輝夜姫※
逸見太都は中学校の卒業式を終え、卒業証書を片手に住宅街を一人で足早に歩いていた。
走る元気はないがゆっくりと歩く気にもなれず、急ぎ足でコンクリートを右、左と踏み締めた。
愛しかった少女の涙を思い出し、太都は今、泣き出したい程切なくて、殺してしまいたい程自分の事が憎らしかった。
大好きで大切で何にも代えがたい大切な人を傷つけ、ずたずたに切り裂さいた事実に心は怒りと悲しみと後悔に溺れ、真っ黒に染まっていった。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』
何度も何度も彼女は太都への謝罪を口にした。
謝らせたかったわけじゃなかった、泣かせたかったわけじゃなかった。太都の欲望と焦りがこんな結果を生み出してしまったのだ。
後悔、悔恨、悔悟。
胸の内から溢れ出す黒い気持ちに耐え切れなくなり、太都は立ち止まり天を仰いだ。今日は昼間だというのに空には月が見えた。その月を見て太都はもがくように己の首を掴み苦しそうに息を漏らした。
「消えたい……」
自分自身の存在そのものがなくなってしまえば、きっと彼女は幸せに戻れる、そして太都もこの苦しみから解放される。
白い月を見ながらそう呟き、一つ瞬きをし終えると周囲の景色は見知らぬ竹やぶへと変わっていた。
「あれっ……?」
先ほどまで、住宅街にいたはずだ。
無我夢中で自意識を保てず、太都はこんなところまで来てしまったというのだろうか。
太都は位置を確認するため、ポケットの携帯を探ったがどこにも見当たらなかった。そこで、肩が軽いのにも気が付き、周囲をぐるぐると見渡した。
鞄も卒業証書もない。着ている服以外全ての持ち物をどこかに落としてしまったようだ。
「嘘だろ……」
太都はその場にしゃがみ込み、ワカメを被っているような天パの髪をわしゃわしゃと掻いた。
道に迷った上持ち物も無くしてしまった不甲斐なさに嫌気が差す。それ程までに今日の事に参っていたというのか。
一先ず道路に出ようと顔を上げた時、目の前を小さな光の玉が横切った。
「蛍……?」
吸い寄せられるように、太都がその光に触れたところ、その光玉は強く輝き、太都の視界を真っ白に染め上げた。
眩む視界がゆっくりと元の正常さを取り戻すと、目の前に裸の女の子が座っていた。銀の髪に金の瞳を持った少女は太都と目が合うとニコリと笑顔を作った。
あまりの愛らしさに、太都の胸は大きく高鳴った。
ほんの少し見つめ合い、恥ずかしさから太都が下に視線を外すと、彼女の細い身体に似合わない、大きな双丘と目が合った。
「あっ……、ごめんっ、その、見るつもりは……」
少女は太都が何に恥ずかしがっているのかわからないのか、キョトンとした表情で慌てる少年を見ていた。
「こ、これ、嫌じゃなければ」
太都は視線を逸らしながら少女に制服の上着を差し出した。少女はそれを受け取ると不思議そうにその上着を見た。
どうやら、洋服という認識がないのか、受け取ったそれをどうするのかわからないようだった。
「着方がわからないの?」
太都はそれに気が付き、なるべく少女の身体を見ないように、制服をかけてあげた。
少女は太都の上着に腕を通すと、それを物珍しそうに見たり、匂いを嗅いだりし始めた。
太都は少女のその行動に焦った。匂いを嗅がれると自分の体臭がしないか不安になって、オロオロとしてしまう。
しかし、少女は特に気にした様子も、不快に顔を顰める事もなく太都は安堵に胸を撫で下ろしたのだった。
「えーっと、君は何でここに?」
少女は言葉がわからないのか、太都の問い掛けに首を傾げるだけだ。
銀の髪だし、外国人なのだろうか。
「は、ハロー」
英語で話し掛けるも、少女の反応は変わらなかった。
太都は何とかコミュニケーションを取ろうと自分を指差し自己紹介を始めた。
「逸・見・太・都」
「ヘン……タイ?」
「そうじゃなくて、逸見太都」
「ヘンタイ!」
少女は言いやすいのか嬉しそうに“ヘンタイ”と連呼した。やっと喋った少女の言葉がそんなもので太都は頭を抱えた。
「ヘンタイ」
少女が太都の服を引っ張り、竹を指差していた。どうやら名前を教えてくれと言うことらしい。
「竹」
「たけ!」
少女は次々と見えるものを指差し、太都に名称を強請った。少女は記憶がないのだろうか、生まれたての子供のようにまっさらな脳に色んな物を吸収していっているようだった。
一通り手近な物の名称を知った少女は最後に己を指差した。少女の名前は何かと聞いているようだ。
「それは、俺が聞きたいくらいだよ」
「オレガキキタイ……?」
「ああ、いや違う。参ったなぁ」
少女は名前を覚えていないようだし、ここは簡易的にも太都が付けるしかなさそうだ。
太都は少し考え、竹やぶからある名前が思い付いた。
「輝夜」
「カグヤ」
少女は目を輝かせ、嬉しそうに飛び跳ねた。
どうやら気に入ってもらえたようで太都はホッとする。
気が抜けると、太都は己の置かれている状況を再度思い出した。突然の少女の登場で忘れそうになったが、今は自分も迷子なのだった。
言葉もわからぬ少女が道をわかるとは思えないし、太都は再度途方に暮れた。
太都は輝夜と名付けた少女を見た、輝夜は楽しそうに太都の周りをくるくると回っている。
ここに置いて行くわけにも行かないため、太都は少女を手招いた。
「輝夜、行こう」
輝夜は名前を呼ばれ、パっと花が咲いたように笑い、太都の手を握った。
どうやらえらく懐かれてしまったようだ。輝夜の手は柔らかく、緊張しながら握り返した時、太都は彼女が裸足な事に気が付いた。
こんなに肌が柔らかいのではすぐに足が傷だらけになってしまうだろう。
太都は繋いだ手を一旦離し、輝夜に背に乗るように促した。面白そうだと思ったのか、輝夜はけたけたと笑いながら太都の背に輝夜が飛び乗った。太都は衝撃を覚悟したが、一向に彼女の体重を感じない。
間違いないく触れているのに、輝夜は羽根のように軽いのだった。
そこで太都は自分が妖の類に化かされているのではと一瞬考えたが、馬鹿馬鹿しいとその考えを一蹴した。例え妖だろうと、輝夜からは邪念は感じない。ならば今この状況で無理に正体を探る必要などないのだ。ここから出る事に思考を使う必要がある。
「輝夜、ちゃんと掴まっててね」
輝夜を背負って立ち上がると、彼の周りに赤い服を来た忍者のような突然男達が現れた。
男達は一糸乱れぬ統率された動きを持って、瞬時に太都の周りを囲んでしまった。
「忍者……?」
太都が輝夜を背負う手に力を込め、警戒した途端――、赤い服の密偵達は唐突に太都に対して跪いた。
「え? 何??」
「勇者様お迎えに上がりました」
「勇者? 何の話?」
太都は誰かと間違えられているのか、それとも壮大なドッキリなのか。
数秒の間に、脳をフル回転させありとあらゆる可能性を考えるも答えが出ない。
そのまま訳も分からず、太都は輝夜と共に、その赤服共に促されどことも知らぬ所へ連れて行かれた。




