ってのは荒々しいもんだ」
そいつを奴が叩き付けてくる前に、俺は腰に手をやった。今回の戦いでは一度も抜いて無い片手剣の柄を握りしめる。
「いくぞ若造、喧嘩の作法を教えてやるぜ」
「調子乗ってんじゃねぇぞオッサン、そもそも剣の勝負じゃ6割俺が勝ってんだぞ?」
それに合わせてアッシュはドラゴンの血に濡れた剣を構える。銘は刻まれていないが間違いなく名剣と呼べる逸品。1年前の冒険で手に入れ、アッシュに譲ってやった剣だ。
「手加減されているのも分からないたぁ、お子様だぜ?」
実際はそうでもない。手加減した上で傷つけずに勝てないから、負けてやっていただけだ。まぁ隙を突かれて負けることがなかったとは言わないが。
「ああ! グレックに、えっと確かカッシュだったか?」
「アリア、アッシュだから間違えないであげて?」
ドタバタと、屋敷の中にしまっておいた荷物から。竜の血に濡れた服を着替えたアリアと、それを手伝った魔女がやって来た。
「ニャー、今から決闘が始まるのニャ」
「どちらかといえば喧嘩と、グレックは言っているがな」
チャコとレイナは完全に観戦モードで、追放された今が一番。俺達の中は良くなったのではないかと。下らぬことを考えてしまう。
「ふむ、喧嘩という事であれば。貴族の私が出る幕でもないか」
「おいコーディ。折角だから賭けでもしようぜ」
コーディ伯爵も、この余興じみた戦いに興味津々のようで。
「ふむ、折角だ。掛け声は妾が掛けてやろう」
「アンタみたいなタイプが不正をするとは思わんが、何か適当な物に誓え」
事実上俺の介添人に近い立場である、アリアが掛け声をかけるという言に対して。以外にもアッシュはそれにいちゃもんをつけなかった。
「そうか…… ううむ、家名にも誓えぬし。特に信仰する神もない…… ふむならば――」
アリアが微笑み、八重歯が口元からこぼれ落ちる。
「共に戦った、この冒険に対して嘘が無かったと誓おうか!」
「まぁ、しゃれてはいるぜ。俺は好きだ」
「こっちは共に冒険なんてしてないが、本気は通じた。さぁ行くぞ!」
俺とアッシュの視線が交わり、アリアが「始めっ!」と声を上げた。俺達2人は傾きかけた太陽の下、夕日に照らされながら剣を抜き放ち。大局的には意味のない、けれど俺達にとってはたぶんやらなくちゃいけない。余興みたいな戦いの火蓋を切った。




