表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

掃除人?

 太都は時雨のゴミを見るような目が忘れられなくて頭を抱えた。

 このまま眠ると悪夢を見てしまうような気がどうしようもなくして、眠る前に気分転換に掃除をしようと思い立った。

 太都は部屋の中を見渡した。湿気の多い洞窟の中ではそこら中に苔が生え、ぬめぬめとしている。

 これを綺麗にするのが今回の目標だ。


 先程太都が斬り捨てた鬼達は時雨の回復魔法でピンピンとしており、このアジトは雪羅と時雨が太都達と出た後もその部下だった鬼達が使うそうだ。

 完全に捨ててしまうのであれば放っておくのだが、今後も使うのであれば綺麗にしておいても損はないだろうと太都は思った。


 太都は掃除が好きだった。親が清掃会社を営みその手伝いをしながら育ったせいか、掃除は太都にとって日常であり、面倒な事ではなかった。

 太都は決して綺麗好きなわけではない。苔だらけの部屋でも平気で眠れるし、素手で泥も触れる。太都が好きなのは掃除という行為そのものなのだ。


「さて、どこから始めようか」


 上から下へと作業するのは決まっている。どの方向からやるかだ。太都は排水に適した溝を見つけ、そこから離れているところから掃除を始めることにした。

 洞窟内の苔清掃には高圧の水が一番いい。太都は上位の水魔法を発生させ、その水の勢いで汚れを落とそうとしたが、水は高いスピードを持って壁にぶち当たっただけだった。


「上手く行かないなぁ」


 元の世界にあったような、高圧洗浄機のような感覚で苔を削ぎ落としたいのだが、水魔法では一定のスピードで水が射出されるだけで使い勝手が悪過ぎる。


「そうだ!」


 そこで、太都は水の生成と水の移動の魔法を分け、水の移動を操作する事によって高圧洗浄機のような効果を発揮させた。


「これなら……」


 太都はゆっくりとそれを苔にあてて、汚れを削ぎ落としていった。

 水が苔に当たったところから跳ねるように落ちていく。苔の混じった緑色の水がどんどん溝へと流れていった。

 その作業を続け、部屋中の苔を落とし水で流すと、客間は見違えるように綺麗になった。

 滑りがちだった床も今では気にせずに歩くことができる。

 太都は部屋の中心に立ち、満足そうに壁をひと眺めした。

 掃除が終わり、ひと息ついたせいか彼の口から欠伸が漏れる。程よく疲れたお蔭か、太都の瞼が重くなってきたようだ。

 これなら眠れそうだと、そのまま太都は寝床についた。



 ※



 ありふれた公園のベンチで、五歳程の少年と少女が仲睦まじくあやとりをして遊んでいた。

 “生まれながらの天然パーマでくるくるの髪”の少年はあやとりで川という平行に紐が並ぶ型を作り、“通りすがりのおばちゃんに「CMに出てた?」と言われる程整った顔立ち”の少女が、少年の手からあやとりを掬いダイヤの型を作った。

 少女はダイヤの型を顔の前で自慢気に翳し、次は少年の番だと輝くような眩しい笑顔を向けた。


 少年は少女とこうして二人で遊んでいる時間が好きだった。

 少女が笑うと少年も嬉しくて、胸は高鳴るように踊り、身体の芯から暖かい光に包まれるようだった。


 少年が少女の手からあやとりを取ろうとすると、「ダッセー」という心無い言葉が聞こえ、少年が一番大事にするこの神聖な空間を汚してきた。


「お前また女と遊んでるのかよ」


 少年と少女の前に大柄の少年が仁王立ちしていた。

 大柄の少年とくるくる髪の少年とは小学校の同じクラスだった。小さな集団の中ではあるのだが、小1には見えない類稀なる大きな体格で、猿山のボスとして君臨するのが彼だった。

 その大柄の少年は気に食わない事があると何でもかんでも当たり散らす迷惑な存在で、クラス中からの嫌われ者だった。


 少年は目の前にいる大柄の少年を睨みつけた。しかし、大柄の少年には何の効果もなく、鼻で笑われるだけだった。

 少女との大事な時間を邪魔された怒りで少年は狂いそうな程の怒りが込み上げて来たが、自分の1.5倍はありそうな体格を前にしてはどうしても身体が動かなく、少女にこんな格好悪いところ見せたくないのに、少年はどうしても手足が動かなかった。


「太都君」


 少女は少年の顔の前にあやとりを差し出し、続きをしようと急かした。

 少年は大柄の少年を少し気にしながらも彼女の手からあやとりを取る。

 大柄の少年は無視されたことにイラ立ちと恥ずかしさを覚えたのか「キモっ」と捨て台詞のように吐いてその場を立ち去っていった。

 少女は変わらず目の前の少年の事だけを見続けた。

 弱い自分を見られた恥ずかしさも少女の変わらぬ態度のお陰で和らいだ。


 “この子をお嫁さんに貰おう”


 この時少年は、そう強く心に誓ったのだった。



 ※


 懐かしい夢を見ながら、太都は目が覚めた。太都の愚かな行いのせいで、彼女との思い出は暖かなものから冷たく刺さるようなものへと変わってしまった。

 彼女の事を思い出す度に太都の胸は締め付けられるように痛くなり、頭を抱えて叫び出したい衝動に駆られた。


「そうだ……」


 輝夜に会おうと太都は起き上がった。

 純粋な想いを向けてくれる彼女に会えば心の痛みは和らぎ、太都は前を見ることができる。

 太都が戸を開けると、ちょうど目の前に輝夜が立っていた。


「輝夜!?」

「おはよう、ダーリン」


 輝夜は飼い主と感動の再会を果たした忠犬のように太都へと飛び付いた。胸に頭を擦り付け、自分の匂いを付ける輝夜の頭を太都は軽く撫でた。


「起きてからずっとここにいたの?」

「うん。時雨にね『女が男の部屋に押し入るのは恥で、そんな女は好かれない』って言われたの。押し掛けると何か雪羅みたいになっちゃうんだって。だから待っていたの」

「そうなんだ……」


 太都は昨日の夜の事を思い出し、気まずそうに苦笑いをした。時雨は輝夜には伝えなかったようで、太都は一先ず安心した。

 もし輝夜が知ったら、愛想を尽かされるか、怒りで暴れるか、ろくなことにならないのは間違いないだろう。


「輝夜は今日も可愛いね」

「えへへ」


 太都が輝夜の頭を撫でると、輝夜は気持ちよさそうに目を閉じた。

 自分に懐いてくれるのが嬉しくて、太都が調子に乗ってずっと撫でていると、右から発せられる負のオーラを浴び身が震えた。


「太都さんは本当に女好きですね」

「時雨!?」


 洞窟の柱から半分顔を出しながら、時雨は冷ややかな眼で太都を見つめていた。


「お、おはよう……」


 太都は輝夜から離れ、両手を上げながら時雨へと挨拶した。


「早く支度をお願いします。出発するので」

「い、急いで準備します……」


 太都は輝夜に先に外に出ているように指示を出し、部屋へ戻って荷造りをした。

 その最中に特に深い意味もなく自分の力を確認しようと、ステータスが表示される巻物を開くとそこに新しい項目が増えていた。


 職業:掃除人


 職業欄の勇者の下に掃除人という新しい項目が増えているのだ。


「昨日掃除したせいか……?」


 使える魔法一覧にも“高圧洗浄”が増えていた。

 太都は首を傾げながらも、特に気にせずそれを仕舞った。

 この能力が後々太都を開花させることに気が付きもせずに……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ