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斜陽



「おう、テメェは負け犬アッシュじゃねぇか!パーティから追い出したグレックの旦那は随分派手にやってるらしいぜ? この前は飛竜を倒したってよ?」


「……うるさい、黙れ」



 ここしばらく、この手の輩が吐いて捨てる程湧いて出ている。グレックとの契約を打ち切り、ようやく俺のパーティが手に入ると思えば、クエストが上手く回らず。醜態をさらす日々が続いて、うちのパーティの評判はどんどん下がっていく。


 前までならわざわざ冒険者ギルドの受付で、バカにする為だけに声をかけられることは無かった。周囲の連中も眉をひそめてはいるが、こちらに助け船を出そうともしない。



「ああ、そういやぁ。魔女もお前を見限ったってなぁ?」



 グレックの事までなら無視するつもりだった。けれどその一言はどうしても聞き逃せない。くるりと反転し、無拍子で踏み込み、がっと汚らしいD級冒険者の胸倉を掴んで釣り上げた。


 確かに今の俺は惨めだ。けれどだからといって万年D級のこいつらと同じか、それ以下まで弱くなった訳でもない。



「が…… ぐぅ!?」


「あぁ? どうした? もう一度言ってくれ。聞き取れなかった」



 そのままギリギリと喉を締め上げる。ギルド内での私闘は禁止されているが、そんな事は構うことはない。俺を助けてくれると思っていた彼女が、気づけばいなくなって。今ではグレックの傍にいる。その屈辱を飲み込めるほど俺は年をくってはいない。


 グレックのように、俺みたいな年下のホープの下について。したり顔で説教を垂れる程恥知らずでもない。あぁ俺の方がずっとアイツよりも強い筈なのに。どいつもこいつも何故俺を認めようと――



「そこまでだ、アッシュ」



 ギュッと右腕が抑えられ、振り向けばそこにはレイナ=ソーラスの顔があった。俺とほぼ同じ身長に、均整の取れた体。美男子のオーラを纏っているが、ボディプレートの下から自己主張する豊満なバストが女性である事を如実に語っている。



「やり過ぎだ」


「ちっ。分かってる!」



 ポイとD級の屑を放り投げる。周囲から注がれる視線は先ほどまでと意味合いが変わっている。憐れむ相手から、どうしようもない人間を見る目に。それはそうだ剣を抜かずとも、たとえ挑発を受けたとしても。先に俺の方が手を出したのだ。


 これまで積み重ねて来た信頼が崩れ落ちていくのを感じた。あと一歩でA級に届く筈だった俺の未来も崩れて、恐らく一気にギルドからの評価も下がってしまうに違いない。



 それが恐ろしくて、俺はレイナを置き去りに、足早にその場から立ち去った。



 彼女が俺の名を呼んだ気がするが、振り返ることはない。冒険者ギルドを出た瞬間。走って、走って、走って。とにかく走って人のいない場所を目指す。どうしようもなく惨めな俺を、誰にも見られたくなかった。


 どれだけの時間、走ったのだろうか? 気づけば俺は高級住宅街の裏路地に辿り着いていた。既に日は西に傾いて、繁華街のざわめきが微かに空気を揺らしている。



「グレック=アーガイン……! 貴様がっ! 貴様がぁ!」



 ドン! と壁を殴りつけ。そのまま顔を伏せて涙をこらえて怒気を吐き出す。あれは英雄で、超えるべき相手で、なのに全うに戦う機会もないままに一方的に負け続け――


 どうしようもない感情、憧れと憎しみが混じり合った訳の分からない気持ちがただ胸の奥に広がっていく。



「……お前、グレック=アーガインの関係者か?」



 はっと俺は顔を上げる。そこには一人の男が立っていた。身なりは貴族も住む高級住宅街とはいえ、余りにも整っている。それこそ艶やかな布地を鮮やかな染料で染め上げた服は、本物の貴族でなければ纏うことは許されない。



「うるさい、消えろ」



 だが相手がどれほどの貴人であろうが関係ない。俺はギロリとその貴族を睨みつける。けれど空気が読めないのか、それとも余程豪胆なのかその男は逃げる素振りを見せない。



「ああ! そうか! 貴様はアレだな! グレック=アーガインを追放した!」


「黙れっ! 消えろと言っている!」


「恨んでいるのだろう!」



 俺の叫びに被せて、その貴族は言葉を続ける。



「ああ、アイツさえいなければと! 恨んでいるのだろう! その気持ちは理解出来る!」


「はっ! 口ではなんとでも言えるだろうさ!」


「いや、この世界で俺だけはお前の気持ちを理解出来る!」



 そうしてその男はニヤリと、俺と同じ憎しみを讃えた顔で微笑んで。



「俺の名はアンドレイ=フォン=クロムハート。ああグレック=アーガインの新たなる相棒となった婚約破棄令嬢の元婚約者と言えば伝わるか?」



 すっと俺に向かって手を伸ばす。それは間違いなく破滅に向かう道だと分かっていたが。どうしてもそれを振り払う事が出来ずに、俺はその手を握り返した。どうしようもないグレックへの憎しみを抱えたままに。

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