悪意
いつだって冒険者が気にしなければならないのは、予想外の事態への対処だ。目標が見つからない。モンスターが群れている。そしてよくあるパターンの一つに――
「どうしたグレック、俺がこの場に居るのがそんなに以外か?」
同じ冒険者の横やりが存在している。
猫耳獣人盗賊のチャコ、エルフの女剣士レイナ、そしてプレートメイルを纏ったヒューマンの剣士の男アッシュ。かつて黒衣の魔女と共に同じパーティに所属していた3人。彼らがコーディ伯爵邸の屋上に現れた時に、俺が感じたのはある種の納得であった。
「そりゃな、魔女があんな風に抜ければ。暫くは動けないと思ってたからな」
俺は弓を手放さずに3人を警戒する。余り上品な行動ではないが、今中庭ではアリア達がドラゴンと戦っているのだから。援護出来る状況は維持しなければならないのだ。
「ああ、だがスポンサーが付いたからな。ごり押しなら金の力でどうにでもなる」
「成程ね、大体予想は出来る」
俺とアリアを邪魔したい金持ち、そこまで絞り込めれば結論は出たも同じ。
「そう、俺は第三王子アンドレイから依頼を受けた!」
アッシュが王都で美青年と謳われる顔を歪めて吠えた。そこから溢れ出る黒い感情に対して、俺が感じたのは悲しさだった。決して俺はアッシュの事が嫌いではなかった。
俺が失ったギラギラとした情熱は、確かに熱く、手を貸してやりたいと思える程度には尊かった筈なのに。多分俺もアッシュも、何かを間違えて。だから俺はパーティから追い出されたのだろう。
「一応聞いておくが、依頼内容は?」
「お前達の竜殺しを阻止しろ。だそうだ、手段を問わないと言質も取った」
ククク、とアッシュが笑みを浮べる。何かが吹っ切れた人間が浮かべる妙に澄み切った顔で。
「そいつは随分な依頼だな、冒険者としての誇りは無いのか?」
俺もアッシュと同じ笑みを浮べる。ここまで来ればバカバカしくてもう笑うしかない。
「はっ! 俺の下について数年間半端にリーダー面してたお前はどうなんだ?」
「そいつを言われちゃ、何も言い返せねぇ」
ギリリと弓を引き絞る。もうここまで来れば止める方が野暮だ。レイナとチャコも完全に臨戦態勢。いつでも声をかければ戦いを始められる、俺の弓と共に空気がギリギリと引き絞られていく。
「ああ! お前達に竜殺しの称号は渡さない! あの竜を倒すのは俺達だ!」
「はっ! 元パーティメンバーのよしみで後ろから撃たねぇでやるよ勝手にしな!」
獰猛な笑みを浮べてアッシュは俺に背を向けて、中庭に飛び降りる。ああ、どこまでも生意気なガキだが、妙に筋を通す辺りが嫌いになれない。俺を追い出す時だってクソ真面目に契約書を一日中付き合わせて目を通し、しっかり退職金まで出してくれたのだ。
「本当に、お前もアッシュも馬鹿だな」
「そうニャ、もっと仲良くするニャ」
「煩いぞお前ら。リーダー様が突っ込んだんだからお前らも突っ込め。元パーティのよしみで死なない程度に援護してやる」
それでは頼むとエルフの女剣士が、ニャニャニャと笑いながら猫耳の盗賊が、それぞれ俺が矢を放ったタイミングで跳び込んでいく。
(本当に、アッシュも、レイナも、チャコも素直じゃない)
(はっ、どうせこの場所をあいつらに教えたのはお前だろ?)
伝心の魔法で話しかけて来た魔女に皮肉を返せば。
(伝えるなとは言われてなかったから)
なんていけしゃあしゃあと応えて来る。ああそうだ、俺達に足りなかったのはこんな風な冒険だ。利益を上げ、階級を高めようとセコセコやっていたからどうにもならなくなった訳で。
俺はこの冒険を持ってきたアリアに対し、小さな声でありがとうと呟いて。今手元に残った最後の一矢を、祝砲とばかりにドラゴンに対して撃ち放つ。アッシュ達の参戦で、一気にこちらに傾いたバランスを一気に傾ける為に。




