02.誕生日プレゼント
「はぁー、怒られた……」
おれは肩を落として席についた。
美玲に褒められようと自主的に片づけをしたのが裏目に出てしまった。
「お疲れ。女王さま、ご機嫌ななめだった?」
万智がそう言って茶化す。
女王さまっていうのは、美玲のあだ名だ。
本人は知らないだろうけど、誰の派閥にもつかない孤高の女王として、憧れている人もたくさんいる。
男子の中でも噂になることがあるけど、あの冷たい表情の彼女に近づこうという勇者はいない。
「女王さまってゆーな。っていうか、さっきの続きだけど……」
「誕生日にもらって嬉しいもの、ねえ……。私はアクセサリーとかカバンとか? あと自分で買わない程度に高い美容品」
「美容品か……」
「つっても功ちゃんブランドわかんないっしょ」
たしかに、ブランドもわからないけど、何よりも美玲が興味あるのかどうかわからない。
「だったら、ここはデートじゃない? 遊園地とか、水族館とか! お金がないならウィンドウショッピングでもいいと思うけど、これは人によるかも」
「うーん、誘って断られたら立ち直れなさそう……」
「なんで弱気なんだ」
「いや、だって今朝も断られてるし……」
脳内で今朝の美玲を思い出す。
バスケの試合を見に来てと頼んだ時の冷たい目を覚えている。
やだ、と即答された時は心臓が破裂しそうなほどショックだった。
「だいたいさ、彼女の好みも把握してないってどうなのよ」
「か、彼女!?」
「……へ? 違うの?」
「ち、違う! まだそういう関係じゃないっていうか!」
顔が火照って、湯気が出そうになった。
美玲を彼女だなんて、なんてだいそれたことを言うんだ。
万智はにやにやとしながらこっちを見ている。
からかうためにわざとやっているんだ。
からかわれてなるものか。
「コホン、とにかく、デートが今のところ一番有力なんだな?」
「うん」
「わかった。じゃあ、その方向で考えてみる」
「……あ、動物園はやめとけよ?」
「え? なんで?」
「くさいから」
なるほど、とおれは納得した。
「万智は何でも知ってるな」
「功ちゃんが知らなすぎるだけだよ」
万智の言うことはもっともだ。
おれは自分で言うのも何だけど、モテるわりに女子のことはよくわからない。
万智に聞かないと、美玲とどう接したらいいかわからないくらいだ。
いや、聞いてもどう接したらいいかわからないけど。
まあ、美玲は昔からあの調子だ。
他の女子とは一線を引いていると言うか、特別な感じがする。
美玲のことは初めて知り合った小学一年生のころからずっと好きだ。
強くて、芯が通っていて、冷静で。
おれとは正反対の人間だと思う。
そういえば、一度だけ、普段無表情な彼女の満面の笑みを見たことがある。
あれは、たしかケーキを食べているときだ。
彼女はああいう性格をしているけど、甘い物が好きだ。
「――――ああ! いいこと思いついた!」
「なに? いいプレゼント思いついた?」
「おいしいケーキ食べられるとこ知らない? 喫茶店みたいなところで」
「……あー、なる。それなら任せて。もう授業始まるからあとでおすすめの店調べとくから」
「ありがとう。ほんとうに助かる」
やがて授業が始まり、昼休みに入ると、万智からふたつのおすすめの喫茶店が送られてきた。
「こっちが、駅前の商店街にあるお店ね。外見は古い雰囲気だけど、中は去年改装したばっかりで綺麗だよ。紅茶とパンケーキのセットが人気だった」
「紅茶か。たしか、美玲は紅茶が好きだった。アールなんとかってアルファベットみたいな名前のやつ」
「アールグレイ?」
「たぶん」
紅茶のおいしいお店なら、喜んでもらえるだろうか。
「もう一個が、国際通り沿いにある新しいカフェ。私はこっちが好き。若者向けのメニューになってて、色んな種類のケーキがあるよ。イチゴのショートケーキがおすすめ」
「イチゴも好きだったような……」
「イチゴが嫌いな女の子なんていないからね」
「そうなんだ」
でも、たぶんだけど、美玲は落ち着いた場所の方が好きだ。
だとすると、駅前にした方がいいだろう。
「プレゼントは決まった?」
「やっぱり、アクセサリーがいいかなって思う。腕につけるやつか、足につけるやつ」
「けっこう値段するよ?」
「うっ……」
あまり自分の買い物をしていないから、今年の一月にもらったお年玉はまだ残っている。
喫茶店の食事代を引いて、これで買えるものを選ぼう。
「あのさ、選ぶの手伝ってくれないか?」
「ええー……」
万智はあからさまに面倒くさそうな顔をした。
「いや、だってマジで全然わからないんだよ。あげるからには喜ばれたいし……」
「ダサいのだっていいじゃん」
「ダサいって言うな」
「それにブランドって言ったけど、ブランドの商品って高いからね。値段を抑えて買おうと思えばフリマとかになるけど、誕生日プレゼントで中古は無し。まあ、女王さまも中学生男子に値段の張るものねだったりしないだろうから、雑貨屋でも行っていい感じのやつ見てみなよ」
「わかった。そうするよ」
「ちなみに、予算いくらくらい?」
「一万円は、確保できると思う」
「ふんふん。充分でしょ」
満足気に万智は言った。