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雪羅と時雨

「貴方たち二人にはこれから一緒に旅をするにあたり、決まりを守ってもらうわ」


 輝夜が雪羅と時雨に仁王立ちでビシっと指を立てるスタイルでそう宣言した。

 ここは、雪羅達が根城に使っていた洞窟だ。外の光が入って来ないため蝋燭の灯りで照らしており、昼間なのに夜のような薄暗い雰囲気に包まれていた。

 これからの事を話し合おうという事になりここに案内されたのだが、用意された座布団にすわる腰を下ろす前に輝夜が我先にと立ち上がった。


「ダーリンは私の彼だから手は出さない事」


 雪羅と時雨はキョトンとしながら、輝夜と太都の事を見た。


「えーっと、輝夜……。それ初耳なんだけど」

「ダーリンと私は運命の相手でしょう」

「偶々出会っただけだけど」

「その偶然が運命なの!」


 輝夜に強く押し切られ、太都は何も言えなくなってしまった。そんな太都の耳元で雪羅は「大変だな」と小声で告げた。


「えーっとじゃあ、俺と輝夜の自己紹介を改めてします」


 太都は強引に話題を変え、太都がここへ辿り着いた経緯と輝夜との出会い、そして何故雪羅達を襲ったのかを説明した。雪羅は興味深そうに顎を手で撫でた。


「異世界から来た勇者か。人間共も奇妙な術を使うものだ。それも確かに興味深いが……」


 雪羅は輝夜の方をみて溜息を吐いた。


「昨日までまともに喋れなかったような女子に私は負けたのか……」


 時雨は落ち込む雪羅の頭を撫でた。雪羅は時雨に委ねるようにそっと身を寄せた。

 大きな雪羅が小さな時雨に甘えている姿に太都は愛らしさを感じ、緊張しっぱなしだった気持ちが少し和らいだ。


「でも雪羅さんの言う通り、まさか輝夜があんなに強いだなんて知らなかったよ。輝夜って何者なんだ?」

「わからない。でも魔法の使い方は何となくわかって……」

「そうか」


 輝夜は太都と出会う前の事は何も覚えていないようだった。

 そのせいで太都に対しての執着心が強い。記憶がない時に出会った相手に優しくされたのだ。頼ってしまうのも致し方ないものかもしれない。


「こっちは二日間しかいないので出せる情報は以上です、雪羅さん達の方はどうですか?」

「いいよ、さんなんて付けなくて。気持ち悪い。私達の事は呼び捨てでいい」


 家族と幼馴染ぐらいしか異性と会話しない太都は、出会って間もない女性の名前を呼ぶ事に抵抗を覚えたが、これから仲間になる人なのだからと緊張で乾いている唇を開いた。


「えっと、じゃあ、雪羅と時雨」


 太都が呼ぶと雪羅は満足そうに頷き、時雨は変わらず無表情だった。


「よし、じゃあ無知のお前達に鬼の事を話そうか」

「はい」


 雪羅が豪快に胡坐をかいて、両膝に手をついた。


「鬼は人を喰う。野菜も食べるし、魚も食べる。しかし、鬼は人の肉が大好物だ」


 太都のいた日本では人間が食い物にされる事など偶にニュースになる程度で、あまり一般的ではなかった。

 そのせいで目の前の美女二人にとって、自分が食料になり得ることを目の前で言われても太都には今一ピンと来なかった。


「鬼は百年程前に神が、増えていく人間を間引くために作られた種族と言われている。最初は少なかった鬼の数は人の増加と共にどんどん増えて今は各地に拠点を築くまでになった」

「拠点……」

「そうだ。こうして鬼は一定の集団で隠れ家を構え、そこから人間を襲い食料を得ているのだ。人は鬼を食わないが、人間にとって脅威となる鬼を滅ぼそうと必死だからな、命懸けの戦いを毎日繰り広げている」


 太都は複雑な気持ちになっていた。

 これは生存を賭けた弱肉強食の争いだ。それに外部の人間である太都が口を出していいのかどうか。


「ダーリン大丈夫? 元気ない」

「大丈夫だよ輝夜。目的がわからなくなって少し考え事をしてしまって」


 太都は輝夜が心配しないように、作り笑いを向けた。


「仕方ないさ。昨日いきなり異世界から来て、何もわからず放り出されたのだ」


 雪羅が太都の左隣へと座り、彼の肩を叩いた。それを右隣に座り太都に腕を絡める輝夜は牽制するように睨み付ける。


「私は強くなる、お前も強くなりたい。そのついでにこの大和の国を周ろう。知れば己の目的も見つかるさ」


 大和の国とはこの国全体の総称である。その中で人間の城主が治める国がいくつもあり、人間同士でも領土争いをしているようだ。その説明を聞いた太都はまるで文化は違えど戦国時代のようだと思ったものだ。


「ありがとう」

「今日は旅の準備をしよう。出発は明日だ」


 雪羅と時雨は色々準備があるようで、太都達はそれに付き合うかたちで一晩鬼の寝ぐらに泊めてもらうことになった。


 ※


 太都は今、雪羅達に借りた部屋に一人でいる。部屋割りの時に一緒に寝ると迫る輝夜を宥めるのに一時間はかかった。

 さすがに女の子と同室で眠るわけにはいかないと太都は頑なに拒み、最後は輝夜が折れてくれた。


 太都は己の置かれた境遇について考えていた。

 太都を召喚したという人間は、鬼を倒せば生活を保障すると言ったが、元の世界に戻れるとは言わなかった。

 生きるために鬼退治を引き受けたが、雪羅と出会い鬼退治をする事への意味も曖昧になった。

 雪羅と共にいるのであれば、生活のノウハウを得る事は出来るし、自分だけでも生きていけるはずだ。

 突然異世界に召喚され、右も左もわからなかった太都だが、己の歩むべき道への光明が見えて来た。


「このまま帰れないのかな……」


 太都は幼馴染の顔を思い浮かべた。

 彼女に会いたくて、でも二度と会いたくなくて、幼馴染の事を思い出すと胸がはち切れそうになった。

 暗くなるだけだから彼女の事は考えるのはやめて、もう寝てしまおうと布団に包まりながら寝返りを打った時、太都の部屋の扉がゆっくりと開いた。

 また輝夜かと思い、太都が注意しようと起き上がると、そこに居たのは長い金の髪ではなく短い白い髪だった。


「雪羅……?」

「まだ、起きていたのか」

「どうかしたの?」

「大した用事じゃない」


 雪羅は一歩一歩ゆっくりと歩きながら、太都へと近づいてくる。

 彼女が手に持っている燭台が雪羅の顔を照らし、彼女の妖艶な笑みをより艶かしく見せていた。

 雪羅は燭台を傍らへと置き、太都の上へと覆い被さった。雪羅は夜用の薄い着物を身に纏っている。太都の目線からは彼女の胸元が大きく開き、見えてはいけないものがチラチラと見え隠れしていた。


「せ、雪羅?」


 太都を殺しに来たのだろうか、それとも別の目的があるのだろうか。太都の心は期待と不安が入り混じっていた。雪羅を警戒するも太都は何の動きも見せなかった。抵抗せずに雪羅を受け入れたのは太都の中で“期待”の方が大きかったからかもしれない。


「なぁ、太都」


 雪羅は太都の首筋から、鎖骨の辺りまで指を滑らした。太都の身体がビクリと跳ねる。


「は、はい」


 これは、そういう事だろうと太都は確信し、彼女に身を任せようと身体の力を抜いたところで、雪羅が太都の耳元で囁いた。


「少し、食わせろ」

「えっ?」


 食わせろ?

 これはどういう意味なんだ?

 

 普通であればそういうことなのだろうが、相手は人間を食う鬼だ。太都は予想とは違う言葉に、頭が真っ白になった。

 

「異世界人なんか滅多に食う機会がないからな。何、殺す気はない。ほんの少し肉を削いでその部分だけくれればいい」

「いや、それは……」

「大丈夫だ。あとで時雨に回復するよう頼むから。命の危険はない」

「そういう問題じゃ……」

「そうか? もし食わせてくれるなら……」


 雪羅が太都の身体を布団の上からなぞるように手を滑らせ、下半身でその手を止め、布団越しに太都の分身を撫でた。


「これを鎮める手伝いをしてやってもいいんだぞ」


 太都はごくりと喉を鳴らした。相手が良いと言っているのであれば断る理由もなかろう。少し痛みを我慢すれば、年上の美女で童貞を卒業できるのだ。

 輝夜は妹のような存在で保護者のそれに似た感情で接しているし純粋な気持ちを向けられて手を出すことに躊躇してしまうが、目の前の鬼には大人の女独特の官能的な魅力があり、太都の理性を働かせる機能はすべて停止してしまっていた。


「そ、それなら」


 太都が雪羅の甘い誘いに覚悟を決めた時、誰かの視線を感じた。

 視線の気配の主は顔を半分覗かせながら無表情で二人をじっと見つめている。

 幽霊かと思い太都は短い悲鳴を上げるも、すぐにその視線の主が時雨だと気が付いた。


「し、時雨……」

「げっ、時雨」


 雪羅はばつの悪そうな顔をしながら、即座に太都から離れた。雪羅の焦りっぷりは悪事を誤魔化す子供のようだった。


「ち、ち、ち、違うんだ時雨。寝床が眠りやすいか聞きにきただけで決して食おうなどとは思ってないのだ」


 どうやら雪羅は嘘が下手なタイプのようだ。

 時雨は部屋へ入り、雪羅と太都の方へゆっくりと足音もさせずに歩いて来た。

 そして、表情を変えずに雪羅の手を取った。


「行きますよ」

「はい」


 雪羅は大人しく時雨に連行されていった。

 時雨は部屋を出る時、振り返り太都をみた。


「太都さんってそういう人だったんですね」

「うっ」


 返す言葉もなく、太都はその言葉を受け入れた。

 初めてまともに聞いた時雨の言葉がそんな台詞だった太都は、理性を持って断っておくべきだったと深く後悔したのだった。



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