序章 『なんか挟まってる』
「さぁ共に戦おう、闇を滅ぼす者として」
俺の目の前には、人間ではない何かが明確な敵意を向けて蠢いている。体が自然に動き、その何かのうちの一匹を倒す。
「やはり、私の見込み通りだ」
俺の隣で見知らぬ長身の男が、キザっぽくそう言いながら手を掲げる。
それに合わせ俺も手を掲げ、何らかの力を増幅させ敵に放つ。目の前の群れが白い光に包まれ――
「ん……夢か……」
目を開けるといつもの部屋、朝日が射し込んでいる。
「にしても……俺の夢って言うか妄想も大概だなぁ……」
先程見た妙にリアリティがある夢、確か明晰夢とかなんとかいったかな?を思いだし苦笑する。
「ってんなことしてないで準備しないと――」
大学へ行く準備をするため体を起こし、申し訳程度のストレッチをして部屋を見回すと、俺の目は一ヶ所に釘付けになる。本棚と壁の僅かな隙間に、何か……というか明らかに人間が挟まっている。
「……どうやらまだ夢を見ているみたいだな。流石に朝起きたら知らない人間が挟まってるなんてこと、どう考えてもありあえない。よし、もう一回寝よう」
状況を否定するように声を出すが、目をそこから逸らすことができない。
「目覚めたか!私としたことがお前をこちらの世界に召喚し終えたと思ったら、お前の力が強く逆に私がお前の世界へと引きずられてしまったようだ。とりあえず助けろ!」
俺が声を出した結果、こちらの存在に気づいたのか、その声は聞き覚えのある高慢さで俺に助けを求める。そう、聞き覚えのある、
「どうした?早くしろ早くしないと我が力でお前を滅するぞ!なぜなにも言わないのだ士よ!」
何やら先程の夢で会った奴に態度が似ている。しかし何故俺の名前を知っているんだろう。
「とりあえず聞きたいことが山のように有るんだが」
夢であるのならこのまま覚めて欲しいが、流石に寝直すわけにもいかないので声をかけてみる。
「何を悠長な事を言っている!早くここから出せ!いいのか?だしちゃうぞ波を」
なんだかめんどくさくなってきた。
「めんどくさいから俺もう行ってもいい?」
「え?ちょ?なにをいっているのだ!あ、いやごめんなさい調子に乗りました。あのあっちの世界との繋がりが無くなってきて徐々に痛いのだ。すいませんとりあえず出しくださいお願いします」
急に弱気になった声の主を、しょうがないので本棚を動かし引っ張り出す。本が多い俺にとってはまた面倒くさい作業だ。
「助かったぞ……礼を言うぞ士」
何やらファンタジーな衣装に身を包んだ少女が出てきた。てか何で挟まってたんだ。
「へいへい、で何がどうなってるんだデウス?」
あれ?今何かおかしかったような……えーっとなんだ、
「まずは士、お前の力の強さを私が見誤っていたようだ……それが今回の原因――」
違和感の正体に思考を巡らす俺を尻目に、銀髪ショートカットで控えめな身長と胸の女性、というよりも少女と形容するのが正しいその子はは何やら話し始める。てか初対面で呼び捨てって……というか名乗ったっけ俺?ん?名前?
「ちょっと待て、何でお前は俺の名前を知っていて、俺はお前の名前を知っているんだ?」
違和感の正体はそこだった、何故目の前の少女は俺の名前を知っていて、俺はこの子の名前を知っているんだ。
「ふむ、混乱しているようだな……世界を超えた影響で私の性別も変わっているようだし……」
「世界を超えた何を言って――」
容姿はガッチリ俺好みのファンタジー少女が言う、世界を超えた発言に思い当たるフシが1つだけあった。
「まさかあの妙にリアルな夢って……デウスお前元の世界ではキザな男だったりするか?ついでになんか得体のしれない物体と戦ってたりするか?」
本日見た妙にリアルな夢、その内容を何やらもぞもぞしているデウスに向かって復唱する。
「そうか……貴様は夢として知覚していたのか、なるほど面白い。お前の言うとおり昨日の決戦に共に挑んだ大賢者デウスだ。最も、おそらくはお前の力の影響でこのような姿でこちらに引き寄せられてしまったがな」
神妙な面持ちで淡々と事態を肯定していく。
「ちょっと待て、夢として知覚した?それに俺の力ってなんだ?」
朝からこんな電波というか白昼夢というか、なんとも不思議な事態に巻き込まれた状態で、とりあえず状況の整理に努める。
「そうだな、順を追って説明しよう。何か書くものはあるか?その方がお前も理解しやすいだろう」
相変わらずの上から目線であったが、状況を整理したいのは山々なので机の上に乱雑に置かれた紙とペンを渡す。その際デウスの姿を改めて見るが……やはり俺の好みドストライクだった。
「ほぅ、これがこちらの世界の筆記具か」
渡したボールペンを珍しそうに眺めるデウス。なんかちっちゃいのがたまらん。
「まず、私達の世界は簡単にいえば光と闇の戦いが続いている。私は言わずもがな光側の人間。それも大賢者という称号を持ったものだ」
渡したメモ用紙に概略を書き連ねていく、しかし何で言葉が通じるんだろう。
「そして我らは、異世界から強い力つ者を召喚し、共に戦うという方法を取っている。最もそれを夢として知覚してるということは士、お前に聞かされ始めて知ったがな。戦いが終われば召喚した者は元の世界に戻る。まぁ目覚めるといったほうがこの場合正しいのかもしれんが、基本的にはその場限りの関係となるというわけだ」
メモ用紙に更に相関図を書き連ねていく様子はまたなんともかわいい、じゃなくて、
「てか、力ってどういうことだ?俺は力も何もない一介の学生だぞ?」
平々凡々、成績も上の下とまぁ平均的な学生である自覚はある。
「私達の世界では魔力と呼ばれるものだ」
「魔力?そんな胡散臭いもんこの世界のどこにあるんだよ?」
急にオカルト方面に話がズレはじめた。いや、そういう話は嫌いではないが、
「魔力はどの世界にも存在する。ただ、その力を知覚し、使用するとなると話は別だ。私達の世界では魔力を知覚し、使役できる。恐らくこの世界ではその技術がない、もしくは別の何かに変換されているのであろう」
確かに話の筋は通っている、だがそれと俺が召喚された理由、デウスがこの世界にいる理由の説明にはならない。
「俺にそんな力がある自覚が全くないんだが」
「そうだな、これは推測での域を出ないんだが――」
デウスが俺に顔を寄せる。あ、いい臭いがする。
「士、お前夢をよく見るほうか?それと、想像力は豊かな方か?」
「え?まぁ夢はよく見るし、想像というか妄想はよくするけどそれが何か?」
「恐らくこの世界の魔力の根源はそこにある。そしてお前のその妄想の力とやらが強すぎた。その力が私の制御できる力を超えてしまい、私はこの世界に引き寄せられ、更にお前の力の影響でこの姿になった、私の推論はこうだ」
それはただの痛い人だと我ながら思う。いや確かに妄想の世界にはよく逃げるし、楽しいし、いい時間つぶしになるし、好きか嫌いかで言ったら大好きだけど、
「そしてこれが決め手だと思うのだが、お前……私のこの姿に欲情しているだろ?」
若干蔑んだ目で俺を見て、やれやれと言った感じで若干ブカブカになっている服の袖を振り回す。いやもうその蔑んだ目がご褒美に近いんですけどって、
「なんというか……否定出来ない、すまん。すごく好みです」
認めざるを得なかった。俺の妄想によく登場させる理想の少女それが目の前にいるのだ。例え元男であったとしてもそれはそれで、
「やはりな……お前を召喚したのは私の見込み違いではなかったが、まさかこれほどまでとは、この姿では全力を出せそうもない。これもお前の力の影響をうけているからだろう」
ため息混じりにメモ用紙に現状を次々とまとめていく。と、ここで、俺はデウスの少し先にある時計に目をやる。午前八時三十分、
「遅刻だあああああああああああああああああああああ」
今日は朝一から出席を取る授業&レポート提出が待っている日、これを逃しては俺の単位が危ない。だが問題はデウスだ、しかもここは実家だ、もしこのデウスを母さんが見つけたとしたら確実に俺の平穏無事な生活が『大学生が少女を連れ込む事案発生』に変わってしまう。それだけは避けなければならない。
「なんだ?騒々しいな?それに話はまだ――」
「いいかデウス!俺は今から学校にい行かなきゃいけない、お前の世界にも学校ぐらいはあるだろ?昼過ぎには戻る、絶対にこの部屋から出るなよ!いいな!」
まだ、何か言いたそうなデウスの言葉を遮り、急いで支度をする。
「あ、あぁ、お前にはお前の生活もあるだろう。だがこの世界に少し興味がある、部屋の中の物を見させてもらっても良いか?」
「あぁそのぐらい好きにしてくれ、だけど絶対この部屋から出るなよ!いいな!」
俺が釘を刺すとデウスは無言でコクンと頷いた。あーもうこの仕草も可愛いな畜生!じゃなくて、俺は自分の頬を一発叩き、バイクの鍵を掴んで急いで玄関へと向かった。
「しかしまぁ、厄介なことになったな」
デウスのそんな呟きは俺の耳に届くことはなかった。