恋心
ワイバーンの首と共に帰還した妾達を待っていたのは。村人たちの驚きと、歓喜の声であった。
感涙し抱き合う父娘。天に向かって叫ぶ若人。ようやく自由になれたと安心の声を零す老人。百人に満たぬ山間の村にただ安堵と、喜びの声だけが広がり。やがてそれは宴に変わる。
王都と比べれば、辺境と言わないまでも。辺鄙な山村の村で出される料理などたがが知れている。塩気も弱い、香辛料も足りない。祭りの為にばらされた牛もやせ衰えて筋張っている。
けれども、アリア=フォン=バーナードにとって。振る舞われたスープは、雑に切り取られた肉は、夜空の下でグレックと、魔女殿と、そして妾が救った村人たちと共に囲んだ夕食の味は。これまで食べたどんな食事よりも美味かった。
生まれて初めてこの手でつかんだ勝利の味。当たり前をこなした結果、日常を回すのでもなく、ただ当然と当たり前の結果として掴むのでもなく。
無論、グレック=アーガインが立てた策と人脈があってこそのものではあるのだが。
けれど彼は、村長が振る舞ってくれた酒を飲みながら呟いたのだ。俺一人ではこれをやろうとすら思わなかったと。
それが耳に届いた時、心臓がドクンと跳ねた。安酒を飲んだせいかと思うが、それにしては思考は澄んだまま。確かにグレック=アーガインは伝説の冒険者である。王都どころかこの国の吟遊詩人が謳う英雄譚の半分に、彼が関わる程の英雄で。
その勇名は辺境伯の娘であった妾の耳にすら届くほど。
こうして村人たちと笑いながら酒を飲む横顔を見れば、渋みのある良い顔をしている。やや強面ではあるが、よく笑うからか女子供でも気楽に接する事が出来る。そんな親しみやすさも持っている。
こうしてみると、改めて妾は。寝物語でその活躍を耳にした英雄と共に戦った事実に対し胸が高鳴っているのかもしれない。オーガとの一騎打ちに勝利し、エルフの姫君をモンスターから助け出し、シキガハルの戦いを単騎で駆け抜け和平交渉を成立させた。
それは間違いなく事実だと、共に戦って理解する。
兎に角彼は視野が広く、手札を万全な状態で整え、他人が出来る指示を出す。竜鱗を切り裂ける腕力よりも、千里を駆け抜ける脚力よりも。それは余程英雄として大切な資質であって。妾に欠けているもので。
ああだから、この胸の高鳴りは多分。そんな英雄と共に正しいと思える難事に挑めると。妾もその伝説の一つになるのだという武者震いなのだろう。そしてその気持ちが強く大きいからこそ、広がったそれが妾の乙女を震わせるのだ。
そもそもおてんばで、既に姫とは呼ばれぬ身であれど。その程度のいじらしさは片隅に残っているのだから。




