第三話 旅立ち
俺はユリナに家まで案内され付いて行くと立派な建物が見えてきた。遠くから見ても分かるぐらい高さがある。どうやらあれがユリナの家らしいのだが如何にも貴族とかが住みそうな家で、あまりのでかさに少しばかし驚いてしまう。中に入ればそれまた広い、広い。ユリナに誘導されながらも奥へと進む。さっきから一言も喋らず合図だけしか送って来ないのが不思議でならない。
それはそうとユリナってお嬢様かお姫様か?いや、お姫様は言い過ぎかも知れん。こんな広いとこに住んでいて飽きないのだろうか。それ以前に部屋が沢山有りすぎて迷いそうだ。そんな事を考えていると何かの足音が聞こえて来た。
「ブゥー!」
「わっ!さ、サンド?」
うっわ、出た。起きた瞬間にいきなり噛みついてきた黄金の豚が。てかこの豚喰えるのだろうか?普通の豚ではなさそうだが...。
じーっと豚を見ているとユリナに抱っこされたまま俺に小さく威嚇をして来たのだ。ご主人様に近付くなと言われてるように聞こえた。やっぱり豚汁にして喰っちまおうか。食べれるかは知らんが。
「あら、ユリナ帰ってたのね」
「お母様、ただいま!」
この人がユリナのお母さんらしい。美人で雰囲気もユリナにそっくりだ。あ、やばい...緊張する。
硬直したまま俺が挨拶をするとその人は笑いながら軽くお辞儀をしてくれた。
「ユリナの母のミールです。娘を送って頂きありがとうございます」
「あ、いえ!俺は彼女に連れて来られただけでし・・・・・・っ!」
あ、思いっきり噛んでしまったわ。恥ずかしい、死にたい。だけど俺は死ねないんだった・・・・・・。神様はどう言うつもりで俺を死ねなくしたんだろう。本当に死ねないのか試してないから信用しにくいけど。
「ふふ。でも丁度良かったわ!」
「え?」
ユリナの母は両手をパンってしたかと思えば手でちょいちょいと合図を出した。言われるがままに付いて行くと色々な種類の衣装や帽子、靴などがずらーっと綺麗に並べられている部屋まで連れて来られた。
「ユリナ、彼に衣装を選んであげて」
「私が選ぶの!?」
「そうよ。貴方は衣装選びが上手でしょ?貴方なら彼に相応しい衣装を選んであげられる筈だから」
今の状況が全く掴めない。いきなり連れて来られた途端衣装選び?俺は今のこの格好が気に入ってるんだけどその事を二人に伝えるが聞こえていないようだ。仕方ないから近くにあった椅子に座る。豚の奴も暇なのか俺が座ると近くまで来てそのまま眠った。
少しぐらい仮眠しても良いだろうか。その時だった。
「陸人君!」
彼女から名前を呼ばれ慌てて立つ。手には男性用の服を持っていた。
「も、もう終わったのか?」
「うん!これなんだけど、どうかな・・・・・・?」
「何かゲームとかに出てくる剣士みたいな衣装だな」
「魔法剣士の衣装よ!」
魔法剣士ねぇ・・・・・・。魔法剣士?
ユリナに手を引かれ試着ルームへと案内される。取り合えず着替えてみたら意外と似合っていて自分でも驚いてしまった。
青い衣装は俺は好きだ。理由は単純で海の色に似ているのが理由だ。後落ち着くから。鏡の前でポーズを取りたいとこだが今は止めとこう。
着替えが終わり試着ルームからまた別の部屋へと案内される。次の部屋は何もないと言えば嘘になるが、長机が1台と椅子が何個か置かれてるぐらいだ。それ以外何もない。奥の方に目をやると誰かが座ってるのが見えた。
「やっと帰って来たか」
「お父様、ただいま・・・・・・。」
この人がユリナの父親か。その人は手を組んだまま此方に目をやった。さっきまでとは違う空気が流れる。気まずそうなこの空気は一体何なのか俺には分からない。するとユリナの父親が俺に気付きユリナに問い掛けた。
「・・・・・・其方は誰かね?」
「えっと、此方は別・・・・・・森で倒れていたので連れて来ました」
「何処の誰かも分からない男をか?」
「はい・・・・・・。ですがお父様、この方は悪い方には見えません。それに困っていたので・・・・・・」
「言い訳は聞かんよ」
ユリナは目を父親に合わせようとはせず下に向いたまま黙り込んでしまった。そりゃあそうだ。あの父親の目を見れば殺気さえ感じ取ってしまうから。俺からも何か言いたいけど他人が口出しをするのはおかしな話だ。だけどこのままの空気だと俺が困る。面倒くさい事は避けたいんだがこの際、仕方のない事だ。
「おい、あんた」
「ちょっと陸人君!?一応お父様はこの国の王様よ?そんな口調で話したら・・・・・・」
俺の態度に驚いたのかユリナが止めに入って来た。豚の奴もユリナの母親も驚いてるようだ。しかし俺は止めない。
「王様だかお偉いさんだか知らないけど、確かにあんたからしたら俺は部外者だ!だけどこっちの話もちゃんと聞けよ!」
あぁ・・・・・・。やってしまった。王様に対してこの口調は非常にマズイ。言ってしまってから後悔しても遅いんだが後には引けない。
「・・・・・・君はユリナとどう言う関係なのかね?」
「俺は・・・・・・ユリナの仲間だ!(多分)」
変な汗が額から流れる。勢い任せで言ってしまったからこの後の言葉を考えていない。本当に仲間なのかは知らないがユリナは俺をパーティメンバーに入れてくれた。こんな見ず知らずの奴を受け入れるなんて変わった女だと俺は思う。
「仲間だと?ユリナ、これはどう言う事かね?お前には私が決めた仲間が居るじゃないか」
俺に向けてた視線をユリナに移し問い掛けた。するとユリナは軽くお辞儀をし、眼の色が変わる。
「ごめんなさい。でも私決めたの!もう一人のパーティメンバーは陸人君よ。陸人君は私から誘ったし他のメンバーの人達も許可してくれたわ」
「・・・・・・ユリナよ。彼は知ってるのかね?」
「お父様、もう遅いので彼を一晩この王宮に泊めさせてください」
父親の言葉を無視し、ユリナは話を続ける。
こんな訳の分からない世界に飛ばされて新しい人生を手に入れても、楽しみがなければ何の意味もない。俺の唯一の楽しみは釣りとゲームだけだ。まぁこの世界はゲームに少し似ているのだが。魔法剣士とか精霊使いとかまるでファンタジーRPGのゲームだ。まぁこれで魔法とか使えるならもっと楽しみが増えるのだけど。そんな事を想像してたら顔がニヤけてくる。
「良かろう。ユリナがそこまで頼むのは彼に興味があるからだろ?」
「なっ!」
ユリナの顔が真っ赤だ。どうしたのだろう。横目で彼女を見ると林檎のように真っ赤になっていた。
「えと、俺はどうしたら・・・・・・」
「今日のとこはここに泊まると良い。但し明日、ユリナと一緒にある場所へ向かい魔法剣士の証を手に入れて来たら考えてやっても良いが・・・・・・」
「まじっすか!王様のくせに素直じゃないな~!」
「り、陸人君・・・・・・」
ユリナが俺に何か訴えていたが意味が分からなかった。だがその意味も直ぐに分かり俺は冷や汗と同時に背筋が凍り付いたような違和感を覚える。
調子乗りすぎた事を今頃後悔しても遅い。相手は一応王様で俺は一般人。直ぐに察しが付く。普通、国のお偉いさんにタメ口で話すのは常識として良くない。
俺ってこんな性格だったか?現実世界に居た時の記憶があまりないから何とも言えないが。恐る恐る、王様を見ると少し頬が赤く染まっていた。
「ユリナよ、早く彼を寝床に連れていきなさい」
「(お父様はね、あぁ見えて実は素直じゃないのよ)」
「(苦手じゃなかったのか?)」
「(苦手?寧ろ大好きよ!確かに厳しいとこもあるけど私の為を想っての事だから)」
ユリナはクスッと小さく笑うと俺を寝床まで案内してくれた。さっきまでの表情とは全く違う。何だか楽しそうに見える。
「じゃあ、おやすみ!電気はターンオフって唱えたら消えるわよ」
「・・・・・・なぁ、俺さ、本当にユリナの仲間で良いのか?あの王様が言ってたよな」
"『お前には私が決めた人が居るじゃないか』"
あの時の王様の言葉がどうも気になってしょうがない。本当にこのままユリナの仲間でいて良いのだろうか。
そんな事を考えていると部屋の鍵を閉め、ゆっくりとこっちに近付いて来た。
「バカね。私は陸人君が良いの!だってヴィッセルの必殺技で立ち上がった者はいないのに陸人君はまともに受けた技で立ち上がったんだもの。陸人君なら魔法剣士の技を使いこなせる筈よ!」
「そうかな・・・・・・。俺さあっちの世界に居た時の記憶があまりないんだよ。だけどクラスで浮いてた存在だったし、友達と思ってた子からは嫌われるし」
そうだ。俺は皆から嫌われていたんだ。誰も俺を頼る人なんか最初から居なかった。居る訳がないんだ。ユリナだって今はそう言ってるがいつか裏切るに決まってる。人なんか信じちゃいけない。
拳に力が入る。その手を彼女はそっと優しく握ってくれた。
「その子は陸人君の事を嫌ってなんかいないよ」
「何でそんな事が分かんだよ!」
「それは・・・・・・」
「ごめん。俺、疲れてるのかもな」
「陸人君・・・・・・」
俺は布団を深く被り目を瞑る。寝ればきっと気持ちが落ち着くから。少しすると部屋のドアを開けて閉める音がした。きっとユリナが出て行ったのだろう。明日の朝ユリナに謝ろう。昨日はごめんって。
《ターンオフ!》
さっきユリナから教えて貰った魔法語を唱えると灯りが静かに消える。それと共に俺は眠りに付いた。
* * * * *
次の日、俺はユリナに謝った。すぐに許してくれたから良かった。
王宮から出る前に王様のとこに行ったのだが、凄いイビキを掻いて寝ていたからミールさんに伝言だけ伝えてパーティメンバーの元へ向かったのだが...。
「おい、お前!俺は今物凄く機嫌が悪いんだ!早く目的地へ行くぞ!!」
「えっと・・・・・・」
顔をぽりぽり掻きながらチラッと他のメンバーを見た。
「ヴィッセルさん、昨日からずっと機嫌が悪いみたいなんですよ」
「まぁ仕方ないだろうな。ユリナ殿と一つ屋根の・・・・・・」
「パリス!!」
「めんご、めんご!」
まぁこうなるよな。俺は好きで女の家に寝泊まりした訳じゃないのだけど、それを言うとヴィッセルがまたキレちゃうから言わないけど。
「皆良い?今回は陸人君のクエストよ!皆、協力宜しくね」
「愈々(いよいよ)か。おい、お前!」
「(さっきから何なんだよ...。)何?」
「こっからは遊びじゃない。危なくなったら直ぐに逃げろ。良いな?」
「お、おう・・・・・・」
さっきまでイラついてた筈が、俺の肩を軽くぽんぽんと叩く。
「ヴィッセル殿はああ見えて仲間思いの良い奴だから絶対に仲間は見捨てねぇ!例えそれが新メンバーの奴でもな」
パリスはがっはっはとまた俺の苦手な大きな声で笑う。これで二回目だけど少しは慣れたかも知れない。クエストってどんな事をするのだろうか。宝探しか?それとも食材集めとかだろうか。
例えそれが危険なクエストだとしてもこのメンバーで頑張るだけだ。
それに危険を感じたら王宮を出る前にユリナから貰った光る神秘の石で逃げれば良いみたいだし。
何かゲームの世界に入ったような感覚で楽しい!やっぱり神は俺を見捨ててはなかったんだな。死にたい死にたい思ってた自分が恥ずかしいよ。この世界なら知ってる奴は居ないから自由な人生を送れそうな気がする。
この時の俺はこの世界の事をあまり知らなすぎたのだろう。絶望が来るその時まで・・・・・・。