第6章 魔王様は幸せな日々の夢を見るか?
第6章 魔王様は幸せな日々の夢を見るか?
「諸君! これから重大発表がありゅ!」
いつものファミレスにいつものように集められた一同を前にして仰々しく宣言した最初の一言を思いっきり噛んでしまったが、魔王はそんな事気にしない。
「ヘイ! 未来!」
言われて渋々みんなに紙ペラを渡す未来。
「これは……夏休みのしおり?」
そこには夏休みの遊びの予定がびっしり書き込まれていた。
「違う! 世界征服計画の訓練表だ!」
「しかし……キャンプにプールにバーベキューに……これは遊び以外の何物にも見えませんが……」
水を1口すする廻。訳あって彼だけは何も頼まず水だけを飲んでいる。
水はいい……タダだから……
「だよなぁ……俺も作りながらそう言ったんだって」
ちなみにこのしおりは未来が徹夜でこしらえた。
やれデザインがおかしいだのレイアウトが崩れているだの難癖つけられて、結局朝までかかってしまった。
「愚か者め! 学ぼうという心さえあればどんな場所どんな事からでも学ぶ事が出来るのじゃ!」
もっともらしい事を言いながら口に運ばれるパフェを恨めしそうに見つめる廻。ドヤ顔で取り出していたフライドポテトのクーポンも決して見逃しはしなかった。何枚持っているのだろうか?
「のう! デネボラ!」
勿論でゲス! 流石魔王様のお言葉は五臓六腑に染み渡りますでゲス!
と、当然こう来ると思っていた一同は、俯きがちに物思いに耽るデネボラの姿を不思議そうに見つめていた。
「デネボラ?」
「え? あ! うん! そうだね、アークちゃん」
デネボラは自分の発言が周りを驚かせている事に気がつくまで数秒かかった。
「あ! し……失礼しましたでゲス魔王様! どうかこの愚かなデネボラをお許しくださいでやんス!」
わざとらしい敬語が戻り慌てて弁明するデネボラ。
「よいよい、気にするな。お前も疲れておるのであろ?」
「へへー! 恐れ入りますでゲス! ……ところで魔王様、1つ忘れている物がありますでゲスよ……」
「何じゃ?」
「夏祭り……でゲス」
デネボラはその一言を少しだけ躊躇ったようにも見えた。
「夏祭り! 夏祭りか! 流石我が右腕! 褒めてつかわす!」
「有り難き幸せでゲス!」
「「ワァッハッハッハ!」」
夏休みが、始まった。
重い荷物を全て任された男性陣は、山の麓のキャンプ場に着くなり青々と茂った芝生にヘトヘトの体を投げ出した。
「ご苦労! 設営はワシらに任せておけ。いいか! 兵站は戦争に於いて最も重要な要素の一つじゃ! ゆめゆめ気を抜くような事の無いように!」
「「はい!」」
一応ちゃんと訓練として頑張ってるのかと一瞬でも感心した未来は自分の浅はかさを呪った。
「あれー? デネボラさんこれくっ付かないよ~」
「その骨組みはこっちのね、貸してご覧なさい?」
「わー本当だ! 屋根みたくなった!」
「ふふふ、少しは形になって来たわね」
呑気にテントを建てる春輝とデネボラ、そしてアークは……。
「ワハハハハハ! これは愉快じゃぁのぉ!」
テントを固定するペグという杭を、関係ない場所にひたすら打ち込みまくっていた。
その後2人は訓練と称し大木に逆さ吊りにされてアークが魔法で操るマシュマロを口で捕らえさせられたり、森でカブト虫を探させられたり、河原でひたすら石を積まされたりして身も心もくたくただった。
「ご馳走様でしたテント……もう寝ます……」
特に普段からあまり外に出ない廻は限界をとうに超えており、女性陣特製のカレーをあっという間に平らげるとテントに倒れこんで泥のように眠り込んでしまった。
「あ……そっちは女性用の……」
3人用の女性テント2人用の男性テントを構えたのだが、廻は3人用で眠り込んでしまった
「もう起きそうにないね……」
死んだように眠るとはまさにこの事だ。
「しょうがないわね、私が2人用で寝るわ。変なことしないでよ?」
デネボラが悪戯っぽく未来に囁く。
「するわけないでしょ!」
どっからどう見ても小学生なのに、という言葉は飲み込んだ。
すると……
「ま……待て! 2人用ではワシが寝よう」
「魔王様?」
アークが慌てたように意外な提案をしてきた。
「い……いやな……そういった貧乏クジを部下にばかり押し付けるというのも上に立つ者としては求心力に欠けるというものでは無いだろうかと思うてな?」
「しかし……」
「いいじゃない、ね? 未来なら大丈夫よ。アークちゃんもこう言ってるし、デネボラさんは私と寝ましょ?」
春輝はこっそりアークへ目くばせをし、デネボラの腕へと組みついた。
「分かったわ……わかりましたでゲス、魔王様」
「う……うむ! 気にするな」
「……俺に発言権は無いのね……」
半ば罰ゲームのように自分のテントを扱われる様を未来は黙って見つめていた。
その日アークは夢を見た。
大切な人達との大切な一時。
自分が愛し、自分を愛してくれる人のいる幸せ。
アークは愛と優しさに囲まれて笑っていた。
そして、何かをどこかに埋めた。
それが何なのかは全く分からない。
だけど、とてもとても大切な物であるという事だけは、強く感じていた。
キャンプから帰った翌日、またもアークの号令でいつものファミレスに集合した一同。
「みんなに探して貰いたい物があるのじゃ」
「何ですか? 2000の真ん中の00の所がグラスになってるアホみたいなメガネならもう諦めてくれたんでしょう?」
「その話ではない! それにまだ諦めておらん! それとは別にワシが夢で見た大切な物を探して欲しいのじゃ!」
「夢ですか……実在する保証は?」
水をすする廻。夏休み中は水で過ごす覚悟を決めた。
「無い……が、ワシは確かに存在すると確信しておる。しかし、それが何でどこにあるかもわからん。この町のどこかに埋まっているという事だけは分かっとるがな」
「そんなものどーやって探せってんですか!」
当然の疑問をぶつける未来。
「ワシがその場所に行けば思い出すじゃろ、と言うことでこの町をくまなく散策してゆくというのも予定に加えておくように。以上!」
「ま……変な征服計画やらされるよりマシか……」
未来はこの数ヶ月で“妥協”というスキルを身につけていた。
「そうじゃ、デネボラは何か心当たりは無いか?」
振られたデネボラはぼんやり外を眺めていた。
彼女は最近、こんな調子が多かった。
「デネボラ?」
「は、はい! 私には心当たりがありません!」
普通の敬語を普通に話す普通じゃないデネボラを一同は少し心配そうに見つめた。
そしてアークは何かを思いついたような顔をしてこう切り出した。これが漫画なら、頭の上で電球が光るところだ。
「ふむ……未来、ワシはこれから少し出かける。晩飯は自分で用意せい」
「あーあ、青椒肉絲楽しみにしてたんですけどね~」
口を尖らせてなじるような声を出す未来にとっては、アークの作るご飯が何よりのご馳走だった。
「明日作っちゃる! 今日はカップ麺でも食っておれ!」
「じゃあ久しぶりに3人で出かけよっか? “谷村食堂”いきましょ?」
「ああ、いいねぇ」
「いや、僕は金が……」
「しみったれた事言ってないの! いこ?」
半ば引きずられるようにして廻は未来と春輝と店を出て行った。
いつもの席に2人残されるアークとデネボラ。
意外かもしれないが2人きりになる機会はこれまであまり無かった。
奇妙な緊張が辺りを包む。
「デネボラ、少しワシの買い物に付き合ってはくれんか?」
アークの提案に珍しく驚きを見せるデネボラ。
「え? はい……ですが、春輝ちゃん達もいて良かったのではないでゲスか?」
「ふむ……デネボラ、ワシは今日だけ魔王を休もうかと思うてな」
「え?」
あまりにも想定外の言葉にデネボラは目を白黒させた。
「今日だけは、魔王と右腕ではなく、お友達として一緒に買い物に行きたいんだけど、ダメかな?」
ネボラの心臓が早鐘を鳴らす。
全神経を集中し、頭をフル回転させて上手い言い訳を考える。
「私、デネボラと一緒にお買い物行きたいな?」
ここで承諾してしまえば自分がどれだけ後悔するか。どれだけ今日という日が自分の心の中に“棘”として残ってしまうか……
分かっていた、分かってはいたが……
「うん……分かったよ、アークちゃん」
デネボラは負けてしまった。
“心から愛する少女と友達として楽しい1日を過ごす”という一時の快楽に溺れてしまった。
「わーい! じゃあいこ? 駅前でいいもの見つけたんだ、ヒバゴンのね……」
(今は……今だけはこの子との時間を楽しもう……それが終わったら……あたしは……あたしは……?)
デネボラの中の昏い決意が、ほんの少しだけ揺らいだ。
プールにバーベキューに川釣りに、思いっきり夏を楽しんでいるアーク達は今日、夏祭りを楽しんでいた。
「おい! 完全に当たったじゃろ! 微動だにせんとはどういう事じゃ!」
「いやー惜しい! 惜しいよー! もうちょっとだったねー」
春輝の家にあった金魚柄の可愛らしい浴衣を着たアークが射的屋のオヤジに噛みついていた。
未来はアークの横で苦笑いを浮かべている。
他のみんなは食料を買い出しに行っていた。
「本当か? ペテンではあるまいな?」
「滅多な事言っちゃあいけないよお嬢ちゃん、おじさんもプロだからね」
「本当じゃな~?」
ライフルを構えポンと小気味いい音を立ててコルク玉が発射された。
タバコの程の箱の的に当たるとコルクは呆気なく跳ね返されたが、箱は不自然に後ろへ倒れた。
「馬鹿な!」
(アークのやつ……力を使ったな)
テーブルから落ちた箱は重力に引っ張られて地面へと落ち……ドスン!
「なんじゃ今の鈍い音は! あの中が全て鉛で無ければ説明がつかんぞ!」
「いやぁははは……さ、これあげるからもうお帰り?」
アークは景品の犬だか猫だか猿だかカモノハシだかよく分からない不気味なヌイグルミを受け取って渋々射的屋を後にした。
ヌイグルミはかなりお気に入りのようだ。
「おや! 魔王様! 良い物をお持ちでゲスな!」
「うむ、射的で取った」
「ヒャー! 流石でゲス! ゴノゴ14もびっくりでゲスなぁ!」
「であろうであろう!」
「「ワァッハッハッハ!」」
「神社の境内ででも食べましょうか?」
「そうだな」
2人のやりとりについて触れる者は最早誰もいなくなった。
“神社の夏祭り”と地元では呼ばれているが実際は神社の麓で行われており、神社自体は石段を上がった先にある電灯もない真っ暗な場所にあった。
なので祭りの日にここへ訪れる人間はほとんど居なかった。
アークの作り出した魔法の光で辺りを照らし、一同は購入した焼きそばやたこ焼き、綿菓子やかき氷などの祭りの定番を楽しんでいた。
「しかし……魔王様の作った料理の方がずっと美味しいのにわざわざ割高でイマイチな食いモンを食う必要があるんですかね?」
「まったく……お前には日本人の風情という物が無いのか?」
国籍不明の少女に日本人の風情を説かれてしまった純日本人の未来だった。
買ってきた物を一通り片付けて一息付いていた時、雲の切れ間から満月の光がアークを照らした。
その横顔が未来を見つめていた事に春輝だけが気付く。
「ね? またちょっと買い出しに行きましょ? 廻、デネボラさん」
「いや、今度は俺たちが行くよ」
「いいからいいから、行きましょ?」
「あ、ああ……」
「いいわよ、魔王様はお待ちくださいでゲス」
境内にはアークと未来の2人だけが残されてた。
「い……いやー最近全然征服計画進んでませんね~」
未来は征服計画なんかまったくどうでも良かったが、間を埋めるために適当な話題を振ってみた。
しかし
「どうでもよい」
「いや俺だって別にどうでも……え?」
アークの顔を覗くと、淋しそうに月を眺めていた。
初めて見る危うい儚さを秘めたアークの横顔に、未来はしばし見惚れていた。
「ワシはな……世界征服など別にしとう無くなった。学校に行って友達がおって未来達がおって、ワシは今幸せじゃ。世界を征服する事などこの幸せに比べたらなんと些末な事か」
「魔王様……」
「すまんな未来……魔王じゃからお前を離さんなどと言っておきながら、ワシは今自分が魔王がどうかも判らんくんなってしもうた。いや……魔王なんかじゃなきゃ良いのにってすら思ってる。ワシは……私は……」
アーク肩が静かに震える。握りしめた拳は痛々しい程に力強く結ばれていた。
「いいんじゃないですか?」
「え?」
驚いてアークは振り向く。その勢いで溜まっていた涙が宙に散り、美しく月光を反射させた。
「別にいいんじゃないですか? あなたが魔王であろうが無かろうが」
「しかし……」
「魔王だからって世界を征服しなきゃいけないもんでもないでしょう? それに魔王じゃないんなら普通の女の子として暮らしゃいいんですよ」
「未来……」
未来がアークに前に立つ。
「俺はね魔王だからアークとずっと一緒に居たいと思った訳じゃない。君だから……アークだからずっと一緒に居たい、アークを大切だって……好きだって思う気持ちを素直に受け止めたいって、そう思ったんだ」
「未来ぃ……」
アーク瞳から一筋の美しい雫が溢れる。
「アークが魔王だろうが無かろうが……俺は一生君の下僕だよ」
両肩に優しく手を置き、アークを真正面から見つめる。
「今日、まだ夜の魔力補給してなかったよね?」
「待って!」
ゆっくりと顔を近づける未来を慌てて静止するアーク。その頬はやんわり朱に染まっていた。「あのね……ずっと言ってなかったんだけど……もう自分で魔力を生み出せるようになってたの……」
「え? いつから?」
「夏休み始まったぐらい……かな……」
「えぇ? でも今日までずっと……ん!」
この日未来は、アークと“初めて”キスをした。
永遠とも思える時間の果て、名残惜しそうに唇を離したアークは意を決した様に口を開いた
「あのね……言わないでおこうかと思ってたんだけど……やっぱり言うね?」
「ああ……」
「私の大切な物……ここに埋まってる」
財布を忘れてすぐに引き返した春輝達はその一部始終をこっそり目撃していた。
春輝は嬉しそうに満足そうに笑っていた。
廻の瞳は、眼鏡が月光を反射してその色を確認する事が出来なかった。
デネボラは神を呪った。
運命を呪った。
そして、自分自身を強く呪った。
「昨日はお楽しみだったね!」
「うむ! 祭りは良いのぉ! 毎月開けば良いのにのぉ」
「アークちゃんが世界を支配した暁には毎月アークちゃん讃えるお祭りを開けば良いんだよ!」
「それ頂きじゃ! 春輝もわかってきたようじゃのぉ!」
「へへーありがたきしあわせー」
「「わぁっはっはっは!」」
大切な用があるから遅れてくるというデネボラの代わりに春輝がアークと馬鹿笑いを上げている。
その横で未来と廻はせっせと神社に生えている大木の根元を掘り起こしている。
「本当にここであってるんですかぁ?」
穴を掘るという作業は意外に重労働であり、廻は今から明日の筋肉痛の心配をしていた。
「うむ! ワシの心の奥の何かがここだと叫んでおるのじゃ!」
「単純かつ不信感たっぷりの回答をありがとうご……って言ってる間になんか掘り当てました」
未来のスコップの刃先に硬い何かの感触が。
「これは……煎餅のカンカン?」
それは、ボロボロの煎餅のカンカンだった。
「タイムカプセル……かな?」
「勝手に開けちゃっていいのかな?」
「アークちゃん……これ?」
神妙な顔でカンカンを見つめるアークにはほんの少しだけ脂汗が額に滲んでいた。
「う……うむ……恐らく……」
「じゃあ開けちゃおう、それ!」
春輝が勢いよく蓋をあけると中には幾つか封筒がしまいこまれていた。
廻がその中の1枚を手に取って開けてみる。
すると中からカードのような物が出てきた。
「チュパカブラ、ヒバゴン、ツチノコ、サスカッチ……UMAカード?」
それは、世界各国のUMA(未確認生物)の食玩カードだった。
カードと一緒にメモ紙が1枚。
『願わくはこのカードにプレミアが付きますように……』
「多分……付いてないんじゃないかなぁ……」
未来の開いた封筒には電車の切符が5枚入っていた。
日付は30年前の今日。
「て事はこれは30年前に入れられた物なのか? 春輝のには何が入ってた?」
春輝は1枚の紙を眺めながら呆然と立ちすくしていた。
「手紙……入ってた……」
「手紙かぁ、それこそ勝手に見ちゃまずいかもな」
「大丈夫」
声が震えている。舌の根があっていないようだ。
「だって……これ……ママの手紙だから」
未来の私へ。
今日は、未来の私。
この手紙を読んでるって事は隣には祐介と環、そしてスピカちゃんが居るって事だよね?
羨ましいなぁ……
これから私達がスピカちゃんと出来なかった事いっぱいいーっぱいしてあげてね?
その為にこれから私達が精一杯頑張るからね。
今度は見ているだけじゃない……私達が私達の手でスピカちゃんを助けるの。
1日でも早く私があなたになれる日を信じて……
永久守 美愛
「永久守って、ママの旧姓なの……」
手紙を持つ手が震えている。
「どういう事なんだ……アーク!」
アークは1枚の写真を眺めていた。
その写真はこないだ潰れたショッピングモールで撮られたモノだった。
真ん中にはマスコットキャラの着ぐるみ。
少し離れた場所で苦笑いしている少年とその横で笑っている少女は……
「パパ……ママ……」
面影がある、未来と廻にもその2人が校長と美愛先生だと分かった。
マスコットの横で楽しそうな笑顔を見せているスタイルの良い美しい少女には見覚えが無かった……無かったが……
「デネボラさん?」
春輝はなんとなくそう感じた。
そして……着ぐるみに抱き付いて太陽の様に笑っているのは……
「アーク……?」
それは紛れもなくアークだった。
後ろの垂れ幕には『2015 サマーセール!』と掲げられている。
「何で……何で30年前にアークが……それに……校長と美愛先生まで……春輝! どうなってるんだよ!」
「分かんないよ! 私にだって!」
春輝が取り乱すのも無理はない。自分の両親が、自分の親友の秘密を隠していたのだから。
「アーク、何か思い……アーク!」
アークは真っ青な顔で地面に伏せっていた。ガタガタと小刻みに震えて口からは「ワシは……わたしは……」といううわ言が漏れ聞こえてきた。
「どいて!」
突如、未来達に割って入りアークを抱きげた人物は、春輝の母にして学園の保険医美愛だった。
「ママ!」
「環! 手伝って!」
「はいよ!」
環と呼ばれて飛び出てきたのはデネボラだった。
「いくよ!」
2人がアークの額の上で手を重ねると、緑色の温かい光が流れ出す。
すると、アークの顔色がみるみる良くなっていき震えもすぐに収った。
「ふぅ……やっぱり来て正解だったね」
「そうだね~……美愛がいて良かったよ」
「ちょっと! どういうこのなの!」
安堵の息を漏らす2人とは裏腹に声を荒げる春輝。
「説明は後だ……今は彼女を安静にできる場所へ運ぶのが先だ」
そこに現れたのが校長であると気付くのに娘の春輝ですら数秒かかった。
何故なら、彼が纏う雰囲気がいつもとはあまりにかけ離れた暗く冷たく……鋭い物であったから。
妖館にある寝室の1つにアークを寝かせて、未来達は応接間へと集まっていた。
「それで……説明してくれるんでしょ? パパ?」
春輝が語気も強めに校長へと詰め寄る。
未来と廻も沈黙を守っていたが、その目には疑惑と不信がありありと浮かんでいた。
「ああ……説明するよ……全部ね……パパ達の事……タイムカプセルの事……魔法の事……そして、あの子……スピカの事………」
「スピカ……」
それは、美愛の手紙の中でも登場した名前。
恐らくあの写真の中で笑っていた少女の名前であり……
「そう……あの子は魔王なんかじゃない……あの子は……スピカは……俺達の娘だ」
物語は、30年前から始まる……