第5章 唄おう、魔王様のいる喜びを!
第5章 唄おう、魔王様のいる喜びを!
「ふむ……まあそれなりかの」
きょろきょろと1LDKの室内を見渡すアーク。
結局アークは未来が引き取ることになった。
一体何故こうなったのか、もはや自分だけの空間ではなくなってしまった部屋で、未来は思い起こす……
「大丈夫大丈夫なんも心配することない、俺が色々調べて何とかするからよ、1~2週間の辛抱だって! な? 君1人暮らしなんだろ? ちょうどいいじゃぁないか」
「そんなこと言ったって…」
「俺たちもできる限りフォローするからさ、なんでも言えよ? それとな――」
校長は少しだけ眉をひそめる。
「彼女の魔法、あんまし使わせるなよ?」
「何でですか?」
「俺たちは魔法や魔力が何なのかを全く知らないんだ、人体に影響がないともわからないだろ? 用心するに越したことはないさ」
「確かに……てか、やっぱり心配あるじゃないですか!」
「いーからいーから、それよりもあんなかわいい子と暮らせるって事を喜べよな。手ぇ出すなよ?」
「出しませんよ!」
「はぁ…」
結局強引に押し切られてしまった自分が情けなくなり深いため息をついた。春輝や廻、校長と美愛先生も全力でバックアップすることを約束して別れたが、不安は募るばかりだ。
「―い―らい―おい―」
(そもそも魔王だなんて非現実的な……だけど、確かに科学では説明のつかないことばかりだし――)
「おい! 未来!」
「え? あ、はい、ん!」
ハッとして不意に見上げた未来の唇を、アークの唇が塞ぐ。
「ん……ふう、まったく、何をボーっとしておるのじゃ、補給の時間じゃというとるのに」
「あ、はい、すいません」
本日2度目の衝撃に、またもや魂消てしまった。そして、やはり謎の気怠さを感じる。魔力とやらを吸われてしまったのだろう。未来は少し怖くなる。
「あの、魔王様、俺の魔力とやらが尽きてしまう事は無いのですか?」
「ふん、そんな事を心配しておったのか。大丈夫じゃ、命に別状があるほど吸ってはおらんし、寝てれば勝手に回復するわ」
「あ、そうなんすか、なんかRPGみたいすね」
未来はとりあえず納得したことにしておく。
「それで、魔王様、晩御飯なんですがお召し上がりに……」
「食うぞ、普通に」
「ですよねー」
なんだか釈然としない未来であったが、不思議な魔法で不思議な折檻を受けるかもしれないので口をつむぐことにした。
「本日のディナーはこのようになっております」
トントンとちゃぶ台にカップラーメンを2つ置く。
「なんじゃ?これは」
「ご存じありませんか、これはカップラーメンと言ってお湯を注ぐだけで美味しい――」
「そんなことは知っておる! こんな物しかないのかと言っておるのじゃ!」
こんなものと言ってカップめんの1つを未来へと突きつける。
「こんなものとは何ですか、奮発して298円の高級カップめんをお出したんですよ。しかも味噌と醤油のチョイスまでさせてあげたのに。味噌でいいんですか?」
アークの右手にあったのは味噌の方だったが別に味噌味が欲しかった訳ではない。
「そういう問題では――」
「わかりました、では特別にかまぼこを切ってあげましょう。さすが魔王様は贅沢嗜好であらせられますな」
アークは呆れて、半眼で未来を見据える。
「あーっもうよい!」
ドスドスと無遠慮に台所へ向かうアーク。冷蔵庫を物色し、台所用品もごそごそとあさり始めた。
「あのー何を?」
「お前はそこで座っておれ!」
おずおずと台所を覗き込む未来をぴしゃりと一喝する。
仕方なく未来は、適当にテレビをザッピングしていると、ジュージューという食欲をそそる音と、これまた食欲をそそる香ばしいにおいが流れてきた。この臭いは。
「チャーハン?」
「さあ、できたぞ」
運ばれてきたのは、黄金色に輝く美味しそうなチャーハンだった。
「これ……魔王様がお作りになられたのですか?」
「他に誰がおる。冷蔵庫の残り物やら冷凍ごはんやらで作ったのでな、あまり満足のいくもではないがまあギリギリ及第点かの」
しっかりと未来の分もよそわれていたので、ご相伴にあずかる。
「いただきます」
トカゲのしっぽとかチュパカブラの舌とかモスマンの鱗粉とか、得体の知れない調味料が入ってないかと半ばドキドキしていたが、あまりにも美味しそうな匂いと空腹に抗う事はできなかった。
「ん……美味い? なんですかこれ! 超美味いですよ!」
あんなに恐る恐るだった1口目が嘘のようにバクバクとチャーハンを平らげてゆく。
「そ……そうかの? 魔王にとっては造作もないことじゃがの」
アークも少し照れたように薄い笑みを浮かべ、チャーハンを口に運ぶ。
あっという間に平らげた未来にだいぶ遅れ、アークも食事を終えた。
「ふう、今日だけ特別じゃからな、明日からはしっかりとお前が食事を作るのじゃぞ! わかったか」
「はぁ、しかし料理がお上手なら魔王様が自分で作った方がよろしいのでは?」
正直未来は、アークの作るご飯がもっと食べてみたかった。
「馬鹿者、飯を自分で作る魔王などどこにおる」
ここに。
というセリフが喉まで出かかったが、何とか飲み込んだ。
「とにかく、明日からはお前がちゃんと作るのだぞ、わかったか? 分かったならワシはもう寝る。洗いものはきちんと洗っておけよ」
そう捨て台詞を残し、アークは寝室へと消えていった。未来の寝室はすでに彼の物ではなくなっていたのだ。
妙な所で魔王っぽく妙な所で家庭的だなぁと未来は少し可笑しくなった。
(おっと、まずいまずい、あんなんでもあいつは魔王なんだ、いつ妙な魔法で首をねじ切られてもおかしくはないんだ。用心せねば……)
未来の心はそう簡単には開かない。
たとえいくつかの錠を解いたとしても、心の奥に残る黒く大きな錠だけは、決して解かれることは無い。そう、たとえ誰が相手だったとしても……。
「おい、起きろ、朝だぞ」
「うぅん、マイクに叫んでも……敵が来るだけ……」
「ったく、しょうがない奴じゃ」
「うぅ…ん!」
夢と現実の狭間を彷徨っていた未来は悪い魔法使いの呪いすら打ち破る方法で、強引に現実へと引きずり降ろされた。
3度目とはいえ、今までそういった経験のない男子高校生を叩き起こすには効果抜群だった。
「あ……おはようございます」
「おはようございますではない、これからはワシより先に起きろよ」
呆れ顔で関白宣言を放つ少女を見つめて未来は思う。
(夢じゃ、なかったかぁ……)
昨夜から自分の寝床となった居間の床に寝転がっていることを確認して、昨日のすべてが現実であることを痛感する。
「ほれ、さっさと朝食を作らんか」
「かしこまりました……」
現実を受け入れ、とりあえず未来は朝食を作り始めた。
ピンポーン
「はーい」
突然の来訪者に、未来は朝食を中断して玄関へと向かう。
「どちら様ですか……なんだお前か」
「なんだとはご挨拶ね」
ドアの前に居たのは両手にパンパンの紙袋を持った春輝だった。
「お前なんで家の住所知ってんだよ」
未来はここへ引っ越して以来誰にも住所を教えていなかった。
「パパに聞いたのよ」
少し考えれば分かる事だった、昨日初めて校長にだけは教えていたのだから。
「お食事中ごめんなさいね、お邪魔するわよー、あっアークちゃん昨日ぶりー」
無遠慮に家の中へ侵入する春輝。
自分の聖域はすでに完全崩壊しているのだと理解した未来はがっくりと肩を落とした。
「お、お前は春輝!」
「やだ、名前覚えてくれたんだー嬉しいなー」
警戒態勢をとるアーク。
無理もない、昨日あれだけ激しく迫ったのだから。普通の少女ならトラウマものだろう。魔王は……どうなのだろうか?
「やーそんなに警戒しないでよ。昨日はちょーっと興奮しちゃっただけなんだから」
((あれがちょーっと?))
図らず2人の胸中はシンクロしていた。
「それでねーお詫びの意味も込めてはい! これ持ってきたの!」
持っていた紙袋を逆さにするとバサバサと大量の衣類が落ちてきた。
「なんじゃ、これは?」
「私の昔のお洋服、これからアークちゃんに必要でしょ?」
春輝はいくつかの洋服を手に持ってアークへ見せつけた。かわいらしいふりふりのついたワンピースだ。
未来はふと不思議に思う。
(春輝のやつあんなファンシーな服なんて持ってたか? もしかして……)
落ちている服をよーく見てみるとタグの取り忘れた服があるのを確認できた。
(あいつ、わざわざ買ったのか)
全てではないが、いくつかの服は春輝が新たに買い足した物のようだった。
「いらんいらん! ワシにはこの服で十分じゃ!」
「あーん駄目駄目、その服もかわいいけどずっと同じ服じゃ駄目。かわいい女の子はちゃんとおしゃれしないといけないって日本国憲法で定められてるのよ」
「んなアホな! たとえそうだとしてもワシには関係ない!」
「いやーズズッ朝からズズッ元気だなズズッ」
未来が軽い頭痛を覚え右手を額に添えた時、不意に後ろから声が聞こえた。
「うわっお前いつから居たんだ!」
そこには、朝食のそうめんをすする廻がいた。
「割と初めから、しかし春の、しかも朝食にそうめんってお前どういう神経してるんだよ」
「うっせーな、文句言いながら食うな! 好きなんだよ、そうめんが」
「しかしお前季節感ってものが無いのかよ。変態だな、季節の変態」
「魔王様は何にも言わないで食ってたぞ」
「呆れてたんだよ、多分」
よく分からない不名誉な称号を未来が承ったところで、春輝とギャーギャーと騒いでいたアークが切り出し始めた。
「ふむ、役者はそろったようじゃの。それでは、これから第1回世界征服会議を始めるぞ!」
「はい?」
未来は驚き、廻はクイッと眼鏡を直す。
春輝はアークが喋っている時にこっそりスカートを脱がそうとして蹴り飛ばされた。恐らく魔力の乗った蹴りだったのだろう、自分の持ってきた服の山の中に突っ込んでいった。
「世界征服会議じゃ、読んで字の如く、いちいち説明することもあるまい。完全復活していないとはいえ、何もせん訳にはいかん。小さな努力がいつか大きな花を咲かせるのじゃ。できることからやっていこうじゃあないか」
非常に前向きでまともなことを言っているように聞こえるが、内容はえらく物騒だ。
「まあまあアスカ、ここは1つ魔王様に乗っかろうじゃないか。勝手に何かやられても困るだろ?」
「う……それは確かに……」
昨日から言いくるめられてばかりのような気がする。未来はこの逆らい難き運命を与えた神を呪った。
「しかし、世界征服となるとやはり問題はアメリカか」
「そうね、世界のリーダーを自称するだけあるものね」
「重要なのは核だ。核の発射コードさえ握ることができれば世界への牽制を――」
「ちょちょちょっと待つのじゃ」
なぜかノリノリで世界征服計画を練り始めた2人を遮ったのは、意外にもアークだった。
「お前ら何を言っているのじゃ?」
「何って、世界征服の計画ですよ」
「アメリカだの核だの、ワシは「小さなことから」と言ったのじゃぞ。今の力で出来ることするのじゃ」
「今の力で出来ること?」
「で? なんでこうなるんだ?」
未来達は今、近所の公園へ来ていた。傍らにはお菓子をパンパンに詰めた袋が置いてある。子供たちの笑い声が響き渡る、のどかで平和な光景が広がっている。太陽と子供たちの元気がまぶしい。
「ふっふっふ、良いか? 子供とは宝、子供とは未来じゃ。そんな子供たちにしこたま菓子を配る、そうすると家のご飯が食べられなくなったり糖分を過剰に摂取する、そうすると不摂生や栄養過多、偏食や虫歯になってしまう、そうやってこの国の土台を知らず知らずの内に蝕んでいくのじゃ! さらに、菓子で子供たちの心をつかみゆくゆくは我が配下に……完璧じゃ!」
3人は唖然として得意げに鼻を鳴らすアークを見ていた。一体どれだけの時間を費やして征服するつもりなのか? そもそもこんな作戦に意味はあるのか? 歯医者が儲かるだけじゃないのか? 言いたいことはいくらでもあったがすべて無駄だろうと思い3人は何も言わなかった。
因みに菓子の費用は――
「はぁ……こんなに菓子ばっかどうすんだよ? 全部でいくらになるんだ……」
スーパーでポイポイと何に使うかも分からないお菓子を放り込むアークの横で頭を抱える未来。
理由も分からない癖に廻も一緒になって菓子を選んでいる。
「そういえばパパからこれを預かってきたの」
春輝が取りだしたのはクレジットカード、しかもゴールド。
「え? どゆこと?」
「アークちゃんを預かってもらってる訳だしね、その間に必要になる費用はこっから出していいってさ」
「うぉぉぉぉ! マジか!」
未来は手首ごともぎ取らん勢いでカードをひったくった。
「ちょ、感謝しなさいよね」
「するするする! しまくりだよ!」
それなりに貧しい暮らしをしていた未来にとってはまさに天の助けだった。
「あくまで! アークちゃんの為に使うのにって渡すんだからね!」
有頂天の未来にくぎを刺す。
「わかってるって! 魔王様、こちらなんていかがでしょう!」
費用が自分持ちでないと判るや否や、自分の好きな菓子を選び始める未来。
珍しく浮かれているようだった。
「んもう……アークちゃーん! これもこれもー!」
「しかし校長も太っ腹なことだな」
滑り台の上で何やら仰々しく演説するアークと、子供たちにお菓子を配る春輝を少し遠くで眺めながら廻と未来は話し込んでいた。
子供たちの親には「学校のボランティア部による地域との交流と演劇部の練習」という事で説明してある。やや強引な設定だが廻の話術とさわやかな笑顔で何とか奥様方を誤魔化した。
廻という男は自分の顔が良いことを自覚したうえで武器として使う事ができるのだ。
しかし本人は「ふん、僕みたいな顔のキャラクターは大体「馬鹿な……僕の計算に無いぞ!」とか「キミタチは僕の駒としてよく働いてくれたよ」とか言い出すサブキャラ止まりなんだよ、アスカみたいな特に特徴もない可もなく不可もなくな顔こそが主人公顔なのさ」とぼやいていた。
「一応責任感じてるのかね、封印を管理してたらしいし」
「ああ、それなんだがちょっと――」
「ちょっとー! あんたたちも手伝いなさいよー!」
子供たちに取り囲まれた春輝がSOSを出してきた。アークは相変わらず気持ちよさそうに演説しているが誰も聞いちゃいない。
「えー……しゃあない、ほれ、行くぞ」
「あ、ああ」
二人はしぶしぶ壮大な世界征服計画の大いなる第一歩に加わった。
「うー食った食った」
お菓子を配り終えた一行は昼食を取るために近所のファミレスへとやってきた。ちなみにここの払いも校長のカードで済ませるつもりだ。
「うむ、皆ご苦労であった。今日の日の事はいずれ語り継がれる神話の1ページに深く刻まれる事だろう」
「はぁ、そうですか、ありがとうございます」
1ミリも嬉しくはないが一応労をねぎらっているのだろうと未来は律儀にお礼をしておいた。
「む、そうじゃ、おい、未来」
対面の未来にちょいちょいと手招きをするアーク。
「? なんですか」
「ほれ、面を貸さんか」
「えぇ~めんどくさいな……なんですかいった――んっ!」
身を乗り出してアークへ顔を近づけると、すぐさま唇を奪われた。
春輝は驚いて顔に手を当てるがちゃっかりしっかり見つめていた。
一方廻は何の臆面もなく二人をじっくりと見ていた。まるで動物の観察でもするかのように。
「ん……補給の時間じゃ、忘れるな」
「毎回いきなりすぎますよ!」
事情を知っている春輝たちにすら見られるのは顔から火が出るほど恥ずかしいというのに公衆の面前で真っ昼間っからやられちゃあたまったもんじゃないと未来は抗議した。
ハッと横を見るとランチタイム中のマダム2人がこちらを見ていたが、目が合いそうになるとサッと顔をそむけた。だか、小さな声で「あらあら、私の若いころは~~」「まあまあいいじゃないの、年頃の~~」などと話しているのが聞こえる。
しかしアークは悪びれる様子もなく。
「なにを言っておる、朝昼晩しっかり頂くと最初に言ったであろうが」
「ちょ、声がデカいですって」
いやな予感がしてまた横を向く未来。
そこには、生暖かい目でこちらを見るマダムがいた。今度は目をそらさずにそのまま目が合う。目があったマダムは微笑んだままゆっくりと頷いていた。
未来は何かを諦めたように深く椅子へ座り俯いた。
「あーん未来ばっかりずるーい、ねぇアークちゃん、あたしの魔力も吸っていいよー」
タコのように唇を尖らせアークに迫る春輝。
「ちょ、やめい気色わるい! お前の魔力など要らん!」
「んもう、イケずなんだからぁ。あたしのじゃ駄目なの?」
「駄目じゃな」
露骨にがっかりしてみせる春輝。
すると。
「僕のでも駄目なんですか?」
廻までこの騒ぎに参加し始めた。がしかし、廻の目は真剣そのものだった。
「駄目じゃ、要は相性じゃな、A型の人間にB型の血液を輸血しても駄目じゃろう? そういう事じゃ」
「はぁ、実に人間的かつ明快な例えをありがとうございます」
「うむ、よきにはからえ」
未来は多少皮肉を込めたのだが、アークが得意げなのでまあ良しとした。
「相性……では、魔力自体は僕らにもあるんですね?」
廻は依然真剣な面持ちでアークへ問いかける。
「そう言ったであろう?」
「うーん……そう言われても実感ないというか……」
「春輝なぞなかなかに面白い魔力が宿っておるぞ、鍛えてやれば化けるやもしれん」
「え! 本当に!」
春輝は顔を輝かせて喜んだ。魔法かぁと一言つぶやき何やら妄想の世界へと浸り始めた。
「では、僕らも使おうと思えば魔法を使えるのですか? そもそも魔力とは、魔法とは何なのですか?」
「待て待て! 全くお前は質問が多いぞ!」
詰め寄る廻をどうどうと制すアーク。コホンとひとつ咳払いをし、ゆっくりと語りはじめた。
「いいか、魔力というものはこの世の全てにあふれておるのじゃ。人間は勿論、動物や植物、生きとし生けるもの全て、魔力と共にある。おまえたち人間も実は、多かれ少なかれ魔力のおかげで生きておるのじゃよ、身体的にも精神的にもな」
「そんな……そんな重大な事、人類はまだ気づいていないというのですか?
廻の表情に薄い陰りが見え始める。
「まあな、じゃが心配するな、魔法でも使わん限り魔力を消費するという事はまずないからな」
「俺は魔法なんかこれっぽっちも使ってませんけど魔力とやらを消費してるみたいですがね」
今度は皮肉たっぷりの未来。
だがアークは意にも介さず。
「多少の眩暈は感じるかもしれんが、おおむね健康であろう? おぬしに害がない程度プラス自然回復の量を計算して吸っておるからの、お望みとあらばもっともっーと吸って魔力と人体の関係性を実演して見せようか?」
「いえ、遠慮しておきます」
軍配はアークに上がったようだ。そして講義は続く。
「で、魔法なんじゃが、これは体内の魔力と空間に広がる魔力の元「魔素」を干渉させることによって生ずる現象じゃ」
「魔素……ですか?」
「その魔素ってのは今あたしたちの周りにも浮いてるの?」
「ああ」
春輝は大きく深呼吸を始めた。大方その魔素とやらを吸ってるつもりなのだろう。
「魔素はどこにでもある。場所によって濃さは違うがの。なぜ湧いてくるのかはワシにも分からん。まぁとにかく、体内の魔力を「こうなれ」と強く思い解き放つ事で魔素と干渉させ、実際にその思ったことを実現させるのが魔法じゃ」
「ってことは思ったことは何でもできるって事?」
廻も何か言いたげであったがテンションの上がっている春輝に遮られてしまう。しかし、同じようなことを聞きたかったのか大人しく引き下がった。
「まあな、じゃがすることがデカければデカいほど必要な魔力、魔素、そして魔力を練る力は大きくなる。煙草に火をつける程度であればそこまで難しくはないが、森を焼き尽くすとなると途方もない量が必要になるのじゃ」
「じゃじゃじゃあ、あたしも練習すればちょっとした火起こしぐらいできるの?」
春輝はこれまでに無いぐらい顔を輝かせていた。もしかしたら自分は魔法を使えるかもしれないという思いが、彼女の中のワクワクを大爆発させているのだ。
しかし――
「うーん、どうじゃろうなぁ……普通は幼いころから魔力を練ることを感覚で覚えさせるからの、魔法を使わないおぬしたちはその感覚がほとんど無いと見える。かなり難しいとワシは思うのぉ……」
期待していた答えと違い、春輝はがっくりと肩を落とした。具体的に魔法で何がしたかったのかと聞かれれば「特に何も」ではあるが、それでもやはり非常に残念だった。
「なるほど、しかし、魔法を使わない僕らの世界にも魔力や魔素が存在するのはなぜでしょう?その感覚が何かの拍子で芽生えて魔法が使えるようになった人間はいないのでしょうか? それと「普通は子供の頃から~」というのはいわゆる魔界の話なんですか? 魔界にも人類のような~」
「あ~もうまた始まった! もう今日の講義はこれまでじゃ! ワシにここまでさせたのじゃ、今日はワシに感謝を捧げて眠るにじゃぞ! 以上! 帰るぞ! 疲れた!」
堰を切ったように流れ出た廻の質問攻めを遮り、魔王様の魔法教室はこれにて終業と相成った。
家へ帰るとアークは“自分”のベッドに倒れこみ惰眠を貪った。
その後、夕方ごろにもそもそと起きはじめたアークは丁度出来上がっていた夕食を平らげ、そして……
「おい、未来、魔力を頂くぞ」
「あ、は、はい」
確かに一言断りを入れてからにしてくれと言ったが、予告があればあるで――
(どんな顔すりゃいいんだよ…… きっと今相当間抜けな顔してんじゃねえかな、俺)
アークの顔がゆっくりと近づくのをただただ見つめるだけの未来。
(うわ……)
初めて意識する吸収の瞬間。“キス”と思はないのは気恥ずかしさからか。
唇が重なる時間がいつもの何倍に感じる。実際はいつもと変わらないのだが要は意識の問題。
「ん……ふぅ、これで満足か?」
「はぁ」
これじゃあ不意打ちの方がマシだったと後悔する未来。
こんな毎日がこれから続くのかと思い、痛みはじめる頭に手を当てる未来。これ以上悪くなることは無いはずだろうと何とか自分を落ち着かせるが、そんな希望的観測は翌日早くも打ち砕かれることになってしまうのだった。
ピンポーン ピンポーン
寝袋にくるまっていた未来を叩き起こしたのは、無遠慮に鳴らされた玄関のチャイムだった。
「なんじゃ騒々しい……」
眠い目を擦りながらアークがのそのそと起きてきた。
「春輝か廻でしょうか? それにしては少し早いような」
今日は10時に約束をしていたはずだ。ちらりと時計を見ると、10時にはまだ少し早かった。
「誰でも良いわ! さっさと黙らせろ!」
等間隔でなり続けるチャイムにアークの苛立ちは高まりつつあった。
「はいはい……どなたですか~?」
めんどくさそうに未来が扉を開けると、そこにいたのは春輝でも廻でも誰でもなく、ピンクの髪が眼に痛い幼い少女が立っていた。
「どなたですか?」
「ここに魔王様がいるでしょ? ネタは挙がってるのよ! さぁ、魔王様を出しなさい!」
朝から耳に響くキンキン声が耳をつんざく。
「なんじゃなんじゃ~? 誰だったのじゃ?」
ひょっこりとあらわれたアークを確認すると、少女はロケットのように飛びついた。土足で。
「あぁ~魔王様! 会いたかったでやんス! あっしです、魔王様の右腕にして妹分のデネボラでやんス! 覚えていないでやんスか?」
がっしりとアークの両肩を掴み、真っ直ぐな眼差しをぶつけている。
「覚えてない……でやんスか?」
「う……うむ……すまぬが記憶にない。許せ。」
バツが悪そうなアークの返事を聞いた時、未来は一瞬深い悲しみがデネボラと名乗る少女の顔に浮かんだような気がしたが、少女は明るく続けた。
「大丈夫でやんス! いつか思い出してくれる日が来るとあっしは信じてるでやんス! それまでもそれからも、あっしは魔王様の1番の部下でやんス!」
「う、うむ! デネボラと言ったか、よろしい! 我が右腕として、存分に働くがよい!」
「へへー! 有難き幸せ!」
「「ワァーッハッハッハッハッハ」」
楽しそうに高笑いを上げる2人を見つめ、自分の認識がいかに甘かったかを思い知る未来であった。
未来がこれまでのいきさつを説明していると、春輝と廻がやってきた。
春輝は「何この子~! かっわい~い!」と大騒ぎ。
廻は「君、コスプレとか興味ない?」と危ないお誘いをしていた。
なんだかんだで落ち着きを取り戻した2人は、改めてデネボラの素性を聞くことにした。
「えーっと、デネボラちゃん、だよね?」
「いかにも、私の名前はデネボラ。魔王アーク=トゥルス様の右腕にして妹分よ。以後お見知りおきを」
どうやらあの取って付けたような手下言葉はアークにのみ向けられるらしい。
「でも、アークちゃんはデネボラちゃんの事覚えて無いのよね?」
「う、うむ、復活以降どうも記憶があやふやでな、すまぬが記憶にないのじゃ」
申し訳なさそうにデネボラを見るアーク。
目が合ったデネボラはにかっと明るい笑顔を見せて。
「あっしは大丈夫でやんス、どうぞお気になさらないでゲス」
「デネボラ…さん? なぜ魔王様がここにいると分かったのですか? それと、あなたはどう見ても小学生にしか見えませんが、一体おいくつなのでしょうか」
廻の眼鏡が光った。お得意の質問攻めが始まるぞとアークはため息をつく。
「全く、女性にいきなり齢を聞くなんて失礼よ? まあいいわ、正確には数えてないけれどあなた達の何倍も生きているのは確かよ?」
「ずっと人間界? っていうのかな? に居たんですか?」
「ええ、あちこち転々とはしていたけど、こっちの世界で生活していたわ。戸籍やらなんやらは意外と何とかなるもんよ? そして、何故私が魔王様の居場所を分かったか、それはね……」
一呼吸置いた後一言。
「愛よ」
「愛、ですか?」
「そう、愛の力」
そう言ってアークにウィンクを投げかけるデネボラ。
アークはなぜか「いやぁ……」と恥ずかしそうに頭を掻いている。
春輝はこれまた何故か目を輝かせ、未来は呆れていた。
そして廻は、「愛」の中に込められた半分の冗談と半分の誤魔化しを感じ、やはり一筋縄ではいかないかと小さくため息をついた。
だが、廻はそれでも果敢に攻め入った。
「そうですか、では、あなた達は一体何なんですか?」
踏み込んだ質問に空気が引き締まる感覚を全員が肌で感じていた。デネボラの顔には、その外見からは考えられない含蓄のようなものが浮かんでいた。何十年、下手したら何百年も生きているというのは冗談ではないのだろう。
「それを知ってあなたはどうするの?」
「我々がお仕えする偉大な魔王様とその腹心のあなたの事をもっと知りたいのですよ」
心にもないことは誰もが分かっていた。
「ふむ、殊勝な心がけじゃ、愛い奴め」
いや、1人は全く解っていなかった。
「敵を知り……という事ではなくて?」
口元がにやりと笑っているが、目は笑っていない。
「まさか! 無力な男子高校生がそんな大それたこと考えるわけがありませんよ! ひとえに、尊敬と好奇心からくる疑問ですよ」
わざとらしく身振りを加えて仰々しく反論した。
「そんなに知りたいの? 好奇心は猫をも殺すのよ?」
「9つの命を失ったとしても、知りたいことがあったのでしょう?」
「はっ、良く口のまわる人間ね、いいわ、少しだけ教えてあげる」
悪戯っぽく笑ったデネボラは、小悪魔という表現がピッタリだった。
「私たちはそうね、“悪魔”という表現が一番しっくり来るかしらね」
「悪魔……ですか」
未来はごくりと喉を鳴らす。
「ええ、こことは別の次元、まぁ魔界とでも言えばいいかしらね、私たちはそこから来たのよ。魔王様はそこを総べる王なの」
「こんな可愛いのに?」
「私達にとって姿形に意味はないわ。そんなものにこだわる人間は愚かよね。」
やれやれと首を振るデネボラ。
「ではなぜ、その王様が自らお1人で攻めて来たのですか?」
「貴様らの常識を持ち込むな。我らが魔王様は自らのお力で血路を開く王なのだ」
文化? の違いと言われてしまっては言い返すこともできず、廻は多少の疑問を残しつつも引き下がっていった。
「このような世界など魔王様があっという間に掌握できる……はずだった」
「誤算が?」
「ええ、詳しくは教えてあげないけどね」
廻は考えた。地球は今だ人類の物であり、アークは妖館の地下に封印されていたのだから何かしらの誤算があったのだろう。その“誤算”を突き止めることができれば――
「妙な下心は抱かない方がいいわよ。他の人間より長生きしたければね?」
心を見透かされたようで少しどきりとしたが、廻は極力動揺を表に出さぬよう務めた。
「私はいろんな意味で下心なんて抱きませんよ、アスカや春輝じゃあるまいし」
「「おいおい!」」
綺麗なユニゾンで突っ込みを入れるのは幼馴染みの為せる技か。
「ワシの封印された原因か……」
「魔王様には後で色々ちゃーんと教えてあげるでやんスよ!」
廻が質問している時の隙のない表情は、アークへと向けられた瞬間見た目相応の少女の様なあどけなさを見せる。一体どっちが本当の彼女なのだろうか。それとも……
「ふむ、ワシのスタイリッシュでビューティフルな過去に興味があるのは分かるのだが、そろそろ作戦会議を始めようではないか」
「作戦会議といいやすと……」
「無論、世界征服に向けての作戦会議に決まっておろう!」
「! 嗚呼、このデネボラなんという愚問を! どうかお許しくださいでやんス!」+
「許す!」
「へへー有難き幸せ!」
「「ワァッハッハッハッハ!」」
綺麗なユニゾンで高笑いを上げるのは美しき主従関係の為せる技なのか……
その後、喧々諤々の会議によって産まれた「ドはドリルのド作戦」は大成功を収め、アークは大満足だった。
アークの考えるしょうもない作戦(今回も全く被害なし)についてデネボラは一体どう反応するのか未来は不安だった。本格的な「征服」を提案するのではないかとひやひやしていたが取り越し苦労だった。
しかし、デネボラもまた……
「さささささぁーすが魔王様でやんス! 全く隙のない作戦にこのデネボラ、先程から戦慄が止まらないでやんス! ぶるぶる」
わざとらしく震えてみせるデネボラに、アークは非常に満足そうだった。
不安と言えばもう1つ、アークの「魔力吸収」である。
崇め奉るアークと、魔力供給という大義名分があるとはいえキスをするという事はデネボラの逆鱗に触れるのではないかと、消し炭にされてしまうのではないかと密かに不安だった。
しかし、そちらもまた……
「へぇ……本当にキスで魔力を吸収してるでやんスね……」
「あたしや廻の魔力じゃだめなんだって。デネボラさんのでも駄目なのかな?」
「そうね、やっぱり未来クンの魔力じゃなきゃダメだと思うわ」
「ふーん、てかキスについては別にいいのね」
「え? まあこれしか手段がないし、魔王様も別に気にしていないようだからとやかくは言わないわ。変な気分ではあるけどね」
「意外と合理的というか、理性的なんですね」
「あなた達とは違うのよ」
と言ってウィンクを飛ばすデネボラ。
見た目は子供、頭脳はお姉さん、実は魔界の住人、そしてアークの下僕。
本当の彼女は、一体どこにいるのだろうか……
(人がキスしてるところを冷静に分析するなよ、恥ずかしい)
そんなこんなで、風雲急を告げるかと思われたデネボラの登場は彼らの生活に大きな変化をもたらすことは無かった。くだらない征服計画に付き合わされる日々の中で、未来は毎日
「明日には校長がアークを連れて行くだろう、それまで我慢だ」
と自分に言い聞かせてきた。
そして、あっという間に新学期が始まった。
悩み事で頭が痛いなんて漫画やアニメじゃよくある表現だけど、そんなのは「性的興奮で鼻血が出る」と同じようなもので、迷信だと思っていた。
でも、目の前で嬉しそうに制服を着て歩くアークと、どこか気恥ずかしそうなデネボラを見てこれからの生活を思うと、なるほど確かにずきずきと頭が痛くなってくる。
「どぉしてこうなっちゃったのかなぁ……」
ため息を付きながら未来は昨日の事を思いだしていた。
「一緒に学校にいくぅ?」
始業式前日、いきなりやってきた校長と保険の美愛先生から告げられたのはとんでもない話だった。
「うん、だってさ、魔王様は君から朝昼晩魔力を吸わなきゃいけない訳だろう? だったらねえ? 緒に学校に行かなきゃいけないだろ?」
「学校? ワシ、学校に行けるのか?」
心なしか、いや、アークは思いっきり嬉しそうだ。
「ええ、手続きはすべて済ませてあります。あなたは某国の貴族のお嬢様で、我が校に短期留学にやってきたという設定になっています。あ、デネボラさんは付添いのメイドね。」
「そうか、学校かぁ……結構結構! すぐにワシの手中に収めてやるわ! のう、デネボラ!」
「え、ええ、そうでやんすね」
ネボラの方は珍しくどこか動揺しているようだ。」
ちなみにデネボラはすでに校長に挨拶済み、魔王の封印を司る家系だけあって一悶着あったとかなかったとか。
「これが制服ね、あ、サイズは春輝から聞いてるからぴったりのはずだよ」
「おお! 大義であるぞ! よし、さっそく着てみようではないか!」
「ちょ、魔王様、落ち着いて下さい……でゲス」
「あ、待って、私も手伝うから」
右手に制服、左手にデネボラの手を引いて美愛先生と奥の部屋へと消えていった。
3人が完全に奥に消えたのを確認してから、未来はヒソヒソと校長に詰め寄った。
「ちょっと、すぐにどうにかしてくれるんじゃなかったんですか?」
「いや~俺も色々頑張ってるんだけどね~なかなかどうして」
「なかなかどうしてじゃないですよ! 学校なんか通わせて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろ、デネボラも居るし。」
(そのデネボラへの信頼はどこからくるんだよ……)
「それに……」
如、奥の部屋のふすまががらりと開いた。
「どうじゃ未来! 征服者の制服姿は!」
開口一番くだらないダジャレを放ちニコニコしながら現れたアークの制服姿は、まるで彼女の為に作られたかのように似合っていた。
奥ではデネボラがどこか気恥ずかしそうに立ち、美愛は何か満足げな顔をしている。
「それに、あんなに嬉しそうじゃないか」
「ほら、どうした未来、キリキリ歩かんか!」
ウキウキと速足で歩くアークの歩調にしかたなく合わせる未来。
すると――
「あー! アークちゃんかーわいー!」
キラキラと目を輝かせる春輝と廻と合流した。2人とはいつもここで合流していた。
「ふむ……出会った時から思ってたんですが……魔王様コスプレなんか興味ありませんか?」
また妙な事を口走る廻。
「コスプレ?」
「ええ、欧米的な美しい顔立ちに流れるような銀髪、こりゃ天下捕れますよ、コスプレ界の天下」
「なに、天下とな」
天下という言葉にほいほい釣られるチョロイ魔王様。
「いけないでゲスよ魔王様! 下賤の者に魔王様のお姿を晒すなど!」
「ああ、デネボラさんもどうですか、一部地域で天下捕れますよ」
「お断りよ、この制服だって恥ずかしいってのに……」
たしかにデネボラの制服姿は小学生がコスプレしてるようにしか見えない。
「えー デネボラさんの制服すっごく可愛いのにー」
「可愛くても!」
そんなことを話しながらいつの間にか学校に到着していた。
クラスも担任も持ち上がりで新鮮味の欠ける新学期に転校生がやってくるという噂が流れ教室は騒然となっていた。
あれやこれやと情報が錯綜する中、未来だけは静か~に席に着いていた。
「おらー お待ちかねの転校生の紹介よー 静まりなさい」
荒々しく登場した担任の一喝で教室は静まり返る、ついに噂の転校生が登場するのだ。
「はーい、じゃあ2人とも入ってきてー」
ゆっくりと、何故か誇らしげに胸を張ってアークが登場した。後ろから少し恥ずかしそうにデネボラがやってくる
お、お、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
教室は騒然となった。
おいおいおいおい、マジかよ! 2人ともお人形さんみたーい かわいー この学校に入って良かった、本当に良かった…… お前マジ泣きかよ
「わが名はアーク、アーク=トゥルスじゃ、良きにはからえ」
「アーク様の使用人のデネボラと申します」
使用人! なになにお嬢様? じゃって言う人ってホントにいるんだぁ お姫様だろ! どっから見てもお姫様だろ くぁー身分違いの恋かぁ望むところよ! 向こうは望んでねぇよ
「はーい静かに、アークちゃんはさる小国の貴族のお嬢様で社会勉強の一環として我が学園にやってきました、デネボラちゃんはメイドさんね、短い間だけど仲良くしてね」
流石に慣れて来たのか、ゆっくり前を向いてデネボラが口を開いた。
「アーク様は貴族にふさわしくという事で少しおかしな日本語を覚えてしまいました。他にもよく分からないことを口走ってしまうかもしれませんが何卒よろしくお願いします」
なんかちょっと失礼な事言ってないかと未来は思ったが、アークは「うむ、そう言う事じゃ」と満足そうなので良しとしよう。
「えーっと、席は一番後ろ、明日風君の後ろね、あ、因みにアークちゃんと明日風君は遠い遠~い親戚らしくてね、日本でのアークちゃんの面倒は明日風君がみてるってことでみんなよろしくね~。
(何その設定! 初耳! てか、そんなこと言っちゃったら……)
えええええええええええええ!
(ほらね)
ちょっとちょっとどういう事! なに、明日風君って貴族の血入ってる訳? そういえばそこはかとなく高貴な雰囲気が…… ちきしょう、てことはこれが物語なら主人公は俺じゃなくて未来かよ どんな物語だろうとお前はクラスメートCあたりが関の山だよ
教室の騒乱はしばらく続いた。
押し寄せる級友の質問攻めに未来が目を回しそうになっていると、デネボラが助け舟を出してくれた。
すべての質問に丁寧に答えるデネボラ。口から出まかせ、その場しのぎのハッタリだろうが、恐ろしいことに一切の矛盾なくすべての質問につじつまが合うストーリーを組み建てていた。
アークからたまに飛び出す「魔王」「世界征服」「下僕」などのおっかない単語にもきっちりフォローを入れていた。
結局下校時間まで質問攻めは続いた。
未来はこれからの学生生活の事を考えると、今朝より頭が痛んだ。
しかし実際の所、彼らの学生生活は未来が頭を痛めるほど厄介なものでもなかった。
デネボラの的確なフォローもあるが、アークが思いの外学校に馴染んでいた。
昼の魔力供給は「宗教的な理由で昼に空を見ながら祈りを捧げる」という理由で屋上を開放してもらいそこでこっそり行っていた。
「意外と問題なくいくもんだな」
ある日の帰り道。
未来、アーク、春輝、廻、デネボラの5人での下校はもはや日常と化していた。
「当然。私と魔王様にとってこの程度の児戯、造作もないことよ」
「うむ、その通り。ワシの配下も着々と増えておるぞ」
「「あーっはっはっは!」」
天下の往来で人目もはばからずに高笑いを上げる様ももはや日常だった。
この状況に一瞬違和感を忘れていた自分を未来はいやになった。
「配下ってお前、友達の事だろ?」
「こら」
「いで」
呆れ顔で呟く未来にデネボラがデコピンを喰らわせた。
「魔王様になんて口のきき方。敬語を忘れないように」
「うむ、気安いぞ未来、頭が高ぁ~い頭が高ぁ~い」
「全くだな、魔王への敬愛の気持ちを忘れてはいけないよな、な、魔王様」
「うむ」
「アークちゃんは魔王様だもんね、そんけーといふのねんを込めないとね」
「うむうむ」
「「尊敬」も「畏怖の念」も漢字で書けない癖に……てか2人はめっさタメ口じゃん! それはいいの――」
「こら」
デネボラの2発目が正確にさっきの場所を撃ち抜く。
「って……お2人はおタメ口であらせられせられるのではございませんでしょうか? そちらはよろしいのでありますですか?」
わざとらしく敬語を間違える未来にデネボラは不敵な笑みを漏らして言った。
「2人は別にいいの、魔王様が気になさってないから。今度キミにはデネボラさんの楽しい敬語講座を開設してあげましょう」
「わざとらしすぎる手下言葉よりいくらかマシだと思うのですが……」
「でもお友達を配下って呼ぶのはちょっと私もいただけないかな?」
春輝の思わぬ援護射撃に少しだけ未来の旗色が良くなる。
「アークちゃんはさ、クラスの人達とお話しするの好き?」
「うむ! なかなか愉快な奴らじゃ!」
アークはこれで意外とクラスの人気者だった。
可愛らしい外見に似合わぬ言葉遣い。
しかしそれだけではなく、尊大なようでいて他人の心の機微に聡く。落ち込んでいる者や悩みがある者へとさりげない気遣いを見せる。
そんなアークの周りには自然と人が集まっていた。
「じゃあその人達は配下じゃなくてお友達だね!」
「お友達……ふむ! よかろう! ワシのお友達という栄誉を奴らに授けようではないか!」
「ヒャー! 寛大なお言葉にこのデネボラ涙が止まりませんでゲス!」
「「わぁっはっはっは!」」
2人の高笑いは抜けるような青空にいつまでも響いていた。
とある蒸し暑い夏の出来事。
「こりゃ未来、そろそろ起きんか!」
料理が趣味のアークはすっかり料理当番として毎日その腕をふるっていた。
「すみません魔王様……体調が優れないので今日は欠席します……」
寝袋から覗くその顔は確かに顔色が悪かった。
「なんじゃ風邪か? だらしがないのう……乾布摩擦せい!」
「はい……すいません……」
爺さんのように叱責するアークに未来の反応は薄かった。
「ふむ……まあ今日はしっかり休んでこれからの征服活動に備えるのじゃぞ? 良いな?」
アークは手早くお粥をこしらえると足早に登校していった。
ほのかに香る美味しそうなお粥の匂いに、未来は少しだけ心が痛んだ。
「おはよ……今日はアークちゃん1人か……」
合流した春輝は未来の不在についてあまり驚いた様子は無かった。
むしろ、どこか悲しさのようなものを含んでいるようにアークは感じた。
「さぁ、早くしないと遅刻するぞ」
未来について一切触れずに先を急ぐ廻。
そんな2人の様子を不審に思い、アークは寂しそうに廻を見つめる春輝に尋ねた。
「のう春輝。お前達は未来の不調について何か知っておるのか?」
春輝は少しだけ考える様な素振りを見せた後に小さく答えた。
「うん……アークちゃんにはいいよね……後で話してあげる」
それきり春輝は一言も口を利かなかった。
「ただいま帰ったのじゃ」
「はい、お帰りなさい」
アークは今、自分が無意識に「ただいま」と言ったことが少し恥ずかしく、おかえりと返って来た事が少し嬉しかった。
未来は普段着に着替え、窓際で夕立を眺めていた。
「もう良いのか?」
「はい、ご心配をおかけして申し訳ありません」
少しだけ声に生気が戻っていたが、まだ何処か力無かった。
「それは春輝と廻に言え」
「はい?」
カバンを置いたアークは未来の前に立つ。
その瞳はまっすぐ未来を捉えていた。
「聞いたぞ……春輝から全てな……」
昼休み、いつもは賑やかな昼食が今日は静かだ。
「今日は食堂で食べるよ」
とそそくさと人ごみへ消えた廻。
「すみませんでゲス……ちょっと校長に用があるでやんス……」
とデネボラも居なくなった。
アークと春輝、2人だけの静かな昼食。
不意に春輝が、ポツポツと語り始めた。
「今日はね……未来のご両親の命日なの」
「命日?」
未来の両親が不在であることは勿論アークも気がついていたが、既に亡くなっていたというのは初耳だ。
「うん、毎年この時期は学校休んだりしてるんだ……4年前かな……交通事故で。その時未来ってば2人と喧嘩していたみたいなの。別に仲が悪かった訳じゃないのよ? ただ……思春期ってやつ? 進路の事とかで色々衝突していたみたいなの……」
徐々に悲しみを帯びてゆく春輝の声をアークは黙って聞き続けた。
「でね、仲直りできなかったままお別れしちゃったんだけど……お葬式の時も未来はね……少しも泣かなかったの」
春輝の瞳に涙が浮かぶ。
「俺は大丈夫だってうわ言みたいにずっと言ってた。本当は全然大丈夫なんかじゃないのに……。それでね、その後未来は心を閉ざしちゃったの。多分、他人との関わりを一切持ちたくなかったんだと思う。お別れするのが辛いから……」
「しかし、お主達は……」
アークの問いに悲しそうな笑顔で答える。
「私達は特にだよ。あっち行け、俺に構うな、失せろ、そうやって拒否され続けたけど……私達は諦めなかった。だって……諦めたら未来がどこか遠くに行ってしまいそうだったから……」
青空を仰ぐ春輝。遠くからは暗雲がこちらへ忍び寄っていた。
「結局向こうが根負けしてくれたけど……でもね、未来はまだ自分を騙したまんまなの。その証拠に……未来はもうずっと……笑ってないの」
アークには心当たりがあった。
それはずっとひっかかっていた未来への違和感。いま言葉にされてやっとわかった。
未来は……心の底からは一度も笑っていないのだ。
「みんなにはそんなこと無いって言われるだろうけど……私と廻にはわかるの……あれは本当の未来の笑顔じゃないって」
必死に涙をこらえる春輝が、真剣な眼差しでアークを見つめた。
「それでね……アークちゃんにお願いがあるの……未来の……未来の笑顔を取り戻して……」
「それは……お主らの方が適任ではないか……?」
瞬間、春輝の眼から大粒の涙が溢れ出した。
「駄目なの……私達は……怖いの……。未来がまた……あの頃に戻ってしまうのが……昏い瞳で宙を見つめて……目を離したら2度と会えなくなってしまいそうな……あの頃に戻るのが怖くて……私達は何もできないの……ごめんね……ごめんね、情けなくて……不甲斐なくて……」
止まらない涙を拭うことなく震え続ける春輝をアークはそっと抱きしめた。
「情けないなど……そんな事あるものか。お前達は……春輝は不甲斐なくなんかない。未来にもきっとお前達の心が通じているはずじゃ。ならばワシは、ほんの少しだけお主らの手伝いをしてやる。だから、な? もう泣くのはお止め……」
アークは春輝が泣き止むまで、優しく抱きしめていた。
「チッ……余計な事を……」
そっぽを向いて顔をしかめる未来。
アークは顔の方向に回り込んで未来の瞳を見つめた。
「余計な事でなどあるのか! 未来、もう自分を偽るのはやめんか。本当はお前だって悲しいのじゃろ?」
未来の顔はみるみる怒りに染まっていった。
「なんなんだよあんたは! 人の家にも心にも土足でズカズカ入り込みやがって!」
「靴は脱いどるぞ?」
「そういう事じゃ……もういいですよ……今は出てって下さい、お願いします……」
静かだが確かな怒りを秘めた未来がため息混じりにアークを促す。
「いやじゃ、お前が素直になるまでここを動かん」
頑として動かないアークに未来のイライラは限界に達していた。
「わかりました……じゃあ俺が出てきます」
「待て!」
アークの横をすり抜け家を飛び出そうとする未来を、小さく白い腕が引き止める。
「放せよ!」
「きゃ!」
力づくで振りほどこうと振り回した未来の腕がアークを突き飛ばす。
ガン!
小さく華奢な少女は簡単に吹き飛ばされ、テーブルの角へ強かに頭を打ち付ける。
「お……おい……冗談だろ?」
糸の切れた操り人形の様に力なく倒れているアークに、未来はこの上ない恐怖を感じていた。
「おい……やめろよ……なあおい……アーク……アーク!」
乱暴に体を揺する未来の瞳から一筋の光が流れる。
その光がアークの頬へとたどり着いた瞬間――
「わぁっはっはっは! この程度で魔王がくたばる訳なかろう! 愚か者が!」
ガバリと飛び起きたかと思うといつもの調子で高笑いをあげるアークに未来も最初は呆気に取られていたが、徐々に怒りが込み上げてきた。
「ふざ……けんな……俺がどれだけ心配したと思ってんだ!」
「殺人を犯してしまったと思ったからか?」
トンチンカンなアークの答えに未来の怒りは更にヒートアップする。
「馬鹿野郎! お前が死んじまったかと思ったからに決まってんだろ!」
「そうか……すまなかったな……」
赤ら顔で詰め寄る未来をアークは昼間、春輝にやってあげたように優しく抱きしめた。
「な……あ……」
突然の抱擁に動転する未来。
「未来……ワシは魔王じゃぞ? たとえ何があろうと居なくなったりせん。運命などワシの前では赤子同然じゃ、抱きしめて飼い慣らしてやるわ。だから、の? 安心して……安心してワシを好きになるが良い」
「あ……あ……」
未来は一刻も早く自分を締め付けるこの両腕を振りほどきたかった。
心地の良いこの腕だっていつかは自分の元を去っていく。だったら始めっからこんな気持ち知らなきゃいいんだ。
なのに……それなのに……未来はこの細く優しい呪縛を解けずにいた。
「俺……は……俺は……」
「未来」
アークと目が合う。
初めて間近で見たアークの瞳は、美しい瑪瑙色をしていた。
「お前は1人じゃない……これまでも、これからも、ずっとな」
こんな小さな少女の言葉1つが何になる?
せいぜい、悲しい少年の閉ざした心を開く程度が……精一杯だ。
「すみません……付き合って貰いたい所があるのですが」
夕立は更に激しさを増していた。
しかし……
「わかった」
そんな事は関係ない。
未来が行きたいところがあると言うのだ。だったらどこまでだってついていってやろうじゃないか。
「ありがとうございます」
「気にするな」
しかし一つ困った事が。
「そうじゃ、さっきワシのお気に入りの傘が壊れてしもうたのじゃった」
アークは突風に煽られてお気に入りの「晴天」と力強く書かれた傘を失っていた。
「傘が一本しかないのぅ……」
「俺は構いませんよ?」
「……じゃな」
2人はいわゆる相合傘で、雨の中を歩き始めた。
未来の家から徒歩で40分程の場所にある郊外の墓地、そこに明日風家の墓があった。
きちんと手入れされており誰かがやって来てくれているようだったが、少なくとも未来ではない。
未来は今日、初めて両親の墓を見たのだから。
少し離れた場所で傘をアークに手渡すと、未来は雨に濡れるのも気にせずに墓の前で両手を合わせた。
「悪いな、ずっと来れなくて……。俺さ、2人が死んじゃった事なんてずっと悲しくないって思い込んでたんだ。自分騙して周り騙して……いや、結局騙してたのは自分だけか。でもさ、こんな俺を見捨てないで居てくれた人がいるんだ。春輝に廻に、アーク……そいつらのお陰でやっと素直になれそうだ……素直に……」
未来の頬を伝うのは雨粒か、それとも……
長い長い沈黙。
夕立は徐々に勢いを失い、雨はやみ始めた。
未来が振り返る。
「魔王様」
「なんじゃ?」
「ありがとうございました」
雲の切れ間から差し込む黄金色の夕日に照らされた未来の笑顔は、アークが今までに見てきたどんな笑顔よりずっとずっと輝いていた。
その輝きにアークはしばし目を奪われる。
アークの心臓が少しだけ苦しくなる。
それが何なのか、彼女にはまだ分からなかった。
「おはよ! アークちゃん、未来」
「おはよう、アスカ、魔王様」
翌日、いつものように元気よく挨拶する春輝といつものように気だるそうに挨拶する廻。
「うむ、よい朝じゃ」
いつものように尊大なアーク。
「これも魔王様のお陰でやんスな!」
いつものようにアークを持ち上げるデネボラ。
そして……
「その通り! ワシと出会えた幸運がこの朝を一層気持ちの良いものにしているのじゃな!」
「「わぁっはっはっは!」」
「はは、朝からよくやるよな、ホント」
いつものようにボヤく未来の笑顔は、いつもと違っていた。
春輝は驚き、未来を見つめる。
「なんだ? 俺の顔に何かついてるのか?」
「……口の横にご飯粒が……」
「え? 本当だ……」
確かにご飯粒が付いてはいたがそんな物を見ていたのではない。
春輝が見ていたのは、懐かしい親友の笑顔だった。
「魔王様! ご飯粒が付いてるの何で言ってくれなかったんですか!」
「お茶目アピールでは無かったのか?」
「な訳ないでしょ! まったく、急がないと遅れますよ!」
春輝はアークへ近づくとこっそり耳打ちした。
「アークちゃん、ありがとうね……」
アークは優しく微笑んで春輝へと耳打ちを返す。
「未来の笑顔を取り戻したのは、お主と廻のおかげじゃ。ワシはほんの少し手伝いをしただけじゃよ」
「おーい! 本当に遅れますよ!」
「わかっておる! そう急かすな」
アークは春輝にだけ見えるように小さくウィンクをして未来の後を追いかけた。
その後ろでは、廻が小さな決意を秘めて未来の横を歩く少女を見つめていた。
ある日の放課後。
いつものファミレスでパフェをつつくアークと、ココアをすする廻という珍しい2ショットだった。
「珍しいの? お主がワシに用とは。しかし呼び出しといて遅刻とは良い度胸じゃ。ワシの30分はお主ら愚民の5時間に相当すると心得よ」
パフェに付いていたチョコ菓子をかじりながら悪態をつくアーク。
「申し訳ありません、どうしても予約していたフィギュアを取りに行かなければなりませんで……」
「そうか、まあ良いわ」
自分で言っといてなんだが、そんな理由で許せるのかと廻は思ったが決して口にはしなかった。
「で? ワシをわざわざ呼び出したのじゃ? 余程の話があるのじゃろう?」
声色を変え凄みを利かせているが、口の周りにチョコレートが付いている。
しかもパフェを奢るといったらほいほい釣られてきた癖に。
「ええ、まずはありがとうございます、未来の事」
「なんじゃ、その事か」
深々と頭を下げる廻に興味は無く、アークはパフェの中層の攻略を開始していた。
「未来は昔のようにまた笑えるようになった。それは紛れもなく貴方のお陰です」
「ワシはちょっと背中を押しただけじゃ。殊勲はお主らじゃよ」
ガリガリとコーンフレークをかき混ぜるアークは、あまり水分を含まずそれでいてしっかりとアイスクリームを纏った状態のものを食べるのが好きだった。
「いえ、ご謙遜を。未来は貴方のお陰で笑顔を取り戻した、ならば……」
今度は廻の声色が変わる。
低く暗く、決意を秘めて。
「失うのもまた貴方にかかっているのではないでしょうか?」
アークは無言で大事にとっておいたチェリーを口に運ぶ。
「魔王様、どうか未来を裏切るような事は絶対にしないで頂きたい」
「この世界に絶対など絶対にないと昔誰かが言っておったぞ」
つまらなそうにチェリーの種を紙ナプキンに吐き出す。
「俺は……俺たちはもう昔の未来に戻って欲しくないんです。絶対に。もし貴方が未来を裏切るような真似をするならば……」
「ほう? するならば? どうすると言うのじゃ? この魔王アーク=トゥルスに対して!」
可憐な少女の風貌とは裏腹に獣の様な威圧感で廻を威嚇するアーク。
しかし廻は微動だにせずその獣と対峙する。
「何だって。未来を守るためになるなら何だってね。必要とあらば……殺します、命に代えてもね。俺はね友達の為なら、未来と春輝の為なら自分の命だって捨てられるんですよ」
瞳を見れば、アークにはその言葉に嘘偽りが無いことが分かった。
ひりつくような空気の中見つめ合う2人。
その沈黙を先に破ったのはアークだった。
「良い友達なんじゃな」
「ええ、未来も春輝も俺の……」
「お主もまた、2人にとって……じゃよ」
いつの間にかアークの顔は、優しく微笑んでいた。
「あー! もう!」
廻はガシガシと頭を掻き毟むしると先程とは違う気の抜けた声でアークに迫った。
「頼むから教えてくれよ、君は一体何者なんだ? さっきあんだけ凄んどいてなんだけど僕にはどーしても君が世界を破壊する魔王なんかには見えないんだ。なあ頼むよ? 僕にだけこっそり教えてくれ。誰にも言わないからさ。ジャンボパフェも奢るから」
懇願するような眼差しを向ける廻から目を逸らしてアークは小さく口を開く。
「ワシにも……わからん……」
「え? 今なんて?」
廻の質問を振り払うように勢いよく立ち上がったアーク。
「話はそれだけか? ならワシは帰るぞ。 忙しいのじゃからな」
「あ……ちょっと!」
スタスタと出口へ向かう足を止めて振り向く。
「未来については安心せい。奴はワシの1番の下僕じゃ、悪いようにはせんよ」
返事を待たずに夕暮れの町へと飛び出したアークは赤く染まった空を見上げて呟いた。
「明日から……夏休みか……」
1人店内に残された廻は、残ったココアを飲み干して帰宅しようと伝票を取った。
そこには
和風おろしハンバーグセット150g 980円 税別
ドリンクバー セット価格 150円 税別
フライドポテト 150円税別
シェフの気まぐれパスタ 時価 税別
季節のジェラード 280円 税別
オリジナルパフェ 680円 税別
ドリンクバー 280円 税別
「な……なんじゃこりゃぁ! 僕が来るまでの時間にこんだけ食ったのか? 気まぐれパスタ時価ってなんだよ!」
気まぐれパスタはシェフの気まぐれで黒トリュフがふんだんに使われており、本日のお値段は5800円 税別 となっていた。
「魔……魔王だ……」
ふとアークのいた席を見ると、そこにはフライドポテトのクーポンが残されていた……