準備
「ううむ、よもや王都にここまで入り組んだ区画が存在しているとは。賢王グリムドールの行った大整理で全て綺麗に直されたと思っていたが」
「何だかんだでもう30年前の話だ。そりゃ迷宮みたい場所も生まれるっての」
言葉を飾れば活気のある、そうでなければ騒々しい。王都のマジックストリートは大体そんな場所だ。
馬車1台が通るか怪しい裏路地に、怪しい露店が所狭しと並び。非公式の回復薬を売る太ったエルフの薬師。出来の怪しい銅剣を売る痩せこけたドワーフの商人。声高らかに己を売り込むサイクロプスの傭兵。ありとあらゆる種族が、思い思いに何でもかんでも好き放題にやっている。
「しかし、竜殺し、辺境の英雄、王国1の剣士と名高い貴公であってもこのような場所を使うのだな」
「公営ギルドの商品はな、安心代が入ってる。目利きが出来るならこういう場所の方が安い」
最もうまく回ってる一流なら、安心代込でもギルドから仕入れた方が安くつく。知識があろうと歩いて目利きをやる時間で、魔物を狩った方が利益が出る。つまるところここは上手くいってない連中が何かを始める時くらいしか来るべきではない。
「よぉ、グレック! 久しぶりだなぁ!」
雑踏の中から、気さくなガラガラ声が飛んでくる。麻布と皮鎧。所々にプレートアーマーを纏った道行く冒険者たちをかき分けて。スケルトンと見まごう程にやせ細った、ヒューマンの好々爺が顔を出した。
「なんだ、ジオ爺。まだくたばってなかったのか?」
「ヒヒヒ、まだまだあと20年位は生きる予定じゃわい」
下品だがどうにも憎めない顔でジオ爺は笑う。最もこの爺、俺が若い頃から見た目が変わっていないどころか。ギルドマスターが若い時から今と同じだったらしい。たぶんあと100年位は平気で生きるつもりなんじゃないだろうか?
「そんで、横のおなごはあれか? 噂の婚約破棄令嬢とやらか?」
「うむ、どんな噂かは知らぬが間違いなく。妾がアリア=フォン=バーナードである。ジオ老とお呼びしても?」
「クカカカ! そんな呼ばれ方はこそばゆい! この辺りではジオ爺で通ってる」
すっとジオ爺の瞳が彼女を舐めるように見つめる。一見すればエロジジイが胸や尻のサイズを測ろうしているようにしか見えないが。間違いなく、いや恐らく、もとい多分。もうちょっと色々な事を見ているのだろう。いや、訂正しよう。胸や尻ついでに肉付きや体の動きを見ている・・・・・・ 筈だ。
「で? グレック。今日は何を買いに来た?」
「こいつ用に使い潰せる装備を1式、後は狩場の情報を」
「あい、分かった」
ジオ爺はぼろきれの内側から、古紙を束ねたメモを取り出し。サラサラと店名と値段。そして王都から日帰りできる狩場で、最近狙える得物を書き込んでいく。黒鉛の破片で、ここまで読みやすい字を、立ちっぱなしで書き込めるのは既に一種のスキルではある。
まぁそれ以上に、これだけの情報を常に集めてくれるのがジオ爺の価値なのだが。
「ほい、じゃあいつも通りに」
渡されたメモと引き換えに銀貨を5枚。王都でも切り詰めれば1日暮らせる金額だがそれだけの価値がこの情報には存在している。
「ああ、そういえば。お前パーティを追い出されたって話だがどうする? あの鼻持ちならん小僧っ子共に情報を売るのを止めとくか?」
「俺に気遣ってって事なら止めてくれ。あいつらがちゃんと値段通りに代金を支払う限り。ちゃんと礼儀を尽くす限り。しっかり情報は売ってやってくれ」
「お前さんがそれでいいならそうするがね」
半ば呆れた顔で、銀貨を受け取るジオ爺に。俺は半端な笑みを返した。何だかんだでこうして切られた後も、あいつらが不幸になって欲しいと思わない自分がいるのだ。当然、理由もなく幸せになれとも思っていないが。
要するにわざわざ足を引っ張る気はないが、助けを求められていないのに手を貸す気も無い。その程度の気分である。
「ああ、そういえば。追放冒険者と、婚約破棄令嬢が手を組んで一体何をする気かね?」
ジオ爺からの質問で気が付いた。どうやら俺も彼女と同じく、街頭の吟遊詩人に謳われているらしい。追放冒険者とは一周まわって笑い出したくなる呼ばれ方だ。
「うむ、妾にはやらねばならん事があってな――」
彼女は赤いチョッキを押し上げる胸を張り、大仰に言い放つ。
「ドラゴンを1匹、狩らねばならんのだ」