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一寸法師

 太都がこれから迫り来る妖との戦いの日々を思い、うんざりと肩を落としながら歩いていると、それに気が付いた雪羅が大口を開け豪快に笑った。


「太都、強くなりたいのだろう? こんな事で気を落としてどうするんだ」

「わかってるけど、異世界人は戦い慣れしてないの」

「勇者だろう。もっと胸を張れ……」

「雪羅……?」


 雪羅は途中で話を切り、怪訝そうな顔で自分の喉あたりを摩っていた。


「何か虫か何か飲み込んだかもしれん、口の中に突然固まり入ってきた」

「それは、下がるね……」


 皆が御愁傷様と雪羅を憐れみの目線を向けると、雪羅が突然腹を抱えしゃがみ込み、口から血を吐き出した。


「くっ、腹が、痛……」

「雪羅っ!!」


 雪羅の只ならぬ様子に焦った時雨が顔を青ざめ、雪羅に駆け寄った。雪羅はそんな時雨に手の平を向け、静止させた。


「くそっ、何かが、私の胃袋で暴れ回っているようだ……」


 雪羅は口から血を垂れ流しながら立ち上がり、時雨を信頼の目で一瞥した後、短刀を抜いた。

 太都と輝夜は何をしたらいいのかわからず、オロオロとその光景を見るだけだった。

 雪羅がすっと息を吸いて吐き、短刀を振り上げる。張り詰めた空気が、その場の音を全て消した。

 思い切り振られた短刀が空気を切り裂き、雪羅は己の腹へと突き立てた。

 突き刺さった傷口から血がじわりと滲み出る。

 雪羅は苦悶の表情を浮かべながら、その刀を横へとずらし、腹を横に切り裂いた。

 飛び散る血飛沫が地面を赤く汚し、それだけでも痛々しいというのに、さらに雪羅は己の腹に手を突っ込み、内蔵を弄りだした。


「何を……」


 太都はそのおぞましい光景に、目をそらす事もできず口を引き攣らせ、涙を流した。

 一方時雨は雪羅を冷静に見つめ、期を計っていた。

 血に塗れた雪羅の口が三日月型となり、二つの八重歯が覗いた。


「掴まえた」


 雪羅が腹の中から手を抜き出すと、その手中には手の平程の小さな女の子が握られていた。

 時雨がすかさず雪羅に回復魔法をかけて傷の治癒をする。時雨の魔法で、ぐちゃぐちゃの内蔵は即再生され傷口も綺麗に塞がった。

 雪羅の無事に時雨は安堵の息を漏らした。冷静に見えた彼女も焦っていたのだろう。


「離せ!」


 小さな女の子は足をじたばたとさせ、雪羅の手の中から逃れようとしていた。


「小さい人間? 初めて見たな」


 雪羅がまじまじと小さな女の子を見つめた。小さな女の子は近付いた雪羅の顔目掛けて火の魔法を放つ。


「あっつ!?」


 雪羅は咄嗟に顔を離すが、少女を握る手は緩めない。


「生意気な小娘だ。今度は歯でしっかり噛み砕いてから食ってやろうか?」

「せっ、雪羅落ち着いて」


 やっと動けるようにまで精神が回復した太都が、雪羅を引き止めた。


「きっと、雪羅の胃袋に入って焦ってやっちゃったんだよ。そうだよね?」


 同意を求めるように、小さな女の子の方へ太都は目を向けた。


「違う。私は鬼を見つけたら胃袋に入ってその中から攻撃して殺して回ってるの」

「ああ、言っちゃった……」


 太都の助け船を少女は無視して、大海原へと戻っていった。


「ほぅ……その小さい形で大したものじゃないか」


 雪羅は興味を持ったのか小さな少女を感情に任せて殺すのはやめたようだ。


「お前、名は何と言う?」

「あんた達鬼に名乗る名はないわ」

「じゃあ、小さいの」

「小さいのじゃない! 鳥塚微々(トリツカビビ)よ!」

「微々か、言い易い良い名じゃないか」


 微々は悔しそうに下唇を噛む。どうやら微々は相当単純な性格のようだ。

 殺し合いの起こった後だというのに、太都はそのやりとりを微笑ましく見てしまっていた。


「ともかく離せ!」


 いきなり大声を上げたかと思うと、微々は雪羅の手に思い切り噛み付いた。雪羅は驚き手を緩めてしまう。

 その隙に微々は雪羅の手をするりと抜けて、森の中目掛けて走り出した。

 あと少しで茂みの中へと身を隠せそうというところで、微々の逃走劇は失敗に終わった。


「何よこれ!」


 微々の周りを囲むように木の枝が地中からいきなり生えてきたのだ。微々は一瞬にして、球体のような形となった細い枝のような木に包まれ、籠の中の鳥のように捕らえられてしまった。

 微々は火の魔法を放って、脱出の糸口を見出そうとするも、木の籠はビクとも反応しない。


「この木の檻は水の魔法で膜を張っているから、火の魔法じゃ燃やせないよ」


 輝夜が微々へと近付き、ひょいと木の籠を持ち上げた。どうやら、彼女の足止めをしたのは輝夜だったようだ。


「輝夜よくやった!」


 雪羅は嬉しそうにパンパンと手を叩く。太都も輝夜の咄嗟の行動力に賞賛を与えた。


「えへへ……」


 輝夜は嬉しそうに、にっこりと笑った。魔法を二つ同時に発生させるという無邪気な笑みに似合わず、えげつない事をやってのけているのだが、世間知らずの輝夜にその自覚はない。


 微々は逃げられないと諦めたのか、籠の床に手を付いて、項垂れていた。


「えーっと、微々ちゃん」


 太都が微々へと恐る恐る名を呼んだ。微々からの返事はない。


「俺は、逸見太都。鬼じゃなくて人間」

「えっ……?」


 微々は太都の頭を見て、彼の頭上に鬼の象徴がない事に気が付いた。


「人間? 鬼と人間?」


 種族の異なる四人の混合集団の存在にが余程珍しいのだろう、微々は黙って口を開けて唖然としていた。


「俺たちは、四人で旅をしているんだ。れっきとした仲間だよ」

「鬼と共にいるなんて危険よ!」


 微々は檻越しに太都へと懸命に訴えた。

 鬼は人を容赦なく食い殺す種族だと、決して話の通じる相手ではない騙されるなと。そうやって騙されて食い殺された人間は何人もいると。


「大丈夫だよ、微々ちゃん。君をここに閉じ込めた輝夜は強いんだ。彼女がいる限り俺達は仲間だ」

「そうだよ、私はすごく強いんだから! そしてこの人の嫁だから」


 輝夜は太都の腕に絡みついた。初対面の相手に対してのアピールに余念がない輝夜だった。


「嫁ではないけど、大事な仲間だよ」


 組んだ腕はそのままに、太都は言葉だけで微々へと自分達の関係を否定した。


「そんな……!」


 微々は太都達の関係が信じられないというように閉口した。それ程までに人と鬼はこの国では相容れない存在なのだろう。

 現代日本では人を食べる動物とも共存している。しかし、それは人間が動物をコントロールする術を持っているからだ。同等かそれ以上の存在ならば敵対関係となるのは仕方ないだろう。現に地球の人間は身体に悪影響を及ぼす細菌への抵抗は容赦ないものがある。


「ねぇ、微々ちゃん。君は何故雪羅を狙ったの? 何故そんな小さい身体で危険を侵しながら……」


 人が鬼と敵対する理由はわかっている。太都が聞いているのは、守られる立場であろう小さな微々が何故鬼と戦っているかということだ。


「私をこんな身体にした鬼を殺すためです」


 彼女は真剣な顔で己の身の上を語った。



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