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決戦



 屋敷の中庭に巣食うドラゴンに対して、先陣を切ったのはアリアであった。魔女によって強化された肉体による上段振り下ろし。音に迫り、文字通り疾風そのものと化したアリアの一撃を、しかしドラゴンは飛んで避ける。


 まるまると肥え太った胴体と比べると、貧弱に見える手足だが。その力は想像を絶する。300バーレル、馬70匹に迫る重さの体が翼も魔力も使わずに宙を舞う。



(――まずは、布石っ!)



 そしてそれに合わせて、コーディ伯爵とその配下が襲い掛かる。ドラゴンは頭が良い。それこそワイバーンとは比べ物にならない程。それこそここまで巨大であれば知恵が回る冒険者程度には状況を読むだろう。


 つまり、牽制と本命の攻撃程度は理解している。更に羽ばたいて、屋根の上まで飛翔した。そう丁度、透明化と無音の魔法で隠れている俺と同じ高さまで。


 そして俺は相手の認識外からティバンドの矢じりを番えて放つ。


 空を裂き、力を纏った矢じりがドラゴンの鱗を―― 貫くことなく屋敷の外に飛んでいく。ギリギリの所で竜は俺の奇襲を察知して、再び中庭に飛び降りたのだ。



「最上ではないが、上々だな」



 そうドラゴンは頭が良い。この1発で、空を飛べば致命的な一矢が飛んでくると理解出来る程度には。


 ワイバーンの時と同じ様に、翼を撃ち抜ければ一番だったが。それほど俺は自分の実力も、そして幸運も信じていない。ドラゴンとは規格外のモンスターである。それこそ飛竜と同じ様に出会い頭に殺せる道理は存在しないのだ。



「さてと、後はチクチクと嫌がらせに徹するか」



 あと数刻は、無音と透明化の魔法は続く。その間に出来ることがどれだけあるか。俺の筋力ではティバンドの矢じりを使わねば竜に致命傷は与えられない。けれど出来ることは幾らでもある。


 竜は強力なモンスターだが、それでも無敵でも、絶対でもないのだから。





 意外な程冷静に、妾は竜と戦えている。たとえ貴族ではあっても、かつて魔王と戦った英雄達の末裔であろうと。300バーレルの巨体に潰されれば間違いなく絶命する。そしてその巨体がワイバーンと同じ速度で動くのだ。


 たとえ貴族の屋敷の中庭という限定された空間であっても、いやだからこそ下手な動きはすぐに死につながる。


 しかし既に10分以上、ドラゴンと正面から戦いながら。一度たりとも妾は死の危険を感じてはいない。



 こちらの息が途切れる前に、妾やコーディ伯爵の強化魔法が切れる前に、グレックの放つ矢がドラゴンの気を引く。ただの鉄の矢じりの中に、魔剣の破片から作ったものを織り交ぜて致命には至らずとも、決して無視は出来ない牽制を続けていくのだ。



「成程、これが竜殺し、辺境の英雄か!」



 コーディ伯爵がドラゴンに切りつける。妾程の才はなくとも、彼もまた貴族であり。その身体能力は充分に竜の鱗を貫くに足る。精々切り傷程度だが、彼の放った斬撃はそれなりの手傷を竜に与えている。



「ったく! こんなことなら、最初から依頼しときゃ良かった! 幾らだったんだ?」



 ダン=クーガーもコーディ伯爵に続いて剣を振るう。恐らくは先祖に貴族がいるか、もしくは純粋な体格であろうか? どちらにせよ、彼の攻撃もグレックの放つ矢と同じ位には効果を上げている。



「さぁ、幾らだったか。大粒の宝石を幾つかと、そして冒険といった所か?」


「アリア殿が大粒と言われる宝石ならば、うちが出せば傾く程か。けれどそれでもこの実力を見れば安いどころではない」



 そんな軽口を叩ける程度には、攻防はパターン化し、油断が生まれていた。そうドラゴンがしびれを切らして大ぶりの攻撃を仕掛けて来る程には。身をひるがえし妾達を一度に倒そうと尻尾で中庭全体を薙ぎ払う。こちらの予定通りに。


 ドラゴンが吼えた。その眼球を矢で撃ち抜かれ、辛うじて脳漿には届いては居ないだろう。屋上のグレックが放ったティバンドの矢じりが直撃したのである。



「よし! 攻めるぞコーディ伯爵!」


「無論、我々の怒りを叩き込んでみせる!」


「ああ、折角ここまでやれたんだ。勝ってやろうじゃねぇか!」



 ダンは赤き片手剣を、コーディ伯爵は聖銀のレイピアを、そして妾は金の拵えで飾られた両手剣を構えて、地に落ちたドラゴンに切りかかる。


 ドラゴンの声は今だ猛り、けれども妾達の戦意も衰えることなく。戦いは佳境へと突き進む。

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