第2章 俺たちは天使なんかじゃないかと思ってる
第2章 俺たちは天使なんかじゃないかと思ってる
遂にこの日が来た……
来てしまったのだ……
「大丈夫かスピカ?俺の言ったこと憶えてるか?」
「だいじょおぶ!」
その自信満々な所が逆に不安なのだが……
「よーしじゃあ復唱」
「絶対に一人で外に出ない、ピンポンが鳴っても出ない、火は使わない、お菓子は一日一つまで、ご飯の前には手を洗う、ゲームは一時間ごとに十五分の休憩を取る、テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見る、何かあったらすぐに電話する!」
「よーしよし偉いぞ、じゃあ学校行ってる間しっかりお留守番するんだぞ」
「うん!」
そう、遂に、学校が始まったのだ。
「がっこう?」
「そうだ、わかるか? 学校」
「うん、わかるよ。あれでしょ? せーとかいって人達と能力を使って闘うんでしょ?」
「どこの世界の学校だ!今能力と書いてチカラと読んだだろ! 違うよ」
「あれ? じゃあ伝説の体育館倉庫で卒業式に憧れの用務員さんに告白すされる為に爆弾処理を……」
「それも違う!」
スピカは最近図書館で大量の本を読み漁っている。かなりの乱読家でさっき哲学の本を読んでいたかと思えばライトノベルを読んでいたり。おまけに読むスピードが速い速い。
勉強するのは大変結構だが妙な知識も付けだして少し不安でもある。
「自分と女の子の情報に何故か詳しい親友は……」
「居ねえよ!普通にみんなでお勉強する所!」
「そうなんだ……うー」
スピカはなにやら唇を尖らして考え事をしている。
「じゃあスピカもがっこう行きたい!」
何がじゃあなのか知らんがやはりそう来たか。
前屈みでスピカと同じ目線に立ち、諭すように話した。
「あのなスピカ。お前は学校には行けないんだ。」
「どうして?」
やめろ、そんな哀しそうな目をしないでくれ。
「学校に行くには色々条件がいるんだ。年齢とか試験とか戸籍とか………」
「スピカは駄目なの?」
「ああ、ごめんな」
「お金でも?」
「おいおいおい! 全く、変なこと言うんじゃない。お金でも駄目」
いや、恐らくそれなりの額があればなんとかならん事もないのだろうが、変な事は覚えて欲しくないしそもそも家にそんな金は無い。
「そっか……行ってみたかったな、学校。」
スピカの哀しい顔はいつ見ても我慢ができなくなる。抱きしめてどうにかして笑顔にしてやりたいけど、俺にはどうする事もできない。
無力さが胸に突き刺さるようだ。
「スピカ……確かに今は学校に行けないが、いつか必ず俺がお前を学校に入れてやるからな」
「本当?」
スピカの顔から少し陰りが消える。
そうだ、俺はお前を笑顔にする為ならなんだって……
「ああ、約束だ」
笑顔が戻った。
「わーい! じゃあ指切りね! ゆーびきりげんまんうーそついたらマチ針一本のーます! ゆーびきった!」
「罰がリアルで怖い! でも大丈夫だ、嘘じゃないからな」
「うん!」
どんな手を使ってでも、俺は必ずお前を幸せにしてやるからな、スピカ。
自信満々なスピカとは裏腹に、俺は不安で不安で不安で不安でたまらなかった。
この日の為に子どもケータイも買い与えた。
予行演習までした。
俺と優愛が学校へ行ってる間と同じだけの時間、一人で留守番をさせた。そして俺たちは家の前の公園でスピカを見守り続けた。男女がまんじりともせず公園のベンチでアパートを見ているというのはさぞ怪しかっただろう。
スピカは宅配便と新聞勧誘らしき男が来ても扉を開けず、きちんと手を洗ってからお昼の弁当を食べ、今日のお菓子を食べた後に少しだけチョコレートをつまみ食いし、読書とテレビとゲームをしてきちんと留守番できていた。
がしかし、やはり本当に家を離れるのはどうしても不安だった。
もしも火事にあったら?
急に病気になったら?
部屋に族が押し入ったら?
隕石が落ちてきたら?
悪いことばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「何暗い顔してるのよ」
不意に後ろから優愛が声をかけてきた。
いつもは一緒に登校してはいないのだが、何となく一緒に登校する事になっていた。
「スピカちゃんなら大丈夫よ、ね?」
しかし、珍しく結んだツインテールは明らかに左右の釣り合いが取れていない。
制服のボタンは掛け違え、おまけに。
「お前、靴バラバラだぞ?」
「え?」
右はいつもの靴、左は中学の指定上履きを履いていた。
「あは、あはは。どうしたんだろ?」
開けっ放しのカバンからはちらりとレトロゲームの裏ワザ大百科が見えた。
「カバンも開けっ放し」
「え? お恥ずかしい……おっと」
閉めようとしたカバンから、2004の00の部分がグラスになってるメガネが落ちてきた。
「お前……」
「だ……だって! 心配で眠れなかったんだもん!」
よく見ると目の下にクマができている。
かく言う俺も一睡もしてないが。
「今日は速攻で帰ろうな」
「うん!」
始業式の事は全く記憶にない。
後から聞いた話だが、まず一緒に登校してきた俺たちを見てクラスの連中が
「春休み中遂に二人がくっついた」
と囃し立てたらしい。
しかし俺たち二人は
「ああ」「うん」「そうだな」
「ええ」「そう」「そうね」
と繰り返すばかりで上の空。
二人が会話を始めても、初々しいカップルのそれではなく、まるで娘の手術を待つ夫婦の様な雰囲気であり、クラスのみんなは
「共通の友人が峠」
という結論に至り、紆余曲折を経て
「中学の二人の同級生「友永 明」が危篤」
というまでに至ったとか。
因みに友永 明は確かにその日、政府のエージェントに捕まり絶体絶命だったのだがそれは別のお話。
ともかく俺の記憶は、帰りのHRが終わると同時に教室を飛び出し、スピカに電話をかけるところまで飛んだ。
「どうした、何で出ないんだ……」
スピカの携帯にかけても一向に出る気配が無い。
「スピカちゃん出ないの?」
俺も結構なスピードで走っているが、優愛も普通に並走してくる。
側から見たら競争でもしてると思われるだろう。
それも結構マジ の。
「ああ……クソッ! どうしたってんだ!」
「大丈夫よ、ね?」
そういう優愛の声は震えていた。
自己最高記録を大きく更新して帰宅した俺は、飛び込むように自宅へ突入した。
「スピカ!」
そこには……
「くーくー」
よだれを垂らしながらコントローラーを握りしめ、ぐっすり眠るスピカがいた。
テレビの画面ではGAMEOVERの文字が悲しく明滅している。
「な……なぁんだぁ~」
へなへなと倒れこむ俺。
「だ、だから言ったでしょ、大丈夫だって」
優愛は泣いていた。
「くー……ん……ゆすけ? みあ?」
「ああ、ごめんなスピカ、起こしちゃって」
騒々しさに目を覚ましてしまった。申し訳ないと思うと同時に少し嬉しかった。
「ううん、ゆすけとみあに早く会いたかったからいいの」
凄く嬉しかった。
「スピカちゃんきちんとお留守番できて偉かったね」
「うん!」
「じゃあそんなスピカちゃんにご褒美をあげちゃおうかな?」
「ご褒美! なになに!」
たぶんスピカに尻尾があったら千切れんばかりに振ってるんだろうな。
「それはね~じゃぁぁぁん!」
勿体ぶって取り出したのは御存知2004メガネだ。
「おいおいそんな「凄~い! なにそれ!」
予想の300倍食いついた。
「ふっふっふこれはね~00年代のうかれポンチ達がニューイヤーにかけてた伝統あるメガネなんだよ~」
「なんかよくわかんないけど凄~い!」
スピカはその日、眠りにつくまで嬉しそうにメガネかけていた。
かけながら寝てたから俺が取った。
スピカのお留守番はなんの問題も無かった。
もともと頭の良いスピカは言う事を理解しちゃんと聞いてくれる。
時々予想外の行動もするが、何か問題を起こす事は決してなかった。
なので、俺たちは次のステップへ進む事にした。
それは……
「オカ研ん?」
ある昼休み優愛の突然の提案につい素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そ、オカルト研究会の部長が私の友達なの。彼女筋金入りのオカルトマニアなのよ」
優愛はなんでもないようにさらさらと飯を食っている。
「しかし、なぁ……信用できるのか?」
優愛はスピカの力をそのオカ研の部長に見せてみようと言うのだ。
確かに、スピカの不思議な力はスピカの素性を調べる上で非常に重要なポイントだ。
俺はスピカどこの誰でどんな存在だろうと気にしないが、不思議な力がスピカに及ぼす影響もわからず、放っておいたが故にスピカに何かが起こったらと思うと気が気ではない。
スピカを幸せにする上でもやはりスピカの事は出来る限り調べたほうがいい。
しかし、誰にでもホイホイ見せる訳にはいかない。
スピカの力を悪用しようとする者、研究しようとする者、そして何より、スピカが「元いた場所」の者に見つかる訳にはいかないのだから。
「うん、大丈夫。環は悪い子じゃないよ。」
環と言うのがオカ研部長だろう、優愛の目は真剣だ。
「……わかったよ、そいつに見せてみよう」
「うん、ありがとう、環は大丈夫だよ」
ほっとする優愛に付け加える。
「別にまだその環って奴を信用した訳じゃあない。ただ、そいつを信用するお前を信用したんだよ。」
「うん……ありがと……」
優愛は少しうつむきながら早口で弁当を食っていた。
「おそいなぁ……」
オカ研とは、オカ研の部室で会うことになった。
そして、スピカは放課後に「1人で」学校に来ることになっていた。
最初、俺は反対したが「いつまでも箱入り娘にしとく訳にはいかない」「スピカも一度学校が見てみたい」そして何より「スピカもそうしたい!」という事で渋々承諾した。
「まだ慌てるような時間じゃないわよ。」
そわそわしてる俺の横で優愛がうでを組んで構えている。
最近優愛はスピカの事を信頼し始めている。
俺だってスピカの事を信頼していない訳じゃない。しかしどうしても不安を拭い去ることができないのだ。あんなに可愛い子が一人で歩いていて不審者に目を点けられないかと心配で……
「あっ、あれスピカちゃんじゃない?」
遠くの方に美しい銀髪が見えた。間違いなくスピカだ、見間違えるはずがない。
「おおーい、スピカ―! スピ……カ?」
見間違いであって欲しかった。
「あ! ゆすけぇ!」
嬉しそうにパタパタと駆けてくるスピカは、美愛が見繕った可愛らしいワンピースを着ている。それは全く問題ない。とても似合っている。しかし問題は……
「スピカ……それは?」
スピカの顔には、御存知2004メガネが装着されていた。しかも頭には、この前美愛が持ってきた、LEDライトで作られた「道産子」という文字が点滅する謎のキャップ、右手には渡したお小遣いで買ったであろうペロペロキャンディーが握られていた。
「ん? お出かけだからおめかししてきたの! いーでしょ!」
まさか、スピカ自身が不審者になっいたとは……
帽子とメガネはカバンにしまい、飴は噛み砕かせて学校へと入った。
すれ違う女子からは「かわいいー!」の大合唱。男子からも一部熱い視線を感じながらオカ研の部室までたどり着いた。
ノックしようとしたとき
「待った。女性が2人男性が1人、片方の女性からは……何か力を感じますね」
部屋から妖艶な声が聞こえた。
「! どうしてそれを」
緊張が走る。
「馬鹿? 行くって言ってあんだからわかるに決まってんでしょが」
そーだった、美愛ががらりと戸を開ける。
「あは! ばれたか」
素の部室は、骸骨やUMAらしきものの模型、怪しげな煙に包まれた骨董品のようなものが溢れ、およそ学校の一室とは思えない様相だった。そしてその部屋に真ん中では、主が両手を頭に回し、悪戯っぽく笑っていた。
腰まで届く長い髪は、スピカとはまた違った美しさがある。女子にしては高めの背に、制服の上からでもわかる豊かなふくらみ。しかしその顔はどこか幼さを感じさせた。
「わっ! この子が噂のスピカちゃん? かーわいーい!」
言うが早いかスピカに飛びかかり抱きしめる女。
「んー! んー! やめてー! やーめーてっ!」
てっ! の瞬間に見えない衝撃波で女が軽く吹き飛ばせる。
それは、紛れもなくスピカのあの不思議な力だった。
「スピカお前、そんな事もできたのか」
「スピカちゃん凄―い!」
「えへへ、それほどでも」
恥ずかしそうにポリポリと頭を掻いている。
「あのー良ければあたしの事も少しは気にしていただけますかね?」
女はガラクタの中でひっくり返っていた。
「えーこほん。遅ればせながら自己紹介おば、あたしの名前は丹波環。気軽にたまちゃんって呼んでね。」
「ああ、よろしくな環。」
「スピカは古鷹スピカっていいます。よろしくね、たまき。」
「あ、あれ? まあいいや、それよりさっきのがスピカちゃんの力ね。」
仕切りなおした環は単刀直入に切り出した。
「さっきのは俺も初めて見たけど、多分そうだ。」
「ふぇ? そうなの?」
環は美愛を見やると、美愛もゆっくり頷いた。
「ああ、俺たちが知ってるのは……」
言いながら俺はカーテンを閉める。
「よし、スピカ、見せてやれ」
「うん!」
スピカは水を掬うように差し出した両手から、ゆっくりと光を放った。その光は無数に小さく分裂し、部屋中へと散って行った。
「春」
俺の言葉に合わせて、教室は一瞬にして春の星空に包まれた。
環と、そして美愛もあまりの美しさと神々しさに言葉を失っているようだ。美愛にも内緒でスピカとこっそり練習していた芸だ。もちろんスピカの体調には十分に気を使って。
「夏」
夏の星空、デネブ、ベガ、アルタイルが大きな三角形を描く。
「秋」
秋の星座、カシオペア座の先で北極星が輝く。
「冬」
オリオン座が、星の砂時計を紡ぐ。
「もっかい春。スピカ、スピカは?」
青く白い星が騒ぎ出す。
乙女座の中で最も強く輝く星、スピカである。
「よし、じゃあ終了〜」
ゆっくりと光が消え、星の海は怪しげなガラクタ置き場に戻る。
美愛は感動のあまり呆然としていた。
環は……
「凄い、凄い凄い凄い! 凄いよ!」
尋常ではない興奮のしようだ。
「プラネタリウムもすっごく感動したけど、今、この時この瞬間に、全ての「ありえない」は「ありえる」になったんだよ! だってそうでしょ? 魔法なんて今まで誰もがありえないと思ってた、でも 現にここに存在している。スピカちゃんのが魔法じゃなくて超能力でも超科学でも何だったとしても、今までありえないと思われてた事全てにありえる可能性が出来たんだよ! 魔法も超能力も古代文明の超科学も宇宙人も未来人も。幽霊や妖怪やUMAも! 地縛霊、浮遊霊、背後霊、守護霊、生き霊、怨霊、河童、天狗、ぬりかべ、いったんもめん、猫又、ろくろっ首、座敷わらし、つちのこ、雪男、チュパカブラ、モスマン、スカイフィッシュ、ネッシー、フライングヒューマノイド! もうどれ一つとして絶対にありえないなんて言えなくなった! スピカちゃんのお陰でね。世の中に絶対なんてのは絶対無いんだ!」
つらつらと語り出した環に、俺も美愛も、スピカですら圧倒されていた。
「それって、矛盾してないか」
一応ツッコミは入れれみた。
「だから世界って面白いんだよ、ね?」
環はパチリとウィンクを飛ばした。
「で、スピカの力の正体は分かりそうか?」
何とか落ち着きを取り戻した環に、一応スピカについて聞いてみるが、さっきの様子じゃあ……
「うーんごめんね、分かんないや」
だよなぁ……
「でもね、いくつか推測ならできるよ」
「推測?」
「そう、例えば……」
環の目がまた輝き出す。
「遥か未来、もしくは超古代からやってきたアンドロイド、ロボットね。“発達した科学は魔法と見分けがつかない”って言葉があるんだけど、スピカちゃんの力は実は科学なの。私たちにはあまりに発達し過ぎて魔法に見えるだけでね。」
「スピカがロボット?そんな馬鹿な」
俺は鼻で笑った、この子はどっからどう見ても人間だ。
「うん、そうだね、あたしも人間にしか見えないよ。でもね、そこまでの技術がある時代、世界から来たとしたら私たちにはスピカちゃんがロボットか人間かなんて分かんないよね。それに、もしスピカちゃんがロボットだとしたら、その心は偽物だと思う?」
何て答えるかなんて分かってるくせに、面倒臭いやつだよ。
「……いや、スピカの心は本物だ。俺は絶対そう思う」
「私も、そう思う」
俺も美愛も力強く答える。すると環は満足そうに頷いた。
「後は、スピカちゃんはどこかの組織から抜け出してきた超能力者。その組織はあるいは政府とかかも知れないね。人類の中にはごく少数だけど超能力に目覚める人が居て、その能力者達を囲っているんだよ。それが正義の為か悪の為かはわからないけどね。スピカちゃんはそこから何かの理由があって逃げてきたんだね。」
「う〜ん、さっきの話よりはリアリティーがあるかもな。こんな話に「リアリティーがある」だなんて自分で言っててびっくりだけどな」
「そうかな? 私としてはこの説はちょっと弱いかなと思ってるけど」
「どうして?」
「うん、だってね、もしそうだとしたらスピカはすぐに奪還されてると思うんだよね。だから、未だに平和に暮らしてるってことはこの説は間違ってるか、もしくはすでに監視されていて何かしらの理由、例えば実験とかで泳がされているだけとかね」
なかなか恐ろしい事をさらっと言ってくれる。思わず後ろを振り向くが、半分内臓で半分骨の人体模型と目が合うだけだった。
「後はね、この世界とは別の世界、いわゆる平行世界の魔法使いね。この世界は“科学”が発達した世界、そして、源流を同じとするけれど“魔法”が発達したもう一つの世界があってね、スピカちゃんはそこから飛んできたの。理由はわからないけど。」
「魔法か。正直それが一番しっくりくるかな。訳も分からず俺たちはスピカの力を魔法と呼んでたわけだしな」
「そうだね、平行世界の存在は昔から結構噂されててね、コッチ業界では有名な話なんだ。そして、その世界に魔法が存在するって事もね」
「コッチ業界がドッチ業界かは知らんがそいつが一番有力か?」
「かもね、あと30ぐらい仮説は建てれるんだけど……」
「いや、いいいい! これ以上は頭がパンクしちゃうよ。ヒントはたくさん貰えたから」
しかし、やはりというか、スピカの正体は分からなかったか。
「それでね、相談なんだけど、あたしの“師匠”にスピカちゃんの話をしてみたいんだよね」
「師匠?」
「うん、あたしのオカルトの師匠」
こいつのオカルトの師匠か…… とんでもないのが飛び出して来そうだけど……
「分かってる、スピカちゃんの事あんまり人に言いたくないんだよね。でもね、あたし師匠に言われたの。「もし、おまえが探求する事を諦めなければ、きっといつか真実の方からお前を訪ねて来るはずだ、その時はまた俺に会いに来い」って。あたしはね、スピカちゃんこそあたしの真実だと思うの。だからお願い、あたしを信じて欲しいの」
オカルトの事を語るときとはまた違う、真剣で真っ直ぐなまた眼差しを向けてくる。そこには一点の曇りも無かった。
「わかった。その師匠とやらにも聞いてみよう。美愛もいいか?」
美愛はゆっくりと頷く。きっと俺と美愛とは同じ気持ちなんだ。
「ありがとう!」
環は本当に本当に嬉しそうに笑った。
「じゃあその師匠ってのにはいつ会うんだ?」
「ああっと、それはね……」
環が口籠る。あんなに嬉しそうだったのになんだってんだ?
「実は師匠旅に出ててさ、いつこの町に帰ってくるか分かんないんだよね」
「へ? そうなの?」
「うん……常に世界中を旅してて、今どこにいるかも分かんないんだ。でも定期的にこの町には帰ってくるから、それまで待ってて欲しいんだ」
結局その師匠とやらにはいつか帰ってきたときに会うという事になった。
そして環もスピカについて全面的に協力してくれるとの事だ。
正直スピカについての仲間が増えた事は非常に頼もしい。
スピカは環と「ヒバゴンを捕獲する方法」について熱く議論を交わしている。何を話してるかさっぱりだったが早くも仲良くなってくれた事は喜ばしい限りだ。
そして、スピカについての探求が一旦停滞する事について残念であると同時にどこかほっとした俺が居ることに気づいた。
ともかく、しばらくは問題なく平穏な日々が訪れる事だろう。
問題が起きた。
いや、スピカについての問題ではない。正確に言えばスピカについてと言ってもいいのかもしれないが、とにかくスピカは平和に暮らしている。
最近は環も家によく遊びに来るようになった。
俺と美愛とスピカは、どちらかと言うと親子のような関係性であるが、環とスピカは友達の様な関係性を築いている。
環の持ってくるゲームやアニメで盛り上がったり、「UMAごっこ」なる謎の遊びに興じたりしている。因みにこないだ俺は「チュパカブラに血を吸われた山羊」の役だった。
問題が起きたのは俺と美愛。
いや、正確には“起こっていた”だ。
新学期に入って以来俺と美愛は一緒に登校し、昼食も一緒だ。そして放課後はそそくさと二人で帰っていく。
誰がどー見たって付き合ってる。俺だってそう思う。
だが、俺たちが一緒に居る時は常にスピカの話をしている。美愛が居ない時のスピカの話、俺が居ない時のスピカの話を、スピカのこれまでとこれから。話はいつまでも尽きる事はない。
最初の頃は「遂にくっ付いたか」だの「年貢の納め時」だのと騒がれていたが、「いやぁははは」などとうやむやに誤魔化していると張り合いを無くしたのか茶々を入れてくる奴は少なくなっていた。
しかし、最近は環も一緒に飯を食ったり帰宅したりしていると、すぐさま二股疑惑をかけられてしまった。それだけに留まらず、美愛と環が一切修羅場の様相を呈さない挙句、「二人とも良いお友達です」などと俺が弁明すれば「古鷹祐介はハーレムを築こうとしている」などというとんでもない話にまで飛躍し始めた。挙げ句の果てに「自宅に外国の美少女を囲っている」というとんでもないようで実ははらたいさんに3000点な噂まで建てられてしまった。
それもこれも、俺がはっきりしないせいだろう。
俺も、年貢の納め時か……。
「あんたらもしかして付き合ってないの︎」
祐介の家から少し早く帰宅した私は、環に「ちょっとお茶でもしばいてかない?」と誘われ最近できたファミレスでお茶をしていた。
環の「あんたらどこまで行ってんの?」という質問に「こないだは隣町の動物園に行ったよ」と答えたら、環は思いっきり唾を飛ばしながら大声で
そう叫んだ。
「う、うん……」
「いやいやいや、 あれで付き合ってないってかい! だってあんた、好きなんでしょう? 古鷹君の事」
「うん……」
そうはっきり聞かれると照れてしまう。
「じゃああんたもう告白しちゃいなさいよ。なんでしないの?」
「何でってそりゃあ……もし断られたらと思ったら、勇気が出なくて……」
「断る? 古鷹君が?あんたの告白を?」
環はやれやれって感じでため息を吐いている。いいな、環は。だってそういう事はすぐにズバズバはっきり言いそうだもん。行動力があるっていうか。
「あんた、明日告白しなさい」
「え、えぇ︎そんな……いきなり無理だよ……」
「じゃあいつやるの?これが良いきっかけ。あんたふたご座でしょ?明日はふたご座の恋愛運絶好調、ラッキーアイテムはモスマンのキーホルダー」
「んもう、また適当な事言って! それにモスマンってなに?」
「これ」
環の鞄に付いていた蛾の化け物?のキーホルダーを受け取った。
「それあげるから頑張んなさいよ」
「いいの?お気に入りじゃ?」
環はときたまこのキーホルダーを嬉しそうに突っついてるのを知っていた。
「友達の為ならこのくらい、ね? だから頑張ってよ!」
素敵な笑顔、だから私は環の事が好きなんだ。
登校、授業、昼休み、下校時間、あっという間に時間が過ぎた。
環に貰った勇気、今日使わなきゃいつ使うの?
告白は下校中って決めていた。電車を降りてすぐの河川敷。遠くからはどこからか少年野球の声。まるで私の心みたいに真っ赤に燃える夕日にカラスが二羽横切った。あれはつがいかな? 少し前を歩く祐介の姿が逆光を浴びてシルエットでしか見えない。でも私は、どんな時もそれが祐介だってわかる。
「あ、あのね?」
「うん?」
「最近さ、なんかまたみんなに噂されちゃってるね」
「あぁ…… そうみたいだな」
「ハーレムだって、おかしいね」
「おかしかないよ、こっちゃいい迷惑だよ全く」
わざとらしく肩を落としてる。たまになんだか演技がかってるんだよね。
「あはは、そうだよね、いちいち否定するのも面倒だよね。それでね、私ね、あのね………」
喉がカラカラだ、脚がガクガクして声も震えてる。
やっぱりやめようか、そう思うたびにキーホルダーを見つめて勇気を絞り出す。
「だからね、本当にね、本当に……」
付き合わない?
その一言が出てこない。好きですとハッキリ言うのはとても無理だよ。だから、ちょっと遠回しだけど精一杯の告白。キーホルダーを握る手に力が入る。
「私……」
「待った」
「え?」
「俺に、言わせてくれないか?」
心臓が破裂しそう。いくら朴念仁の祐介でもこの状況で言うことなんて一つしかないはずだ。それはつまり、ほとんどもうOK。嬉しさと恥ずかしさがそこまで込み上げている。でも、まだだ。一言、祐介からの一言、それが来るまで私の心は決壊を必死に堪えている。1秒が1分に、1分が1時間にも感じる。
「俺と……」
「うん……」
「俺と……結婚してくれ」
「うんっ︎………………え?」
「よっしゃぁ!」
祐介が夕日に向かってガッツポーズを決めている。
「いや、うん、ごめんもう1回言ってくれる?」
「おいおい、なけなしの勇気を振り絞ってやっとこ言えたんだぜ?」
へへへと人差し指で鼻を擦っている。昭和の主人公か。
「いやいやいや「もう1回聞きたいの(はぁと)」とかそういう事じゃ無くて」
「駄目なのか?」
「いやっ……駄目じゃないっていうか、そりゃゆくゆくはっていうか……でも物事には順序ってものが……」
「美愛」
「ひゃい!」
振り向いた祐介の表情は逆光で見えなかったけど、あまりに真剣なその声色に思わず声が上ずった。
「俺は、一緒になるならお前だと思ってる。まどろっこしいのは無しにしよう。」
1呼吸置いた後、力強く言い放った。
「俺と、結婚してくれ」
祐介の表情は逆光で見えなかったけど、私にはわかる。
だって……
「よろしくお願いします」
私の大好きな人だから。
「ただいまー」
一世一代の告白を終えた俺は、未来の奥さんと帰宅した。
「おかえりー」
パタパタと迎えてくれるスピカを前にして、美愛と並んで帰った事がなんだか気恥ずかしくなっていた
「あれ? 2人ともなんだか良いことあったの?」
どきりとした。たまに出るスピカの鋭いやつだ。
「えぇ? なんでぇ?」
動揺しすぎだ美愛。
「んーなんとなく。なんとなく2人とも嬉しそうだから。違った?」
違わない。違わないけどどう言ったものか……
「それはねー2人はなんと夫婦になったからだよー!」
いきなり、俺と美愛の間から環が飛び出してきた。
「お前いつから……てかなんで知ってんだ!」
「んー? んっふっふ、実はね、あたしもあの場に居たんだもん。ずっと尾けていたの」
「お前本当にいつから居たんだよ!」
「だぁ〜って美愛がなかなか告白しないんだもん〜」
「え? え? あの時はどこにいたの?」
美愛があの時の夕日よりも真っ赤になっている。
「すぐ横にいたよ? こう、河川敷の斜面に寝そべって……」
「お前は特殊部隊か?」
スピカがぽかんとしている。
「あ、あぁ、あのな、なんていうか、俺と美愛は結婚しようって約束したんだ。婚約っていうのかな」
改めて言うと非常に恥ずかしい。
美愛も更に真っ赤になっている。どこまで赤くなれるのだろう。
「えっ? えっ?」
混乱するのも無理はない。俺だって正直結構混乱してる。でも、後悔はない。
「2人はもう夫婦だったんじゃないの?」
スピカは本当に不思議そうに尋ねた。
「えっ? お前俺たちの事夫婦だと思ってたの?」
「うん、ゆすけも美愛も美愛とゆすけの事愛してたでしょ?」
「あーいや、それは、まぁ……ていうか別々に暮らしてただろ?」
「結婚には色々な形があるから……」
「そんな空気読まんでいい!」
「あーっはっはっは!」
環が腹を抱えて転げ回っている。
「そ……そうだよねぇ……2人ともお互い好き合ってるなんて誰が見てもわかるもんねぇ……クックック……」
「そ……そんなに?」
多分これが美愛の赤さのピークではなかろうか。
「まっ、これであたしが2号なんて話も無くなれば良いけどねー」
「環、2号だったの! 1号は……1号はどうしたの?」
スピカがさっきの何倍も驚いている。
「1号はね……地球に衝突する隕石を破壊するために自らの命と引き換えに……クッ……」
そういやこないだそんな映画がテレビでやってたな。
「そう……だったんだ……そんな事が……」
スピカの表情に一瞬暗い影が落ちるが、すぐに前を向き環に力強く敬礼した。目には薄っすら涙を浮かべている。
環もふわりと優しい笑みをこぼした後、力強く敬礼を返した。
何やってんだか……
翌日、美愛とクラスに入るなり「朝からお熱いねぇ」といつものヤジが飛んできたので。
「恋人だからな」と言ってみた。色々ややこしいので婚約者ではなく恋人とした。
結構思い切って言ったつもりだったし、周りの奴らからあれこれ言われるのも覚悟していた、が……
「おう、なんだ、今日は素直だな」と言われただけだった。
「いやいや、昨日付き合う事にしたんだよ、俺と美愛」
自分でも何言ってんだと思うが、あまりに反応が淡白なのでつい食い下がってしまった。
「お前、今まで意地になって認めなかったのが恥ずかしくなったんだろ? いいっていいって、みんなちゃぁ〜んと分かってるって」
「全然分かっとらん!」
結局、周りからの扱いは今までと何ら変わりはなかった。
しかし「美愛は恋人、環は友達」とキッパリ言う事で「古鷹祐介ハーレムの野望」はあまり囁かれなくなり、狙いはまあ当たったということで良しとしよう。
環から提案があり2週に一度はスピカを環に預けて美愛と2人で出かける日を作ることになった。
俺たちは別にスピカが居ても一向に構わなかったのだが
「駄目駄目! ちゃんと2人の時間も作らなきゃ駄目!」
と半ば強引にデートの日が制定された。
実際は
「わー美味しいね、今度スピカちゃんと来よっか?
「これなんかスピカが見たら喜びそうだな」
「あっ これスピカちゃんに似合いそう! 買ってこうっと」
ほとんどスピカと来る下見&スピカの買い物になっていた。
いや、それはそれで非常に楽しいのだけれど。
留守番組の2人は毎回環の持ってくるゲームをしたりDVDを観て遊んでいるらしい。
それは、何度目かのデートを終え、帰宅した時の事だった。
「頭が高い!」
「は……ははぁー!」
あまりにキッパリ「頭が高い」と言い切られ、思わず平伏してしまった。多分俺の先祖は名もなき町人なんだろう。
「ヒャー魔王様さすがでゲス!」
「ふっふっふ、そうじゃろうそうじゃろう。この調子でこの星をわしらのシチューに収めるのじゃ!」
「ヘヘー!」
タオルケットをマントの様にして羽織っているスピカがやたら仰々しく喋っている。
環はわざとらし過ぎる程の手下口調でスピカをヨイショしてる。
「あ、あのー……何やってるの?」
全く状況について行けない美愛が痺れを切らす。
「あのねあのね、スピカは魔王「アーク=トゥルス」なんだよ!」
「そしてあたしはその右腕「デネボラ」よ」
「は、はぁ……」
「全く説明になってないぞ」
「あんたはいつまで這いつくばってるのよ?」
未だ平伏してる俺に美愛は呆れ気味に問うた。
「「頭を上げい」のお言葉が無いからな」
きっと俺の前世はケチな平民だったのだろう。
「えーっとね、これ!」
スピカがリモコンを操作すると、何やらアニメが始まった。
「アステリズムマン隆? 聞いたことないな」
作画も荒く、声優も決して上手いとは言えない。突拍子も脈絡もない無茶苦茶なストーリーだが、不思議な魅力がある。
「そらそうよ、何たって何年も前のアニメ研究部の人たちが作った作品だからね?」
「えっ! これをアニ研が?」
「そう、伝説って呼ばれてるアニ研のメンバーがいた頃ね。たった3人で卒業までに50話近く作ったんだって。謎の侵略者「アーク=トゥルス」と星座の力を借りて地球を守る少年「アステリズムマン隆」との戦いを描いたヒーローアニメ、そのDVDが偶然オカ研にあってね。スピカちゃんに見せたらハマっちゃって。ちなみにその3人はアニメの世界に進んだみたい。有名になったらこのDVDはお宝になるね、大切にしなくちゃ。」
同じ高校生が作ったと考えると、かなり凄い物に見えてくる。相変わらず超展開の繰り返しだが。
「それはいいが、何故スピカは敵の魔王になりきってるんだ? その……アストロイド「アステリズムマン」それじゃなくって」
「魔王様はね、スピカの為に戦ってるからだよ!」
嬉しそうにスピカが答える。
「あー……そのね、魔王様の母星の名前が「スピカ」て言うの。魔王様はスピカの住人の為に戦ってるわけ。ちなみに「スピカ」「デネボラ」「アーク=トゥルス」は春の大三角形なんだよ。てかスピカちゃんの名前って星の「スピカ」から取ってるんだよね? 星に詳しかったりするの?」
「あー……いや、そこまで詳しくないけど「春に青く光る星」ってのは知ってたからさ。それで付けた。」
そこまで塾考した訳ではなかったが、スピカをスピカと名付けた事に後悔はない。むしろ我ながら良くやったと褒めてやりたい。
「ね? だからスピカはスピカの魔王様なの。 頭がたかーい、頭がたかぁい。」
這い蹲りそうになる衝動を必死に抑えてスピカを諭した。
「いいか、スピカ。 本当に偉い人ってのは無闇やたらに偉そうにしたり威張ったりしないんだ」
「偉いのに?」
「偉いからこそだ。時に優しくときに厳しく、海のように広い器で人に尊敬されてこそ本当に偉い人って言えるんだ、わかるか?」
「うーん……わかった! スピカ、本当に偉い魔王様になる!」
「このデネボラ、いつまでもお供致しますでゲス!」
「「わぁーっはっはっは!!!!」」
分かってくれて俺も嬉しい。ただ、偉い魔王様になる機会は一生訪れないだろうけど……
最近いやに熱心に子供向けの料理番組を観ていると思ったら。
「スピカもお料理したい!!」だと。
危なっかしくて俺は反対だったけど……
「あら、いいじゃない、今は子供用の危なくない調理器具とかいっぱいあるし、私は賛成だな。」
美愛は乗り気だった。
「それに女の子ならお料理一つも嗜んでおかないとね。お嫁さんになった時必要よ」
「ん? ん? ん? ん? 何何何? お嫁さん? 誰が?」
「スピカちゃん」
「いやいやいやいや、言ってる意味がよく分かんないなぁ?」
「だーかーらー、スピカちゃんだっていつかは……」
「スピカは俺と結婚するもんなー?」
「しないけど?」
「うぐぅ」
美愛がパソコンで検索した子供用調理器具から1ミリも目をそらさずにバッサリ斬られた。
「ちょっと! 私との結婚はどうなったのよ!」
「分かってるよ! お前とするよ!」
「冗談よ。まぁいつかはわからないけど、スピカちゃんだっていつかはね? それにそうじゃなくても趣味を持つのはいい事よ。だから、ね?」
という訳でスピカに子供用調理器具を1セット買い与えた。
しかし、そのセットは結果的に無駄になる事となる。
スピカの料理の腕はみるみる上達し、安全だが使いにくい子供用を使う時間は最初の数回だけだったからだ。
すぐに子供向けの料理本のレシピから図書館で借りた普通のレシピに
シフトした。お陰で今までは俺の簡単な料理や外食、店屋物や惣菜ばかりだった家の食卓が一気に華やかに彩られた。
それに何より料理が美味い。身内の贔屓目を無しにしてもどこに出したって恥ずかしくない味だ。どこにも出さないけど。
しかし、スピカはたまに子供用調理器具を引っ張り出してそれで料理をする事がある。
「2人から貰った大切な宝物だからたまに使いたいの」
だそうだ。
俺は泣いた。美愛も泣いた。
スピカが中華料理に凝り始めた頃、季節は夏を迎えていた。