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旅立ち



「おお! これが王都かぁ!」



 アリアが丘の下に広がる王都を見下ろして。その瞳と声をキラキラと輝かせながらこちらに振り返る。改めてジオ爺に頼んで揃えたマントとズボンと、そしてシャツの上から革の胸当てを装備した姿は、令嬢というより既に一端の冒険者であった。



「ああ、そういえばバーナード辺境伯の領地から、王都に来たなら逆方向か」


「向こうは向こうで、いきなり城壁が飛び込んで来て面白い」



 魔女は殆どいつも通りの三角帽とローブのセット。ただし必要な荷物を運ぶため、手提げ鞄を持っている。アレでちょっとした家が丸ごとしまえるのだから羨ましい。俺のようにリュックサックや背負い袋を複数用意する必要がないのだから。


 まぁ一度アレで荷物を運んでもらった事はあるが、整理が下手な彼女に荷物を任せるとどうなるのか。二度は体験したくはない。全盛期より衰えはあるが、まだまだこの程度の荷物なら背負っていける。



「うむ! 幾重にも重ねられた城壁と、その中に広がる街並み! 10万に迫る人間が集まった街はアレクサンドラ大陸広しといえどもこの街だけよ!」



 その微笑ましい姿に、20年ほど前。まだ俺がアリアよりも若かった頃に、この街に辿り着いた時のことを思い出した。今の彼女と比べればもっと飢えていて、ずっと追い詰められていて。


 けれども、この丘から王都を見た瞬間。ああ俺の人生もここでならやり直せると思えたのだ。実際そのあと、何をやったのかは対して覚えていない。



 オーガと殴り合って、ギリギリの所で勝ったこととか。ちょっとした内戦を馬に乗って駆け抜け手紙を届けたこととか。まぁダンジョンの奥深くに潜って命からがら逃げだしたりとか。色々なことがあった。


 あとエルフの姫君を助けたり、その妹がパーティに押し入って来たりと傍から見るとちょっとした喜劇のネタにはなるらしく、街の吟遊詩人に謳われる事も多い。


 聞いてるこちらとしてはこっぱずかしいのだが、多分俺らがドラゴンを倒して凱旋する頃には俺とアリアが吟遊詩人達の中で、恋人扱いされていてもおかしくないだろう。


 可愛らしいとは思うが、流石に父娘ほど年が離れた相手に手を出す甲斐性はない。


 精々彼女に告白するのなら、俺を倒していけと父親面っぽい事はしたいと思う程度だ。それも彼女が本気で惚れた相手なら、わざとやられてハクをつけてやる位のことはする。



「グレック、何か複雑なかおしてる?」


「いや、俺も年を取ったなって。アリアみたいに若い子を見るとな?」


「・・・・・・ねぇ、気づいてないフリしてる?」



 黒衣の魔女が、ぐいっと顔を近づけて来る。血色は良くないが間違いなく彼女も美人で、右目につけたモノクルの下にある黒い目が、ずいと俺の瞳を覗き込む。



「まぁ、年頃の娘がかかる流行病みたいなもんだ。それなりに付き合い方は分かってる。精々後に残らないようどうにかするさ」


「ふーん、まぁいいのだけれど」



 微かに不機嫌さを感じさせる声色を残して、魔女は今だに街を見てはしゃいでいるアリアの方に歩いていく。全くあの意味ありげな言葉は一体何なのだろうか?


 生まれながらの魔女が、それこそ100年前から冒険者ギルドに登録されている彼女が。まさか俺に恋などするまい、どうせからかっているだけだと、きゃっきゃと戯れるアリアと魔女に、そろそろ行くぞと声をかけるのであった。

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