01.幼馴染
あと何日かすれば夏休みに入ろうという夏の暑い日。
残りの日数を消化するように、私たちは無気力に学校に通う。
「いってきます」
玄関の扉を開けた途端入り込む熱気に顔をしかめながら、私は外へ出た。
私、碓氷美玲はごく普通の中学二年生の女子だ。
いや、普通ではない部分がひとつだけある。
「おっ、やっと出て来たな」
家の前で、爽やかな男子が待ちくたびれたように言う。
彼は岩久保功一。
となりの家に住んでいる幼馴染の男の子だ。
彼の存在が、私を普通の日陰者ではいられなくしている。
「……待たなくていいのに」
私が言うと、彼は笑った。
「昔、置いていったら泣いたの覚えてるぞ」
「いつの話だよ」
「ははは、また泣かれたら嫌だからな」
「泣かないし」
功一はまた、軽快に笑う。
バスケ部に入っており、一年のときからレギュラーで活躍している彼は、すらっと背が高く、手もごつごつとして大きい。
そして、かなりモテる。
でも、誰に告白されても付き合う気がないようで、女泣かせだなんて言われている。
「そうだ美玲、今週の日曜日バスケの試合あるんだけど、見に来ない?」
「行かない」
暑いし面倒くさいとは言わないでおいた。
「そりゃ残念」
「もっと行きたそうな人を誘ってあげなよ」
「行きたそうなやつは誘わなくても勝手に来るだろ。それに――――」
功一はおそらく本人が最も気に入っているであろうキメ顔をして、私に言う。
「お前に来て欲しいんだ」
「やだ」
「傷ついた」
「ファンの人に癒してもらえば?」
「俺は癒しを与える側だ……」
なんでアイドルみたいなこと言ってるんだこいつ。
張り倒してやろうか。
っていうか、適当に言ったのに、ファンがいるのか。
心底どうでもいい会話をしていると、あっという間に学校へ着いた。
功一とはクラスが違うため、今日はもう会うこともないだろう。
二年B組の教室に入り、私は自分の席について、読みかけの本を取り出す。
ちなみに私はあまり明るい方ではなく、腐ってもクラスカーストの上位ではない。
だけど、いじめの標的になっているわけでもない。
おそらく、誰も愉快にはしていないけど、誰も不快にもしていないんじゃないか。
どちらにしても触れないでいてもらえるのはありがたい。
静かに本を読んでいると、じきに朝のホームルームが始まった。
いつも通りの挨拶をして、いつも通りの点呼をとる。
フィクションの世界だと代返なんてもので欠席をごまかしたりするが、あれは現実的には可能なのだろうか。
正面から見れば座席は虫食い穴のようになってるだろうし、ひと目でわかりそうなもの――――
「おーい、碓氷。いないのかー?」
「え、あ、はい。います」
「ぼーっとするなよー」
考え事に夢中になって自分の番に気がつかなかった。
ホームルームが終わり、それぞれ授業の準備を始める。
私もカバンから教科書とノートを取り出して机の端に置く。
と、そこで気がついたが、ノートには岩久保功一の名前が輝いていた。
(昨日一緒に宿題をやっていたから、入れ違えたんだ……)
と思ったら、自分のノートも入っている。
あいつは何を持って帰ったんだ?
まだ授業が始まるまで時間がある。
となりのクラスに返しに行ってやろう。
私はA組を訪れると、入り口にいた男子に話しかけた。
「あの、ちょっといい?」
「あ、功一の嫁。あいつ呼んでやろうか?」
「嫁じゃないから」
訂正も聞かず、彼は功一を呼ぶ。
功一は窓際でクラスの女子と話していた。
あの子はたしか、円野万智という名前だったはず。
功一と仲がいいらしい、快活な女の子だ。
私とは恐らく正反対の性格をした人間だろう。
「おう、珍しい。どうした?」
「ノート。昨日私のカバンに入れた?」
「忘れたのかと思ったけど、そっちに入ってたのか」
「片づけする時はちゃんと入れるカバンを見て入れてね。面倒くさいから」
「すまん、ありがとな!」
きらきらとした笑顔で功一が言う。
こいつ、反省しているんだろうか。
「じゃ、帰るから」
「おう、またな」
私はさっさと話を打ち切って教室へと帰った。